ここは南武線の尻手駅。昭和51年に撮影されたとのことなので、今からちょうど50年前の尻手駅ということになります。

今も昔も尻手は貨物列車が頻繁に行き来しており、カモレウォッチングには最適な場所なんですが、南武線といえばED16、EF10、EF15といった旧型電機のパラダイスでした。そして画像のEF13もまた、南武線でよく見かけた機関車になりますが、幼少の頃の私はEF13なんだかEF15なんだかよく判っていませんでした。

 

EF13といえばEF58の存在も忘れてはなりません。

戦中の昭和19年に登場したEF13は、資材の節約と工期の短縮を図るため、凸型車体を採用したことで知られていますが、戦後になって車体更新でEF58の車体を挿げ替えたことは有名な話。デッキ付きの車体で登場したEF58は、昭和27年製造分からかの有名な流線型の車体になるのですが、デッキ付きで登場した31両も流線型車体に載せ替えることになり、余った車体をEF13に挿げ替えたというもの。

 

デッキの手すりで機番が見えませんが、2なのか、20番台なのか判りませんね。

なので、対照表を記します。

 

EF13  1←EF58  4(30.05.18~東芝)

EF13  2←EF58 23(30.07.29~川崎)

EF13  3←EF58 21(30.09.23~川崎)

EF13  4←EF58 27(31.03.02~東芝)

EF13  5←EF58  5(32.03.29~日立)

EF13  6←EF58 28(28.11   ~日立)

EF13  7←EF58 30(31.04.17~日立)

EF13  8←EF58 11(28.03.03~日立)

EF13  9←EF58 12(28.01.25~川崎)

EF13 10←EF58 29(29.03.23~日立)

EF13 11←EF58 16(29.03.30~川崎)

EF13 12←EF58  6(31.12.20~東芝)

EF13 13←EF58 20(28.08.29~東芝)

EF13 14←EF58  9(30.09.27~日立)

EF13 15←EF58 18(29.08.08~三菱)

EF13 16←EF58 10(28.03.03~東芝)

EF13 17←EF58 14(31.10.15~日立)

EF13 18←EF58 24(31.10.15~川崎)

EF13 19←EF58 15(30.07.30~東芝)

EF13 20←EF58 25(28.11.16~日立)

EF13 21←EF58 19(29.08.14~日立)

EF13 22←EF58  7(29.10.06~東芝)

EF13 23←EF58  1(30.03.07~東芝)

EF13 24←EF58  2(30.03.08~日立)

EF13 25←EF58  8(30.04.20~三菱)

EF13 26←EF58 26(31.08.15~日立)

EF13 27←EF58 13(29.10.08~川崎)

EF13 28←EF58 31(29.03.10~日立)

EF13 29←EF58 22(29.11.29~日立)

EF13 30←EF58 17(31.08.14~東芝)

EF13 31←EF58  3(32.03.04~日立)

 

EF58 1をEF13 1にしたというわけではなく、車体振り替えの機番に整合性はありません。僅かに5と26だけが同一になります。

 

戦時設計の粗悪な機関車の割には、終戦後も東京近郊を中心に長く活躍し、昭和50年代初めまでは全機が揃っていました。50.3改正以降は新鶴見と八王子と立川の各機関区に集められまして、貨物列車牽引をメインに、八王子機関区配備機は時折、中央東線の客車列車を牽引した記録もあります。ただ、暖房装置を持たないため、冬季に客レを牽く場合は機関車の次位に暖房車をくっつけての運転になりました。

廃車が始まったのは昭和51年からで、世が世であれば機関車の人気が高まったこともあって、終焉時には大騒ぎになるんでしょうけど、国鉄末期のEF58みたいに特別人気のあった機関車ではなく、またEF15もバリバリの現役だったこともあって、知らない間にEF13は消えていきました。「旧EF58の車体を流用した」というのも人気の起爆剤にはならず、目の前にある仕事を淡々と熟し、ひっそりと定年を迎えた、そんな感じがした機関車でした。

