映画ドラえもん のび太と空の理想郷(2023 日本)

監督/絵コンテ:堂山卓見

脚本:古沢良太

原作:藤子・F・不二雄

キャラクターデザイン/総作画監督:小林麻衣子

演出:益山亮司、藤倉拓也、八木郁乃

作画監督:三輪修、神戸佑太、山下晃、やぐちひろこ

音楽:服部隆之

主題歌:NiziU「Paradise」

出演:水田わさび、大原めぐみ、かかずゆみ、木村昴、関智一、井上麻里奈、水瀬いのり、山里亮太、藤本美貴、永瀬廉

①思わぬタイムリー!

出木杉から空にあるという理想郷・ユートピアの話を聞いたのび太は、ドラえもんと共にユートピア探しに乗り出します。中古の飛行船タイムツェッペリン号に乗ったのび太たちがたどり着いたのは、誰もがパーフェクトになれるというパラダピアでした…。

 

1年ぶりのドラえもん。前作「宇宙小戦争」はリメイクでしたが、今回はオリジナル作品です。

「コンフィデンスマンJP」「どうする家康」などを手がける売れっ子脚本家・古沢良太氏が脚本。

 

先に感想ですが、すごく良かったです! 好きな作品でした。

映画ドラえもんらしさと、現代的な今の映画らしさが、とても理想的な形で同居しているように感じました。

破綻なく観やすいエンタメ作品になっていると同時に、かなり挑戦的な作品にも思えたんですよね。

 

前作はウクライナ戦争の勃発と共に公開されて、思わぬタイムリーさに驚いたものですが。

今回も何だかタイムリー。意図したわけではないだろうけど。

カルト宗教(宗教とは言ってないけど)の洗脳の恐怖を敵に据えたストーリーです。

 

ドラえもんにしては、リアリティのある敵。

単純な悪とか世界征服ではなくて、傍迷惑な独善で人々を支配する現実味のある敵です。

こんな時代ですからね。「洗脳されて心を無くすことの怖さ」は、子供たちにこそ伝えるべきテーマだと思います。

 

②丁寧に描かれるドラえもんらしさ

「映画ドラえもん」らしさのある作品。

ドラえもんとして、描写がとても丁寧でした。

 

冒頭、ドラえもんの基本であるのび太のダメっぷりがじっくりたっぷり描かれます。

先生に叱られ、0点をとって、ママに叱られ、野球ではエラーして、スネ夫に馬鹿にされ、ジャイアンに殴られる…。

そしてそれが、のび太がパーフェクト小学生になりたいと願う本作のメインプロットにつながっていきます。

 

いくら出木杉でもトマス・モアは読むまいと思いますが、古典文学や伝説を背景に冒険が始まるのもF先生テイストです。

トゥーレとかアトランティスとかのオカルトネタを混ぜてくるのもF先生っぽいですね。

 

そして、飛行船や飛行服のワクワク感。これが非常に大長編ドラえもん的!

飛行船の内部構造が凝っていて、劇中でも初代ツェッペリン号に倣っているというのがあったし、クレジットを見ると監修もかなりきちんとしている様子。

飛行船やプロペラ機、それに空中島の古典的冒険物語の世界観が、最後までブレずに貫かれるのも非常に良かったです。

そう言ったクラシックなムードの一方で、パラダピアの描写は斬新で、未来的。とても美しいものになっていました。

 

あと、タイムマシンを利用した伏線回収も大長編的でしたね。

いつもは無理矢理感があることも多いのだけど。

「天気雨」「カナブン」はスムーズで、気持ち良い伏線回収だったと思います。「魔界大冒険」のオマージュでもあったかな。

③のび太と一緒に子供たちに考えさせる作劇

本作の核心として、パラダピアの理想郷が実は洗脳によって作られたものであり、人々が心を失っていることが明かされます。

そして、「パーフェクト小学生」になれると喜んでいたのび太は、選択を迫られる。

 

ここ、たぶん観ている子供たちも、のび太と一緒に複雑な気分にさせられると思うんですよね。

だって、ジャイアンが乱暴じゃなくなるのも、スネ夫が意地悪でなくなるのも、のび太にとってはいいことだから。

子供たちは感情を揺さぶられるはず。

 

みんな優しくて、落ちこぼれでも応援してくれて。

のび太にとっては喜ばしいことなんじゃないの?

