里帰り出産に向けて
もえもえ妊娠時のお話「休暇&長期傷病休暇&欠勤」の続きです。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
切迫流産も貧血も治まり、短時間勤務とはいえ、職場復帰も決まり、安定期まであと少しとなりました。
そうそう、すっかり忘れていましたが、この頃のもえもえは逆子で、普通なら逆子体操とかするのでしょうが、切迫流産の為に禁止。
マタニティーガードルやタイツも「お腹は締め付けない方が良いから履かないように」と言われてしまいました。
寒くなってくるので、出来れば履きたかったんですが…。
でも言いつけを守ったお陰か逆子体操抜きでちゃんと正しい位置に戻ってくれました(^_^)v
えらいぞ、もえもえ。
さて、そんなこんなの内にそろそろ出産できる病院を決めなければならない時期になってきました。
初めての出産ですので、やはり産前産後とも人手もあり、何より私自身が安心して出産できる里帰り出産にしようとは旦那とも前々から話していました。
実家で静養していた時期に市内や近郊の産婦人科を調べていたところ、評判の良いクリニックが車で10~15分くらいのところに有ることがわかり、とりあえず行ってみることに。
旦那の休みに合わせて日曜日に行ってしまったので、診察待ちの人が多くてかなり待ちましたが、まだ新しく綺麗で、スタッフの対応も感じが良い。
母親学級はもちろん、両親学級(父親の妊婦体験もあるらしい)やマタニティースイミング、ヨガ教室なども開いている。
などが気に入ったので、ここの病院でお産することに♪
まあ、今までの経過が経過でしたから、スイミングやヨガは無理かもしれないとは思っていましたが。
でも、先生からオッケーが出たら、出来るだけ通うつもり満々(^-^)g"
結局は一度もスイミングもヨガも通えなかったのですが…(ノ_<。)
今でも残念です。
さて、自宅に戻ってから、今までお世話になっていた病院にも出産の病院が決まったことをお話しし、定期検診は出産予定の病院で、それ以外の突発的なトラブルは今までの病院でお願いすることになりました。
ここまでが年越しまでのお話。
山はもうこれで越えた。
後は出産まで無理はできないまでも普通に穏やかな日々が続くと思っていました。
でも実は、これからが本当の山がやって来たのです。
ここからが過ぎたこととはいえ、辛い話になるので更新がゆっくりになるかもしれません。
お付き合いいただければ幸いです。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
切迫流産も貧血も治まり、短時間勤務とはいえ、職場復帰も決まり、安定期まであと少しとなりました。
そうそう、すっかり忘れていましたが、この頃のもえもえは逆子で、普通なら逆子体操とかするのでしょうが、切迫流産の為に禁止。
マタニティーガードルやタイツも「お腹は締め付けない方が良いから履かないように」と言われてしまいました。
寒くなってくるので、出来れば履きたかったんですが…。
でも言いつけを守ったお陰か逆子体操抜きでちゃんと正しい位置に戻ってくれました(^_^)v
えらいぞ、もえもえ。
さて、そんなこんなの内にそろそろ出産できる病院を決めなければならない時期になってきました。
初めての出産ですので、やはり産前産後とも人手もあり、何より私自身が安心して出産できる里帰り出産にしようとは旦那とも前々から話していました。
実家で静養していた時期に市内や近郊の産婦人科を調べていたところ、評判の良いクリニックが車で10~15分くらいのところに有ることがわかり、とりあえず行ってみることに。
旦那の休みに合わせて日曜日に行ってしまったので、診察待ちの人が多くてかなり待ちましたが、まだ新しく綺麗で、スタッフの対応も感じが良い。
母親学級はもちろん、両親学級(父親の妊婦体験もあるらしい)やマタニティースイミング、ヨガ教室なども開いている。
などが気に入ったので、ここの病院でお産することに♪
まあ、今までの経過が経過でしたから、スイミングやヨガは無理かもしれないとは思っていましたが。
でも、先生からオッケーが出たら、出来るだけ通うつもり満々(^-^)g"
結局は一度もスイミングもヨガも通えなかったのですが…(ノ_<。)
今でも残念です。
さて、自宅に戻ってから、今までお世話になっていた病院にも出産の病院が決まったことをお話しし、定期検診は出産予定の病院で、それ以外の突発的なトラブルは今までの病院でお願いすることになりました。
ここまでが年越しまでのお話。
山はもうこれで越えた。
後は出産まで無理はできないまでも普通に穏やかな日々が続くと思っていました。
でも実は、これからが本当の山がやって来たのです。
ここからが過ぎたこととはいえ、辛い話になるので更新がゆっくりになるかもしれません。
お付き合いいただければ幸いです。
休暇&欠勤&短時間勤務
昨日「つわり対策料理」の続き、実家から自宅に戻ってからの話になります。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
秋に妊娠がわかり、すぐに切迫流産の診断が出て、ずっと出勤できずにいた職場。
冬も深まり、年を越えようという頃、ようやく切迫流産も貧血も治まり、職場にも復帰する許可がおりました。
ただし、病院からは「フルタイムでの復帰はまだ無理だから、ラッシュアワーを避けて短時間勤務で。それも軽作業のみが良いでしょう。その場合も出来るだけこまめに休憩をとること。」とのお達しが(-_-;)
さんざん休んで迷惑をかけた身としては、職場に復帰はするが、短時間勤務でとはなかなか切り出しにくい。
しかも、私はもともとちょっとした風邪でもすぐ高熱が出てふらふらになるタイプで、ちょこちょこ有給休暇を消化していたため、今回の切迫流産で残りの有給休暇も、長期傷病休暇(有給休暇未消化分の積み立て)も使いきってしまっていたのです。
はい、『欠勤』になっていたのです(T▽T)
社内で一番忙しい部署(毎日の残業当たり前)でみんな頑張っているのに長々休んで、その上こんな自分勝手な勤務形態だなんて、迷惑以外の何者でもないですよね…。
でも、やっぱり一番大事なのはお腹の赤ちゃんです!
