The Thing(1982 アメリカ)
監督:ジョン・カーペンター
脚本:ビル・ランカスター
原作:ジョン・W・キャンベル 「影が行く」
製作:デイヴィッド・フォスター、ローレンス・ターマン、スチュアート・コーエン
製作総指揮:ウィルバー・スターク
音楽:エンニオ・モリコーネ
撮影:ディーン・カンディ
編集:トッド・ラムジー
出演:カート・ラッセル、ウィルフォード・ブリムリー、ドナルド・モファット、キース・デイヴィッド
<デジタルリマスター版>が劇場公開されている、「遊星からの物体X」。2018年劇場公開版のレビューについてはこちらをどうぞ。
この映画、登場人物が多くて、しかも男ばっかりで、初見だと人物の見分けがつきにくい。なので、誰がどうなったのか若干把握しづらい…というところがあると思うんですよね。
…って、僕のことですが。
まあ、僕のような不注意な人のガイドになればと、DVDについてたカーペンター監督とカート・ラッセルの音声解説も参照しつつ、全体を整理・解説してみたいと思います。
・12人の観測隊員たち
アメリカ観測隊第4基地で暮らす隊員は以下の12名です。
マクレディ(カート・ラッセル)
本編の主人公であるヘリ操縦士。いつもJ&Bウイスキーのボトルを携えたアウトロー。
カーペンターとラッセルは、マクレディはベトナム戦争がきっかけでアル中になったと語っています。リーダーになることを嫌っていますが、否応なくその役目を担うことになっていきます。
ブレア(ウィルフォード・ブリムリー)
物体が文明社会に到達すると27000時間で全人類を同化してしまう…ということに気づき、通信機やヘリを壊して大暴れする生物学者。小屋に監禁されてしまいます。
ノールス(T・K・カーター)
ローラースケートで基地内を走り回る、若い黒人の調理係。
パーマー(デイヴィッド・クレノン)
変わり者扱いされている第2ヘリ操縦士兼機械技師。カーペンターによれば、ヘリ操縦士を夢見る修理工。演じたクレノン自身の解釈によれば、ドラッグのリハビリ・センターから退院して、今度こそまともな生活をしようとしている男。
チャイルズ(キース・デイヴィッド)
黒人の機械技師。演じたキース・デイヴィッドは本作が映画デビュー作。後にカーペンター監督の「ゼイリブ」にも出演しています。
ドクター・コッパー(リチャード・ダイサート)
外見に似合わぬ鼻ピアスがやけに気になる医者。ノルウェー基地から持ち帰った死体を解剖します。
ヴァンス・ノリス(チャールズ・ハラハン)
地球物理学者。心臓に持病を抱えています。
ジョージ・ベニングス(ピーター・マローニー)
気象学者。ノルウェー人に撃たれて怪我をして、ノルウェー基地から持ち帰った死体によって同化される。何かとノルウェー人の犠牲になる人物です。
クラーク(リチャード・メイサー)
犬を愛する飼育係。人間より犬に心を開くタイプ。犬といっしょにいたため、物体であるのではと疑われます。
ギャリー(ドナルド・モファット)
観測隊隊長。射撃の腕が良く、銃を乱射したノルウェー人を撃ち殺します。保管血液を壊した点で疑われ、隊長を降ります。
フュークス(ジョエル・ポリス)
生物学助手。たぶん、本作でいちばん影の薄い人物ではないでしょうか。
ウィンドウズ(トーマス・ウェイツ)
無線通信技師。通じない無線にうんざりしています。
・オープニング
「THE THING」の文字が燃えるように現れる有名なタイトルシーンは、極めてアナログな方法で撮影されています。
タイトルの文字を切り抜いたシートをカメラの前に起き、切り抜きの向こうにゴミ袋を置いて火をつけ、更に照明を当てるという、非常に手作りのタイトルです。
・ロケーション
「南極」のロケは、アラスカとカナダで行われています。
オープニングは「アラスカのジュノー氷原の広大な地域」。
アメリカ観測隊基地のセットは、「カナダのブリティッシュコロンビア州の氷河」に建てられています。
ロケ撮影においては、スタッフ・キャストは宿泊地から45分かけてバスに乗って、氷河の上のセットまで通うことになりました。
かなりの悪天候で、ホワイトアウトの恐怖と戦いながらの撮影でした。
面白いのは、劇中も男ばっかりなんですが、撮影スタッフもたった一人を除いて全員男だったんだとか。
その一人だけいた女性も途中で離脱してしまって、キャストもスタッフも完全に男だけになったそうです。
基地の内部は、LAにあるユニヴァーサルのセット。撮影時セットの外は暑くて、40度近くあったのだとか。
スタジオを出入りするたびに防寒服を脱ぐのが面倒で、最後には防寒服のまま真夏の街へ食事に行ったりしたそうです。
ノルウェー基地のセットもLAのスタジオです。
マクレディらが発見する物体が入っていた「氷のベッド」は、1951年のオリジナル版「遊星よりの物体X」へのオマージュ。ハワード・ホークスが製作したそちらのバージョンでは、怪物は大きな氷の塊の中から出現しました。
・犬が同化したのは誰?
