【哉太と会長】呼び方・呼ばれ方
苦しい。
いつものことなのに、慣れてるはずなのに。
「ちくしょう…」
悪態をつく言葉にも、力がこもらない。
珍しく一時限もサボらずに授業に出ていたら、夕方から息が苦しくなった。
心配するあいつらに強引に押し込まれ、俺は今保健室のベッドで寝込んでいる。
普段なら居るはずの…いや、この学園においては居ないことの方が普通の、星月センセはもちろん不在だった。なので勝手にこうして、休ませてもらっている。
…チャイムの音。
「放課後か…」
苦しみに耐えつつ、ひたすら待つ。
痛みの収まりと、迎えに来てくれるであろう幼なじみを。
ドアが開く音がする。
俺はドアの方向に意識を集中させ、どうやってあいつらを迎えるかを考えていた。
「…本当に、ごめんね」
「気にすんなって言ってるだろ」
あいつらじゃ、ない。
舞い上がっていた自分が無性に恥ずかしくなる。じゃあ誰なのかと、衝立の隙間から様子をうかがう。
「星月先生は…また居ないのか」
「慣れてるから大丈夫…悪いけど、その手前のベッドまで…お願いできるかな」
「あぁ…お安いご用だ」
隣のベッドに来たようだった。何となく、病人の方は読めた。保健室によく来る3年生のような気がする。たぶん向こうも、今このベッドを使ってるのが俺だってわかってるんだと思う。
あいつらは来ないのかな…なんて思いながら、もう一度布団を頭から被ろうとした。
バタバタと、廊下から忙しない足音が聞こえる。
「…ッ哉太!!」
頭に突き刺さるような甲高い声。聞き間違える訳がない。―あいつだ。
来てくれた。俺のところに。嬉しくて、恥ずかしい気持ち。衝立を開けて、俺の傍に来てくれるのを、じっと待つ。
「哉太!遅れちゃってごめんね、しかも錫也が来られなくなっちゃっ…て…」
あいつの声はするのに、近くに来る気配がない。
まさか。
「会長!?…と部長!?」
「月子?」
「え…夜久さん?」
やっぱり…。
「あっわたし、ベッド間違え…!ご、ごめんなさい!騒がしくして!」
「別にいいよ、お目当ての人は、隣のベッドじゃないかな」
「はい…すみません、このカーテン、開けて構いませんか?」
少しの間があって、ベッドとベッドの間にあった衝立が開かれる。
「哉太…?」
布団から顔を出して見ると、恥ずかしさで真っ赤になった月子が居た。
お前、そんな顔を見せるんじゃねぇよ…後ろの奴らに…。
「月子ぉ…お前、仮にも保健室だぞ…?もう少し静かに入ってこいよ…しかも間違えるし」
「うぅ…だって心配で…少しでも早く見に行きたくて…」
顔がにやけるのを必死でこらえる。
しかし月子の背後から、なにか禍々しいオーラを感じた気がして、俺は視線をずらした。奥のベッドに居たのは、やはり胃痛もちの3年生。その付き添いで来ていたのは…。
「し、不知火先輩!?」
不知火先輩がこちらを見る。明らかに不機嫌そうな目。
「お前は…天文科の七海、だったな」
「はい!…あ、スンマセン、こんな情けないかっこで…」
「会長、私の幼なじみの哉太です。会長のこと、すっごく尊敬してるんですよ?」
「バッ…!月子お前、そういうことサラッと言うなって…!」
月子の肩を掴んで引き寄せ、耳打ちする。全く、恥ずかしいったらない。
「別にいいじゃない。…あ、そういえば」
月子が鞄をゴソゴソとあさり、小さな包みを取り出す。
「これ、錫也がお見舞いにって」
見るとそれは、クッキーだった。
「ってそれ、昼にみんなで食ったやつじゃねーか」
「残ったの全部あげるんだから、いいでしょ。―食べる?」
「おう。じゃあ一個…」
布団から手を出そうとすると、既に口の前にクッキーが差し出されていた。
「はい…あーん」
「…あ?」
やりづらい。非常にやりづらい。こんな…不知火先輩も見てるのに…。
「おい、月子」
ためらっていると、不知火先輩が月子を呼んだ。
「会長?…きゃっ!」
