ドラえもん のび太の月面探査記(2019 日本)

監督/絵コンテ:八鍬新之介

脚本:辻村深月

原作:藤子・F・不二雄

演出:岡野慎吾、山口晋

キャラクターデザイン:丸山宏一

音楽:服部隆之

編集:小島俊彦

出演:水田わさび、大原めぐみ、かかずゆみ、木村昴、関智一、広瀬アリス、中岡創一、高橋茂雄、柳楽優弥、吉田鋼太郎

 

①素晴らしい脚本!

素晴らしかったです!

傑作だと思いました。歴代「映画ドラえもん」でも、昔のドラの思い出補正を含めても、なお上位に入る作品です。

脚本が良かったです。辻村深月さんの脚本。

 

去年は、酷評を書いてしまったんですよね。「のび太の宝島」

それでも、一般的にはそこまで不評な様子でもないし、ヒットもしたみたいだし。

あれが、今後のドラえもん映画の水準になってしまったらイヤだなあ…と少し心配していたんですが。

 

杞憂でした! 観始めてすぐに、「これだよ!」と思いました。

去年の映画になかったものが、今年の映画にはすべてありました。

去年の映画にあって、観ながら何度もイラッとさせられたものが、今年の映画にはありませんでした。

 

パンフレットの辻村深月さんのインタビューによると。

「私にとってF先生は圧倒的な存在です。展開に迷ったとき『F先生ならどうしたかな?』ということは、いくら考えても絶対にわからない。けれど私はファンなので、『F先生だったらこれはやらない』ということの方ならわかる気がしました。だからF先生がやらないことは私も絶対にやらない。そう心がけました」

 

おお。そうですそうです。

「のび太の月面探査記」には、「F先生だったら絶対にやらないだろうこと」はまったく見受けられませんでした。

これは、凄いことなんですよ。これまでの、F先生原作でないオリジナル脚本のドラ映画で、なかなか実現できていないことでした。

去年の「のび太の宝島」なんて、それこそ「F先生であれば絶対にやらないこと」だらけでした。

 

辻村深月さんが最終的に目指したのは、「まるでF先生が書いたみたいと言ってもらえること」だったそうです。

それ、達成されていたと思います。映画を観ていて、本当に素直にそう感じましたから。

物語の発想、組み立て方。各キャラクターの性格、動かし方。全体のリズム感から、呼吸まで。

F先生らしさ、ドラえもんらしさを完璧に込めて、新しい大長編の物語を創り上げていたと思います。

 

②物語から溢れるF先生らしさ

冒頭の月面探査機のシーンから、既に良かったですね。

短いシーンだけで、映画の舞台になる月面というのがどんな場所か、小さな子どもにもすんなりと伝わるように、上手く見せていたと思います。

この、小さな子どもにもきちんとわかるように描く、ということ。

ちょっと難しい科学的な背景、理科的な事実などを、物語の流れを止めずに上手く説明する。結果、面白いだけでなく知識も得られてしまう。これが小学生向け学習雑誌という媒体でずっと作品を描いてきた、F先生の真骨頂なんですよ。

 

月面から見た地球の美しさ。それに、月面から見た星空の圧倒的濃密さ。そこがしっかりと再現されているのも、良かったですね。

よくある月面の写真だと、明るい地面に露出があってしまって星が写らないので、見落としがちなところなんですよ。でも、大気のない月の夜であれば、星空はさぞきれいに見えるはずで。

月という異質な場所の、それ自体の感動「ファースト・マン」にも通じるような。月を舞台にした物語として外したくないところを、忘れずに押さえてくれています。

 

ベースとなっているのは短編の「異説クラブメンバーズバッジ」です。「小学四年生」1980年11月号で発表。てんとう虫コミックス第23巻、藤子・F・不二雄大全集第10巻に収録。

漫画では「地球空洞説」をホントにして地底国を作る話になっていて、「月の裏文明説」は天動説と同様に例として出てくるだけになっています。

原作の地底国を月に置き換え、のび太が「動物粘土」で作る地底人を月のウサギに置き換えて、上手いこと話を広げています。

短編をベースに話を広げるのは映画第1作「のび太の恐竜」でもそうだったので、この辺りもF先生らしさを踏襲していると言えますね。

 

また、物語全体を通してのテーマとなっている、「異説の大切さ」…そこから転じての、「想像力の大切さ」というのも、実にF先生らしいテーマだったと思います。

ここも、これなんだよ!っていうポイントでしたね。F先生は、ベタベタした甘ったるい親子の情愛なんて描かない。F先生が描くのは、いつだって夢見ることの素晴らしさです。

