映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021(2022 日本)

監督/絵コンテ:山口晋

脚本:佐藤大

原作:藤子・F・不二雄

キャラクターデザイン/総作画監督:丸山宏一

演出:加来哲郎、げそいくお、岡野慎吾

音楽:服部隆之

主題歌:Official髭男dism 「Universe」

出演:水田わさび、大原めぐみ、かかずゆみ、木村昴、関智一、朴璐美、梶裕貴、諏訪部順一、松岡茉優、ミルクボーイ、香川照之

①F先生らしいタッチの新作!

久しぶりのドラえもん映画です。

毎年おなじみだったシリーズ映画も新型コロナでペースが狂って、映画ドラえもんが本来の時期(春休み)に公開されるのは3年ぶり

本作も、タイトル通り本来は2021年3月に公開されるはずでしたが、割と早めに1年延期が決定。

毎年必ず1本公開…のペースを守ってきたドラえもん映画ですが、1年飛ばされることになりました。本作のタイトルが「2021」なのはそういう理由。

 

春休みの映画ドラえもん(と映画クレヨンしんちゃん)は、我が家の恒例行事だったのですが。

2020年の「のび太の新恐竜」はスルーしちゃったんですよね。どーしても川村元気が信用できなかったもので!

というわけで、2019年の「のび太の月面探査記」以来、3年ぶりの鑑賞です。

 

今回はF先生の原作もので、リメイク。これも久しぶりです。

2016年の「のび太の新・日本誕生」以来だから、6年ぶりですね。

「のび太の宇宙小戦争」のオリジナル版は1985年

短編「天井裏の宇宙戦争」辺りから発展して、F先生の熱いスター・ウォーズ愛が込められた作品です。タイトルは「リトルスターウォーズ」と読みます。

 

スター・ウォーズ愛と、プラモ愛、ジオラマ愛、自主制作特撮映画愛もありますね。スネ吉兄さん的な。

軍のクーデターで大統領が追われ、地下組織と協力して反撃するリアリスティックなプロットは、往年の第二次大戦もの戦争映画も思い起こさせます。

また、F先生は「ガリバー旅行記」がやりたかったということも語っていますね。海から巨人のしずかちゃんとスネ夫が上陸してくるダイナミズム。

様々なお気に入りの要素を混ぜ合わせてストーリーを構築していくのは、F先生の真骨頂と言えます。

 

今回の映画は、いくらかキャラクターが増やされ、展開が変更されてはいますが、概ね原作に忠実です。

全体を通してテンポが良く、過剰な情緒的盛り上げや「泣かせ」演出は控えめ。

近年の感動路線が好きな人は物足りないかもですが、僕は今回のシンプルな作りはとても好みでした!

F先生の本来の作風にも、近いタッチになっていたんじゃないかと思います。

 

②パピの掘り下げと投降の理由

スネ夫の家でプラモやジオラマを使った特撮映画を作っていたのび太は、小さな宇宙船を拾います。その中には、小さな宇宙人パピが乗っていました。パピはピリカ星少年大統領で、ギルモア将軍が企てたクーデターから逃げてきたのでした。ドラコルル長官率いる追手がパピに迫っていました…。

 

物語は原作(や旧作)に忠実に進みつつ、キャラクターの背景を膨らませたり、それに伴う展開を増やしたりされています。

特に目立つのはパピの掘り下げですね。原作より表情豊かなデザインに変更され、パピを支える姉ピイナが追加されることで、少年でありながら大統領の重責に耐えているパピの奥行きが深くなっています。

 

原作ではしずかちゃんと引き換えに連れ去られてしまうパピをより長くのび太たちと一緒に行動させ、自分の意思で投降させることで、パピの見せ場が増えています。

パピの投降はのび太や地下組織を裏切るようにも見えて、やや説明不足なので、子供の観客にはちょっと分かりづらいかもしれないなあ…という気はします。

 

