機 番:117号機
新 製:昭和32年3月13日
製 造:東芝
製造番号:東芝No.302401-3
新製配置:東京機関区
最終配置:宇都宮運転所
廃 車:昭和58年6月18日
【廃車時の形態】
パンタグラフ:PS15
前照灯:原型(ハチマキ状ケース無し)
尾灯:原型内バメ式
正面窓:小窓+Hゴム支持
Hゴム色:黒色
正面ヒサシ:小型
デフロスタ:無し
正面飾り帯継ぎ目:タイプ〈
列車電話:無し
電源車制御装置:あり
元空気ダメ引き通し管:あり
スノープラウ:無し
ステップ:スノープラウ台座取り付けタイプ
汽笛カバー:無し
常磐線用列車無線:無し
乗務員ドア:原型
側面ハシゴ:原型
側面エアフィルター:改造鎧戸タイプ
側面ナンバープレート:板状タイプ
暖房装置:EG
【改造履歴(抜粋)】
昭和35年 3月 9日~:甲修繕(施工は浜松工場で同年3月18日に出場)
車警(A)の取り付け。
昭和35年 7月22日~:臨時検修(施工は浜松工場で同年7月26日に出場)
特急用特別塗色に塗り替え。
電源車制御装置の取り付け。
昭和37年11月19日~:甲修繕(施工は浜松工場で同年11月27日に出場)
前面窓下に手すりと足台の取り付け。
昭和44年 2月 6日~:中間検査B(施工は広島工場で同年2月14日に出場)
側面エアフィルターを鎧戸式に取り替え。
昭和47年 8月28日~:臨時検修(施工は広島工場で同年9月5日に出場)
元空気ダメ引き通し管の取り付け。
昭和50年 9月23日~:臨時検修(施工は大宮工場で同年11月7日に出場)
暖房装置を電気式に改造。
昭和52年 1月26日~:全般検査(施工は大宮工場で同年2月4日に出場)
前面窓をHゴム支持に改造。
ワイパーを強力型に取り替え。
昭和54年 1月18日~:要部検査(施工は大宮工場で同年1月29日に出場)
デフロスタの取り付け。
【転配履歴】
昭和38年12月23日:宮原機関区
昭和39年 8月 9日:下関運転所
昭和39年 8月 9日:広島運転所に貸し出し
昭和39年 8月18日:下関運転所に返還
昭和44年 2月15日:広島機関区に貸し出し
昭和44年 2月20日:下関運転所に返還
昭和49年 4月23日:広島機関区
昭和50年 3月15日:宇都宮運転所
山陽本線姫路電化用と東北本線宇都宮電化用の早期落成車として東京機関区に新製配置された117号機は、20系寝台特急を牽引機に抜擢されて専用の改造を施します。20系牽引の任を解かれた後は宮原、下関と転々としますが、下関配置日にいきなり広島運転所へ貸し出されてしまいます。広島への貸し出しはもう1回あって、昭和49年に晴れて(?)広島に正式配置になるものの、山陽新幹線博多全通の昭和50年3月に宇都宮に転じ、ここが終の棲家となりました。下関時代に再度、20系牽引の機会が訪れ、元空気ダメ引き通し管の取り付けを行います。
昭和50年3月30日、鶯谷駅にて。
運転を開始したばかりの寝台特急「北星」。
運転開始当初の「北星」には、新聞輸送用のワサフ8000(8800番代)が上野寄りに連結されていました。
昭和52年頃、これは日暮里付近でしょうか?
これだけだと、急行なのか鈍行なのかは判別がムズいですが、ゴハチには旧客がよく映えています。
撮影日は不明だそうですが、前面窓がHゴム支持に改造されていますので、昭和52年以降の撮影と思われます。
ここは宇都宮運転所でしょうか?
エアフィルターのビニロックフィルター化とHゴム支持以外は切り欠きの無い側面ハシゴや内バメ式テールライトなど、原型を保っていました。
(以上3枚は、旧国鉄高崎第二機関区OBの方から、特別のご厚意で掲載させていただいています)