 

それから、オープニングの映像に出てくるジュール・ベルヌ「月世界旅行」のイメージ。

これも、F先生の「すこし・ふしぎ」のルーツであると言えますね。

そしてジュール・ベルヌのイメージは、後半で気球に乗って月へと向かうという、古典的で美しいビジュアルへと繋がっています。

 

宇宙の中でも身近な存在である月が舞台ということで、今回、ある種のアナログ感、古典的SF感があるんですよね。

それが、やっぱり最新のドラえもんアニメともまた一線を画す、F先生のドラえもんらしさになっているのかなと感じます。

③叙情性と美しさへのこだわり

でも、ただF先生の作風に合わせているだけじゃない。辻村深月らしい叙情性、美しさへのこだわりといった部分も、随所に感じられました。

 

今回の映画、なんですね。これ、珍しいです。ドラえもん映画は夏休みの冒険であることが多いんですが。

月というモチーフに合わせて秋の設定なんですが、それによって風に揺れるススキ野原、虫の声、妖しく照らす月の光…といった美しいイメージがもたらされています。

 

そして、ススキ野原を見下ろす少年ルカのイメージ。

夕日の中、佇むルカを見上げるのび太のカットはまんまエヴァンゲリオンですね。渚カヲルと碇シンジの構図です。

女性作家らしい、謎めいた美少年という要素。

中性的なルカと、のび太との交流。

どこか、BL的な匂いさえあるんですよね。ドラえもんだから、もちろんあからさまではないんだけど。

でも、それがちょっとしたスパイスになっているように感じます。

 

ゲストキャラとのび太との交流、友情、そして別れ…という流れは映画ドラえもんでは定番のところではありますが、今回は特に自然な展開になっていたと思います。

のび太とルカの心の接近を描く過程が丁寧で、すんなりと受け入れられるんですね。短いシーンの積み重ねで、心情を伝えていく。ここはやっぱり、さすが小説家だなあと思います。

 

④後半ほど盛り上がっていく、完成度高いクライマックス

後半にかけてどんどん盛り上がっていく。クライマックスがいちばん面白くなっているのが、嬉しかったです。

去年の映画は、後半になるにつれて話の収拾がつかなくなり、破綻していきましたからね。

素人でも誰でも、序盤を面白く書くことはできるんですよね。難しいのは、最後までしっかりつじつまを合わせて、伏線を回収して、物語をきちんと畳むこと。そこにはやっぱり、努力の上に培われたテクニックが歴然と必要になるのです。

それができる人を、プロの物書きと呼ぶのだと思います。去年はまるっきり、プロの仕事じゃなかったです。今年はきちんとプロの仕事でした。

(…って、当たり前のことすぎて泣けてくるんですが)

 

中盤、そこまでの楽しさばっかりの物語からの、転調。

のび太が落下して、その時に異説クラブメンバーズバッジが、外れる。

ここの「大ピンチ感」が素晴らしかったです。事前に「バッジを外したら空気のない月面に戻って、大変なことになる」とドラえもんに念押しさせて、小さな子にもピンチを理解・共有させている。

バッジが外れるというだけでも大ごとなのに、ここではのび太が奈落の底に落ちていくんですよね。かなり取り返しのつかない感があります。

演出の巧さも相まって、観客全員にハッとさせることに成功しています。劇場が一斉に息を呑む音が、聞こえてくるようでした。

 

そして終盤。敵の大ボスに捕まって、全員牢に入れられて吊り下げられ、溶岩に降ろされて処刑されようとする。

ここの絶望感も、なかなかのものがありました。小さな子も大人も一緒にドキドキさせる、強いクライマックスになっていたと思います。

ドラえもんって道具が使える限り万能なのでね。なかなかピンチが作りづらいんですよね。

毎回、いろんな手で「ポケット封じ」をするんだけど。「ドラえもんが焦って道具を取り出せない」というのを定番としつつ。

今回はポケットが完全に取り上げられているので、もう誰の目にもわかりやすい大ピンチになっていたと思います。

 

