The Thing(1982 アメリカ)

監督:ジョン・カーペンター

脚本:ビル・ランカスター

原作:ジョン・W・キャンベル 「影が行く」

製作:デイヴィッド・フォスター、ローレンス・ターマン、スチュアート・コーエン

製作総指揮:ウィルバー・スターク

音楽:エンニオ・モリコーネ

撮影:ディーン・カンディ

編集:トッド・ラムジー

出演:カート・ラッセル、ウィルフォード・ブリムリー、ドナルド・モファット、キース・デイヴィッド

 

①ビデオ画質では気づかない新たな発見!

昔から何度も繰り返し、テレビやビデオやDVDで観てきた映画ですが、映画館で観るのは今回が初めてでした。

いや〜、よかったです。すごい楽しかった。

映画が楽しいのはもう、当たり前のことなんですが。

「2001年」に続いて、テレビじゃもう一つわかっていなかった、様々な発見がありました。

 

「遊星からの物体X」といえばゴールデン洋画劇場であったり、それこそ80年代のレンタルビデオ全盛期のキラーコンテンツ

80年代のビデオやレーザーディスクを支えた、SFXブームの映画という印象です。

だから、記憶に残っている画像は、テレビ放映やビデオやせいぜいDVDの、暗くてもやっとした画像なんですよね。

画面が暗くて、せっかくの造形物もよく見えない。ブレアモンスターなんて、ほとんど見えなかったような印象があったり。

画像の鮮明さにも欠けるから、今一つ何が起こってるか全部は読み取れない。

ブルーレイだったら、違うのかもしれないけど。でも、「記憶に残ってる映像」としては、基本的にそういうものになってます。

 

もちろん、それでも当時はめちゃくちゃ夢中になったもんです。

80年代の中学生たちの心をつかまえて離さなかった熱い映画。それが「遊星からの物体X」だったりします。

 

で、今回初めて映画館で観たわけですが。

デジタルリマスターの効果が、あるいはただ大画面の効果か、すごく新鮮な気分で観ることができました。

本当、「こんなシーンあったっけ?」と思うようなシーンがいっぱいあって。

後になってソフトを確認してみたら、別に追加シーンなんかはなくて、全部元からあったシーンでした。単に僕が不注意だっただけ…ではあるんですが。

 

暗いシーンがよく見える。もやっとしていたシーンも鮮明に見える。

そのことで、いろんなシーン、特にSFXシーンが実に見やすくなっていました。

画面に盛り込まれた細部がすべて読み取れるので、情報量が格段に増えています。

犬のシーンで、スパイダードッグが天井に逃げた後で残っている物体の「目」だとか。

ブレアモンスターの頭部にあるブレアの「顔」だとか。

 

いや、マニアの人たちにとっては当たり前のことばかりだと思うんですけど。

自分の記憶の中の「ビデオ画質」の中では、曖昧なところばかりだったんですね。

そこが全部はっきり見える。それだけで、本当に新鮮で面白い映画体験でした。

 

「遊星からの物体X デジタル・リマスター版」公式サイト

②サスペンスを盛り上げる語り口の上手さ

強烈なSFXにばかり目がいきがちですが、本作はやはりジョン・カーペンターの職人的な巧みな演出

語り口の上手さ、見せ方のアイデアがあって初めて、ド派手な物体の出現シーンも活きてくる。

基本的なホラー・サスペンス映画としての出来の良さが、まずは光っているのだと思います。

 

導入部は、犬が狂言回しになるんですね。あの芸達者な犬。

もの言わぬ犬を入り込ませることで、本来は閉ざされた環境である南極観測基地に、異物が入り込む状況を自然に作っています。

人間が入り込んだらいろいろと面倒だけど、犬なら誰も気に止めない。誰も、犬を殺したりもしたくないしね。ごく自然に、迎え入れてしまう。

もしこれが人間だったらそこで説明が発生して、言葉で語る展開になってしまうのを、犬にすることで回避しています。

少しずつ展開していく映像で語って、やがて「ノルウェー基地で起きたこと」や「犬の怪しさ」を観客にわからせていく。その辺りの呼吸が、絶妙に上手いです。

 

南極という何もない世界、むさ苦しい男たちがその中で閉じ込もって暮らす閉塞状況。

ことが起こる前から、既にみんな退屈して、うんざり、イライラしています。そこにノルウェー人と犬がやってきて、不吉なムードが少しずつ高まっていく。

鬱屈したムードを溜めに溜めて、犬のシーンで文字通り”弾ける”

静と動のコントラスト。ここで一気にやり過ぎレベルまで暴走して、強烈なインパクトになっていきます。

 

そしてそれ以降は、導入部の鬱屈ムードを伏線として、「誰が物体か」をめぐる疑心暗鬼を描いていきます。

平常時でさえ、一触即発みたいなムードでしたからね。非常事態にも、団結なんてできない。

互いに足を引っ張り合い、破滅に向かっていくのも自然に見えてしまいます。

 

ノルウェー基地の様子を先に見ているのが、心理的な伏線になっていて。展開が悪い方に転がった場合の結果を、既に見ている。

バッドエンドを意識の片隅に置きながら、隊員たちのいがみ合いを見ることになるので、さらにスリルが高まっていく。絶妙なバランスで、そんな工夫がされていると思います。

③ビックリシーンをビックリさせる入念な演出

いくら派手な特殊効果シーンでも、見せ方に工夫がないと全然怖くないし、ビックリもしないわけです。

(例:「遊星からの物体X ファーストコンタクト」

 

周りで犬たちが大騒ぎする中で、ビクともしない犬。その視覚的な不気味さをしっかりと見せることで、次に起きることへの心構えをしっかりさせています。

心構えをさせておいて、実際に起こることは予想のナナメ上。予想を超えたことが起こるんですね。

期待を高めるだけ高めて、その期待を更に超える驚きを投下する。

 

そして、一旦ことが起こったら、一気にテンポが速くなって、あれよあれよと進んでしまう。観てる方も、気合いを入れて凝視していないと置いていかれてしまいます。

急激に事態が変化して、ビックリしてポカンとしている間に、引き返せない最悪の事態になってしまう…という、劇中の登場人物たちの放り込まれる心理に、観ている側も完全に同調させられてしまいます。

 

有名なノリス・モンスターのシーンもそうですね。

その前のところで、マクレディが疑われるサスペンスが展開して、観客の意識は完全にそっちに、人間同士のいがみ合いの方向に向けられています。

完全によそ見させられて油断したところに、思ってもみないところがパックリと口を開けて喰らいつく。そしてあっという間に、さっきの犬以上のトンデモナイ展開に…。

 

これだけの手の込んだ演出、観客の意識を前もって念入りに誘導する展開があって初めて、ノリス・モンスターのぶっ飛んだ造形も最大限に生きるんですよね。

なんの工夫もなくただアレを見せても、失笑にしかならないことと思います。

 

血液検査のシーンも同じ。ギャリーに意識を誘導し、よそ見させたところでいきなりパーマーのがピギャー!となる。

観るものの視線を思いのままに誘導し、次に来るショックシーンの効果を高めていく。手品師の手口ですね。手品とホラーの演出は似ているのかもしれません。

 

…というわけで!

SFXが最大の見どころで、それを大画面で観られるのが最高であるのは言うまでもないですが、その巧みな演出や作劇も見どころです。

ある意味、ホラー映画の教科書のようなジョン・カーペンター演出。モリコーネの素晴らしいスコアとともに、この機会に是非とも映画館で!

 

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