 

 

【画像提供】

い様

【参考文献・引用】

鉄道ファンNo.174 (交友社 刊)

国鉄機関車 激動11年間の記録 (イカロス出版社 刊)

 

 

6月19日(金曜日) 曇り時々晴れ

 

4連休明けとはいえ、その後の4連勤はちょいとキツかったですね。

今日は仕事が終わった後、チームのメンバーと少し呑みに行きました。どうしてもね、日頃の業務に対するあれこれはあります。それをチームのメンバーでカバー出来るか否かはそのチームの「チームワークの良さ」が最優先されますが、私が所属するチームは何駄感駄言っても、チームワークは良い方なんじゃないかと思います。

 

 

さて、些か旧聞ですが、体重が少しばかり落ちたという話をしました。でも、それは自分自身では特別な意識はしていませんでした。でも、あらゆる場面で「もはねさん、痩せた?」と聞かれ、意識が自分だけでないこと、痩せた、というより、体重が落ちたというのも満更ウソではないというのも解るようになりました。

 

ある時は家族から、ある時は男を知り尽くしている「その系」の女性から、ある時は真子ファン仲間から(さすがに真子さん本人から言われなかった)、そして昨日は配達先の方から「あれっ!? 郵便屋さん、痩せた?」と言われて、これで「ホンモノだ」と確信しました。

 

痩せようと思って痩せたわけではありません。

今だってかなりの酒量だし、飯を食う時もガッツリ系を好みます。でも、減らしているところは減らしている。つまり、「無理をしない程度に」が功を奏しているのかもしれません。根拠はゼロですが。

 

このままリバウンドせず、定健までこのスタイルを維持出来ればと思っています。

6月18日(木曜日) 雨のち晴れ

 

相変わらずのYHとWN。雨量の差こそあれ、どちらも「昼前には止む」と予報を出していましたが、昼過ぎてもチンタラチンタラ降っていました。あまり予報が外れると誰も信用してくれなくなるよ。

 

「信用されない」といえば、新聞やニュースで報道されたのを観ていないので、今開催されているのか相当昔なのかは知りませんが、国会か何かである議員が「貧乏人が自衛隊に行く」という発言をしたそうですね。動画サイトで知ったことなので真実か俗説かも判らずじまい。もしこれが真実であれば到底許されるべきことではないんだけど、誰も意に介していないでしょ。「あっ、また言ってらぁ」程度で、呆れたり嘲笑したりのレベルだと思います。だって、政治家の問題発言なんて今に始まったことではないし、与党だろうが野党だろうが、政治家は「どいつもこいつも」だし、「同じ穴の狢」だし。そんなレベルです。だから全然驚きません。

 

過去に幾度も政治家の問題発言はあって、その度に窮地に立たされているわけだけど、そういった事案を思い浮かべて既の所で発言することを止めないかな? どっちにしても言って良いことと悪いことの分別がつかないのが政治家。どんな政党にも当てはまります。問題発言をした議員を糾弾していたようですが、何か、スタンドプレーのような気がしてなりませんし、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ですよ。政治家はそういう人種です。

 

日経平均株価が昨日だったか、過去最高値の7万円台に乗ったと報じていますが、それとは裏腹に庶民の生活は苦しみが増す一方。それに対してどんな対策を講じようとしているのか、そっちを知りたいし、問題発言にかまっている場合じゃないでしょ。

無策な与党と野党にいつか天罰が下るように。

 

所有事業者:小田急ハイウェイバス(東京)

仕様・用途:都市間夜行高速路線仕様

登録番号:世田谷210 あ ・・50

社番:No.50号車

配置:世田谷営業所

初年度登録:2017年

シャシー製造:日野自動車

搭載機関:日野E13C-AE〈ET-ⅩⅥ〉型

車体架装:ジェイ・バス小松

車両型式:2RG-RU1ESDA

車名:日野セレガ・スーパーハイデッカ

撮影日:2026年6月17日(水曜日)