そして、そこからの大逆転。これも実に気持ちのいい、高揚感溢れるものになっていたと思います。

そもそもの発端である、異説クラブメンバーズバッジの設定を、ここで活かすのが素晴らしいと思います。

なんでもアベコベにしてしまうノビットが伏線になっていて。異説が定説になっていく…という、途中でさらっと入っていた科学史の解説も伏線だったんですね。

力技で勝つのではなく、SF的なひねりを効かせて、アイデアで敵に勝つ。これも、F先生イズムだと言えます。

この辺はちょっとややこしいので、小さな子には難しかったかも…という気はしますが。

(途中でテキオー灯を浴びて、バッジを外しても大丈夫になっていたりする辺りもややわかりにくい。でも、つじつまはあっています)

とはいえ、小さい子が観ても、わからなくて置いていかれるということはないと思います。

皆まで理解できなくても、大勢のムービットの登場するダイナミズムで、逆転のカタルシスは小さい子にも伝わる。迷いなく観ていくことはできると思います。

 

登場人物みんなに見せ場があって、全員が活躍するのも良かったと思います。

ルカ、ルナ、アルのエスパル3人。カメのモゾや、ムービットのノビット。

ゴダートや、その部下だったキャンサー&クラブに至るまで、きちんと役割がある。意味なく出てきてほったらかしにされる登場人物はいません。

特に、マスコット的なキャラクターがただカワイイ担当ではなく、大活躍するのが良かったですね。ノビットは解決の要だし、モゾも最後に大きな役目がありました。

また、ジャイアンとアル、スネ夫とルナというふうに、レギュラーとゲストもそれぞれに関係づけられていて、ただいるだけみたいな人がいないのも良かったと思います。

⑤オマージュと、数々のサービス精神

辻村深月さんは元々F先生のファン、ドラえもんの読者ということもあって、様々なオマージュ、これまでのシリーズを踏まえた目配せも随所に感じられました。

 

ディアボロの設定が「海底鬼岩城」のポセイドンを連想させたり、ルカが「鉄人兵団」のリルルっぽかったり、宇宙への遠征は「魔界大冒険」「宇宙小戦争」だったり、予言が成就する展開が「大魔境」を思わせたり。

「大魔境」といえば、ルカを助けに行くシーンで最後にスネ夫が来るのもですね。

 

他にも、秋の設定は前作「宝島」の直後であるようにも感じられますね。机の上にボトルシップがあったり、前作への尊重も感じられます。

 

オマージュにせよ、リスペクトにせよ、いずれも伝統を踏まえつつ、独自の新しい展開にしているのがミソですね。ただそのまま繰り返しているわけじゃない。

ひらりマントとかスーパー手袋とか空気砲とかが活躍するのはいつものパターンですが、ジャイアンにコエカタマリンを使わせたり、エスパーぼうしで笑いをとったり、上手く道具を活かしていたと思います。

特にエスパーぼうしのシーンは、劇場の子供たちがドッと沸くシーンになってました。こういうサービスは、いいですね。

⑥パンフレット情報

最後に…映画ドラえもんのパンフレットはいつもシールとか組み立て工作とか付いていて、完全に子供向けなんだけど(当たり前ですが)、今回は先に引用した辻村深月さんのインタビューが読み応えあったので、大人も「買い」なんじゃないかと思います。

 

それに、「F先生の言葉」が掲載されているのも感動的でした。

1990年の「キネマ旬報」に掲載されたという記事の再録です。「のび太とアニマル惑星」の時ですかね。

 

「子どもの映画というのは、子どもの鑑賞に耐えうる映画でないといけないんですよ。

よく大人の鑑賞に耐えうる映画と言われますが、子どもの鑑賞に耐えうる映画というのも、これで作ろうと思えばなかなか難しいものです。

ちょっとダレると、たちまち劇場の中が運動会になっちゃいますから。

でも、それはやっぱり計算ずくでは描けないんじゃないかと僕は思う。

幸い、僕自身の中に子どもらしさがまだかなり濃厚に残っていてね、キャラクターたちと一緒に遊びながらお話をころがして作っている。

まあ、不謹慎にとられるかも知れないですけど、今の映画を僕は遊び感覚で作っている。

それは間違ってないと思います」

 

今回の映画、うちの子どもたちは、観終わるなり「もう一回観たい!」って言いました。

いろいろ一緒に観に行きましたけど、これが出たの、「若おかみは小学生!」に続いて2回目。

ドラえもん映画では、初めてです。(子どもと一緒に観に行ったのは2012年の「のび太と奇跡の島」以降)

だから、間違いなく「子どもの鑑賞に耐えうる映画」だったと思います。

 

 

 

 

 

 

「異説クラブメンバーズバッジ」収録のドラえもん、てんとう虫コミックスと全集。