犬の名前はジェド。実によく訓練されたハスキー犬です。
マクレディたちがノルウェー基地に出かけた間に、犬は基地内をうろつき回ります。シルエットの人物がいる部屋に入っていくカット。ここで、最初の同化が行われたものと思われます。
シルエットの人物は誰でしょう。
後の血液検査で、マクレディ、ノールス、チャイルズ、クラーク、ギャリー、ウィンドウズは人間であることが判明しています。
ベニングスはノルウェー基地から持ち帰った死体によって同化されるまでは人間。
ドクター・コッパーとフュークスも、後に物体によって殺されるので、人間だったはず。
また、マクレディとギャリー、ドクター・コッパーはノルウェー基地へ出かけています。
ブレアも、ヘリや無線機を壊して監禁される時点までは人間であったはずです。
となると、残るはパーマーとノリスのみ。
シルエットの髪型はどちらにも見えるようですが…たぶん、ノリスじゃないでしょうか。
ドッグモンスターのシーンの直前で、ノリスはギャリー、クラークとトランプをしています。物体に同化された後も、トランプをすることはできる。すなわち、ノリスとしての記憶や意識は残っていることが伺えます。
・ドッグモンスター
犬の体から触手が伸びるシーンは、伸ばした触手を引っ張って引き込んだカットを逆再生して表現しています。
逃げようとする犬に浴びせられる粘液はスライム状の粘着物で、物体の出てくるシーンのあちこちで使われています。これは食材を使ったようで、「トゥインキーにも入ってるものだから無害だ」とカーペンターは言っています。
トゥインキーはアメリカの有名なクリーム入りスポンジケーキ。「ゾンビランド」で登場人物の一人がこよなく愛していましたね。
蠢く触手は、ロブ・ボッティンが鞭のように操っています。モンスターの造形を担当したボッティンはほとんどの撮影現場にも立ち会って、改良を続け、制作物が作り物のように見えるのを避けようとし続けました。
カーペンターは「この撮影には動物愛護協会も立ち会っていた」と言ってますが、「入ってくるクラークに犬を投げつけた」なんてことも言ってます。
ロブ・ボッティンが多忙を極めたため、ドッグモンスターはスタン・ウィンストンが担当しています。「ターミネーター」や「ジュラシック・パーク」で知られる彼の初期の仕事となっています。
ドッグモンスターの本体が天井へ逃げた後、小屋に残った物体がぱっくりと口を開け、中から花のようなものが伸びてきます。よく見ると、これはいくつもの犬の舌を花弁のように並べ、更に歯を並べたものになっています。
・宇宙船の発見
ノルウェー基地から持ち帰ったビデオを確認した後、マクレディとギャリー、ノリスの3人がヘリで宇宙船を確認しに行きます。
氷の下にたたずむ宇宙船のショットは、大部分がマット画です。
氷のベッドを掘り出した穴を見つけるシーンは、緑の芝生のうち役者が立つ一部だけに雪を敷いて、周りにマット画を合成したものになっています。
基地に戻ったマクレディが、物体が宇宙から来たことを皆に知らせますが、チャイルズは信じようとしません。
パーカーは、「宇宙からの落下物は多い、政府に聞いてみろよ」などと言います。「神様も舞い降りてインカの人々を導いたんだ」
パーカーがオカルトマニアであることがわかります。
また、もしこの時点で既にパーカーが物体に同化されているのであれば、物体に同化された後もジョークが言えるということになります。
