序章の続き 1 | Glaciation Limit

Glaciation Limit

-When a blaze occurs in the driftless area-

 奥多摩の事件や元専務の失踪からおよそ一年が経った。

 『D』改め『一輝』の殺害を企てたと思われる未遂の一件を除けば、これまでのところ、元専務が最後に送りつけてきたメールにあったような物騒な事件は発生しなかった。

 バカなことをしたと気がついて、どっかで反省してるんじゃないのと、短髪の少年は云っていた。

 栗毛の少年そんな風にのん気に考えることができなかった。相手は虎視眈々と準備しているという気がしてならなかった。

 長い黒髪の男は、何かに追われるように仕事する栗毛の少年を心配した。それで、以前よりは会社に協力するようになり、会長の女に対する態度も軟化した。

 金髪の彼は、機械的に仕事をこなしていた。それ以上でもそれ以下でもなかった。

 奥多摩の事件の首謀者であった、二つのシステムを使う男は、未だ米国カリフォルニア州にあるサニーベール支社から戻らなかった。

 この一年の間、グラード商事会長が目標に掲げたレムナントの自爆特性の除去は、遅々として進まなかった。レムナントの自爆特性を無効化するアームが戻らない上に、サニーベール支社が、「預かったアームのシステムを調べ、レムナントの無効化に関するデータを送る」と約束したのに、いくら催促しても送って寄こさないのが大きな原因だった。

 レムナントは相変わらず、そのまま存在した。彼らの住まいは、訓練施設を改装した施設、またはレムナント用に特別に設けられた施設であり、ヘリコプターでもなければ滅多にアクセスできないような山奥や、海に浮かぶ名も知れぬ小さな島にあった。そのためにうっかりすると、彼らの存在は忘れられそうになった。

 新規のアームの開発は中断していた。既存のアームは一人一人、コード名、システム特性、ポテンシャルを記録され、管理された。

 グラード商事は、都市部あるいは郊外に、アームを集約管理するための施設もいくつか設けていた。施設は、そこから国内、国外の派遣先へ出かけていく拠点という意味で、「ベース」と呼ばれた。

 そのベースは、そこに出入りするアームの特異さを表に出さないよう目立たぬように配慮されて作られていた。具体的に、経営の傾いた小規模な宿泊施設などを買い取って「ベース」にすることが多かった。「何某ホテル」などと看板まで出して、あたかもグラード商事が真面目にホテル業を営んでいるかのようであった。前の宿泊施設がつぶれたからにはもともと宿泊の需要自体があまりないのであるし、ごくまれに一般人が間違って足を踏み入れても、警備の担当者が、「メンテナンスのため休業中です」とか「満室だそうです」とか云って丁重に追っ払うこともできた。そのようにアームは、地下に潜って息をひそめて暮らしてはいなかったが、世間の枠組みに根差すこともなく、グラード商事の特殊な収益構造の一端を担って日々を過ごしていた。

 栗毛の少年及び彼の三人の同僚の居住先は、上記の「ベース」とは違い、グラード商事本社に近い、都内のオフィス街の一角にあった。古美術品をコレクションしていた故城戸翁が生前、コレクションの保管場所として、あるいは気まぐれに古美術商を気取り、店舗として利用していた建物だった。

 そのようになった経緯は、経緯と云うほどのことでもなく、建物の現所有者でありグラード商事の会長である城戸沙織が、亡き祖父のコレクションを保管する建物を空家にしておくより「小ベース」として使用してはどうかと考えていた矢先に、同僚の居住先の手配でちょうど忙しかった栗毛の少年が、目ざとくそれを見つけたからだった。少年が、空いているなら使わせてほしいと頼み込むと、会長の女は快く了承した。

 無論、グラード商事としても、そうすることに理由がないわけではなかった。一般的な傭兵の例にもれず、概してアームの会社に対する忠誠心は低く、金銭取引でもあれば寝返る者もあった。そういう意味で、本社に物理的に近い「小ベース」に、信頼のおけるアームを配置することには合理性があった。栗毛の少年を含む四人のアームは、会社内部のトラブル(すなわち、奥多摩の件)を解決した実績のあるアームであり、本社への自由な出入りが許容される程度の信頼を得ていた。

 「小ベース」は、周囲を壁で囲まれた、地下一階地上三階建ての略立方体のコンクリート造の建物であり、緩い坂になっている通りから階段を下ったところにある奥まった地下の店舗の入り口は、いつもシャッターが下りていた――「店舗」に見せかける気があるのなら、せめて月に何度かくらいは誰かが店番すべきだったかもしれないが、この界隈は外国の大使館などの他に一見しただけではどのような種類のものか分からない建物も多く、幸い、「常に閉まっている店舗」も取り立てて奇異ではなかった。坂道を下って右手に曲がると別の入口の門があり、階段を昇った先が居住スペースになっていた。通りから見えるのは、二階より上の部分のグレーの壁であって、三階のルーフバルコニーに観葉植物の植木鉢が並んでいた。

 建物の内部は、地下一階が店舗、古美術品のコレクションの保管庫、書庫と駐車場であった。一階は玄関、リビング、ダイニングキッチン(住人は食堂と呼んでいる)、客室と浴室の共有スペースだった。二階に四つ、三階に二つ、それぞれバストイレ付の部屋があり、各部屋は内廊下によって隔てられていた。三階のルーフバルコニーに面した二つの部屋に各々参謀役の少年と長い黒髪の男が住み、たまにベランダの植物に水などやり、水やりなどしそうにない短髪の少年と金髪の彼は二階に住んでいた。