3月18日(水曜日) 曇りのち晴れ

 

いきなりですが、弊愚ブログの読者やフォロワーの方々はきっと良識のある方々ばかりだと思うので敢えて言いますが、仲間を裏切らないで下さいね。裏切るぐらいだったら、裏切られた方が全然マシです。ムッとするけど。

 

大相撲春場所は十一日目。

私の “推し” 力士はどうなったのかな?

 

【推し】

○ 翔猿(押し倒し)琴栄峰

● 伯乃富士(上手投げ)時疾風

● 玉鷲(押し出し)一山本

● 菊ノ城(はたき込み)大翔樹

○ 炎鵬(突き落とし)荒篤山

栃幸大は取り組み無し

 

【情け推し】

● 正代(押し出し)朝紅龍

● 隆の勝(押し出し)琴櫻

○ 錦木(押し出し)羽出山

○ 志摩ノ海(押し出し)伊波

 

あ~あ、玉鷲関、負け越しちゃいましたね。

前頭9枚目だから、これ以上負けが込まなければギリギリ幕内に踏みとどまれるかなって気がしますが、兎に角、残り4番を全て勝つ勢いで頑張って欲しいと切に願います。

もう一人、伯乃富士関も負け越しが決まりました(休場は負け扱い)。怪我だからやむを得ないんだけど、伯乃富士関に関しては場所後の “沙汰” の方が心配なのでは? 本人は被害者だけど、経緯次第で「お前も加害者だ」と覆りかねません。

 

幕内の優勝争いは絞られたと言っても過言ではないのでしょうか?

霧島関にアドバンテージがあるのは疑う余地がないのですが、横綱も元気ですしね。あとはいつ、両者の直接対決があるか? です。

3月17日(火曜日) 曇りのち晴れ

 

日曜出勤の代休です。

ホントは遠出したかったけど、近所に買い物に行くに留めました。

 

 

さて、3月ということで世間的には卒業シーズンですが、今日も江東区の幼稚園だか保育園だかで卒園式があったみたいです。

 

画像は自宅の近所にある幼稚園なんですが、私はここのOBで、1976年3月に卒園しました。

つまり、幼稚園を卒園して今年で50年になります。

この幼稚園を運営する学校法人は当時、江戸川と砂町に幼稚園舎を構えていた記憶がありますが、今はもっとネットワーク網が広がっている草。当然、江戸川の幼稚園舎もこのような小綺麗な建物ではなく、木造平屋でした。

私が在園していた頃は、年少組が1クラス、年中組が3クラス、そして年長組が3クラスあり、私は年中組から入園しています。

園長先生は殆どここには来ず、お偉いさんで来るとしたら理事長。いつも「りじちょうせんせいのあいさつです」って紹介されていたから、事実上、園長先生を初めて見たのはそれこそ卒園式だったのでは? と思うくらい。そして、りじちょうせんせいも常時いるわけではないので、不在の場合のトップは「けいこせんせい」でした。でも、けいこせんせいの立ち位置が今もなお「?」で、親に聞いても「何だったんだろうね?」と解らない様子。

 

幼稚園の時の記憶は少しだけ覚えてるけど、どれもこれも記憶という名のハードディスクから消去したい程、良くない思い出ばかり。

でも、仲の良い友だちが2人いました。

自宅近くの縫製屋の息子で、いつも一緒に遊んでいました。

次に仲良かったのがやはり近所の建築屋の息子、けん。志村けんじゃないですよ。彼ともよく遊びました。

けんとはその後、小学校も6年間殆ど同じクラスで(1~3年、5~6年)、そのくせ、中学校は全くクラスが異なりましたが、偶然にも自動車の運転免許証の試験(いわゆる “本免” )が一緒でした。

あと、前述の “現場のトップ” 、けいこせんせいの息子が私と同クラスで、いつも社長出勤で忘れた頃に登園するのがお約束でした。何故なら、園舎の中に自宅があったから。

幼稚園児にもかかわらず、好きな女の子が2人いたりしました。

今も二股かけるってあるんですか?