パピの投降は要するに、戦争による犠牲者をこれ以上増やさないための一時降伏ですね。

一時というか、実質的には全面降伏であって、生殺与奪は敵に委ねる。おそらく殺されることになるけど、多くの国民の命のためには仕方がない…という自己犠牲。

演説で国民を鼓舞するにせよ、その芽が育つには時間がかかる。ピリカはギルモア将軍の支配下に置かれ、厳しい圧政の日々が続くことになるでしょう。

(日本のワイドショーとかで、一部のコメンテーターがウクライナ大統領にやれと言ってるのがコレですね。いったいどんな立場でそんな偉そうなことを…と思うけれど)

 

つまり、これは最低限国民の命だけは救うために、自分が死を受け入れ、国が圧政下に置かれることも甘んじて受け入れる…という苦い苦い決断です。

ドラえもんなので、その辺のシビアなことはぼやかしてあるので、かえってちょっと分かりにくくなっているかとは思います。

 

そういう辛い決断を乗り越えたからこそ、生き延びたパピの感慨はひとしおだし、ピイナとの時間で感情が溢れ出すのも共感できるわけですね。

感情の流れが首尾一貫しているので、全部は伝わらずとも、小さな観客にもニュアンスは伝わるんじゃないかな…という気がします。

③キャラクターの描き込みとアニメ表現の迫力

いつものメンバーの中では、スネ夫へのクローズアップが原作より強められいますね。

映画だとのび太が急に強くなり、ジャイアンもいい奴になるので、スネ夫が尻込みしたり逃げ出したりする役割を担うことになってきます。

怖さにすくんでしまうスネ夫ですが、今回は結構モロに「戦争」なのでね。それも無理はない…という気がしちゃうのは否めないものがあります。

 

その他のキャラクターでは、ドラコルルにちょっとした描き込みがあるのが良かったです。

意外とフェアだったり、パピの性質を信じていたり。負けを認める時には潔かったり。

一面的な悪というだけでもない、侠気がある。ちょっとした描写が足されているだけだけど、キャラクターの魅力は増していたと思います。

 

全体的なアニメ表現はとてもいい感じでした。

これも好みではあるんだけど、映画になるといつもの描線とタッチが変わることが時々あって、それがあまり好きじゃないんですよね。

今回は基本テレビと同じシンプルな画風になっていて、その上で戦闘シーンなどが細かく描き込まれ、アニメとしての迫力を増している。それがとても見やすかったです。

カッコいいと思ったのは、海に沈む戦車の中でしずかちゃんが巨大化するシーン。見せ場を、外さず魅力的な場面にしていました。

 

ジオラマの質感とか、プラモの壊れ方とか、趣味的な部分にもさりげなくこだわりがありましたね。

 

④戦争への距離感と思わぬ偶然のタイミング

原作は1984年ですからね。時代性の違い、当時と今の受け取り方の違いが違和感になって見えてくるのは、否めなかったと思います。

全体を通して、こんなに好戦的でいいのだろうか…という一抹の疑問は、やはり感じてしまいます。

 

最初から最後まで、のび太たちが戦うのは「無人機」としつこいくらいに念を押されていて、間違ってものび太たちが殺し合いに参加しているようには見えないよう、注意が払われています。

そこは原作から揺るがないところで、ドラえもんである以上外せない前提ではあります。

 

ただ、状況設定としてはシビアな本物の戦争ですからね…。

本来はあって当たり前であるはずの人の生き死にが、見えないようにされている居心地の悪さはちょっと感じます。

こっちは無人機しか攻撃しないにしても、相手は躊躇なく殺しに来るはずだからね。戦争なんだから。

その辺がちらついてしまうので、スネ夫が勇気を出して出撃するのも、本当にそれでいいのかな?という気はちょっとしちゃうのですよね。

 

