キネマの神様(2021 日本)

監督:山田洋次

脚本:山田洋次、朝原雄三

原作:原田マハ

製作:房俊介、阿部雅人

撮影:近森眞史

編集:石島一秀

音楽:岩代太郎

主題歌:RADWIMPS feat.菅田将暉

出演:沢田研二、菅田将暉、永野芽郁、野田洋次郎、リリー・フランキー、前田旺志郎、志尊淳、北川景子、寺島しのぶ、小林稔侍、宮本信子

 

①いなくても、志村けん主演映画

志村けんさん(以降敬称略します)の死去を受けて、志村けん主演の「キネマの神様」が幻になってしまった…という記事を書いたのは、2020年3月でした。

その後、沢田研二が代役に決定。

例によって延期された公開日は更に伸び、2021年8月にようやく公開となりました。

 

観て、あらためて感じたのは…

やっぱり、志村けん主演で見たかったということ。

言っても詮ないのですけどね。

 

本作はあくまでも、志村けん主演映画として作られています。当て書きされた役柄を、変更になったからと言って書き換えていない。

というか、志村けんの死去を受けて、元よりむしろ志村けん色を前に出す演出になった…ように思われます。

 

沢田研二は、志村けんを演じています。ゴウという役柄を演じる志村けんを、演じている。

今回、沢田研二に自分を出そうという意思はないです。徹底して、志村けんの代役に徹している。

 

ゴウの若い頃を演じる菅田将暉は、やがて志村けんになることを意識して演じています。

 

セリフや仕草、様々なリアクションなど、あらゆるシーンが志村けんに合わせてあって、観てると容易に志村けんを連想してしまいます。

直接的に、東村山音頭を歌うシーンまであります。

 

映画全体を通して、志村けんへの愛情、惜別の思いが溢れていて、だからその点でグッとくる映画ではあります。

なんというか、もうそれに免じて何も言いたくない…という気も、します。

ただ、やっぱりそういう無理のある作り方なので。

いびつなところは、どうしてもあちこちに出てきてしまっています。

 

②デカ過ぎる見た目のイメージのギャップ

アル中でギャンブル好きのゴウ(沢田研二)はサラ金で借金を作り、妻の淑子(宮本信子)と娘の歩(寺島しのぶ)に見限られてしまいます。酒とギャンブルを禁じられたゴウはテラシン(小林稔侍)の経営する名画座に逃げ込み、映画作りに情熱を燃やしていた若い頃を思い出します。若いゴウ(菅田将暉)は撮影所で助監督として働き、スター女優の園子(北川景子)や映写技師のテラシン(野田洋次郎)、そして食堂で働く淑子(永野芽郁)と出会いました…。

 

若い頃、志村けんと沢田研二はよく似ていたんですよね。二人ともスマートで、二人とも長髪で。

コントでもよく共演して、入れ替わりネタとか。志村がジュリーのコスプレしたりしてました。

 

盟友と言える二人で、だから今回の代役も納得のいくものではあるんですが。

ただ問題は、現在の二人がまるっきり似ていない…ということなんですよね。

はっきり言って、沢田研二が太り過ぎ

いや、太るのは別に個人の自由とは思うのだけど。志村けんをイメージしたゴウという役柄とは、あまりにもキャラクターがズレすぎちゃう。

 

冒頭から描かれる、アル中でギャンブル狂いで、有り金は競馬か麻雀に注ぎ込んじゃって、サラ金にまで手を出して、不健康で。

家族に迷惑をかけまくり、妻も娘もほとほとうんざりさせられている。

でも人を笑わせる明るい性格で、最後のところではなぜか不思議と憎めない。

ゴウというじいさんは、そういうキャラでないといけないと思うのですが。

 

現在の沢田研二のでっぷり太って巨大な佇まいは、同じ不健康でも、イメージが違って見えちゃうんですよね。

酒とギャンブルに有り金はたいて、食い詰めてきた結果の不健康に見えない。

馬券売り場で耳に鉛筆挟んでるおっちゃんに見えない。場末の飲み屋のカウンターには、図体が収まらなさそう。

社長さんの太り方。贅沢太りに見えてしまいます。

 

奥さんとの関係においても、デカイという時点で、どうにも見え方変わっちゃうんですよね。

強そうだから。なんか怖い

注意とかしたら、暴力で返されそうな気がする。

ダメ男でも、いざとなったら奥さんの尻に敷かれてたじたじになっちゃう…という感じだから笑えるわけで。怖く見えちゃったら、もう笑えないですね。

 

このイメージの違いが結局ずーっと尾を引いて、ゴウという人物が上手く像を結ばないんですよ。

像を結ばせようとすると、そこにはいない志村けんが浮かんできてしまう。

 

交代した時点で、現在の沢田研二に役柄のイメージを合わせることもできたと思うんですよ。

少なくとも淑子や歩は「太り過ぎ」に言及するだろうし。ダイエットを勧めたりするはずだし。

こうなる原因もあるはずだから、おやつばっかり食べようとするのを止めるとか。そういうキャラ作りをするのが自然だと思うのだけど。

 

