브로커(2022 韓国)

監督/脚本/編集:是枝裕和

製作:ユージン・リー

撮影:ホン・ギョンピョ

音楽:チョン・ジェイル

出演:ソン・ガンホ、ペ・ドゥナ、カン・ドンウォン、イ・ジウン、イ・ジュヨン、イム・スンス

 

①アウェイの環境で映画を撮る挑戦

ある雨の夜、ソヨン(イ・ジウン)が赤ん坊を赤ちゃんポストに置き去りにします。クリーニング店主のサンヒョン(ソン・ガンホ)と彼を手伝うドンス(カン・ドンウォン)は、赤ん坊を掠め取り、売り払おうとするブローカーですが、戻ってきたソヨンが赤ちゃんを売りに行く旅に加わります。取り引きの現場を現行犯で押さえるべく、スジン刑事(ペ・ドゥナ)イ刑事(イ・ジュヨン)が彼らを尾行します…。

 

完全な韓国映画として製作された是枝裕和監督の新作。

前作「真実」もほぼ完全なフランス映画だったので、既にお馴染みの手法と言えそうです。

自分のホームグラウンドじゃない環境で映画を撮るのは、それだけで大変だと思うのだけど。

国際的に通用する映画にしたいという、強い意欲を感じます。同時に、今の日本映画のままでは国際的に通用しないという強い危機感も。

 

「真実」は割と観ていて固いというか、若干の「借り物を着ているような外様感」を感じたのだけど。

本作では、非常にリラックスしている。余裕のようなものも感じますね。

オープニング、土砂降りの雨の夜のシーンは容易に「パラサイト」を連想させる。こういうオマージュや遊びを入れ込む余裕を感じる。

 

全体を通して一切の不自然を感じない「完全な韓国映画」なのだけれど、同時に確かに是枝裕和監督の作品になっている。

だから、「真実」でのチャレンジが生きて結実してるんでしょうね。さすがです。

 

②優しい人たちのロードムービー

日本でも話題の赤ちゃんポストを題材に、新生児の人身売買というゲスなネタをテーマにしつつ。

でも、嫌な気分になるような悪辣なところがまるでない。

登場人物はアウトサイダーではあるけれど、みんな根底に優しさを持つ人々として描かれています。

基本的には、人情喜劇ですね。

愛すべきはみ出し者たちの行動が、ユーモアとペーソスを込めて描かれていきます。

 

そして、おんぼろ車で旅をしていくロードムービー

借金を抱えたブローカーと、児童養護施設出身の若者、訳ありの事情を抱える赤ん坊の母親、それに里親を求める施設の少年まで加わって。

疑似家族というか、もうほとんど遠足のような、楽しいドタバタ旅になっていく。

(ポスタービジュアルとかにほとんど出てこないので、少年が加わるのはちょっとした意外性でした。サッカー少年ヘジン、良かったですよ。)

 

赤ちゃんを金で売ろうとするのは裁かれるべき「悪」ではあるのだけど、でもサンヒョンは子供が将来幸せになることを最優先の条件として、外国へ転売されたりしないように心を配っています。

施設を脱走した少年が心から望むのは、誰か優しい家庭に引き取られることで、だとしたらサンヒョンたちのやってることは、実際に人助けである…とも言えてしまう。

というか、赤ん坊を売り買いする行為さえもが即座に悪と断罪できないほど、矛盾に満ちた世界というものが浮かび上がってくるわけですね。

③「マグノリア」オマージュと共通項

登場人物それぞれが別々の背景を持っていて、それぞれのやりきれない思いを抱えている。

一見脳天気な旅の中で、それぞれの思いが交錯して、傷ついたり、癒されたり、悔やんだり、諦めたり、していく…。

 

人生には、時にどうしようもない局面というのがあって。

子供を産み育てることを諦めざるをなかったり、どうしても諦め切れなかったり。

赤ちゃんを捨てる母親に憤りを感じたり、そうせざるを得ない状況もまた理解できてしまったり。

幸せにしたいと思っていても、相手はそれを望んでいなかったり。

 

世界は時に残酷で、深く傷つけられることも多々あって。

それでも、時には誰かの優しさが気持ちを救ってくれることもある…。

 

本作の全体に流れるこのシビアで同時に切ない感じ、いつかどこかで覚えがあるなあ…と思ったら。

雨の中、車の中でスジン刑事がエイミー・マン"Wise Up”を聴くシーンがあって。ああこれ「マグノリア」だ!

ポール・トーマス・アンダーソン監督の1999年の映画「マグノリア」が、まさにこの「どうしようもない世界で傷つく人々と、でも確かにある優しさ」を描く映画でした。

 

本作は、「パラサイト」「万引き家族」の系譜にある、シビアな社会問題をテーマとする作品ではあるのだけど。

上記2作品より、一段の共感を登場人物に寄せている「優しい作品」になっている。そんな印象があります。

「マグノリア」へのオマージュには、そんな意味合いもあったのかな、と思いました。

結構意外な直接的な引用でしたね。「リコリス・ピザ」をちょうど今やってる…のも関係あるのかな。

「マグノリア」は個人的に大好きな映画なので、このシーンは素直に嬉しかったですね。

 

「マグノリア」の"Wise Up"シーン

④本当の家族よりも暖かに見える、出来損ないの疑似家族

「パラサイト」「万引き家族」と比べると本作には風通しのいい解放感があって、そこはロードムービーの効能でした。

どちらの映画も、「家」が重要なモチーフになっていましたね。豪華なセレブ住宅にしろ、半地下の家や寄生する地下室にしろ、寄せ集め家族が暮らす家にしろ、登場人物たちは家に留まることで家族であることを保っていました。

 

本作では、登場人物たちの多くが「家」を失っている。家族から見限られたサンヒョン、母に捨てられたドンス、赤ん坊の父親を殺してしまったソヨン、養護施設を脱走したヘジン…。

それぞれの家を失った人たちが集まって疑似家族的になっていくのだけど、万引き家族とは違って、彼らは誰がお父さんで誰がお母さんか分からない、おんぼろ車以外に家もない、いびつな未完成な家族です。

 

いびつなのだけど、赤ちゃんを中心に集い、ヘジンのいたずらに笑い、赤ちゃんが熱を出せば必死で病院へ連れて行く、彼らの姿を形容するもっともふさわしい言葉は「家族」になりますね。

家もなく役割もない彼らが、旅の自由の中でとても理想的な家族に見えてくる。

ドタバタ喜劇を通してやがて、家族とは何か?ということを考えさせられていく。そのバランスが上手いです。

 

韓国各地を巡っていく、観光ムービーにもなっている。漁港とか遊園地とか、その土地ごとの特色も描かれて。

韓国の人が観ても違和感のないようそれぞれの土地を描き込んでいるのは、入念なリサーチを行ったのだろうと思います。

何かと食べるシーンも多くて、そこも魅力的でした。

名物料理っぽいカニ鍋みたいなのとか、刑事たちが張り込みで食べてるのもなんだか美味そうでした!