・ベニングスの同化
フュークスがマクレディを雪上車に誘って話をします。
フュークスはブレアの様子がおかしいことに気づいています。ブレアのノートには、「同化には暗がりで接近することが必要」との記述もありました。
どうしてそこまでブレアに分かったのか、不可解ではあります。
ノルウェー基地から持ち帰った死体から触手が伸び、ベニングスが同化されます。
物体の同化がどのように行われるのか…ですが、ブレアのコンピュータ・シミュレーションによると、細胞単位で行われるようです。
侵入した細胞が、元からある細胞を食らう。そして、元からある細胞の擬態をしてそっくりになる。
つまり、物体の同化というのは、対象に体液を注入するなどして細胞を送り込むことで、対象を内部から細胞レベルで改造して、物体に変化させてしまうという作用なわけですね。
ノルウェーから持ち帰った死体は、焼かれたことで生物としての機能は停止していたけれど、内部にある細胞はまだ生きていて、別の体を乗っ取るチャンスを待っていたのでしょう。
しかしそうなると、炎で焼かれただけでは物体は死なないということになります。劇中で焼かれた多くの物体も、内部に生きた細胞を保って救援隊を待っているのかもしれません…。
完全に同化されると見た目は人間とまったく同一になり、知的活動も同様に行える。でも同化の途中には、肉体も精神も不完全な状態になるようです。
同化の途中で焼かれたベニングス。彼の両手は異様な形に変形しています。また、目はうつろで、どこか人間らしさを失っているように見えます。
物体のしるしとして、「瞳に光がない」ということをカーペンターが言っていますが、このベニングスのシーンはそれがわかりやすい場面だと思います。
ギャリーがマクレディを呼び止めて、「ベニングスは古い友達なんだ」と言うシーンは、後で追加撮影されました。急速に進む事態に、ギャリーがまだついて行けていないことを示すシーンになっています。
・ブレアの暴走
物体が都市に到達した場合、27000時間で全人類が同化される。そのことに気づいたブレアは、 物体を南極にとどめ、人類を守るため、移動手段や通信手段を破壊します。
ヘリや雪上車を壊し、無線装置を壊す。
犬も殺しているのが念入りですね。犬を残してしまったのがノルウェー隊の誤算で、そのために物体は生き延びてアメリカ基地に逃げ込むことができました。
ブレアは既に基地の全員か、少なくとも全員近くが物体に同化されてしまっていると考えたようです。計算上では、そうなるはずだったのでしょう。
しかし実際には、この時点で同化されているのは多くともノリスとパーカーの二人のみでした。
ブレアは取り押さえられ、小屋に監禁されます。
人類を守るために暴れた時点ではブレアは人間でしょうから、監禁された後で同化されたものと思われます。
監禁されたブレアは、マクレディに「クラークに気をつけろ」と告げます。
・保存用血液の破壊
物体を探し出すために、ドクター・コッパーが血液検査を提案します。輸血用の保存用血液と皆の血液を比較して、変質している者を探すという方法です。
保存用血液庫の鍵はギャリーがベルトにつけていて、彼はそれをドクターに渡します。
しかし、ドクターが保存用血液庫に着くと、既に血液は破壊されていました。
錠は壊されておらず、誰かが鍵を使って開け閉めしたものと分かります。
破壊したのは誰なのでしょう?
