西海鹿島駅から乗車したのは、私一人だけだったような気がする。
白い2両編成の外川行き列車は、先ほど下車した君ヶ浜
を過ぎると、広がる畑の中心を分け入るように進んでゆく。
列車は真っ直ぐゆっくり進んでいる筈なのに、よく揺れる。おそらく、線路のいたるところに僅かな歪みがあるのではないだろうか?
しかし、それも銚子電鉄の特徴だと言われれば、無条件に納得してしまう。JRならこうはいかないだろう。
君ヶ浜からまたあっという間に、次の駅に停車した。そこで下車する。
「犬吠(いぬぼう)駅」
ホームに降りた途端、大きく立派な造りの宮殿風の駅舎と、女性駅員が出迎えてくれた。
単式ホーム1面1線の駅だが、今まで下車した駅とは全く違う印象を受ける。
ここは一大観光地「犬吠埼」の最寄駅となる。
犬吠埼は、富士山頂を除くと、初日の出を日本で一番早く拝むことができる場所であることをはじめ、日本を代表する灯台「犬吠埼燈台」があることなどで有名である。
駅舎に入ってみても、その構内は広くて綺麗にされている。
銚子行きの列車を待つ人が何人も待合スペースに居た。
構内にはお土産コーナーも併設されていて、そこで銚子電鉄の名物が販売されている。
「銚電のぬれ煎餅」
銚子電鉄のフリー切符「弧廻手形」には、このぬれ煎餅の一枚サービス券が付いていて、ここの売店でサービスを受けることができる。
早速、売店のお姉さんからぬれ煎餅を一枚頂いてみた。
美味い!!
風味は間違いなく醤油味の煎餅だが、食感が全く煎餅とは違う。
「ぬれ」とは言っても、決して湿気ってるわけではなく、しっとりふわっと旨味が口の中に染みわたってくる。
草加せんべいのような、普通の煎餅と思って食べたら、面食らうだろう。
実はこのぬれ煎餅は、廃線の危機に迫られた銚子電鉄の救世主なのである。
廃線の話が流れたときに、ぬれ煎餅が爆発的な売り上げを見せ、銚子電鉄の経営を救ったそうである。
今でも鉄道の売上より、ぬれ煎餅の売上のほうが大きいという話があるとか無いとか…
私も銚子電鉄の援助の為に、ぬれ煎餅をお土産として数袋購入した。
決して酒の肴にするためだけに買った訳ではない…
観光目的で銚子電鉄を利用する人の大半は、犬吠埼を訪れる事を目的としている。
実際、この駅で私と一緒に殆どの乗客が下車していった。
銚子電鉄の駅の中では、一番賑わいを見せる駅であることは間違いないだろう。
そんな大勢の乗客を扱う駅が貧弱では、せっかく駅を利用する乗客の皆様にも失礼にあたる。
この駅では、銚子電鉄の精一杯のおもてなしの気持ちを伺うことができた気がする。
そんな努力の甲斐もあってか、この駅は関東の駅百選に選ばれている。
駅舎から出てみると、かなり広い印象を受ける駅前広場に、朽ち果てた車両が静態保存されていた。
少し前までは、店舗としてその車両が使用されていたようだが、この時は既に閉められているようであった。
(現在は、この車両は解体処分されている)
この駅に下車したとき、丁度昼飯時であった。
ぬれ煎餅1枚だけでは到底腹のたしにはならず、駅から少し歩いたところで偶然見つけた回転寿司屋で昼を済ませた。
犬吠駅で下車するということは普通は観光の為であろうが、私は駅に降りること自体を目的としている為、観光には目もくれずに、銚子行きの列車を待った。
それまで晴れだった空模様は、少々不安定になり始めていた。