【洋画】ファーザー ☆☆☆☆☆ | ROUTE8787 サンサクキロク

ROUTE8787 サンサクキロク

好きなものを好きなだけ。
韓ドラ狂騒キロク
映画と音楽とドラマがあればいい

ファーザー
2020年イギリス映画2021年29本目 
アカデミー主演男優賞 脚色賞受賞
 
image

 

 

あらすじ

ロンドンで独りで暮らす81歳のアンソニー(アンソニー・ホプキンス)は、少しずつ記憶が曖昧になってきていたが、娘のアン(オリヴィア・コールマン)が頼んだ介護人を断る。そんな折、アンが新しい恋人とパリで暮らすと言い出して彼はぼう然とする。だがさらに、アンと結婚して10年になるという見知らぬ男がアンソニーの自宅に突然現れたことで、彼の混乱は深まる。

感想

 97分。

これは、ホラーよりも恐怖であり、ホラーよりも現実である。

アンソニーホプキンスの名演とともに、認知症を患う人間側の視点で、物語はすすんでいく。

 時に軽快で饒舌、時に怒りであり、皮肉。

恐怖もあれば、とてつもなく、孤独。

 そして、徐々にその世界も崩壊し、自らは、幼く、子供へと逆行していく。

 

その世界を、見事までに演じきったアンソニーホプキンズは、凄いとしかいえない。

老人という制限された感情表現の中で、

視線一つで、すべての感情を表現している。

image

image

穏やかである日や、そうでない日。

少しのきっかけで途端に、混乱に陥る様。

 そのリアルな演技が、この物語を、まるでドキュメンタリーのような錯覚を起こさせる。

 追体験・・・それは、現実として、やってくる現実の一つであり、

故に、この作品は、ホラーやサスペンスの恐怖とは一線を画した、

他人事では済まされない、新たな次元のものだといえる。

 

 時折、自分の思い込みが強い時や、物忘れが続いた時、

ひそかな恐怖を覚えた記憶があると思う。

 若年性アルツハイマーをこっそりと検索したり、

「そんな物忘れ、しょっちゅうあるよ」と人の言葉に安堵したり。

 その、一時的な恐怖が、日々連続してやってくるのである。

出口のない、混乱の中で、

必死にもがきながら、怒り、震え、怯える。

 

そして、娘の役・オリヴィア・コールマンもまた素晴らしい。

2人の間には、もう一人存在していて、亡くなったルーシーの存在である。

 父親はルーシーの方がお気に入りだった(少なくとも、アンはそう思っている)事もあり、

アンは、父親を看ながらも複雑な感情に翻弄される。

image

image

image

 

父親のいる場面は、認知症患者さんの世界である。

逆に、父親のいない場面が、現実の世界であり、

その場面を見た時にこそ、認知症を患う父親を看る苦悩が、浮彫にされている。

 父親を愛しながらも、昔とは違う現実と、

自分の世界をも崩されていく焦燥感。

 その葛藤を、見事に演じていたと思う、

 

よく 「ボケたら、何も分からないから、本人は幸せだ」という言葉を耳にした。

ひょっとしたら、たどり着く先が、そうかも知れない。

自分の存在すら分からなく恐怖の末が、そういった世界かも知れない。

 けれど、そこに到達する前には、きっと長く続く・・・永遠ともいえる、

混乱と恐怖の世界が、確かに存在するのだと思う。

だからこそ、

 今はまだ、平穏な現実の世界にいる私たちは、優しくなければならない。

そう、強く思わずにはいられない秀作だ。

 

さて、私は看護師であるが・・・・。

 認知症の患者さんは、こういう世界に身を置いているのかと、

看護師歴29年の私は、恥ずかしながら、そう感じた。

 看護師は私の天職であり、患者さんに寄り添って職務を果たしてきたと、

自負出来る看護師人生である。

 それでも、この映画を観て、恥ずかしさを覚えた。

 患者さんと接する中で、そういった世界にいるという考えがなかった。

寄り添うだけではなく、手を差し伸べるという手段を、選ぼうとしなかった。

自分にはまだ、出来る事があると思えた。

 その手段がなんなのか、分からないけれど、

その世界を知ってこそ、出来ることがあると思えた。

「落ち着いて・・」という代わりに、

「大丈夫ですよ・・」と肩をさすってあげたい。

天気の良い日は、散歩に出てみたり、

好きな音楽を一緒に聴いてみたり、

美味しいお茶を一緒に飲んでみたい。

 

家族という間柄では、難しい感情が生まれる。

だからこそ、家族でない第3者だからこそ、出来ることがある。

そういう、使命感が生まれるからこそ、

この作品は、医療従事者こそ観て欲しい作品だと思うし、

観るべき作品ではないかと思う。

 

 老いは、誰にも訪れる。

老いも、認知症も、死も、

どんな形であれ、自分に訪れる世界である。

このどうしようもない現実の中で。

 だからこそ、優しくなけれなならない。

自分を慈しむように。

未来の自分を慈しむように。