Kuolleet lehdet(2023 フィンランド、ドイツ)

監督/脚本:アキ・カウリスマキ

製作:アキ・カウリスマキ、ミーシャ・ヤーリ、マーク・ルオフ、ラインハルト・ブルンディヒ

撮影:ティモ・サルミネン

美術:ビレ・グロンルース

編集:サム・ヘイッキラ

音楽:マウステテュトット

出演:アルマ・ポウスティ、ユッシ・バタネン、ヤンネ・フーティアイネン、ヌップ・コイブ

①理不尽な世界に抵抗する、「小さな幸せ」映画たち

あけましておめでとうございます…と書いていいかどうかも躊躇する、2024年の年明けです。

世の中を見ていると暗澹たる気分になってきて、気持ちの平衡が保てなくなってしまう…という人も多いんじゃないかと思うのですが。

そんな時には、国とか世界とかデカい対象を見るのをいっときやめて、身の回りの小さなこと、ミニマムなこと、細かなディテールに目を向けることで、心を守ることができるかもしれません。

 

「PERFECT DAYS」「枯れ葉」はそんな映画なんじゃないかな、と思っていて。

傍目にうらやむような暮らしでなくても、日常の中にある些細な事柄に楽しみを見出すことができれば、それは「素晴らしい日々」になる。

それは後ろ向きな現状追認であるように思われてしまいがちだけど、でもこんな世の中にあっては、むしろアグレッシブな「抵抗」なのではないか。

 

「PERFECT DAYS」や「枯れ葉」は決して逃避的な内向きの映画ではなく、世の中の悪意や暴力や悲惨に対して精いっぱいの反乱を企てる「抵抗映画」と言えるんじゃないか。

昨年末にそれらの映画を観た時にはそこまで考えてはいなかったのだけど、今はそんな気がしています。

 

②アキ・カウリスマキのいつも通りに満ちた新作

ヘルシンキ。スーパーで働くアンサ(アルマ・ポウスティ)は賞味期限切れの商品をホームレスに与えていたことがバレて失業。工場で働くホラッパ(ユッシ・バタネン)はアル中で、仕事中に酒を飲んでいたことがバレて失業。二人はカラオケバーで出会い、惹かれ合いますが…。

 

アキ・カウリスマキ監督の新作。

前作「希望のかなた」で引退を宣言していたそうですが、何事もなかったようにしれっと復帰。

かと言って力むこともなく、いつも通りの「アキ・カウリスマキの映画」になっています。

侘び寂びに溢れた、いなたく切ない大人のラブストーリー。

 

ストーリーはいつも通りシンプルな、中年に差し掛かった冴えない男女が何となく出会って何となく惹かれ合って、すれ違ったり戻ったりを繰り返すメロドラマ。

それを湿っぽさのないクールなタッチで、ユーモラスに、そしてユニークな音楽と共に、独自のタッチで見せていく。まごうことなき…というか、誰が見てもそれとわかるカウリスマキじるしの映画です。

 

例によって小津安二郎オマージュは満載で、静かな構図や赤の使い方、強い抑揚のない会話劇であること、それに中盤で誰もいない風景にクラシックの音楽がかぶさるシーンはいかにも…って感じだったりもしますが。

一方で、既にオマージュの​域を超えて、カウリスマキの映画としか言えない、唯一無比の境地に達してますね。(小津の影響を経て完全に独自の世界を確立しているという点も、ヴェンダースと共通のものを感じます)

③ウクライナでの暴力からつながった世界

主人公たちが次々と不運や不幸に見舞われるのはカウリスマキ映画の常道ではありますが、そこにはやはり人々を不幸に追い込んでいく世の中に対する静かな怒りがあります。

そもそもの不況、格差社会、低賃金…は日本と同じで背景にずっとあるのだけど、でもそんな社会で加害者になるのは、権力ではなく隣人の悪意や不寛容です。

 

アルマは敵意を持って監視する警備員に目をつけられ、捨てる品物を持ち帰ろうとしたことが「規則に反した」という理由で、クビになってしまう。

この警備員にしても、いつクビになるかわからない、アルマと似たような境遇であるだろうに。

それなのに、助け合いには向かわない。誰かの足を引っ張ろうとして虎視眈々としているという、何ともやりきれないことになってしまいます。

 