 

運動会にゴレンジャーが来て狂喜乱舞したり、昨年お伝えした高輪台の歯医者で暴れたのも幼稚園の時。園内で泊まりがけのキャンプファイヤーがあるので、事前に検温しようとしたら、体温計の先端部をかじってしまい、慌てた母親が病院に駆け込むなど(体温計の先端部って水銀でしょ?)、掘り返せばやっぱり思い出したくないですよね。それもこれも50年前の話なのかと思うと、やはり、私はその頃からエクスペンダブルだったのが判ります。

 

幼稚園時代の話はこれくらいにして、今日の大相撲春場所の結果をお伝えします。

休みで久々に大相撲中継を観られました。

 

【推し】

● 翔猿(寄り切り)御嶽海

○ 玉鷲(押し出し)欧勝馬

○ 伯乃富士(上手投げ)宇良

● 栃幸大(押し出し)大皇翔

炎鵬、菊ノ城は取り組み無し。

 

【情け推し】

○ 正代(寄り倒し)琴勝峰

● 隆の勝(引き落とし)霧島

● 錦木(はたき込み)英乃海

志摩ノ海は取り組み無し。

 

翔猿関は後が無くなりました。

玉鷲関も崖っぷちですが、今日は玉鷲関らしい押し相撲で相手を料理しました。

伯乃富士関の取り組み後における苦悶の表情が心配です。

栃幸大関の勝ち越しまでの道のりは長いですが、あと1番勝てば・・。

 

それ以外に目を向けると、横綱は強さを際立たせましたが、一方で若元春関が気になります。足のテーピングが「絶好調じゃない」ことを物語っていますが、簡単に土俵を割るということは、尋常じゃないのでしょう。

幕内優勝争いは今のところは霧島関と豪ノ山関がリードしてる格好になりますが、まだまだです。

今回の今昔対比は鉄道絡みではありません。

まずは「Then」から。

 

 

2009年9月に撮影したものになりますが、ここは墨田区業平の浅草通りになります。

運転中に撮ったものですが、まだ東京スカイツリーは建設中です。

 

 

それから16年後の同地点。

当たり前ですが、東京スカイツリーは完成しています(2012年に完成)。

スカイツリー以外、周辺はそんなに変わっていないように思いますが、あったものが無くなっていたり、逆に無かったものがあったりと、それなりに変化はしているようです。ただ、驚きなのはスカイツリー。2009年現在でまだ半分くらいしか建っていないのに、3年で634mにしちゃうんだから、日本の建築技術は「凄い」の一言に尽きます。

 

北海道の鉄道を象徴する石炭輸送列車。

「黒いダイヤ」と言われた石炭は、20世紀初頭まで燃料の最重要素材でしたが、石油が燃料に使われ始めると石炭の需要が少なくなり、第二次世界大戦後はさらに顕著なものになっていきます。いわゆる「エネルギー革命」ってやつですけど、日本では北海道の夕張地区と九州北部の筑豊地区で炭田や炭鉱が多く点在しており、「セ」の記号を持つ貨車が屯っていました。

 

採掘された石炭を貨車に積み込み、発送先(主に港)へ輸送されるわけですが、北海道だと40~50両編成は至極普通でしたし、石炭輸送専門の鉄道会社もありました。

牽引機関車が蒸機からディーゼルに変更されてもこの長大な石炭輸送列車は変わらなかったのですが、既に前述のエネルギー革命の兼ね合いで石炭輸送列車そのものが減っていきまして、JRに引き継がれましたが、現在は設定されていません。

 

山口県の美祢線や首都圏だと鶴見線⇔秩父鉄道では比較的近年まで石灰石輸送を行っていましたが(それも石炭輸送の範疇なんですね)、令和2年までに廃止されています。

 

画像は石勝線を走る石炭輸送列車で、民営化直前の昭和62年1月に撮影したものだそうです。

石勝線は昭和56年に開通した北海道では比較的新しい路線になりますが、元を正せば石炭輸送をメインにしていた夕張線がその嚆矢になります。それを延長する形で建設が進み、いざ開通すると、それまで滝川まで行って富良野へ向かう形になっていた道央と道東の移動が石勝線を利用することでショートカット出来て、大幅に短縮されました。また、沿線のトマムはリゾート地として開発が進められ、バブル経済の頃はウハウハだったようですね。「フラノエクスプレス」や「トマムサホロエクスプレス」といった団体用車両も走っていたし。

 

牽引するDD51が頼もしく見えます。いや、頼もしいです。

 

 

【画像提供】

い様

【参考文献・引用】

ウィキペディア(石勝線、石炭車など)

 

 

3月16日(月曜日) 曇りのち晴れ

 

自宅を出る時、パラパラですけど雨が降っていました。マジかよっ!?