鍵を持っているのはギャリー。なので、ギャリーが疑われ、リーダーをマクレディに譲ることになります。
この時点で物体なのはノリスかパーカーなので、二人のうちどちらかであるということになりますが、どうやってギャリーの鍵を手に入れたのかは最後まで不明のままです。ギャリーがベルトにつけている鍵を盗み出すのは、かなり難易度が高いように思われます。
ノリスは一旦リーダーを任されようとしますが、本人は拒絶します。物体の目的としては、ここでリーダーになっておいた方が得だったと思われますが。
リーダーの座におじけずくのは、ノリスの本来の性格だと思われます。そういう意味では、後に出てくる心臓発作もそうですね。
どうやら、全身の細胞が物体に置き換わっても、もとの人間としての記憶や性質はそのまま引き継がれるようです。あるいは、ノリス本人も自分が既に人間でなくなっていることにまだ気づいていないということも十分にあり得るように思われます。
・フュークスを襲ったのは誰か
保存用血液の件で、怪しいとされるギャリーとドクター・コッパー、それに犬の件で疑われているクラークが、麻酔剤を打たれ娯楽室の椅子に縛られることになります。
劇中で何度か出てくる「注射シーン」ですが、撮影時に注射を受けているのはカメラ・オペレーターのレイ・ステラです。彼は「ハロウィン」でもカメラ・オペレーターを務めていました。
カーペンターは「彼はいつもやってると言ってた」、ラッセルは「彼は今、治療施設にいるんだろ?」とヒドいことを言ってます。
マクレディがテープに状況を吹き込むシーンでは、背後に何者かが近づいていそうなムードが意図的に演出されています。
カーペンターは背後に実際に人影を描くことも考えましたが、採用はしませんでした。ここでは、観客が「マクレディは物体かもしれない」と想像するように誘導されています。
フュークスを演じたジョエル・ポリスはこの映画がデビュー作。フュークスの存在感の薄さは、役者の慣れてなさも一因かもしれませんね。
フュークスはマクレディに、「同化は一滴の体液で可能」「これからは食べ物も注意して、缶詰だけにしなければ」ということを伝えます。
そして、マクレディが去った直後に停電が起きます。意図的に、マクレディが怪しいように演出されています。
フュークスは停電で自ら外に様子を見に行ったきり、次は彼の焼死体が発見され、どうやら同化されたらしいということになるのですが、実際に彼に何が起きたのかは曖昧なままになっています。
娯楽室で麻酔剤を打たれて縛られているギャリー、クラーク、ドクター以外の人には、チャンスがあるということになります。実際には、物体であるノリスかパーマーだろうということになりますが。
しかし、戸外に出てフュークスを襲い、その死体を焼いて、更にマクレディをはめる罠を仕掛ける…という動きを気づかれずにこなせるのは、ブレアだけのようにも思えます。フュークスを襲ったのは、ブレアではないでしょうか。
・疑われるマクレディ
フュークスを探しを指揮するマクレディ。彼とノールスが外へ、パーマーとウィンドウズに屋内を探すよう指示するのですが、パーマーはウィンドウズと一緒は嫌がり、チャイルズがいいと言います。
特にウィンドウズを避ける理由はないような気もしますが…。ベニングスが同化された時に近くにいたから、またギャリーが疑われた際に銃を向けようとしたからでしょうか。
いずれにせよ、血液検査でパーマーの正体が分かるのはこの直後なので、この時点でパーマーは物体に同化されているはずです。やはり、同化されても記憶や意識は人間だった時のものが残るようです。
結局、マクレディはノールスとウィンドウズとともに外に出て、パーマーはチャイルズ、ノリスとともに屋内に残ることになります。
フュークスの死体を見つけたマクレディはウィンドウズを報告に戻らせ、自身はノールスとともに自分の小屋を見に行きます。
ノールスがマクレディの小屋の暖炉の中にマクレディのネーム入りの引き裂かれた服を発見して、皆はマクレディが同化されていることを疑い始めます。
基地から締め出され、そのことに気づいたマクレディは爆弾で武装して逆襲します。
凍りついた顔のメイキャップは「砂糖みたいな味がした」とラッセルは語っています。
・ノリスモンスター
カーペンター「ここで目にするものはすべて基本的にセットに作られたもので、僕たちの目の前にあったとだけ言っておこう。後から挿入されたものじゃないんだ」
ノリスを演じたハラハンは、このシーンのために横たわって、メイキャップのために長時間じっとしていなければなりませんでした。
長い時間をかけて準備をして、ようやく臨んだテイク1は体液が噴水みたいに吹き出してしまって失敗。更に長時間かけてやり直しして、テイク2で成功しました。
ドクターの腕が食いちぎられるシーンは、実際に腕のない代役に、ドクター・コッパーの顔に似せたマスクをかぶせて撮影されました。