覚悟を決めて恐る恐る職場の上司に電話し、状況を説明。
「あぁ、そうなんだ。わかりました、管理部(総務・人事・経理を取りまとめた部署)とも相談して、出来る限り希望に添えるようにしましょう。無理はしないようにね。」
。・゜゜(>_<)゜゜・。ああああぁ、ありがとうございます!
当時の職場は中小企業ながら、大手企業の100%子会社で 、待遇は親会社にほぼ準じていました。
そのお陰で、ちゃんと就業規則に短時間勤務の決まりもあり、病院の診断書を必要とはしましたが、あっさり希望通りの勤務形態で復帰できることに。
下手すれば、「そんな状態なら退職すれば?」と言われることだってあり得たかもしれません。
でも、この職場は最後まで私の体を一番に考え、退職を迫ることもなく(匂わすことすらなく)「せっかく積んだキャリアは無駄にしない方が良いよ」といってくれたのです。
こうして、上司や同僚の理解にも恵まれ、何とかかんとかもう一度職場に戻ることが出来ました。
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秋に妊娠がわかり、すぐに切迫流産の診断が出て、ずっと出勤できずにいた職場。
冬も深まり、年を越えようという頃、ようやく切迫流産も貧血も治まり、職場にも復帰する許可がおりました。
ただし、病院からは「フルタイムでの復帰はまだ無理だから、ラッシュアワーを避けて短時間勤務で。それも軽作業のみが良いでしょう。その場合も出来るだけこまめに休憩をとること。」とのお達しが(-_-;)
さんざん休んで迷惑をかけた身としては、職場に復帰はするが、短時間勤務でとはなかなか切り出しにくい。
しかも、私はもともとちょっとした風邪でもすぐ高熱が出てふらふらになるタイプで、ちょこちょこ有給休暇を消化していたため、今回の切迫流産で残りの有給休暇も、長期傷病休暇(有給休暇未消化分の積み立て)も使いきってしまっていたのです。
はい、『欠勤』になっていたのです(T▽T)
社内で一番忙しい部署(毎日の残業当たり前)でみんな頑張っているのに長々休んで、その上こんな自分勝手な勤務形態だなんて、迷惑以外の何者でもないですよね…。
でも、やっぱり一番大事なのはお腹の赤ちゃんです!
覚悟を決めて恐る恐る職場の上司に電話し、状況を説明。
「あぁ、そうなんだ。わかりました、管理部(総務・人事・経理を取りまとめた部署)とも相談して、出来る限り希望に添えるようにしましょう。無理はしないようにね。」
。・゜゜(>_<)゜゜・。ああああぁ、ありがとうございます!