ホラッパがクビになるのは、仕事中にもグビグビ酒を飲むのをやめられないから…で、アルマとは違ってだいぶ自業自得ではあるのですが。

でも、彼がアル中になってしまった理由については、映画の中では語られないんですよね。

ここに至るまでに、彼にもいろいろなしんどさがあって、もちろん弱さもあって、酒に頼らなければ生きていられない状態に辿り着いてしまった。そんな背景が想像できます。

 

そして、アルマやホラッパが何となくずぶずぶと沈んでいく社会の背景には、毎日ラジオからロシアのウクライナ侵攻のニュースが流れてくるという世界の現状がある。

ウクライナ情勢は映画の中で何度もニュースの形で伝えられ、これに関しても登場人物は何らかの感想を述べることはない。政治的な意見を述べたりはしないのだけど。

寡黙だからこそ、世界の悲惨な暴力に対する怒りがじんわりと伝わってきます。

 

それらはみんな、繋がっている。ウクライナ情勢と、ホラッパがアル中であることと、不寛容な警備員のせいでアルマがクビになることは。

世界の暗さ、理不尽、暴力は、波のように押し寄せてきて、いろんな人を押し流し、いちばん弱い人たちに打ちつけるのでしょう。

④小さな思いやりが担う抵抗

そんなうんざりするような世界。それに対して対抗するのは、一人ひとりの小さな善意、好意です。

アルマがクビになった時、彼女の仲間の女性たちも一緒に辞めてくれます。

ふさぎがちなホラッパは、友達が無理やりカラオケバーへ連れ出してくれます。

そんな身近な誰かの好意のおかげで、ホラッパはアルマと出会うことができる。

 

安っぽい喫茶店で向かい合って、言葉少なにコーヒーを飲む。

映画館で面白い映画を観る。たとえば「デッド・ドント・ダイ」のような。

料理を作り、花を飾って、小さなテーブルに向かい合って食事をする。ホワイトアスパラのサラダとか、そんなちょっとした美味しいものを。

 

そんな小さな幸せ。ディテールの喜び。

それが、暗い世界に押し潰されることから、アルマやホラッパを救ってくれる。

お互いへの小さな好意、相手を幸せにしたいという思いがあれば、世界はきっと明るくなる。

たとえ仕事はあいかわらず好転しないままでも…ですね。

気持ち次第で、世界は変わる。世界を変えることができる。

 

それでも酒をやめることができないホラッパを、アルマは拒絶します。

これが…愛ですね。他人を心から思いやる行為。長年寂しさの中で生きてきたアルマはやっとできた彼氏を手放したくないだろうに、それでもホラッパが酒をやめることを優先した訳だから。

自分ではなく、他者のためを思うこと。小さな思いやり。それによってようやくホラッパは立ち直り、ハッピーエンドへ…向かうまでに、これまたいろいろあるのだけど。

⑤ディテールがもたらす心地良さ

本作はワンコ映画でもあります。

工場に迷い込んで処分されそうになっていた犬を、アルマが引き取る。これも、小さな優しさ。

犬と暮らすこともまた、世界の暗さに抗うための一つの抵抗ですね。

 

いつものように、音楽映画でもあります。

冒頭いきなりラジオから「竹田の子守唄」が流れてきてびっくりします。これ、「希望のかなた」でも使ってましたね。

カラオケバーでのおっさんの歌に心を揺さぶられたり。

中盤に出てくる女の子バンドもいい感じでしたね。

 

そして、一つ一つの画面の豊かさ。美しさ。

すべてのシーンが、そのまま切り取ってポストカードにしたくなるような、うっとりするような構図になっています。

額に入れて飾るんじゃなくてね。ポストカードにして、画鋲でコルクボードに留めておくくらいの感じ。

そんな飾らない画面の強さ

 

そういったディテールの積み重ねによって、本当に観ていて心地いい、心穏やかになる空間ができあがっています。

暗く重い事象にしんどい思いをしている人に、本作や下にあげたような映画たちはいくらかの癒しになるんじゃないでしょうか。

 

同じ小津安二郎に影響を受けたもう一人、ヴェンダースの新作が同時期に。

 

ジム・ジャームッシュ監督のオフビートなゾンビ映画。

 

カウリスマキ監督の前作は、移民問題への静かな怒りが込められていました。