ノリスの首が伸びるシーンでは大量の粘液が使われました。これはロブ・ボッティン特製の、プラスチックを溶かしバブルガムを混ぜた代物で、ひどい匂いがしていたそうです。
カーペンターの思いつきで周囲を火事にすることにしたのですが、この粘液のために引火性のガスがそこら中に充満していました。撮影開始とともに爆発が起こり、せっかくのセットも特撮装置もみんな燃えてしまいました。
ボッティンは翌日までにそれを作り直し、再撮影を終えたということです。
触手がものを掴むシーンは、フイルムの逆回転。
スパイダーヘッドは偽の床の上にあって、足は床下から操作されています。
確かに、上の机の下のシーンでは、足は床の定位置から動いていません。
ドッグモンスターは正体を現した後、おとりとなる部分を犬小屋に残して皆の目を引きつけ、その隙に本体が天井に逃げてしまいました。
同じようにノリスモンスターも、胸を割って出現した派手な部分が皆の目を引きつけているうちに、スパイダーヘッド部分が逃げ出そうとしています。ノリスモンスターの本体部分はこのスパイダーヘッドであるようです。
一連のシーンから、物体があくまでも生き延びようとする本能に従っていることがわかります。彼ら自身には特に侵略の意図はなく、同化も生存本能に従った結果の行動なのでしょう。
・血液検査
マクレディが血液テストを提案しますが、チャイルズとクラークは同意しようとしません。隙をついてクラークが襲い掛かりますが、マクレディは振り向きざまにクラークを撃ち倒してしまいます。
血液テストのシーンには、当時流行しつつあったエイズへの関心が込められています。
カーペンター「当時、新聞で短い記事を読んだ。その頃、発生しつつあった病気についてだ。”エイズ”と呼ばれていた。その病によって命を落とす者もいて、その脅威は奇妙な形で、僕らが描いたことと似通っていた。というのも、誰が病気にかかっているか分からなかったからだ。
病気かどうかを明らかにするためには、血液検査をしなければならなかった。ちょうど、この映画のキャラクターたちが最終的にやるように」
ラッセル「血液テストだけど、当時ちょうどエイズが知られ始めた頃で、こういったテストは政治的な意味を考えさせられる」
カーペンター「本当にエイズについて考えされられる。つまりこの場合は、誰が物体か明らかにすることで、生死が分かれる。そしてこれは生きることについての話なんだ」
熱に反応して逃げる血液。正体がバレたとわかるとパーマーの体が崩壊し始めるのは、パーマーを構成する個々の細胞がそれぞれに「逃げ出そうとしている」ということなのかもしれません。
ラッセル「この物体がただ生存したいだけなんだということも分かり始める。僕たちと同じように、単なる生命体なんだよ。僕たちだって、別の惑星に行ったら、植物を食べるかもしれない。そして植物の視点からすれば、僕たちはこの恐ろしい怪物と同じなんだ」
カーペンター「その通りだ。それから、僕が特に気に入ってるところなんだけど、マクレディがこの生物には個性というものがないことに気づくんだ。すべての細胞がその生存を望む一個人で、グループとして行動しようという欲望がまったくない。生存以外にはなんの本能もないんだ」
パーマーの血を調べて血が吹き出すシーン、マクレディの左手は作り物に置き換わっています。実はクラークの血を調べるシーンでも既に作り物になっており、パーマーの時に目立たないように先に出しておいたそう。
パーマーの頭部がぱっくり割れてウィンドウズに食いつきますが、このシーンはまさしく「寄生獣」に大きな影響を与えてるんじゃないでしょうか。
まあ、この映画のすべてのシーンが「寄生獣」に影響していると言えると思いますが、中でも顕著なのはこのシーン。
同化されたウィンドウズは人形。壁の後ろから操作されています。
火炎放射器で燃やされ、壁にも火がついてしまったので、操作していた人たちは大変だったんだとか。
・ブレアの小屋
ブレアの小屋はユニバーサルのセット。
小屋に監禁された後で物体に同化されて、それから床下に雪洞を掘り、小屋にあったものとヘリの部品で円盤のような乗り物を作った…ということのようですが、それほどの時間があったのが驚きに思えます。
映画を通して、物体の知的レベルはどうも一定しないところがあります。
・基地の爆破
電気が消え、チャイルズが基地を出るところが目撃されます。後にチャイルズは人影を見たので追いかけた、と語っていますが、彼が人間なのか同化されたのか、最後まで曖昧なままにされています。
カーペンター「チャイルズが物体なのかどうか、決めていなかった」
ブレアによって発電機が壊されます。物体は基地を凍りつかせることで邪魔な人間たちを排除し、自分は冬眠して、春に救援隊が来るのを待つことにしたようです。
発電機がなくては生存は絶望的。マクレディは基地を爆破することで物体を火で取り囲み、冬眠させない作戦を決意します。自分たちの生存を諦めた最後の手段。
