専務から会長に送信されたメール(全文)
城戸 沙織 殿
前略
突然、このような形で長期の休暇を頂くことになった。
貴女とは何度も話し合いをしてきた。私の日本語がさほど巧みでなく感動的でなかったせいか、私が貴女に知って欲しかったこと――すなわち創業者である前会長の、類まれなる先見の明の功績――を伝えることは、ついに叶わなかった。非常に残念であり、己が非力を悔やむ。
基本的なことを繰り返すようで気が重いが、我がグラード商事(故・城戸会長になり代わって敢えて申し上げる)は、血に飢えた戦争好きのならず者集団ではない。
我々は、民間軍事会社――PMC (Private Military Company)と呼ばれることもあるが、先代はこの称呼を好かなかった。なので私はとりあえず、民間警備会社――PSC (Private Security Company)――という言葉を使うことにする。我々が世間に与える印象にまるっきり無頓着と云うのではないでない以上レトリックは必要だ。
軍事ないし警備を生業とする我々にとって、通信電子機器、銃器や戦闘機を購買するだけの国家は、第一の顧客ではない。巷にあふれる様々な紛争や内戦、テロや犯罪が、我々の主たるビジネスである。
それらのビジネスに対応するのに、大げさなハードは必ずしも求められない。昨今頻繁に求められるのは、使い勝手の良いソフトである。
貴女は、先代の忍耐強い施策を、まるで悪趣味な戦争ごっこのように云うが、我々は、ビジネスチャンスにスマートに対応するための手段を講じてきた。そしてその努力は今や、莫大な利益を我々にもたらそうとしている。
昨今のビジネスに求められるソフト、それが、先代が長年をかけてこの世に生み出した、「アーム」である。
彼らの能力はご存知のとおり、そこら辺の退役軍人とは比較にならない。ポテンシャルの高いアームであれば、小さな内戦の戦局を変える程度なら、一人か二人でこと足りるだろう。
我々はアームを売りにして、すでに多数の顧客を獲得している。その大半は、紛争の一方の当事者である政府機関――いつもコストと戦死者の数を減らしたがっている――である。我々は彼らに、所望の戦局をコンスタントに提供するために、これからもアームを拡充し続けてゆかねばならない。
しかし、貴女という小娘は――言葉遣いに間違いはないと思うが――そのような自明の理を理解しない。貴女の理屈は、要点をまとめればこうだ――「アームを作ろうとすればレムナントが生じる。レムナントのような存在を生み出す技術は技術と呼べない。今すでに存在するレムナントの自爆特性をすべて除去し、新たにレムナントが生じないようにする方法が見つからない限り、アームの新規の開発は認めない」。
もし貴女が、我がグラード商事とは無関係の、通りすがりの女であったなら、私は貴女の意見に頷き、優しい娘だと褒めさえしてやっただろう。貴女の考え方は常識的である。致命的に退屈である。ビジネスを停滞させ、会社を潰すには十分だ。
そもそも私は、世襲には反対だった。自惚れではなく客観的に、城戸会長亡き後を継ぐのは、貴女ではなく、私がふさわしかった。偉大な創業者の二代目は、往々にして無能である。しかし哀しいかな、偉大な創業者は、二代目の無能さに気付く能力だけを、よく欠いている。
レムナントの自爆特性を取り除いて何の利益がある。彼らにだって、売買の相手があるというのに。貴女はそんなことすら分からない。
しかし現実に、この私に何ができるだろう。貴女の間違った考え方を変えてやることはできなかった。恩義ある城戸会長の孫娘を害するような真似をしたくはない。城戸会長とともに成長させてきた、愛着あるこのグラード商事を見捨てて去ることもできない。
せめて貴女には、一刻も早くご自身の意思で、その任を退く決断をしていただきたい。
私としては、貴女がそのように正しい決断を下せるようお手伝いすることにやぶさかではない。
例えば、貴女の気の迷いの根源である、レムナントの自爆特性を除去するとかいうアームの存在を、いち早く消しても良い。あるいは、貴方の周りにいる人間を、アームでもそうでなくても、順番に消していっても良い。私は取り乱してはいない。外堀を埋める方法について、いくつかの例を述べたに過ぎない。
草々
S. Dorval