Barbie(2023 アメリカ)

監督:グレタ・ガーウィグ

脚本:グレタ・ガーウィグ、ノア・バームバック

原作:マテル

製作:マーゴット・ロビー、トム・アッカーリー、ロビー・ブレナー、デヴィッド・ハイマン

撮影:ロドリゴ・プリエト

編集:ニック・ヒューイ

音楽:マーク・ロンソン、アンドリュー・ワイアット

出演:マーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリング、ケイト・マッキノン、マイケル・セラ、エメラルド・フェネル、アメリカ・フェレーラ、アリアナ・グリーンブラット、ウィル・フェレル

①マンスプレイニングの罠!

バービーランドで毎日パーティーして暮らすバービー(マーゴット・ロビー)はある日完璧でなくなっている自分に気づき、変てこバービー(ケイト・マッキノン)に相談して人間世界へ向かいます。ケン(ライアン・ゴズリング)と共に人間世界に来たバービーは、持ち主だったサーシャ(アリアナ・グリーンブラッド)とその母グロリア(アメリカ・フェレーラ)に出会います…。

 

グレタ・ガーウィグ&マーゴット・ロビーの「バービー」非常に面白かったんですが!

映画についてうかつに語ると、罠にハマる。何しろ強烈な毒の効いた映画なので!

 

例えば「バービー」の冒頭は「2001年宇宙の旅」のパロディなんですよね。めちゃめちゃオモロいんですけど。

それについて語ろうとすると、「えっ2001年観たことないの? 説明してあげるよ!」というモードになりそうで。

それ、映画の中でめっちゃバカっぽく描写されてた、「ゴッドファーザー観たことないっていうと嬉々として説明してくれる男」そのものなんですよね。

 

マンスプレイニング。男性が女性を無知だと決めつけて、頼まれてもないのに「解説」してくれる行為。

それはまあ親切…ではあるのだろうけど、それ以上にマウント取ってるんですよね。相手より上に立ち、気持ちよくなってる。

 

すげえ面白かったですけどねこのシーン。でも、この考え方自体には、何だかモヤっとしないでもない。

何か「教えてくれてる」ことに対してまで、そんな名前をつけてハラスメント認定しなくてもいいのに…という気分。いやだって、教えてくれてるんだからさ。

ゴッドファーザー面白いから是非ともオススメしたい…という気持ちは、別に悪意じゃないはずなので。

…などと言い訳してしまうのも、これまた何かにハマってる気がしますが。

 

でも、「バービー」を観ててそういうモヤモヤを感じることはなく、素直に笑えるのは。

それは、笑ってはいても、決して非難してはいないから…ですね。

思いっきりバカにして、笑い飛ばしているんだけど。でも、断罪して裁くようなことはしていない。

ただ、その面白さ、滑稽さを抽出して見せていて、そこには描く対象に対するいくらかの愛情がある。

だから嫌な気分にはならないし、誰も(男も)否定できないんですよね。

 

②バービーランドとの対比で浮かび上がる現実世界

女の子たちを家庭から解放したバービーたちの理想郷、バービーランド。

でもよく見ていくとそれは、単に現実の男尊女卑社会を反転させた「女尊男卑社会」に他ならないんですね。

大統領やノーベル賞や…の栄光はみんな女性が独占し、男性はただ「ビーチの男」で職業すらなく、添え物に過ぎない。

 

それは最初、実際に楽しそうな世界として、男たちのアホっぷりを笑うギャグとして、受け取れるのだけど。

バービーとケンが人間社会へ出かけていって、現実世界をバービーランドとの対比で見ることで、現実がまさしくバービーランドのまるっきり逆、つまりいまだに強固な男尊女卑社会であることが明白になるんですね。

 

この辺りの見せ方が、本当に巧みで。

決して、わざとらしく誇張しているわけじゃない。そこまでめちゃくちゃな差別があるわけじゃない、現代のロサンゼルスの風景として穏当な描き方なのだけど。

でも、大統領は女性じゃないし。ノーベル賞も男性ばっかりだし。

バービー作ってるマテル社でさえもが、重役会議はおっさんばっかり。

女性は受付に座ってるだけ。

これ、バービーランドでのバービーとケンの立ち位置と何も変わらない。

 

アメリカでさえコレですからね。

実際、僕が勤めてる会社を見ても、役員は全員男性で、受付とか秘書とかには女性が当てられてる。女性の管理職もいるにはいるけど、ごく少数。まんまですね。

ついついその中で慣れちゃってるけれど、それってバービーランドと一緒やで?ということを、まざまざと実感させられるわけです。あくまでも笑いの中で、自然にね。

③一方に偏らないシニカルな視点

男性上位社会を初めて見たケンがウキウキしてしまって、バービーランドにその概念を持ち帰り、バービーランドを男性社会に作り替えようとする。

映画の流れの上ではヴィラン的な存在になっていくのだけど、でもそれは女尊男卑社会で虐げられてきたケンの自立であり、反逆ですからね。

女性解放運動の鏡像にもなってる。単に「男が悪役」でもない、一筋縄ではいかない展開になっていきます。

 

そしてケンに「洗脳」されると、バービーたちは割とコロッと順応してしまって、チアガールとかお茶汲みとかも楽しいかも…と言い出す。

この辺りも、かなり毒がキツイですね。

冒頭の、解放された女の子たちが赤ちゃん人形を叩き壊すパロディと同じ。極端から極端へ振れる。

その扱いが不当であることを説明すると、またコロッと転向する。

 