撮影場所:小田急ハイウェイバス世田谷営業所(※)

※・・敷地外から撮影

 

 

ようやく撮ることが出来た小田急ハイウェイバスの最新セレガ・・・といっても、就役からまもなく10年が経とうとしている経年車ですが、「紫こけし」のNo.51号車とともに小田急の夜行高速路線仕様としては最新車となります。

2018年現在、当時の小田急シティバスの夜行高速路線仕様車は12台いたんですが、現在は僅か4台(No.47(緑こけし)、No.48(赤こけし)、No.50(青こけし)、No.51(紫こけし))で、いずれもセレガで、ふそうはいつの間にか淘汰されています。

 

今でこそ汎用ですが、1988年に小田急が夜行高速路線バスに参入した時は「赤こけし」が最初で、当たり前ですが「フローラ」号専用車でした。1989年3月に第二弾として「ニューブリーズ」号が運行開始した時に「青こけし」が登場し、次いで運行開始した「エトワール・セト」号の専用車として「緑こけし」が登場しました。この先、どんなカラーバリエーションが登場するのかなって期待したんだけど、2018年に「紫こけし」が登場するまで3色のまま推移し、同時に「○○専用」は解消してどの便にも使うようになりました。

 

経年10年は、一般の乗合仕様ならまだまだ働き盛りですが、高速路線仕様はその使い方から一般乗合仕様よりも早い段階で置き換えられます。最古参のNo.47が今年で10年選手なのでまだ使えそうだとは思うんですが、外観を見ると、結構ボロボロだったりします。昼夜問わず、小田急の高速路線仕様車は日野が与党なんだけど、昼行を中心にふそうの導入が目立ちます。そう考えると、久しぶりに夜行仕様でふそうの導入を考えているのかもしれませんが、「こけしカラーの令和顔のエアロクィーンは見てみたい」と思います。

 

 

【参考文献・引用】

バスラマインターナショナルNo.170

年鑑バスラマ2017→2018

(いずれもぽると出版社 刊)

ウィキペディア(小田急ハイウェイバス、小田急シティバス、ニューブリーズ号、エトワール・セト号など)

6月16日(火曜日) 晴れ

 

4日間の「梅雨休み」が終わり、今日からまた仕事です。

その仕事が終わって駅近くの中華料理店で夕飯を摂っていた時のことです。

何か、ゆらゆらと揺れています。隣に座っていたお客と「地震ですかねぇ~?」なんて言ったその場で緊急地震速報のアラームが鳴り響きました。それも、その場に居合わせた客のスマホが一斉に鳴り響いたので、店内に緊張が走ったのは言うまでもありません。

 

 

東京は震度3で済みましたが、埼玉北部と群馬南部で震度5弱を観測しました。震源地は茨城なのに、茨城は震度4です。何かヘンですよね。

 

それにしても、緊急地震速報のアラームなんて鳴らないに越したことはないんだけど、前述のようにああ一斉にアラームが鳴動すると、それはそれで何気に壮観だなって思いました。

6月15日(月曜日) 雨のち曇り

 

いつも思うことですけど、仕事をしている間はその時間がものすごく長く感じられ、休みはあっという間。勿論、それは幻覚以外の何者でもないわけですが、休みの時間を無駄に使っても有意義に使っても24時間は24時間です。でも、頑張れば来週、「梅雨休み」の第二弾があります。

 

昨日、ファンミがありました。その補足です。

私と同席だった方はファンミ初参加というだけでなく、FCがあることをつい最近知ったそうです。「この経緯はね・・」と現在のFCがどのようにして発足することになったのか、喉仏まで出かかりましたが、ギリギリ抑えました。

そして「死ぬまでに一度、富士山と真子さんを見たかった」という方がいるそうで、一部ではいなかったようですが、「私と富士山なんて、格が違いすぎる」みたいなことを言っていた真子さん。

