東北・上越新幹線開業前の上野駅は特急・急行から通勤電車まで殆ど秒単位で列車が行き来し、ホームに列車が無い時間が無いくらい、活気に満ち溢れていました。昭和57年に新幹線が開通して東北方面の列車に大鉈が振られましたが、大宮発着の暫定開業だったこともあって、中距離を中心に首の皮一枚、列車は残りました。しかし昭和60年3月に新幹線が上野まで乗り入れると今度は有無を言わさず在来線の優等列車は廃止の憂き目に遭い、残ったのは上州方面と常磐線の特急、そして夜行列車。急行についてはこの改正で殆どが廃止されて特急へ吸収されていきます。
東北・上信越方面に限らず、急行列車の経路はなかなかどうして意味不明なものばかりで、経由地へダイレクトに向かわず、彼方此方クネクネしながら目的地へ行く列車が多かったのは確かです。今回はそんな列車を取り上げます。
普通、上野から水戸へ行くには、常磐線の特急「ひたち」、あるいは急行「ときわ」に乗るのが一般的ですが、もう一つ、上野と水戸を結ぶ急行列車がありました。それが「つくばね」です。1日1往復。夕方と朝しか上野駅に顔を出さないレアな列車。通勤急行の役割を担っていたのかと思ったらさにあらず、で、「つくばね」は水戸線を経由して水戸へ向かっていました。水戸というよりも、実際の起終点はその先の勝田ですけどね。
「つくばね」は昭和37年10月に気動車準急でデビューしたのですが、最初から水戸線経由でした。そしてその当時は水戸行きの編成と真岡線(現、真岡鐵道)の真岡や茂木に向かう編成があり、おそらく下館で分割・併合を行っていたと思われます。
昭和41年に急行に格上げ、昭和43年10月の改正で電車化されるのですが、水戸線はその前年に電化されているので、それを受けてのものになります。
表は昭和54年12月現在の「つくばね」の時刻表になります。
急行とはいっても、水戸線内は普通列車となります。
主要駅である小山駅が通過扱いになっていますが、「停まらない」のではなくて、「停まれない」んです。小山から水戸線に入る「つくばね」は短絡線を介して東北本線から水戸線に入るため、小山駅には立ち寄れないのです。停車して進行方向を変えるという手法は採らなかったみたいですね。そこでその見返りじゃないけど、「つくばね」に乗る乗客が小山駅以北へ向かえるように、間々田駅に停車して乗り換えさせる方策を採っていました。
「つくばね」にはグリーン車が連結されていましたが、水戸線内はどういう措置だったんだろう?
グリーン車は開放されていたのか、あくまでも「グリーン車」としての扱いだったかは不明です。
東北・上越新幹線が上野まで乗り入れるようになった昭和60年3月に廃止されましたが、画像はその前日、さよなら運転を行った際の1枚になろうかと思いますが、水戸線内も急行として運転しなかったからか、全然目立たない列車でもありました。
【画像提供】
タ様
【参考文献・引用】
国鉄監修・交通公社の時刻表 1980年12月号 (日本交通公社 刊)
日本鉄道旅行歴史地図帳第3号「関東」 (新潮社 刊)
ウィキペディア(つくばね、水戸線)