ですが、この作戦は結構あやふやです。基地を爆破しても、一定期間だけ炎の届かないところで避けていられれば、物体は生き延びて救援隊を待つことができてしまいます。
実際、ラストシーンで残ったマクレディかチャイルズのどちらかが物体であれば、そのようなことが起こったことになります。
・ブレアモンスター
最初の脚本段階では、ブレア本人は登場していませんでした。ブレアに何が起きたのかを観客に分かりやすくするために、登場することに変更されました。
ギャリーの顔にブレアの指が入るシーンも、フイルムの逆回転。手は実際はロブ・ボッティンの手です。
ノールスは何かの気配を感じて暗闇に消え、それっきりになりますが、絵コンテの段階では巨大化したブレアに吸収される様子が用意されていました。
これは実際には撮影されずに終わりました。
地面の下を物体が迫ってくるショットは、セットの下に通路を作って、そこに大きな球を入れて、縄で引っ張って表現しています。
ロングショットで映るマクレディはディック・ウォーロック。彼は「ハロウィン」でブギーマンを演じていました。
ブレアを同化したのは、犬小屋から天井に逃げたドッグモンスターだったのだろうと思われます。巨大化したブレアモンスターの中に、ドッグモンスターも含まれていたからです。
同化には2つのパターンがあるようです。1つは、体液を相手に送り込み、相手を外見は元の姿のまま、物体に変えてしまうもの。
もう1つは相手を吸収して取り込み、自分の一部にしてしまうもの。この場合は、物理的に体積が大きくなるようです。ラストのブレアモンスターは、犬とブレア、更におそらくギャリーとノールスも取り込んで、巨大化していました。
地面から持ち上がる触手は、ランディ・クックのアニメーション。
出現する巨大化したブレアモンスターも、当初はモデル・アニメーションで作られたショットが予定されていましたが、カーペンターの納得いくものにならなかったため、ほとんどがカットされてしまいました。
このモデル・アニメーションは「遊星からの物体X」の幻のシーンとして昔から有名なものでした。今はソフトの特典映像で見られるはずです。
・二人だけの結末
ラッセル「僕たちには分からなかったんだ。もし自分が物体だったら、自分で分かるのか? 自分が物体だって気づいていることを、物体は察知するのか?といろいろ考えた。そして、どうやってこれを食い止めるのか」
カーペンター「そして君は監督の僕に、『ジョン、この男たちは生かしておいてはいけないよ。お互いに殺し合わなければならない』と言うんだ。
そして僕は一人で、『カートたち二人が、互いを燃やしあって映画を終わらせるなんてできない』と思っていた。そこで、カートが最後の瞬間を考えついたんだ。ユニヴァーサル側はもともと、チャイルズが再登場しなかったら何が起こるのか知りたがっていた。それで、ちょうどマクレディが一人でいるこのシーンでカットして、それで試写をさせられたんだ」
このシーンで、ずっと姿を消していたチャイルズはもちろん、マクレディにも物体に同化されている可能性があります。ブレアモンスターとの戦いのシーンからラストシーンまでの間には、タイムラグがあるように見えるからです。
ラストシーンで、マクレディの息は白く見えるのに、チャイルズの息は見えないところから、これはチャイルズが既に物体に同化されていることを示しているのではないかという説がありました。
カーペンターはこれについて、「照明のかげんで白く見えないだけ」と一蹴しています。ただし、カーペンターは「二人ともに物体である可能性がある」としています。彼は、あくまでもどちらともとれる状態で終わらせたかったようです。
チャイルズにウィスキーをすすめて、彼が飲んだのを見て微笑むマクレディ。
フュークスがマクレディに話した、「一滴の体液でも同化できる」「だから食べ物にも注意しなければ」ということを踏まえると、意味深なシーンにも見えてしまいます。
どっちつかずのエンディングの評判が悪かった場合に備えて、マクレディが人間であることをはっきりと示すエンディングも、一応撮影されていました。
基地の中でマクレディが自分に血液検査を行い、人間であると知ってほっとするシーン…だそうです。
しかし、結局このシーンは試写に入れられることもなく、カーペンターは本来のエンディングを選択することになりました。
カーペンター監督は本作を「黙示録的な映画」と語っています。「オープニングのヘリのシーンから既に、暗い結末を暗示している」
監督は本作について、人類の滅亡は避けられないのだと考えているようです。
監督はまた、エイズや、「隣にいる人が信じられない現代社会」の問題を込めたのだということを語っています。
「遊星からの物体X」2018年公開リマスター版のレビューはこちら
ジョン・カーペンター監督作品「ゼイリブ」30周年リマスター版のレビューはこちら