機 番:118号機
新 製:昭和32年3月15日
製 造:東芝
製造番号:東芝No.302401-4
新製配置:米原機関区
最終配置:下関運転所
廃 車:昭和60年2月4日
【廃車時の形態】
パンタグラフ:PS15
前照灯:原型(ハチマキ状ケース無し)
尾灯:原型内バメ式
正面窓:小窓(Hゴム支持無し)
正面ヒサシ:小型
デフロスタ:無し
正面飾り帯継ぎ目:タイプ〈
列車電話:あり
電源車制御装置:無し
元空気ダメ引き通し管:あり
スノープラウ:無し
ステップ:スノープラウ台座取り付けタイプ
汽笛カバー:無し
常磐線用列車無線:無し
乗務員ドア:原型
側面ハシゴ:改造切り欠きタイプ
側面エアフィルター:改造鎧戸タイプ
側面ナンバープレート:板状タイプ
暖房装置:SG
【改造履歴(抜粋)】
昭和40年10月23日~:甲修繕(施工は浜松工場で同年10月30日に出場)
外板塗色を青15号+クリーム1号に変更。
電気式速度計の取り付け。
昭和45年10月28日~:中間検査B(施工は鷹取工場で同年11月6日に出場)
避雷器をLA15に取り替え。
昭和47年 8月25日~:入場名目不明(施工工場も不明。出場は同年9月4日)
元空気ダメ引き通し管の取り付け。
【転配履歴)
昭和59年 1月30日:下関運転所
山陽本線姫路電化と東北本線宇都宮電化用に早期落成した118号機は米原機関区に配備されますが、以降、59.2改正で下関に転配されるまで米原を離れませんでした。また、貸し出し記録もありませんので、なかなか稀有な存在だと思います。
「宇都宮電化用」という製造名目がありますが、東北本線には入らず、一貫して東海道・山陽本線で旅客列車と小荷物列車を牽引、昭和47年からは20系寝台特急も牽引するようになります。そのため、元空気ダメ引き通し管の取り付けを行っています。施工工場は「不明」としましたが、おそらく鷹取工場だと思われます。

撮影年は不明ですが、東海道本線であるのは間違いなさそう。
牽いている客車は多分スロ81系和式客車だと思うんですが、この時代だとスロ81になる前の、スロ62で組成した団体臨時列車である可能性も捨てられないんですね。スロ81だとしたら、どこの(鉄道管理)局の持ち物か?
スロ81和式客車は金沢、静岡、門司、長野、名古屋、大阪、そして東京南が持っていましたが、このうち、大阪と東京南は配色が異なるので却下になり、残る5局ということになります。JRの考えだったら有り得ませんが、そこは全国組織の国鉄。門司や長野の車が大阪に来たりするのは日常的です。

これは大阪駅ですね。
14系客車なので「あかつき」か「明星」だと思いますが、両列車がくっついて走る上り「明星3号」+「あかつき2号」、もしくは上り「あかつき3号」+「明星4号」の可能性もあります。
ヘッドマークが取り付けられていないので、昭和50年3月以降であるのも判ります。

これも大阪駅ですが、機関車の次位に郵便車、そして12系・・というフォーメーションは急行「きたぐに」。
これも撮影年は不明ですが、この頃の「きたぐに」は大阪-青森間を結んでいた長距離急行でした。

こちらも「きたぐに」ですが、座席車が14系になっていますので、おそらく57.11改正以降の撮影と思われます。
この改正から大阪-新潟間の列車になりますが、牽引機関車はゴハチのままだったんですね。
撮影地は東海道本線の岸辺駅です。

荷物列車を牽く118号機。
山陽本線っぽいですね。
SGの白いエギゾーストが見えますので、冬場の撮影になります。

これも山陽本線っぽいのですが、背後の迫り上がる線路から「尼崎駅じゃない?」という説もあります。
迫り上がりの線路は福知山線と見たか? 確かに昭和国鉄の尼崎駅は今と違って貨物ホームとかヤードとかがありましたもんね。
荷物列車の中にマニ44が組み込まれているので、118号機末期の姿だと思われます。

機関区で佇む118号機。
でも、米原機関区っぽくないですね。宮原かなって気がしないでもありません。
切り欠きタイプのハシゴや鎧戸タイプのエアフィルター以外、目立った改造がなく、「美しいゴハチ」の一つに数えられていた草。
1~6枚目までタ様提供。
7枚目はヲ様提供。