でも、仕事をする時は雨も止み、昼過ぎには青空が目立ちました。

大変は大変だったけど、昨日のうちに仕込んでおいたのが功を奏しました。他のメンバーには申し訳ないけどやはり、日曜は「出た者勝ち」ですね。その代わり、私自身が日曜を休んだらその代償が月曜に降りかかるわけです。一瞬、ムッとするけど、そこは「持ちつ持たれつ」です。

 

帰宅が遅かったため、今日も大相撲中継は観られませんでしたが、どうなっているのかな?

では早速、九日目の結果です。

 

【推し】

○ 翔猿(引き落とし)狼雅

● 玉鷲(すくい投げ)朝乃山

○ 伯乃富士(上手捻り)一山本

○ 炎鵬(下手投げ)延原

○ 菊ノ城(寄り倒し)松蘭

栃幸大は取り組み無し。

 

【情け推し】

△ 正代(不戦勝)阿武剋

● 隆の勝(寄り切り)豊昇龍

○ 錦木(寄り切り)島津海

● 志摩ノ海(押し出し)白鷹山

 

というわけで、良い感じじゃないですか。

“推し” と “情け推し” の中では炎鵬関が勝ち越し一番乗りになりますが、まだまだです。だけど、ここまで炎鵬関は頑張りましたよね。一時は再起不能って医師から宣告があったのに、ただただ脱帽です。

 

九日目になると、幕内優勝の行方が気になるところですが、今日は “情け推し” の隆の勝関が横綱に苦杯を舐めまして、優勝争いが混沌としてきました。

現状だけ見ると、トップなのが霧島関と琴勝峰関、そして豪ノ山関で、この3人は今日も勝って、勝ち越し一番乗りになります。

あくまでも私的になりますが、ここまで来たら霧島関を推したいですね。成績次第では大関復帰も夢では無いし、そうじゃないにしても、夏場所は間違いなく大関復帰の場所になります。

 

 

3月15日(日曜日) 晴れ

 

今日は出勤でしたが、そんなに仕事量は多くなく、春らしい暖かい陽気の中で仕事が出来ました。来週の日曜日も仕事なので、「THE 千秋楽」は聴けませんが。

で、中日八日目ですが、これを過ぎると優勝争いが俄然、熾烈を極めます。 “推し” と “情け推し” の力士はどうだったのか?

 

【推し】

● 翔猿(はたき込み)藤凌駕

● 玉鷲(寄り切り)朝紅龍

● 伯乃富士(送り出し)琴勝峰

● 栃幸大(はたき込み)漣

炎鵬、菊ノ城は取り組み無し。

 

【情け推し】

● 正代(寄り切り)欧勝海

○ 隆の勝(はたき込み)安青錦

● 錦木(はたき込み)風賢央

志摩ノ海は取り組み無し。

 

何とまぁ、昨日とは打って変わって、 “推し” は全員負け。 “情け推し” も勝ったのは隆の勝関だけで、なかなかどうして、厳しいです。

 

それ以外に目を向けると、豊昇龍関と高安関に土がつき、結構荒れた模様です。それにしても、安青錦関、どうしちゃったの?

綱取りもそうですが、このままだと連続だった二桁勝利の記録も途絶えることになります。今までが順風過ぎちゃったのか?

 

春場所も中日を過ぎて、折り返し地点から後半戦に突入するわけですが、これまでの成績はどうなっているのでしょうか?

