体育祭の話続き 

 

都市部の学校なので狭い観覧スペースで

知らない親御さん達と密集して見る

感じなんですが、

 

女の子のお母さん達の

「あれ右上矢印◯ちゃん?可愛い〜」

「◯ちゃんどこにいるの?あっち?

あっ可愛い〜」

ともれなくみんな言い合う声が聞こえて

きました。

 

これも私にとってはなんだか空気が

薄くなったのかと思うほど、

苦手なトラウマがある状況でした。

 

すごく短く言うと、今までの

人生を振り返ると、

私が恵まれて(見え)るときは

みんな(女性たち)が

当たり前の挨拶のように

褒め合っている時に私や私に関わる人

だけが不自然なほどに

褒められないということが多かった

なと思います。


むしろ、恵まれていた(る)時は

「私は他の人より劣っているんだ」

ということを植え付ける

遠回しな嫌味をこれでもかと

言うくらい言われていたと思います。

 

中学校、高校、大学

20代の頃、結婚してから

30代で母になってから、

どの時代も、私は

「ふ−−ん私に嫉妬してるんだね」

なんて、上手に脳内で処理すること

なんかできませんでした。

むしろ、私に嫉妬しているなんて

思うのは悪いことで、そう思ったら

そんな自分が透けて見えて

ますます人に嫌われると

自分を責め毒し続けました。

 

いつも、なんで?なんで?

と震えて溺れながら生きているような

精神状態でした。

 

 

みーーんなを褒めて、ある人だけ褒めない

とか、わざわざ追いまわしてきて

隣にいる人だけを過剰に褒めて

ある人はいないように扱われるとか

こういう分かりづらい攻撃にも

名前があって、カバートアグレッション

(covert aggression 隠された攻撃)

と心理学で呼ばれるものの一つに

含まれるようです。

 

 

直接的な攻撃よりむしろ

カバートアグレッションをうけることが

怖くて怖くてたまらなくて

生きるエネルギーをすべて

吸い取られていると感じるほど

辛くてたまらなかったのは


人間として形成されていく長い時間を

毒母にカバートアグレッションを

使われて

生きる気力を奪われて続けていたから

というのが大きいです。

 

カバートアグレッションには

私が生きてきたのどの時代も苦しんできて

特に子供が生まれてからは他の母親達からの

見えにくい攻撃の中

もがき苦しんでできました。

 

なのでもっともっと書いて

浄化していてきたいなと

思います。

 

今日は体育祭の話からはじめたので

中学高校時代の話を。

 

 

私が通った中学は、半数近くの子が

偏差値45以下の近隣の高校に進み

隣町の偏差値48の高校に進めれば

まあまあ頭は悪くないと分類され

更に隣町の偏差値50の学校に

進めれば中の上以上の扱いをされるという

今息子が通っている首都圏の中学と

比べると天と地ほどの差の

劣悪な環境の公立中でした。

私は都市にある偏差値65の高校へ進みました。

(地方ゆえそれ以上の学校がほとんど

なかった)

 

その中学で私は真面目、ガリ勉のモテない

キャラを無理やり他の女の子達に

押し付けられていました。


いつも一緒にいた子は美人でしたが、

プレハブのような小さな家に住み

成績も偏差値 43の

隣の学校に行くぐらいのその学校に

多い成績層でした。


私はあまり

勉強しなくてもそこではいい成績でしたが

「あんたみたいにガリ勉したら

誰だって勉強できる」「あんたなんか

羨ましくない」

と言い続けられていました。


反対にいつも一緒にいた友人は

私の隣で過剰なほどに

「きれいですごい」と

言われたり

不自然に私の隣で告白される

シチュエーションを

別の女の子にセッティングされたり。


これはカバートアグレッションの

一種だったと今やっと思えます。






高校から都市の進学校に行くと、県の

有名人の子が多くいたりして

私自身は地元の町のお嬢様でも

飛び抜けた優等生でもなくなった

からなのか女の子にも

「可愛い〜」といわれるようになり

びっくりしました。


 

でも一番女子に「かわいい〜」と

言われていたのは

やす子さんに似てる子だったなと

最近TVでやす子さんをみると

思い出すようになりました。

高校生の頃は、女の子が芸人さんの

ようなタイプの子を「かわいい〜」

と盛んにいうその意味が

よくわからず、ただただ不思議に

なんとなくもやっと?はて?と思って

いました。

 

私はそういう女子の心理みたいな

ものがよく読めない子でした。


そのことと、毒母による「女の子に好かれ

て友達が多い子でないと無価値」という

すり込み。

つまり本来の自分とはかけ離れたもの

にならなくては生きていてはいけないという

幼少期からの洗脳が私を

それから先も追い詰め続けました。





カバートアグレッションについては

また書きたいですが

今日はここで終わりにします。