第二部、座席は同じで隣席は女性でした。今回は女性運が良いぞ。したら、その女性が「死ぬまでに一度、真子さんと富士山を見たい」と夢を語った方でした。実現して良かったですね。しかも、わざわざ岡山から来て下さったようで、真子さんは喜びまくりでした。

 

イベントが終わってファン仲間と表参道で酒肴の場を設けました・・・というよりは、私は誘われてのこのこ参加しただけなんですが、気になる女性と同席になりました。

この女性、昨年のファンミにも来ていましたが、「春ラ!ラ!ラ!」の衣装を "完コピ" したワンピース(・・って言うんですか?)を身に纏って参加者の視線を集中させました。今年はもう一人、「ラ!ラ!ラ!」の衣装に似せたコスチュームで参加していた方もいらっしゃいましたので、もしかしたらゆくゆくは「衣装コスプレ」が流行るかもね。

その「ラ!ラ!ラ!」の衣装を着て注目を集めた方と酒肴の場で一緒になって、スケベなおじさんはテンション爆上がりでした。

3月のライブでも高知から来た大学生が口ずさんでいるのを目の当たりにしてビビった私ですが、今回の彼女は齢は25と、ファン年齢層の低年齢化に貢献しています。「このままいくと、真子ファンは老人クラブの集まりになる・・」と冗談を交えて言ってちびまる子ちゃんの "縦線状態" になりながらも一応は爆笑してくれました。

 

それだけではなく、「普通なら、あなたぐらいの年齢層ならジャニーズ(注:・・って言い方は、今はNGだそうですね)やAKB系に走るんじゃない?」って聞いたんですが、彼女はそれ系には全く興味がないんですって。それもすげぇ。昭和も好きだそうで、確かに "平令" の若人が「昭和に興味がある」というのは聞いたことがありますが、 "昭和" だったら、調教出来そう。

で、もっと凄いのが彼女は私の地元で仕事をしているんですって。さすがに何処の会社(店舗)で働いているのかまでは聞きませんでしたが(そこまで聞いたら第一線を越えそうな気がして聞けませんでした)、広いようで狭い葛西ですからあわよくば何処かで会うかもしれませんね。

 

今日は用事があって川崎へ行き、親の買い物に付き合いました。

朝、起きたらワールドカップのリーグ戦で日本代表が初陣だったみたいで、中継していました。

結果はリードされつつも、追いついて引き分けになったようです。引き分けだと双方に勝ち点1が与えられるようで、引き分けと負けでは雲泥の差です。

それは良いんですが、サッカーには全く疎い私。

NHKの中継で興奮気味に解説していた小煩い奴、誰?

 

 

 

所有事業者:京王バス(東京)

仕様・用途:都市間高速路線仕様(中央高速バスに充当)

登録番号:杉並200 か ・282

社番:X52603号車

配置:永福町営業所

初年度登録:2026年

シャシー製造:三菱ふそうトラック・バス

搭載機関:三菱6S10(T2)型

車体架装:三菱ふそうバス製造

車両型式:2WG-MS06GP

車名:三菱ふそうエアロエース

撮影日:2026年6月13日(土曜日)

撮影場所:バスタ新宿

 

「今日の1台」初登場になる2025年重量車燃費基準適合車(2WG-)のエアロエースです。実車は2025年12月にデリバリーを開始しているので、まぁ、2026年に新車登録したエアロエースは2WG-になると思われます。

 

車体や内装は従来の2TG-車と一緒ですが、大きな変更事案として、サイバーセキュリティ関連法規への対応とアクティブ・アテンション・アシストの顔認識カメラの位置変更による検知性向上が挙げられます。乗客云々よりもドライバー云々の仕様変更が中心というわけです。

 

京王バスは2024年度に採用したエアロエースを折戸仕様で導入していましたが、2025年以降は再びスィングドア仕様に戻しています。使いづらいのでしょうか?