男たちが内紛を起こして、男同士で戦争になるんだけど、それも結局ウヤムヤになってダンスになってしまう。

お前らすぐ戦争するけど、結局は馴れ合ってるだけだよね?と見透かされてる。

 

男たちがバカやってる間に、女たちは憲法改正を阻止して、元のバービーランドを取り戻す。

映画のセオリー的にはハッピーエンドなのだけど、男尊女卑から女尊男卑に戻っただけだからね。別に理想郷にはなってない。何もかも同じで、逆転しただけ。

せっかく解放されたのにまた「ビーチの男」に戻ってしまうケンの悲哀が残されて、なんだか居心地の悪いハッピーエンドになるんですよね。

 

もちろんそれを正義として描いていないし、だからここでは、ただ単に男女の構図を逆転することを目標とするフェミニズムも皮肉を込めて描かれてる。

やってること一緒やで?という。非常にシニカルな視点が、全体を俯瞰しているのです。

④政治的な正しさではなく、ちょっとの共感を!

上手いなあ…と思うのは、バービーランドの状況は適当な都合でそうなってるわけじゃなくて、実際のおもちゃのバービーの設定を踏まえてそうなっているということ。

時代の変化に合わせて、バービーもただオシャレな白人美女というだけじゃなく、大統領のバービーとか宇宙飛行士のバービーとかノーベル賞取るインテリのバービーとか発売されていく。

でも、ケンは遊ぶ上ではあくまでも添え物ですからね。詳細な設定なんて作られない。

職業もなくて、ただデートごっこする時用のバービーの相手として用意されてるだけ。

 

だから、バービーで遊ぶ女の子たちは女性上位が実現したファンタジーの世界で遊んでいると言えるのだけど。

それはやっぱり、現実の男女を逆転させただけのものでしかないんですよね。単に、現実での男の立場を女の子が演じて遊んでいるだけ。

いろいろと進歩的な設定を盛り込んでいるように見えても、実のところは旧態依然とした構図をなぞってるだけ。何も進歩していない。

 

そしてバービーがそういうものであるのは、それを作ってるのが男たちだから。

マテル社が男性社会なのは痛烈な皮肉でしたね。重役だけでなく、クリエイターまで男性でしたね。

まあ、マテル社の現実はもうちょっとマシだからこれを許せるのだろうけど。度量が広いですね。かえって評価上がるね。

 

バービーの映画なのに、バービーの世界観は別段新しい男女の価値観を示してはいないことを、あからさまにしちゃう。これ本当に大胆だと思うのですが。

結局映画の最後まで行っても、進歩的な女性と男性のあるべき形なんてものを、映画は示してはくれないんですよね。

ただ、男女ともに性懲りもない、あるがままの笑える有り様を通して、観客は自分たちの有り様をちょっと省みることができる。

 

だから本作は、政治的な正しさを押し付けるフェミニズム映画なんかでは全然なくて。

男性はケンの立場が現実の女性が置かれている立場であることに気づき、女性はケンにもちょっと感情移入して、お互いにもう少しだけ共感し、歩み寄ることができる。

そういう作りになってると思うのですよ。

対立を煽るのじゃなくて、融和を促す。そういう映画になっていて、これやたら攻撃的な映画よりずっと効果的だと思うのですね。

⑤男女を超えた人間賛歌へ!

バービーランドで女性と男性の立場がいくら逆転しても、のどかな笑い話で済んでいるのは、バービーやケンが人形でツルペタ…性器がないから。

もしケンたちに性欲があったら、かなり悲惨で笑えないことになってたでしょうね。そこは上手いバランスになってます。

 

そんなふうに、バービーの世界は人間世界の写し絵ではあっても、やはり何かが決定的に違う。

男女の価値観の対立が悲惨な性暴力につながらない…という点では、バービー世界の方が人間世界よりいくらかマシ、という見方もできます。

人間世界の方が不完全で、理想から程遠い、とも。

 

性器がなくて、男女の関係も「ごっこ」でしかないから、バービーとケンとの関係もなんだかふわっとしてどこにも着地しないものにしかならない。

だから平和…とも言えるのだけど。

について考える、時にになる、体調を崩す、(時に暴力にもつながる)性欲を持ち、繁殖する(子育てしなくちゃならない)、そしていずれ死ぬ…そういう、人間の性質。

ハッピーなパーティーが永遠に続くバービーの世界からは、いずれも負の要素に見えるのだけど。

でも、バービーは最後、そんな負の要素も引き受けて、人間になることを選びます。

 

男と女はいろいろ違っていて、分かり合えないし、それこそ問題は山積みにあって、その解決はまだまだ遠い。

でもそんな中でも、人形遊びの「ごっこ」の世界じゃなくて、ややこしさを背負って人間として生きることを選ぶ。

だから本作は、人間賛歌になってるんですよね。人の営みへの肯定的な視点が底にある。

そこは、「レディ・バード」「ストーリー・オブ・マイライフ」にも通じるところで。

マテル社公認のバービーの映画で、最後そこに持っていくというのは、グレタ・ガーウィグすごいですね、やっぱり。

 

たぶん、いわゆる「政治的に正しい」ことだけ描いている方が、作り手は楽チンなのだと思うのですよ。

でも、本作はそうじゃない。毒の効いたブラックなギャグで、男も女も挑発して、拒否する人も多いかもだけど、それだけに印象的に心に残る。

そういう、挑戦的な作りになってる。男女問わず、観る価値ある力作だと思います。