でも本作では、あえてそういう調整をやっていない。

志村けんをイメージしたキャラのままだから、あくまでもゴウが太ってるのは「見ないこと」になってる。

みんながそこにいる沢田研二を無視して、そこにいない志村けんと芝居をしてる…というか。

観客も、そこにいない志村けんを見ざるを得ない。

 

だから、沢田研二は悪くない。逆に、こんなキツい条件でよく最後までやったと思います。

③過去と現在がつながらない…

上記のようなノイズのない過去パートは、現在パートに比べてずっと見やすかったです。

往年の松竹撮影所を舞台にした、映画青年たちの青春物語として、過去パートは普通に見応えがありました。

しかし、過去パートと現在パートがスムーズにつながってるとは、ちょっと言い難かったと思います。

 

菅田将暉が好青年すぎて、現在のクズっぷりにつながるように思えない。

映画への熱い情熱が豊かに描かれるだけに、いとも簡単に一回の失敗で映画を捨てて、酒とギャンブルしかない人間になってしまうのが理解できない

 

ただ、後になって思ったのは…この辺も、本来は志村けんのキャラクターを前提に、もっとドタバタなコメディとして観るべきところだったのかな…ということです。

ゴウは明るくて楽しくて人に好かれる人物だけど、間が抜けていて、バカな道化の役回り。

友達の恋の応援をしようとしても、自分がその娘と相思相愛になっちゃうような、間の悪いぶきっちょな男。

だから、せっかく掴んだチャンスを下痢ピーでふいにしちゃうのも、さもありなんな成り行きであって。

 

このお腹を下しちゃうシーンも、行く末が志村けんだった場合を想像してみると、もっとコメディっぽいシーンになってたように思うのです。

ドリフのコントでもありましたよね。志村が何かしようとしたら、ぐるる…ってお腹が鳴って、お尻押さえて大慌てでトイレに駆け込んでいく…っていうギャグ。やりたかったのは、あれなんじゃないかと。

 

志村けんに繋がるつもりで演技をしてたら繋がらないので、菅田将暉もちょっとハシゴを外された感があります。

④見えづらい寅さんフォーマット

さて、ダメダメなゴウ老人が、ここからいかに名誉挽回するか…ですが。

ゴウが若い頃に書いたシナリオ「キネマの神様」を孫が読んで感激。孫とおじいちゃんが協力して今風に書き直し、新人賞に応募。見事大賞を受賞する…という筋立てになってます。

 

50年前のシナリオですからね。結局そこで時間が止まっていて、それ以降何も成し遂げていないのか…というガッカリ感を感じてしまって。

それでみんながちやほやしてくれるのも、いやあ…何一つ挽回してないだろ、と思ってしまって。

原作では、そうじゃないだけにね。原作はゴウが映画のレビューを書いて話題になる…という話で、だからしっかりと、過去の栄光でなく現在の行動で挽回している。

それだけに、あまり乗れない気分になってしまったんですが。

 

でもこれも本来は、その辺が気になるようなバランスには、ならないはずだったんじゃないかと思うんですよね。

山田洋次監督ですからね。ゴウは寅さん

映画の本来の狙いの上では、ゴウが賞を取って成功することは大した焦点じゃなくて。

大事なのは、彼が引きこもりっぽい孫の心を開いて、やる気を出させたことなんだと思うんですよね、たぶん。

 

ゴウがほとんど何もせず、昔書いた脚本で棚ボタみたいに賞金もらっちゃうのも、本来は笑うところで。

迷惑ばっかりでお調子者のおじいちゃんだけど、なんか孫が明るくなってるし、なんだかんだ言って家族が笑顔になっちゃってる。まったく、憎めないんだよなあ…って感じのいつもの寅さんフォーマット。

本当は、そういう受け取り方にしたかったんじゃないかと、後から予想したんだけど。どうなのかな。

⑤なかなか難しい昔ながらの…

思ったのは、昔ながらの寅さん的な男の姿。ろくでなしで、生産性がなくて、奥さんを泣かせて、娘を怒らせて…という甲斐性なしの男が、それでも「憎めない、愛される」というファンタジーを描き出すのは、なかなか難しい時代になってるんじゃないかなあ…ということでした。

いろいろと、「そこは言わない前提」みたいになってたことが、簡単には見過ごせなくなってしまっている。

たとえ沢田研二でなく、予定通りに志村けんが主演だったとしても、そこは難しいところだったかもしれません。

 

山田洋次監督はだからこそ、あの結末にしたのかもしれないなあ…なんてことも、感じてしまいました。過去への退場。なんか、寂しい…。

 

最後に良かったことをもう一度書いておくと、女優が美しかったです! これは本当に。

役柄の上でも「銀幕のスター女優で絶世の美女」である北川景子はもちろんのこと。

永野芽郁が、すごく良かったです。これまで見たドラマや映画の中で、いちばんしっくり来ました。

多くのベテランの役者が出てるけど、その中でいちばん輝いていたし、説得力があったんじゃないかな。

 

 

 

 

スマートでセクシーだった頃の沢田研二主演のカルト作。でもやっぱりこの人はスターであって、三枚目の役は無理があるんじゃないかな。

 

山田洋次監督の前作。