ボジョレー・ヌーヴォーの思い出 | そらいろ

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写真とガーデニングとワンコが好きで、そんな日々を綴っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

世界中で一番早く日付の変わる日本は、フランス・ボジョレー地区の今年のワインの解禁日も世界で一番早く迎えるということで、「ボジョレー・ヌーボー」は、ある年から、急に人気が高まった。その頃、ワイン輸入業務の端っこに携わっていた私も、次々と入庫するワインの処理に追われる日々を送ることとなった。
今ならば、例年通りのスケジュールで準備を着々と進め、万全の態勢でこの日を迎え、午前零時にみんな一緒にワインで「お疲れ様!」と乾杯することも出来るのかもしれない。しかし、その年、前々年までは静かな解禁日であったのが、前年から突然騒がれだして売上も激増、今年は一体どうなるのか、売上が増えることは間違いないが、その増え幅がどれ位なのか予想もつかないという、そんな頃だった。
 
解禁日前日は、朝から男性社員が成田空港に待機、エア便が届き次第、ラベルを張り替えて売り先へと出荷する。その後は、船便がどんどんと入庫、瞬く間に売り先へと運ばれていく。入庫と言っても書類上のこと、保税倉庫に入る間もなく、通関手続きが済み次第すぐさま出庫していゆく。今年のワインの現物を味わうどころか、目にすることもないまま、未処理の伝票だけが山積・・・。
テレビでも雑誌でも、季節の話題として取り上げていたけれど、見る度に、正直ウンザリした。片付けても片付けても、一向に減らない未処理伝票の山。おまけに、その直後にはクリスマスが控え、その先には正月も待っている。一年で一番の稼ぎ時。それでも、もう、ボジョレー・ヌーボーだけで充分、そんな気分だった。毎日、終電ぎりぎりまで残業して、未処理伝票と格闘した。
 
当時私は、通勤に1時間半ほどかかるところに住んでいた為、最寄り駅に降り立つ頃には日付も変わり、人気のない通りを急ぎ足で帰ったものだ。帰宅後は、浴槽にお湯を張りながらも、その時間が待ちきれずにうとうと、気付けば浴槽からはお湯がじゃんじゃんと溢れていたり。どうにか起きた翌朝、歯ブラシに洗顔フォームを絞り出して歯磨きしそうになったり。疲労困憊の日々は暫く続いた。
なりふり構わずに仕事する様子に、他の課の先輩から、「女忘れてるよ!化粧くらい直しなさい」なんて言われたりもした。きっとその様子は、凄まじかったのでしょうね。
それでも毎日、課内の雰囲気は良かった。忙しさに気分は高揚しているから、訳のわからない冗談を言い合ったりはしていたけれど、誰も愚痴をこぼすことはなかった。そんな暇もなかった。お互いの忙しさはわかっているから、愚痴をこぼす相手はこの人たちではないと思っていたのかもしれない。互いに信頼を置いていた。連帯感もあった。あともう少し、このボジョレーとクリスマスを乗り切れば・・・。
 
そんなある朝、同じビルに入っていた他社、当時激務で有名だった某社の社員が、そのビルから飛び降りたという。20階を超す高さから飛び降りて、助かるはずもない・・・。
そんなことがあっても、会社は、社会は、何事もなかったかのように全てを飲み込み、いつもと変わらずに粛々と時は過ぎていく。
 
無我夢中で駆け抜けた二ヶ月余りの後、課の仲間で銀座のワインバーへと繰り出した。いつも銘柄の文字を追うだけのワインを口に含む時は、なんとも言えないものがあった。初対面なのに旧知の仲間のよう。気の置けない仲間と飲むワインは、一本何十万円の高級ビンテージワインよりも美味しいものなのかもしれない。
 
毎年、このニュースを見る度に忙しかったあの頃を思い出す。
だから、話題のボジョレー・ヌーボーにはどうしても手が伸びない。
今年のワインは、どうなんでしょうね。でも、ワインは大好きです、今でも。