 

  翔猿 2勝6敗

  玉鷲 2勝6敗

伯乃富士 1勝3敗4休

 栃幸大 3勝1敗

  炎鵬 3勝1敗

志摩ノ海 2勝2敗

 菊ノ城 2勝2敗

  正代 5勝3敗

 隆の勝 7勝1敗

  錦木 2勝6敗

志摩ノ海 2勝2敗

 

この中では炎鵬関、栃幸大関、正代関、そして隆の勝関が良い感じで推移していますが、他が「ちょっと、いい加減にエンジンかけなよ」と言いたくなるような成績です。翔猿関なんかは「せめて7勝8敗で終わらせないと夏場所は十両落ちですよ」というレベルの位置。玉鷲関も同様です。明日以降の奮起に期待します。

 

ここで訃報を。

元大関若嶋津の日高六夫氏がお亡くなりになられたとのこと。享年69。

私の最初の “推し” が若嶋津でした。っていうか、どっちかと言えば、若嶋津も “情け推し” だったのかなって今になって思います。

「南海の黒豹」って言われて、「ソップ型」と言われる細身の体から繰り出される速攻相撲は見る者を引き寄せ、自身よりの大きな体の力士にも真っ向勝負で挑んでいました。

その頃は全然 “推し” でも何でも無かったんですが、人気歌手だった高田みづえ氏と結婚した後の場所が3勝12敗だったのを覚えています。病気がちだったというのは後から知った話ですが、出れば “ハチナナ” 、 “クンロク” ばかりで、何場所かに1回はカド番になります。高校生だった私はそんな事情を知らず、「んだよぉ~っ!」ってやきもきしながら毎場所観ていました。

引退後は年寄「松ヶ根」を襲名し、部屋も創設。後に「二所ノ関」に変わるのですが、高田みづえ氏も「相撲部屋のおかみさん」になりました。

謹んでご冥福をお祈りいたします・・・。

 

ところで、

 

 

帰宅途中で有名洋菓子店で見かけたもの。

誰かの化粧まわしだったような・・・。

 

「南海の黒豹」といえば・・・

さっき、若嶋津を「南海の黒豹」って形容しましたけど、あの頃、事ある度に「あのね、「南海の黒豹」はリッキーなんだよ」って呟いていました。

プロレス好きならご存じかと思いますが、1980年代に一世を風靡したアメリカのプロレスラー、リッキー・スティムボートも「南海の黒豹」って形容されていましたよね。アメリカと日本のハーフで(Fがアメリカ人、Mが日本人)、俳優の蟹江敬三氏(故人)に似ていました。

「南海の黒豹=リッキー・スティムボート」という図式が私の中で出来上がっていて、そこに若嶋津が介入するものだから、「「南海の黒豹」はリッキーだよ」ってことになるのです。

3月14日(土曜日) 晴れ

 

5連勤が終了し、やっと休みなんですけど、明日はまた仕事なんですよねぇ~。

昨日は帰り途中でいつもの串カツ屋に寄りましたが、激混みを予想して(仕事が終わったのが夕方の6時過ぎでしたから)、席だけ予約して何とか店に入れてくれました。

帰宅後、すぐに寝ちゃったため、春場所六日目の取り組み結果は知りませんが、今日(七日目)はお伝え出来ます。

 

【推し】

○ 翔猿(肩透かし)錦富士

○ 玉鷲(寄り切り)欧勝海

○ 伯乃富士(押し出し)阿武剋

○ 炎鵬(押し出し)日向丸

○ 菊ノ城(寄り切り)藤乃若

栃幸大は取り組み無し。

 

【情け推し】

● 正代(押し出し)獅司

○ 隆の勝(寄り切り)一山本

● 錦木(下手投げ)出羽ノ龍

● 志摩ノ海(寄り切り)延原

 

今日は “推し” 力士全員勝ってくれましたが、五日目とは逆に “情け推し” が奮いませんでした。

今日から伯乃富士関が復活したんですね。

炎鵬関は関取復活まであと1番勝てば良いところまできました。

今日は取り組みがなかった栃幸大関、昨日は勝って3勝0敗として、勝ち越しまであと1勝になります。

 

それ以外に目を向けると、横綱は危なげない相撲で1敗をキープした一方、綱取りがかかっていた安青錦関が敗れて今場所での横綱昇進は消えました。明日から全部勝っても11勝ですので、さすがに11勝では横審も「ダメ」って言うでしょうね。でも、これで永遠に綱取りが消えたわけではないので、五月場所で優勝すればまたチャンス到来となります。凹まずに。

