昨日は通ってる心療内科にお願いしていた
診断書を取りにいきました。

車でいったのですが、
いつも夫がいるときは夫が運転して
くれますが、最近夫は休みがない
(ブラック企業ではないのですが
最近土日はずっと論文に取り組んでる)
ので、ちょっとでもブレイクをとって
ほしくて私が運転していきました。

夫は本を読んでいたと思ったら
いつのまにかぐーぐー眠っていて

「揺れが最高。。
これはこれである意味リゾート並の
癒やしだー😴」

と寝言みたいに呟いていました。

メンタルを病んで
いつも私ばっかり助けてもらってると
思っていたけれど
時には私も夫を少しは助けて
あげられるんだと
スヤスヤ眠る顔を見ながら
うれしくてちょっと泣きそうに
なりました。

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クリニックについて
診断書を封される前にチラリと見たら
「幼い時から虐待があり」
から始まっていました。

それを見たら
大人ふたり静かな喫茶店で
美味しいものをいただきながらも、、



繰り返し、下にリプログする話が
思い浮かんでしかたがなかったです。

私の小学生エピソードは残酷なものが多いのでその中では地味なエピソードに見えるかもしれません。

でも思春期まで自分の子供を育ててきて
改めて思うのですが、

幼い子供が悪いことや失敗、
可愛くないことをしたときに
ひどい罰を受けるだけでなく

おかあさーんと手を振って見せたり
周りの人にちょっと褒められたり
動物に優しくしたり
そういうことにさえ、

「いいこぶって
かわいいと思われようとして自分に浸って
人の気を引こうとして
アンタは汚い人間」

と母親に言われたら
幼い心はどこに向かって
成長していけばよかったのか
良い悪いどんな振る舞いをするよう学べば
よかったのか?
と、心がぎゅーっと辛くなります。



私の行いは良い行いも悪い行いも
汚いものとされた。

それなのに毒母の望む「お友達に囲まれた
人気者の女の子」になるため
他の女の子がどんなに酷いことをしても
そのみにくい行いに気づかず許し
「自分が悪い」と思うのが目指すべき
正しいゴールと自分を律し続けてしまった。

自分は無価値以下で他の人は価値があるから
しょうがないと必死で言い聞かせた。

謙虚になれば家族が愛してくれるのだと
信じて。

間違った方向に洗脳された結果
自分を純化鈍感化して
同性の陰険な攻撃に気づかず
気づかぬ間にズタズタにされる人に
成長して毒親のもとを離れても
苦しみ続けた、と気づきます。



今あまり長い文を書けないので
過去記事に代弁してもらおうと思います。