 

それにしてもこの画像、左に寄り過ぎちゃってますね。

甲州街道に出てリベンジを試みましたが、邪魔が入りジ・エンド。すぐには退役しないでしょうから(導入したばかりじゃっ!)、いつか撮り直して差し替えます。

 

 

【参考文献・引用】

バスラマインターナショナルNo.209、214 (いずれもぽると出版社 刊)

三菱ふそうトラック・バス株式会社公式ホームページ

ウィキペディア(三菱ふそうエアロエース)

京王バスX52603号車を扱った各サイト

 

1月のバースデーパーティーに次ぐ、ファンクラブ「Mako Mix」のファンミーティング「Mako’s Cafe」が今日、開催されました。真子さんとの距離感を縮める恒例のイベントは今回で9回目。4日間の「梅雨休み」もこの日のために入れたようなものです。

いつもだとライブ同様、ファンミも椅子取りゲームをやらされる感が強いのですが、今回はすんなり獲れました。でも、その陰で落選した会員もいるんだろうなぁ~。コンピュータによる無作為な選別なため、真子サイドに責任は無いのですが、ファンクラブイベントなんだから、FC会員の参加は無条件だと思うんですけどね・・・。

そうだ、来週は神戸で開催されますので、「神戸しか行かない」という会員の方々は、この記事は半ばネタバレになってしまうので、是非ともスルーしていただければと思います。

 

 

 

東京の会場は昨年と同じ、南青山にある「IDOL」というレストランを兼ねたイベントスペース。

最寄り駅(表参道駅)から少し離れた所にあり、港区と渋谷区の区界にあります。

 

 

キャパ的にはあれで100人入れるかどうかというものでしたが、まぁ、ちょっと窮屈感は否めません。

整理番号順の入場でしたが、私はかなりドンベだったので、なかなかどうして、観覧的にはエグかったなぁ~。やむを得ないけど。こういう場合も「参加することに意義がある」と表現するんですか?

すると・・・

 

 

弊愚ブログをいつも観て下さっているみかりんさんとまきちゃんさんから "差し入れ" をいただきました。

こっちは何もしないのにただただ恐縮するばかり。

インスタグラムの加入は前向きに検討させていただきます。

 

12時ちょうど、第一部が始まりました。

タイムテーブル的には昨年と同じで、「① テーブルごとのメンバーと一緒の写真撮影」「② ビンゴゲーム」、そして「③ ジャンケンリクエスト」になります。

写真撮影時、いや、終わった後か、徐に附帯している食事を取りに行きます。昨年と同じようなメニュー構成ですね。文句は言わない。

 

二部でもそうでしたが、周りから「もはね、もっと寄り添え」と促されました。でも私は謙虚なんです。 "神" に近づくのは畏れ多い。

 

写真撮影が終わるとビンゴゲームで、見事「ビンゴッ!」になると、高評のアクリルスタンドがプレゼントされます。

一部は調子良く、次々とリーチまでもっていくんだけど、その先がダメで、賞品はゲットできませんでした。

二部はもっと酷かったですね。最終的にはリーチがいくつかあったんだけど、最初はかすりもしませんでした。

 

そしてジャンケンリクエスト。

私はジャンケンには向かないようで、一部は全て予選敗退。二部で "決勝戦" までいったんだけど、リクエストをすることは出来ませんでした。

このジャンケンリクエスト、確かに勝つか負けるかのスリリングな攻防は良いんだけど、時間もかかるし、あとこれは噂の範疇なんだけど、負けているのにしれっとその後もジャンケンに参加している輩がいるみたいで、それを阻止する意味合いとリクエストの範囲を拡げる意味合いから、事前にFC会員にリクエストを募ったらどうですか?