見ると、不知火先輩が後ろから月子を抱き締めるみたいにして、俺のクッキーを奪っていた。
「会長!」
「お前は誉の見舞いでもしてろよ」
月子を隣のベッドに追いやって衝立を閉め、不知火先輩は俺を見下ろした。
「…七海哉太」
「は、はい」
起き上がろうとしたら、制される。
「病人は大人しくしてろ」
「はい…」
「あいつとは…月子とは、何年の付き合いだ?」
少しだけ、さっきの禍々しいオーラを感じる。きっとこの人も…などと考えてしまう自分が嫌になる。
「生まれたときから一緒っす」
「そうか…あんなに自然体のあいつ、滅多に見られないからな…」
「それは…俺らは家族みたいなもんだから…」
不知火先輩は少し俺から目をそらす。
「あいつが呼び捨てで名前を呼べるような仲間が、居てよかった…これからも、仲良くしてやってくれよな」
そう言って笑う不知火先輩は、俺の憧れる姿そのままで。
「はい…あいつは俺が守ります」
「守るのは…」
何か言いかけたが、不知火先輩はそのまま、再び衝立を開けた。
もう一人の3年生と話している月子に目をやる。
「あっ。もー、何なんですか!」
俺は見た。不知火先輩が、不敵に微笑んだのを。
「…月子」
「はい…?」
いとおしそうに、月子の名を呼ぶ。それだけで、俺の予感は確信に変わる。
「月子!」
「え…?」
思わず俺も、月子を呼んでいた。―盗られる。反射的に、そう思ったから。
不知火先輩が、少しだけ不機嫌そうに、でも面白そうだって顔で、俺を振り返った。
あぁ、不知火先輩にだって負けるつもりはない。あいつが誰かを選ぶまでは。
守るのは、俺だから。
同時に思ったな、と確信した。
「何なんですか?会長も哉太も…」
一人だけ事情がわからず、むくれる月子。だけど、それでいいんだろう?
きっと不知火先輩も、同じことを考えているだろう。
「何もねーよ。ただ、呼びたかっただけだ」
「会長…哉太も?」
「まぁな」
呆れたように笑う月子。
俺たちもつられて、笑い出した。
いつものことなのに、慣れてるはずなのに。
「ちくしょう…」
悪態をつく言葉にも、力がこもらない。
珍しく一時限もサボらずに授業に出ていたら、夕方から息が苦しくなった。
心配するあいつらに強引に押し込まれ、俺は今保健室のベッドで寝込んでいる。
普段なら居るはずの…いや、この学園においては居ないことの方が普通の、星月センセはもちろん不在だった。なので勝手にこうして、休ませてもらっている。
…チャイムの音。
「放課後か…」
苦しみに耐えつつ、ひたすら待つ。
痛みの収まりと、迎えに来てくれるであろう幼なじみを。
ドアが開く音がする。
俺はドアの方向に意識を集中させ、どうやってあいつらを迎えるかを考えていた。
「…本当に、ごめんね」
「気にすんなって言ってるだろ」
あいつらじゃ、ない。
舞い上がっていた自分が無性に恥ずかしくなる。じゃあ誰なのかと、衝立の隙間から様子をうかがう。
「星月先生は…また居ないのか」
「慣れてるから大丈夫…悪いけど、その手前のベッドまで…お願いできるかな」
「あぁ…お安いご用だ」
隣のベッドに来たようだった。何となく、病人の方は読めた。保健室によく来る3年生のような気がする。たぶん向こうも、今このベッドを使ってるのが俺だってわかってるんだと思う。
あいつらは来ないのかな…なんて思いながら、もう一度布団を頭から被ろうとした。
バタバタと、廊下から忙しない足音が聞こえる。
「…ッ哉太!!」
頭に突き刺さるような甲高い声。聞き間違える訳がない。―あいつだ。
来てくれた。俺のところに。嬉しくて、恥ずかしい気持ち。衝立を開けて、俺の傍に来てくれるのを、じっと待つ。
「哉太!遅れちゃってごめんね、しかも錫也が来られなくなっちゃっ…て…」
あいつの声はするのに、近くに来る気配がない。
まさか。
「会長!?…と部長!?」
「月子?」
「え…夜久さん?」
やっぱり…。