でも、あんなジャイアンやスネ夫は気持ちが悪い…

 

家に帰りたくないと言い出すところで、子供たちの多くは嫌だと思うんじゃないかな。

理屈じゃなくて。モラル的な善悪、ルールを守る話でもなくて。

肌感的な「気持ち悪さ」で、心を無くすことの怖さ、嫌さを子供たちに実感させる作劇。

 

パーフェクト小学生になれる! なりたい!というのび太の気持ちも、すごく分かるんですよね。子供たちも共感するはず。

ジャイアンやスネ夫にいじめられなくなるという「実利」も、捨てがたいものがある。

でも、それでもやっぱり、友達が変わってしまうことを拒んでパラダピアを否定するのび太の気持ちは、小さい子供たちにもきっと伝わるだろうと思います。

④のび太がのび太であるという多様性

本作はそこから、あるがままの自分の肯定、多様性のある世界の肯定という、極めて現代的・SDGs的なテーマへ向かっていきます。

 

のび太がダメなままでいいのか…ジャイアンが乱暴なままで、スネ夫が意地悪なままでいいのか…ということが気になりそうになるのだけど。

 

まさに上で描かれたように、友達のためにパーフェクトになる夢を諦めることのできるのが、のび太であるということ。

「人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことができる」という、F先生が示したのび太の特質に、しっかりと沿った描写になっていたと思います。

「それがいちばん人間にとって大事なこと」だから。

 

勉強にしろ運動にしろ、そりゃまあできないよりできた方がいいだろうけど、それは決して「いちばん大事なこと」ではない。

自分らしさを失ってまで「できるようになること」に価値なんてない。

そう言い切っていたのは、本当に素晴らしかったと思います。それこそが、子供たちに届いて欲しいメッセージです。

 

ジャイアンとスネ夫は…まあ基本がギャグ漫画の悪役として設定されたキャラなので、ちょいと苦しいところはあるのだけど。

でも、そこもF先生自身が大長編の中では軌道修正して、それぞれのいいところを上手く描いていますよね。

 

本作の中でも、乱暴であったり意地悪であったりするジャイアンとスネ夫らしさを逸脱せずに守りつつ、必ずのび太を野球に誘ったりね。

ごはん食べるシーンでも、ポテトとかニンジンは取るけど、ハンバーグは取らなかったり。

上手いこと、「のび太の友達としての二人」に描いていたと思います。

(なんか、パロディである「僕とロボコ」のガチゴリラとモツオを連想しちゃうくらいでもありました。現代に当てはめるとジャイアンとスネ夫はそうなるんですよね…)

⑤気になったところは…

終盤になるにつれて、その辺のメッセージを言葉で語っちゃうところが多くなってきて、ややうるさい…というのは否めなかったのだけど。

でもまあ、わかりやすくしていたのかな。

そこまで押し付けがましくはなかったかと思います。

 

個人的にあんまり好きじゃなかったのは、ソーニャの自己犠牲の下り。

うーん、それどうしても要る?と思っちゃいました。

それがゲストじゃなくてレギュラーキャラだったら、絶対助けるんだからさ。どうしても、ご都合主義には感じてしまうんですよね。

(「海底鬼岩城」のバギー「鉄人兵団」のリルルを思えばこれも「らしさ」かもですが。ただそれらと比べても、それしか選べない切迫感は薄かったような)

(それでも、最後に救いが用意されていたので、まだ良かったと思いましたが)

 

気になったのはそれくらいかな。総じて、とても満足度の高い作品でした。

やはり良かったのは、「ドラえもん」という作品らしくあること、F先生が自分自身を投影して思いを込めたのび太が彼らしくあることを、肯定する内容になっていたことですね。

新しいテーマに挑むのも、まずはそこがあってのことだから。

そこを否定したいなら、別に「ドラえもん」でやらなくていいわけだからね。別のオリジナル作品で、いくらでもやればいいことだから。

 

長く続く人気シリーズでは、どうしてもそこが課題になってきて。

ただ昔と同じにやってるだけでも、それはそれでマンネリでつまらない…ってことになるのでね。難しいところだとは思うのですが。

「ドラえもん」のいちばん「ドラえもん」らしいところを、多様性という現代のテーマに繋げているのは、素直に素晴らしいと思いました。