「Mako Mix」のHPに専用のフォームを設けて、会員がファンミの際に聴きたい曲を入力させて、上位10曲程度を選別し、それをファンミ当日、クジにして真子さんに引いてもらって、引き当てた楽曲を歌ってもらうというもの。これだったら、ジャンケンの時間は削がれるし、もっと多くの曲を歌ってもらえます。

ただこれだと、ほぼほぼ9割近く、いわゆるアイドル時代の楽曲をリクエストして、楽曲の選別が偏るのは必至。だから「アイドル時代の曲1つ、最近の歌1つ」にすれば均等性は保たれると思いますし、東京一部二部、神戸一部二部は対応出来ると思います。

 

東京のリクエストは下記の通りです。

【第一部】

① 恋のハッピーデート

② 私の首領

③ カナリア

④ 日曜日はストレンジャー

 

【第二部】

① 恋のサマーダンス

② Friend

③ 狼なんか怖くない(アカペラ)

④ 日曜日はストレンジャー

 

「誰のせい」というのは申しませんが、いつしか私の顔から笑顔が失せていました。でも、第一部の「カナリア」と第二部の「Friend」は心の底から「ナイスッ!」と称賛しました。

「狼」は、リクエストのリストには入ってなかったんだけど、「主人が(アカペラで)「狼」を聴きたい」と申し出た女性がいて、真子さんも快諾して歌ったもの。でも、これは何だか「許せる」範囲だなぁ~。ただ、手拍子のリズムはあ~じゃないんですよねぇ~。

アカペラの「狼なんか怖くない」は、何だか1981年のさよならコンサートを連想させられますね。全員で合唱出来れば尚結構でしたが、私的には二部の真子さん、かなりグダグダでしたね。楽しみに来ているファンを目の前に「疲れた」はないよ。

 

 

今回のお土産はこちら。

クリアファイル

缶バッヂ

うちわ

の3点セットです。

 

 

缶バッジは今まで無かったアイテムで、取り付け環境によって2種類(の取り付け方)が選べるスグレモノ。

滅多にグッズを私用しないんだけど、これはどっかに忍ばせようかな・・・。

 

こうしてあっという間の時間でしたが、皆さんは真子さんとの距離感は縮まりましたか?

ライブもそうなんですが、ファンミの充実を切に期待したいです。

機  番:121号機

新  製:昭和32年4月3日

製  造:日立製作所

製造番号:日立NO.191721-1

新製配置:高崎第二機関区

最終配置:高崎第二機関区

廃  車:昭和58年5月17日

          (工事通達第62号による)

 

 

【廃車時の形態】

パンタグラフ:PS15

前照灯:原型(ハチマキ状ケース無し)

尾灯:原型内バメ式

正面窓:小窓+Hゴム支持

Hゴム色:黒色

正面ヒサシ:大型

デフロスタ:あり

正面飾り帯継ぎ目:タイプ |

列車電話:無し

電源車制御装置:無し

元空気ダメ引き通し管:無し

スノープラウ:固定式

ステップ:前端梁側面取り付けタイプ

汽笛カバー:大型

常磐線用列車無線:あり

側面ハシゴ:改造切り欠きタイプ

側面エアフィルター:原型縦縞タイプ

側面ナンバープレート:板状タイプ

暖房装置:EG

 

 

【改造履歴(抜粋)】

昭和32年11月27日~:臨時検修(施工は大宮工場で同年11月28日に出場)

              暖房罐を取り替え。

昭和39年12月14日~:甲修繕(施工は大宮工場で同年12月25日に出場)

              側面ハシゴを切り欠きタイプに改造。

              列車無線の取り付け。

              標識灯に赤円板を取り付け。

昭和45年 4月14日~:臨時検修(施工は大宮工場で同年4月18日に出場)

              前面窓をHゴム支持に改造。

昭和48年 1月11日~:要部検査(施工は大宮工場で同年2月14日に出場)

              暖房装置を電気式に改造。

昭和48年 2月14日~:全般検査(施工は大宮工場で同年3月1日に出場)

              スノープラウを固定式に改造。

              ワイパーをWP50に取り替え。         

 

【転配履歴】

昭和32年12月 9日:長岡第二機関区に貸し出し(教習用)