因みに安青錦関の今日の対戦相手は熱海富士関。先場所の優勝決定戦が思い出されますが、熱海富士関は見事にリベンジを果たしました。

それから、髙安関はまだ頑張ってますね。いつまで続くか・・・。

 

機  番:118号機

新  製:昭和32年3月15日

製  造:東芝

製造番号:東芝No.302401-4

新製配置:米原機関区

最終配置:下関運転所

廃  車:昭和60年2月4日

 

 

【廃車時の形態】

パンタグラフ:PS15

前照灯:原型(ハチマキ状ケース無し)

尾灯:原型内バメ式

正面窓:小窓(Hゴム支持無し)

正面ヒサシ:小型

デフロスタ:無し

正面飾り帯継ぎ目:タイプ〈

列車電話:あり

電源車制御装置:無し

元空気ダメ引き通し管:あり

スノープラウ:無し

ステップ:スノープラウ台座取り付けタイプ

汽笛カバー:無し

常磐線用列車無線:無し

乗務員ドア:原型

側面ハシゴ:改造切り欠きタイプ

側面エアフィルター:改造鎧戸タイプ

側面ナンバープレート:板状タイプ

暖房装置:SG

 

 

【改造履歴(抜粋)】

昭和40年10月23日~:甲修繕(施工は浜松工場で同年10月30日に出場)

              外板塗色を青15号+クリーム1号に変更。

              電気式速度計の取り付け。

昭和45年10月28日~:中間検査B(施工は鷹取工場で同年11月6日に出場)

              避雷器をLA15に取り替え。

昭和47年 8月25日~:入場名目不明(施工工場も不明。出場は同年9月4日)

              元空気ダメ引き通し管の取り付け。

 

 

【転配履歴)

昭和59年 1月30日:下関運転所

 

 

山陽本線姫路電化と東北本線宇都宮電化用に早期落成した118号機は米原機関区に配備されますが、以降、59.2改正で下関に転配されるまで米原を離れませんでした。また、貸し出し記録もありませんので、なかなか稀有な存在だと思います。

「宇都宮電化用」という製造名目がありますが、東北本線には入らず、一貫して東海道・山陽本線で旅客列車と小荷物列車を牽引、昭和47年からは20系寝台特急も牽引するようになります。そのため、元空気ダメ引き通し管の取り付けを行っています。施工工場は「不明」としましたが、おそらく鷹取工場だと思われます。

 

 

撮影年は不明ですが、東海道本線であるのは間違いなさそう。

牽いている客車は多分スロ81系和式客車だと思うんですが、この時代だとスロ81になる前の、スロ62で組成した団体臨時列車である可能性も捨てられないんですね。スロ81だとしたら、どこの(鉄道管理)局の持ち物か?

スロ81和式客車は金沢、静岡、門司、長野、名古屋、大阪、そして東京南が持っていましたが、このうち、大阪と東京南は配色が異なるので却下になり、残る5局ということになります。JRの考えだったら有り得ませんが、そこは全国組織の国鉄。門司や長野の車が大阪に来たりするのは日常的です。

 

 

これは大阪駅ですね。

14系客車なので「あかつき」か「明星」だと思いますが、両列車がくっついて走る上り「明星3号」+「あかつき2号」、もしくは上り「あかつき3号」+「明星4号」の可能性もあります。

ヘッドマークが取り付けられていないので、昭和50年3月以降であるのも判ります。

 

 

これも大阪駅ですが、機関車の次位に郵便車、そして12系・・というフォーメーションは急行「きたぐに」。

これも撮影年は不明ですが、この頃の「きたぐに」は大阪-青森間を結んでいた長距離急行でした。

 

 

こちらも「きたぐに」ですが、座席車が14系になっていますので、おそらく57.11改正以降の撮影と思われます。

この改正から大阪-新潟間の列車になりますが、牽引機関車はゴハチのままだったんですね。

撮影地は東海道本線の岸辺駅です。

 

 