その辺が過剰に気になってしまったのは、今本作を観るとウクライナ情勢を思い起こさずにはいられない…というびっくりするような偶然のせいではあります。

ピリカとピシアの戦争で、大統領が命を狙われる話ですからね。どうしても連想してしまう。

(ピシアはPCIAという諜報機関なのでCIAからのネーミングで、ロシアじゃないんですけどね、本当は。でもそう聞こえてしまう…)

 

本当に、まるっきりの偶然なんだけど。今公開なのも、コロナによる延期のせいだし。

というか、戦争ものフィクションが安心して楽しめるのも、現実が平和であってこそ…なのでね。

よりによって今戦争を始めるとは、なんて迷惑な話だ!と思うのですが。

⑤戦争というテーマを、子供たちにどう届けるか

「スター・ウォーズ」のように戦争をエンタメとして楽しむということと、子供たちに戦争の悲惨さを伝えるということは、時に矛盾しているように見えたりもします。

F先生はもちろんそこにも自覚的で、「スター・ウォーズ」を一帝国軍兵士の目から見ると悲惨な話になる…という皮肉をギャグとして、短編で描いたりもしています。(「裏町裏通り名画館」1983)

 

兵器や軍用機の「カッコよさ」への憧れと、反戦への意識が1人の中に同居している…というのも、F先生の世代の作家では割とよくあります。ちょっと下だけど、宮崎駿とかね。

ドラえもんの中でも、プラモの大和や零戦に大海戦を演じさせたあげく、「戦争は金ばかりかかって虚しいものだなあ…」なんてセリフを言わせたりしてますね。(「ラジコン大海戦」1976)

 

このセリフはスネ夫にプラモの大和やら零戦やらを提供して、ことごとくドラえもんとのび太に沈められた「いとこのスネ吉兄さん」のセリフですが、しかしもはや戦争についての真理なんじゃないかという気さえしますね。

「戦争は金ばかりかかって虚しいものだなあ…」と、今頃プーチンもちょっと思ったりしてるんじゃないでしょうか。

 

本作においても、F先生が最終的に伝えたいのは「命だいじに」でも「ガンガンいこうぜ」でもなく、民衆の怒りとその前で無力な権力者の姿

他人を武力で支配しようとすることが、いかに愚かしく虚しいことか…ではないかと思います。

 

パンフレットに載っていた、脚本の佐藤大さんのインタビュー。

1984年に描かれた原作を今の時代に映画化する時に、「独裁者や反乱軍といった80年代のSF映画っぽいテーマ」は今の時代とは合っていないのではないかと悩んだそうです。

でも、今再びそうしたテーマがリアルな時代になっている。

 

「偉い人ほどうまくウソをつくこんな時代だからこそ、決してウソをつかない少年大統領の姿をしっかり描くべきだと考えたのです。」

 

「また原作からは、映画のテーマを示すセリフを見つけることもできました。『そりゃあわたしだってこわいわよ。でも…このまま独裁者に負けちゃうなんて、あんまりみじめじゃない! やれるだけのことをやるしかないんだわ。』というしずかちゃんのセリフです。」

 

「決してウソをつかない。やれるだけのことをやるしかない。F先生の描く、こうしたいつまでも変わらない普遍的な価値観こそ、どんな時代でも、むしろ今の時代だからこそ響くメッセージになると思いました。」

 

もちろん今の世界情勢よりずっと前の発言なわけですが、見事にシンクロして見えるのは、まさにこれがF先生の「いつまでも変わらない普遍的な価値観」だからでしょうか。

現実の戦争とタイミングが合ってしまったのは不幸なことだと思いますが、F先生の精神をきちんとくんだ映画化であることが、図らずも証明されたと言えるかもしれません。

 

 

 

「のび太の宝島」への反動で、思わず褒めすぎた感のある「月面探査記」

 

大人気なく激しく酷評した「宝島」。川村元気はダメなのです。

 

 

 

 

「裏町裏通り名画館」収録。

 

 

「ラジコン大海戦」収録。