
昭和36年10月1日のダイヤ改正は「さん・ろく・とう」と呼ばれ語り継がれる大規模な改正で、特に特急や急行といった優等列車が大増発された歴史的な改正でもありましたし、同時に旅客輸送の中心が客車から電車、気動車に移り変わるなど、あらゆる面で時代の変化を感じました。当然、私はこの世にいないし、子種にもなっていないので、リアルでその風景を見てはいないんですが、この36.10改正から東海道新幹線が開業する昭和39年10月までが東海道本線の全盛期だったのかもしれません。国鉄の経営も右肩上がりだったしね。
36.10改正といえば、キハ82系を使った気動車特急が本格デビューした改正として知られていますが、「白鳥」「まつかぜ」「おおぞら」「かもめ」などはその第一期生になります。そして151系特急が大増発されたのもこの改正でした。昭和33年に「こだま」でスタートした151系は、昭和35年に「つばめ」「はと」が加わりました。時代が前後しますが、昭和34年には「こだま」のフォロワーとして運転された臨時特急「ひびき」は、運転開始当初こそ157系を使用していましたが、時折151系も使用されるようになります。そして36.10。
【下り】
1M「第一こだま」 東 京 7:00 大 阪 13:30
2001M「第一富士」 東 京 8:00 宇 野 17:20
3M「第一つばめ」 東 京 9:00 大 阪 15:30
5M「はと」 東 京 13:00 大 阪 19:30
7M「第二こだま」 東 京 14:30 大 阪 21:00
2003M「第二富士」 東 京 15:30 神 戸 22:30
9M「第二つばめ」 東 京 16:30 大 阪 23:00
2005M「おおとり」 東 京 18:00 名古屋 22:15
2009M「うずしお」 大 阪 7:00 宇 野 9:50
【上り】
2006M「おおとり」 名古屋 7:45 東 京 12:00
2M「第一こだま」 大 阪 7:00 東 京 13:30
2004M「第一富士」 神 戸 7:30 東 京 14:30
4M「第一つばめ」 大 阪 9:00 東 京 15:30
6M「はと」 大 阪 13:00 東 京 19:30
8M「第二こだま」 大 阪 14:30 東 京 21:00
2002M「第二富士」 宇 野 12:40 東 京 22:00
10M「第二つばめ」 大 阪 16:30 東 京 23:00
2010M「うずしお」 宇 野 19:10 大 阪 22:00
当時は「○○1号」「△△2号」という呼び方はせず、複数運転する場合は「第一、第二」としていました。号数とするのは新幹線が最初じゃなかったかと。
この改正で「富士」「おおとり」「うずしお」が新たに151系特急の仲間入りを果たし、「富士」は大阪を飛び越えて宇野まで運転されました。「うずしお」は大阪-宇野間の列車で、その当時は向日町運転所に151系は配備されていなかったので、田町の車両を使うことになるんですが、「富士」の間合いで「うずしお」が設定されたみたいです。
ダイヤ的には、下り「第一富士」が宇野にとうちゃこして、しばしの休憩の後、上り「うずしお」で大阪に向かい、宮原で次の運用に備えます。翌朝、神戸発の上り「第一富士」で帰京するんですが、線路配線の関係で一旦、須磨まで回送して神戸に戻る格好になります。一方、下り「第二富士」が深夜の神戸に到着して、仮寝の宿である宮原電車区に引き上げるんですが、ここでも線路配線の関係でそのまま大阪に引き上げることが出来ないので、一旦、須磨まで回送してそこで転線→宮原へ回送しました。翌朝、下り「うずしお」として宇野に向かい、上り「第二富士」で東京に戻るというスジでした。
北海道特急のイメージが強い「おおとり」のスタートは東京-名古屋間を結ぶ電車特急でした。
「富士」もまた、ブルートレインのイメージが強いですが、スタートは電車特急、いや、厳密には昭和4年の「特急列車に愛称を」が最初だったわけですけど、電車特急の「富士」に関しては小学生の時にその史実を知るんですが、ブルートレインの時代しか知らない私にとっては違和感たっぷりでした。
両列車は東海道新幹線が開業した昭和39年10月の改正で転機を迎えます。「おおとり」は「おおぞら」に次ぐ北海道の気動車特急の愛称に、「富士」は20系寝台特急の愛称に受け継がれ、それぞれ別々の道を歩むことになります。
画像を見ると、ヘッドマークに装飾が施されています。紛うこと無く昭和36年10月1日の運転開始当日のワンシーンですね。
田町電車区を出庫して東京駅に入線するというシチュエーションだと思われます。
線路上に撮り鉄がいますが、この画像もよくよく考えると線路上から撮ってますね。
常識があるかないかは別として、この頃は列車に近づかなければ、特別なお咎めはありませんでした。当時の撮り鉄もその辺の分別は弁えていたようで、今だったら炎上案件ですよね。
東海道本線の黄金期を垣間見ることができる画像です。
時あたかも高度経済成長真っ最中だったし。
【画像提供】
ウ様
【参考文献・引用】
鉄道ピクトリアルNo.765 (電気車研究会社 刊)