荷物列車を牽く118号機。

山陽本線っぽいですね。

SGの白いエギゾーストが見えますので、冬場の撮影になります。

 

 

これも山陽本線っぽいのですが、背後の迫り上がる線路から「尼崎駅じゃない?」という説もあります。

迫り上がりの線路は福知山線と見たか? 確かに昭和国鉄の尼崎駅は今と違って貨物ホームとかヤードとかがありましたもんね。

荷物列車の中にマニ44が組み込まれているので、118号機末期の姿だと思われます。

 

 

機関区で佇む118号機。

でも、米原機関区っぽくないですね。宮原かなって気がしないでもありません。

切り欠きタイプのハシゴや鎧戸タイプのエアフィルター以外、目立った改造がなく、「美しいゴハチ」の一つに数えられていた草。

 

 

1~6枚目までタ様提供。

7枚目はヲ様提供。

3月12日(木曜日) 晴れ

 

さっき帰宅しました。

キツかったけど、良い天気でしたよね。雨風無く、いわゆる「配達日和」ってやつで、贅沢言ったらバチが当たりますが、配達の時間帯はずっとこのような陽気でお願いしたいです。

明日も仕事で今週は5連勤なんだけど、そのせいで相撲が観れません。結果だけお伝えして取り組みの詳細が判らないとつまらないですよね。でも、今日も結果だけになります。

 

【推し】

● 翔猿(寄り切り)朝白龍

○ 玉鷲(突き出し)宇良

● 炎鵬(押し出し)大花竜

菊ノ城は取り組み無し。

 

【情け推し】

○ 正代(引き落とし)欧勝馬

○ 隆の勝(突き落とし)阿武剋

○ 錦木(寄り倒し)藤天晴

○ 志摩ノ海(押し倒し)貴健斗

 

“推し” は明暗分かれましたけど、 “情け推し” は珍しく全員安泰でした。

玉鷲関に初日が出たのが何よりでした。

翔猿関はマジでどうしたの?

隆の勝関が調子良いですね。師匠が変わった途端、破竹の5連勝。

 

それ以外に目を向けると、昨日負けた豊昇龍関と安青錦関は勝ったようです。

安青錦関はやはり、見えないプレッシャーと戦っているようですね。

それ以上に注目なのが髙安関。負け無しの5連勝。

「スゲぇ」って思うでしょ? でも、後半ズルズルいきますよ。

このまま千秋楽までイッて欲しいとは誰しもが思うことだけど、「THE 千秋楽」が流れる頃は皆、落胆して嘆いていると思います。

 

高安関にはそういう期待を別の意味で裏切って欲しいですね。ホントに裏切ったら誰も支援しないよ。

 

3月11日(水曜日) 晴れ

 

何と言っても先ずは「あの日から15年」ということ。長いのか短いのかはそれぞれの答えに委ねられることになりますが、阪神淡路も熊本も能登もそうなんですけど、忘れちゃダメですよね。

それでも大相撲春場所における “推し” 力士の結果はお伝えします。

 

【推し】

● 翔猿(押し出し)藤青雲

● 玉鷲(下手投げ)獅司

○ 炎鵬(寄り切り)志摩ノ海

● 菊ノ城(蹴返し)名島

栃幸大は取り組み無し。

 

【情け推し】

○ 正代(突き落とし)豪ノ山

○ 隆の勝(つきひざ)欧勝馬

○ 錦木(寄り切り)剣翔

● 志摩ノ海(寄り切り)炎鵬

 

今日の取り組みで玉鷲関は旭天鵬が持つ幕内出場の記録を破り、単独1位となりました。すんごい事だと思います。勝って喜びを二倍にしたかったでしょうけど、4連敗は痛いです。そして翔猿関も怪我でしょうか? このままズルズル負けるようだと、来場所は十両転落の危機。

“推し” 以外に目をやると、大の里関が今日から休場。無理して出場するよりも、怪我を早く完治させた方が良いと昨日も申しましたが、正しい選択だと思います。それは大の里関本人もそうなんでしょうけど、師匠の二所ノ関親方が一番よく知っている筈。

そして豊昇龍関も破れちゃいましたね。藤ノ川関はただ者じゃないのかな?