当時の職場は中小企業ながら、大手企業の100%子会社で 、待遇は親会社にほぼ準じていました。
そのお陰で、ちゃんと就業規則に短時間勤務の決まりもあり、病院の診断書を必要とはしましたが、あっさり希望通りの勤務形態で復帰できることに。
下手すれば、「そんな状態なら退職すれば?」と言われることだってあり得たかもしれません。
でも、この職場は最後まで私の体を一番に考え、退職を迫ることもなく(匂わすことすらなく)「せっかく積んだキャリアは無駄にしない方が良いよ」といってくれたのです。
こうして、上司や同僚の理解にも恵まれ、何とかかんとかもう一度職場に戻ることが出来ました。
つわり対策料理
さて、今回は過去の話に戻ります。
「実家で静養」の続きですね。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
実家に移ってからも、つわりと貧血に悩まされる日々は続きました(T▽T)
でも、家事をする必要がなくなり、食事の方も私が食べやすいように母も父もあれこれ気を配って料理してくれます。
そう、実家では父も料理をするのです(^_^)v
定年退職後、自宅で半ば趣味のような仕事をしている父は、現役時代に単身赴任したことから、料理を趣味にしてほぼ毎日台所に立ちます。
母が得意なのは、あるものをぱぱっと工夫して素早く美味しいものを作る、ということ。
家庭料理、お惣菜ですね。
一方の父は、料理の本などで色々研究し、手間を省かず丁寧に凝った料理を作ります。
正直言えば、応用は下手です(^^;
母はさすがにつわりの経験者、私が苦手にするものを察知し、出来るだけあっさりしていて野菜たっぷり、お酢やレモン、青じそやハーブ塩等をうまく使った料理を用意してくれます。
父は、始めは若干自分が作りたい(作り甲斐のある)料理にこだわっていたものの、私が本当に食べられないのを見て、段々こってり洋風料理から煮物などの和食にシフト。
おかげで段々食べられるものの幅が広がって来ました。
それでもやはりお魚やお肉は食べられませんでしたが。
特に魚は料理中の匂いすらダメで、キッチン隣のリビングダイニングにいられず、二階の部屋に逃げていたほどです。
魚の匂いがダメなのは、結局出産の二週間前くらいまでは続きましたね。
匂いに悩む日々は後半の入院まで続いたのですが、病院内は苦手な匂いが少なく、その点はとても楽になったのを覚えています。
人によっては消毒薬の匂いが苦手だそうですが、私はむしろ気分が良くなるので助かりました。
少しずつ食べられるようになってくるに従って、貧血は解消されていきました。
落ち着くまでは父が車で週に1~2回病院に送り迎えしてくれて、検診と貧血治療の鉄分注射(ほとんど点滴のような量の注射(^^;)を受けてました。
これ、直後がすごく気持ち悪くなるんです。帰りの車の中はいつもぐったりでした。
貧血も切迫流産も一応落ち着いて、自宅安静の指示も解除されるまで、二週間以上実家で過ごしたことになります。
すっかり甘えて楽をさせてもらいましたね。
両親の心遣いをありがたく、確り受け止め、いよいよ自宅に戻ることを決めました。
「実家で静養」の続きですね。
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実家に移ってからも、つわりと貧血に悩まされる日々は続きました(T▽T)
でも、家事をする必要がなくなり、食事の方も私が食べやすいように母も父もあれこれ気を配って料理してくれます。
そう、実家では父も料理をするのです(^_^)v
定年退職後、自宅で半ば趣味のような仕事をしている父は、現役時代に単身赴任したことから、料理を趣味にしてほぼ毎日台所に立ちます。
母が得意なのは、あるものをぱぱっと工夫して素早く美味しいものを作る、ということ。
家庭料理、お惣菜ですね。
一方の父は、料理の本などで色々研究し、手間を省かず丁寧に凝った料理を作ります。
正直言えば、応用は下手です(^^;
母はさすがにつわりの経験者、私が苦手にするものを察知し、出来るだけあっさりしていて野菜たっぷり、お酢やレモン、青じそやハーブ塩等をうまく使った料理を用意してくれます。
父は、始めは若干自分が作りたい(作り甲斐のある)料理にこだわっていたものの、私が本当に食べられないのを見て、段々こってり洋風料理から煮物などの和食にシフト。
おかげで段々食べられるものの幅が広がって来ました。
それでもやはりお魚やお肉は食べられませんでしたが。
特に魚は料理中の匂いすらダメで、キッチン隣のリビングダイニングにいられず、二階の部屋に逃げていたほどです。
魚の匂いがダメなのは、結局出産の二週間前くらいまでは続きましたね。
匂いに悩む日々は後半の入院まで続いたのですが、病院内は苦手な匂いが少なく、その点はとても楽になったのを覚えています。
人によっては消毒薬の匂いが苦手だそうですが、私はむしろ気分が良くなるので助かりました。
少しずつ食べられるようになってくるに従って、貧血は解消されていきました。
落ち着くまでは父が車で週に1~2回病院に送り迎えしてくれて、検診と貧血治療の鉄分注射(ほとんど点滴のような量の注射(^^;)を受けてました。
これ、直後がすごく気持ち悪くなるんです。帰りの車の中はいつもぐったりでした。
貧血も切迫流産も一応落ち着いて、自宅安静の指示も解除されるまで、二週間以上実家で過ごしたことになります。
すっかり甘えて楽をさせてもらいましたね。
両親の心遣いをありがたく、確り受け止め、いよいよ自宅に戻ることを決めました。