オーストラリアの「聖職者性犯罪調査王立委員会」(2013年設置)は同国のローマ・カトリック教会最高指導者であったジョージ・ぺル枢機卿(75)の性犯罪容疑に関心を向けてきた中、同国ビクトリア州検察局は枢機卿自身の性犯罪容疑で調査を開始したと明らかにし、バチカン放送も枢機卿がオーストラリア教会の最高指導者時代、未成年者に性的虐待を犯していた、という容疑を17日、大きく報じたそうです。
枢機卿は無罪にして中傷だと主張する一方、「捜査には可能な限り協力する」と述べています。
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オピニオン,コラム,Viewpoint,国際情報,政治,メディア批評 2017/5/20引用
オーストラリア「枢機卿」の性犯罪容疑が再浮上
ジャーナリストのルイス・ミリガン女史は新しい本の中で、「1990年代、メルボルン大司教就任後、ペル枢機卿は2人の合唱隊の少年に性的虐待を行った」と書いている。同女史によると、2人の少年の1人は2014年、麻薬中毒で死去した。2人目の犠牲者がジャーナリストに、「ティーンエイジャー時代にペル枢機卿に性的虐待を受けた」と証言したという。ペル枢機卿の事務局は15日、「全くの偽証だ」と否定したという。
http://vpoint.jp/column/confidential/88227.html
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女性ジャーナリストの著本内容は性被害を被ったとされる少年が3年前に死去しているので、死人に口なしとなるのかもしれません。
以前、言及した戦時中の日本兵を相手としていたオランダ人少年慰安夫(※リンク後述)にしてもそうですが、生存中に被害者本人からの糾弾がないかぎりは疑わしきじは罰せず、疑わしきは証拠にならず、の公式が適用されそうです。この公式自体は私も長年の各位による人権闘争が勝ち取った至宝とは考えますが、かりに加害行為が本当にあった場合は加害者のカバーアップに寄与してしまう指針にもなるとの反作用を持ち合わせています。
したがって実際に現枢機卿が過去には地位を利用したとんでもないわいせつ行為を少年に行っていた場合はジャーナリストのみならず不特定に実名、実画像にて事実をありのままに言ってもらいたいものです。もし現在までの被害体験開陳が単に自己を取り上げたジャーナリスト限定で匿名報道の場合は、当の枢機卿をはじめとした無罪論者を「匿名でしか告発できないのであれば偽証!」との反論を許すだけになるのではないでしょうか。
確かに長じた現在、自身を同性年長者からの性被害者として天下に名や顔をさらすことはいろんな意味で抵抗があるのかもしれませんが、被害感情を相殺しその経験を社会浄化まで昇華したいのであるなら公益のためにも完全名乗りを敢行すべきであり、メディアも余計な個人情報隠匿をしないことが重要となってくるとのではないでしょうか。
追記