「俺もそんなことと思ったが、お前たちがちょっとでも仲良くしておけばここまで大騒ぎせずに済んだかもしれないと思うと、初めにちゃんと伝えておくべきだった。・・・おい、その辺、散らかしたり血を付けるな。あすこの病院から無理やり借りてきた車だ」
「そいつに話は通じない」後部座席の男が云った。
「待てと云うのに車を海に叩きこんで大笑いしてたような奴だ」
「お前が、人をつかまえて話が通じない呼ばわりできるのか?・・・車を落とすのが楽しいのか、氷河?」
「・・・笑っていない・・・」
「楽しそうに笑ってただろうが!気が違ったのかと思ったぞ!」
「気違いはお前だ。可笑しかっただろ、エンジンフードが・・・」
「あれが面白い冗談でも云ったか?俺は聞こえなかった」
「あれでもお前よりマシなことを云うだろう」
「見ろ、話にならん」
「お互いさまだ」黒髪の運転手が歎息した。
ハンドルから片手を離して携帯端末を取り出し、発信の操作をして助手席の彼に差し出した。
何だ、という顔をする相手に押しつけるようにして手渡した。
「せいぜい上手く報告するんだな」
「何で俺が」
「お前が運転してたから」
金髪の彼が携帯端末を突き返そうとしたとき、『はい』と応答があった。
伝言の主であり、「瞬」というシンプルな呼び名よりも、同僚からよそよそしく「参謀殿」と呼ばれることのほうが多い、後部座席の男の栗毛の実弟であった。
『紫龍?何かあった?』
「・・・」
『もしもし?』
運転手が早く返事しろ、というように助手席の彼を見た。
金髪の彼は携帯端末に向かって、「いちいち俺を面倒に巻き込むな」と報告ではなく文句を云った。
栗毛の少年は素早く状況を理解したようだった。落ち着いた声がスピーカーから続いた。
『面倒って、何が?』
「お前の兄貴だ。俺は関係ない」
『あるよ。僕らはチームなんだから』
「知らないチームだ。俺は参加していない」
『きみ、兄さんのこと、怒ってるの?』真摯に心配する様子になった。
金髪の彼は眼をしばたたいた。
「・・・そうじゃない。面倒だと云ったんだ。俺は――」
『傷はまだ痛む?・・・痛むだろうね。あの酷い傷跡じゃ、当分は――』
「いや、全然痛まない。だから――」
『僕はきみを頼りにしてる。信じてる』
金髪の彼は絶句した。
電話の向こうの相手は続けた。
『きみは関係ある。僕とも兄とも。だから悪いけど、巻き込まれてくれるかい。僕がわがままなのは、とっくに知っているだろう?その代わり・・・というわけじゃないけど、僕はきみの為なら、何でもする』
金髪の彼は助手席に力なく沈んだ。黙ったまま携帯端末を後ろに向かって差し出した。
後部座席の男は片手を伸ばして受け取った。
「奴は、ものすごく気分が悪くなったらしい。何を云った?」
電話の相手は楽しげに笑った。
『愛の言葉を少し』
「呪いの呪文だろう」
『違いが?』実弟はうそぶいた。『空港には着いたの?』
「もうすぐ着くが、気分が悪い奴の代わりに教えてやることがある。社用車が海に落ちた。ナンバープレートはそのままだ。他にも何台か燃えたりして騒ぎになった。ニュースを見ろ」
『・・・そう。後始末が大変だな』
実弟は、少なからず予想していたのか、平静な口調だった。
『あとで氷河に事情をたっぷり聞こう』
「のたれ死にしたがってる奴なんかに入れ込むと、苦労するぞ」
『のたれ死に?』弟の落ち着いていた声が高くなった。『どうして?』
「お前の方が詳しいはずだ。ところで、俺たちの楽しいドライブの邪魔をした連中は何者だ?」
『・・・これから調べる。けど、見当は付いている。数日前から連絡がとれない発電系のアームが何人かいる。あと、専務とその取り巻きの社員から、けさになって休暇届と辞表が出た』
「辞表は分かるが、休暇届ってのは、ふざけた面の皮だな」
『専務だよ。前会長の右腕だった切れ者だ。実に面白い文章だった。今度兄さんが日本に帰ってきたら、見せてあげる』
弟は控えめに、精一杯の願いを込めて云った。
「興味ないがな・・・」
『おかげさまで忙しい。そろそろ切るよ』
「そうか。切れ」
『兄さんから』
兄は電話を切った。
シルバーの国産車は左にウィンカーを出し、空港の出口を降りた。