「あっわたし、ベッド間違え…!ご、ごめんなさい!騒がしくして!」
「別にいいよ、お目当ての人は、隣のベッドじゃないかな」
「はい…すみません、このカーテン、開けて構いませんか?」
少しの間があって、ベッドとベッドの間にあった衝立が開かれる。
「哉太…?」
布団から顔を出して見ると、恥ずかしさで真っ赤になった月子が居た。
お前、そんな顔を見せるんじゃねぇよ…後ろの奴らに…。
「月子ぉ…お前、仮にも保健室だぞ…?もう少し静かに入ってこいよ…しかも間違えるし」
「うぅ…だって心配で…少しでも早く見に行きたくて…」
顔がにやけるのを必死でこらえる。
しかし月子の背後から、なにか禍々しいオーラを感じた気がして、俺は視線をずらした。奥のベッドに居たのは、やはり胃痛もちの3年生。その付き添いで来ていたのは…。
「し、不知火先輩!?」
不知火先輩がこちらを見る。明らかに不機嫌そうな目。
「お前は…天文科の七海、だったな」
「はい!…あ、スンマセン、こんな情けないかっこで…」
「会長、私の幼なじみの哉太です。会長のこと、すっごく尊敬してるんですよ?」
「バッ…!月子お前、そういうことサラッと言うなって…!」
月子の肩を掴んで引き寄せ、耳打ちする。全く、恥ずかしいったらない。
「別にいいじゃない。…あ、そういえば」
月子が鞄をゴソゴソとあさり、小さな包みを取り出す。
「これ、錫也がお見舞いにって」
見るとそれは、クッキーだった。
「ってそれ、昼にみんなで食ったやつじゃねーか」
「残ったの全部あげるんだから、いいでしょ。―食べる?」
「おう。じゃあ一個…」
布団から手を出そうとすると、既に口の前にクッキーが差し出されていた。
「はい…あーん」
「…あ?」
やりづらい。非常にやりづらい。こんな…不知火先輩も見てるのに…。
「おい、月子」
ためらっていると、不知火先輩が月子を呼んだ。
「会長?…きゃっ!」
見ると、不知火先輩が後ろから月子を抱き締めるみたいにして、俺のクッキーを奪っていた。
「会長!」
「お前は誉の見舞いでもしてろよ」
月子を隣のベッドに追いやって衝立を閉め、不知火先輩は俺を見下ろした。
「…七海哉太」
「は、はい」
起き上がろうとしたら、制される。
「病人は大人しくしてろ」
「はい…」
「あいつとは…月子とは、何年の付き合いだ?」
少しだけ、さっきの禍々しいオーラを感じる。きっとこの人も…などと考えてしまう自分が嫌になる。
「生まれたときから一緒っす」
「そうか…あんなに自然体のあいつ、滅多に見られないからな…」
「それは…俺らは家族みたいなもんだから…」
不知火先輩は少し俺から目をそらす。
「あいつが呼び捨てで名前を呼べるような仲間が、居てよかった…これからも、仲良くしてやってくれよな」
そう言って笑う不知火先輩は、俺の憧れる姿そのままで。
「はい…あいつは俺が守ります」
「守るのは…」
何か言いかけたが、不知火先輩はそのまま、再び衝立を開けた。
もう一人の3年生と話している月子に目をやる。
「あっ。もー、何なんですか!」
俺は見た。不知火先輩が、不敵に微笑んだのを。
「…月子」
「はい…?」
いとおしそうに、月子の名を呼ぶ。それだけで、俺の予感は確信に変わる。
「月子!」
「え…?」
思わず俺も、月子を呼んでいた。―盗られる。反射的に、そう思ったから。
不知火先輩が、少しだけ不機嫌そうに、でも面白そうだって顔で、俺を振り返った。
あぁ、不知火先輩にだって負けるつもりはない。あいつが誰かを選ぶまでは。
守るのは、俺だから。
同時に思ったな、と確信した。
「何なんですか?会長も哉太も…」
一人だけ事情がわからず、むくれる月子。だけど、それでいいんだろう?
きっと不知火先輩も、同じことを考えているだろう。
「何もねーよ。ただ、呼びたかっただけだ」
「会長…哉太も?」
「まぁな」
呆れたように笑う月子。
俺たちもつられて、笑い出した。