ここは南武線の尻手駅。昭和51年に撮影されたとのことなので、今からちょうど50年前の尻手駅ということになります。
今も昔も尻手は貨物列車が頻繁に行き来しており、カモレウォッチングには最適な場所なんですが、南武線といえばED16、EF10、EF15といった旧型電機のパラダイスでした。そして画像のEF13もまた、南武線でよく見かけた機関車になりますが、幼少の頃の私はEF13なんだかEF15なんだかよく判っていませんでした。
EF13といえばEF58の存在も忘れてはなりません。
戦中の昭和19年に登場したEF13は、資材の節約と工期の短縮を図るため、凸型車体を採用したことで知られていますが、戦後になって車体更新でEF58の車体を挿げ替えたことは有名な話。デッキ付きの車体で登場したEF58は、昭和27年製造分からかの有名な流線型の車体になるのですが、デッキ付きで登場した31両も流線型車体に載せ替えることになり、余った車体をEF13に挿げ替えたというもの。
デッキの手すりで機番が見えませんが、2なのか、20番台なのか判りませんね。
なので、対照表を記します。
EF13 1←EF58 4(30.05.18~東芝)
EF13 2←EF58 23(30.07.29~川崎)
EF13 3←EF58 21(30.09.23~川崎)
EF13 4←EF58 27(31.03.02~東芝)
EF13 5←EF58 5(32.03.29~日立)
EF13 6←EF58 28(28.11 ~日立)
EF13 7←EF58 30(31.04.17~日立)
EF13 8←EF58 11(28.03.03~日立)
EF13 9←EF58 12(28.01.25~川崎)
EF13 10←EF58 29(29.03.23~日立)
EF13 11←EF58 16(29.03.30~川崎)
EF13 12←EF58 6(31.12.20~東芝)
EF13 13←EF58 20(28.08.29~東芝)
EF13 14←EF58 9(30.09.27~日立)
EF13 15←EF58 18(29.08.08~三菱)
EF13 16←EF58 10(28.03.03~東芝)
EF13 17←EF58 14(31.10.15~日立)
EF13 18←EF58 24(31.10.15~川崎)
EF13 19←EF58 15(30.07.30~東芝)
EF13 20←EF58 25(28.11.16~日立)
EF13 21←EF58 19(29.08.14~日立)
EF13 22←EF58 7(29.10.06~東芝)
EF13 23←EF58 1(30.03.07~東芝)
EF13 24←EF58 2(30.03.08~日立)
EF13 25←EF58 8(30.04.20~三菱)
EF13 26←EF58 26(31.08.15~日立)
EF13 27←EF58 13(29.10.08~川崎)
EF13 28←EF58 31(29.03.10~日立)
EF13 29←EF58 22(29.11.29~日立)
EF13 30←EF58 17(31.08.14~東芝)
EF13 31←EF58 3(32.03.04~日立)
EF58 1をEF13 1にしたというわけではなく、車体振り替えの機番に整合性はありません。僅かに5と26だけが同一になります。
戦時設計の粗悪な機関車の割には、終戦後も東京近郊を中心に長く活躍し、昭和50年代初めまでは全機が揃っていました。50.3改正以降は新鶴見と八王子と立川の各機関区に集められまして、貨物列車牽引をメインに、八王子機関区配備機は時折、中央東線の客車列車を牽引した記録もあります。ただ、暖房装置を持たないため、冬季に客レを牽く場合は機関車の次位に暖房車をくっつけての運転になりました。
廃車が始まったのは昭和51年からで、世が世であれば機関車の人気が高まったこともあって、終焉時には大騒ぎになるんでしょうけど、国鉄末期のEF58みたいに特別人気のあった機関車ではなく、またEF15もバリバリの現役だったこともあって、知らない間にEF13は消えていきました。「旧EF58の車体を流用した」というのも人気の起爆剤にはならず、目の前にある仕事を淡々と熟し、ひっそりと定年を迎えた、そんな感じがした機関車でした。
【画像提供】
い様
【参考文献・引用】
鉄道ファンNo.174 (交友社 刊)
国鉄機関車 激動11年間の記録 (イカロス出版社 刊)