昭和32年12月18日:高崎第二機関区に返還

昭和36年 3月22日:東京機関区に貸し出し

昭和36年 4月13日:高崎第二機関区に返還

昭和38年 8月22日:東京機関区に貸し出し

昭和38年 9月15日:高崎第二機関区に返還

昭和38年 9月30日:宇都宮運転所に貸し出し

昭和38年10月31日:高崎第二機関区に返還

 

 

120号機同様、山陽本線姫路電化及び東北本線宇都宮電化に向けた早期落成車として製造された121号機は新製から廃車まで高崎を離れず、また新製も廃車も120号機とほぼほぼ同じ運命を辿りました。高崎線と上越線を活躍の主舞台にしつつも、東北本線にも顔を出し、また常磐線用列車無線を装備していることから、隅田川貨物駅への乗り入れにも対応していました。

これも120号機と同じなんですが、新製時からヘッドマークステーを装備しておらず、その関係と改造されなかった内バメ式テールライトの兼ね合いから、寒冷地仕様の厳つい面構えながらも、些かスッキリした顔立ちにも見えました。

 

 

撮影日は不詳ですが、上越線水上-湯檜曽間の利根川橋梁ですね。

今も昔も上越線における名撮影地として知られていますが、私的に「ザッツ上越線!」の絵面のような気がしてなりません。

(ジ写真部様提供)

 

 

東北本線王子付近にて。

「王子国鉄」の第五弾。荷物列車を牽引して北上する121号機です。

120号機でもお伝えしましたが、前照灯と避雷器の間に備えている円筒状のものが常磐線用列車無線になります。

令和の今、この線路は湘南新宿ラインとして通勤電車が行き交っています。

(ガ様提供)

 

 

ここは何処でしょうか? 高崎駅でしょうか?

検測車マヤ34を連れて客車列車に連結しようとしてますが、連結されようとしている客車は10系でしょうか?

「鳥海」とか、「能登」とかその辺りかな?

(ウ様提供)

6月13日(土曜日) 晴れ

 

梅雨の中休みです。

昨日から始まった「梅雨休み」の2日目。

先週、車検でディーラーに預けていた愛車を取りに、百合ヶ丘まで行きました。

当然のことながら、往路は電車になるんですが、

 

 

小田急の登戸駅はありとあらゆる部分にドラえもんを遇ったデザインになっています。

藤子不二雄ミュージアムがあるのは登戸だっけ? そして何故、JRに普及しない?

ドラえもんは嫌いじゃないけど、出来れば「オバQ」を遇ったデザインも欲しいなぁ~。藤子不二雄作品で「ドラえもん」の次に好きなのが「オバケのQ太郎」だから。

 

軽自動車の強みはあらゆる維持費が安いという点なんですけど、我が愛車は昨年、納車10周年を迎えています。つまり、この車検をもって、次からは1年車検になります。実はそこまで計算に入れてませんでした。車検標を見て「そうかぁ~っ!」と天を仰ぎました。

でも、新車を買う金はありませんし、百歩譲って金はあったとしても「欲しい車」がありません。どれもこれも琴線に触れません。強いて強いて強いて強いて挙げれば、ホンダの「SUPER ONE」が少しばかりではあるけど、興味があります。

軽自動車のくせにブリスターフェンダーを備えたスポーツ仕様。それでいて確かEVですよね。車体本体価格も300万越えですが、EVだから国や行政から補助金が出るので、単純計算だけで算出すれば200万円引き。買う気は無いけど気になる存在であるのもまた事実なり。

 

真っ直ぐ帰宅したかったけど、東名川崎インターまで来た時、東名高速は上りも下りも激混み。そのまま尻手黒川道路を南下して、元住吉から中原街道を通るルートを選択しました。そのまま尻手黒川道路を南下して川崎市街地まで行ったらドツボにハマると思ったから。

帰宅後は引き籠もりました。

 

明日は待望なのか否かは「神のみぞ知る」なんだけど、ファンミです。