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献血物語(1)

先日、時間が余ったので献血をしました

「私は今」 )。


このときの献血が、

なんと43回目

( ̄□ ̄;)


VISIONE☆Mika’blog-献血01
(献血カードの一部)


初めて献血したのは17歳のときだったと思います

( ̄▽+ ̄*)


ところで、

私の両親は、私が5歳の時に離婚しています。


私たち四人兄弟姉妹は、母に引き取られたのですが、

母の血液型はA型

父の血液型はO型


母はよく

「不思議なものよねぇ。四人生んで全員、

私と同じA型で、全員、私が引き取った」


と言っていました。

別れた父親より、自分の方が

子供たちとの血が濃い、


というようなニュアンスが、

そこにはあったように思いますが、

真意のほどは分かりません

(-。-;)


兄弟は全員A型ですが、

姉だけはRHマイナスのA型で、


大変希少な血液型のため、

大きなケガはしないように、とよく注意されていました。


もしもお姉ちゃんがケガをしたら、大変なんだ――

子供心に、怯えたものです。


さて、それから12年、私は献血も出来る

17歳の女子高生になりました。


ある日、学校の帰りに友達と銀座をプラプラしていると、

(私の学校は銀座のすぐ近くでした)

数寄屋橋のところに献血車が止まっています。


私と友達は時間も血も有り余っていることだし、

献血しましょうということになり、

渡された書類に記入して、献血車に入りました

(*^o^*)


献血をやったことがある人なら分かると思いますが、

献血の本番前に、血圧と比重というのを計ります。

この比重というのを計るためには、

少量の血を抜かれ、それを何だかよく分からない

液体に入れて、献血可能かどうか調べるのです。


そして、どういう化学反応なのか分かりませんが、

少量の血を液体に入れると血液型も分かるようで、

私の血を液体に入れたおじさんが、


「はい、O型ですね」


と言いました。


私「いえ、A型です」

おじさん「いや、O型ですよ」

私「いえいえ、A型です」


―――だって、兄弟は全員A型なんだもん


心で叫んだ私。


おじさんはしつこく食い下がる私に

ため息をついてから、一言


「二週間後くらいに検査結果が出るから。

それで分かるから、大丈夫だよ」


私はそのおじさんの言葉を聞いた瞬間、

自分が本当にO型だということを悟ったのでした

( ̄□ ̄;)!!


このプロフェッショナルなおじさんに、

間違いは、ない――。



その日、家に帰った私は、母親に言いました。

「お母さん!私、O型!!」


少々お怒り気味に言ったにも関わらず、

母は明るく、

「あら、そうだったかしら?」


とのたまいました

(-""-;)


そしてその話を聞きつけた兄も

「へ~、どうりでお前だけ、ちょっと変わっていると思った」


17歳の多感な少女は、

この言葉に大いに傷つきました。

気分は山口百恵ちゃん(by:「赤い運命」)です。



さて、生まれて初めての献血から2週間ほど経った頃、

献血ルームのおじさんが言った通り、

検査結果が送られてきました。


そこにははっきりとこう書かれていました。


「RHマイナス O型」


血液型が違っていただけではなく、

私も希少な血液型だったことが判明。


大ケガをしないように、

私も気を付けてこなければいけなかったのか!!

Σ(~∀~||;)


今更ながら、恐れおののく私。



母はそれ以来、

「子供は全員、私と同じ血液型」


とは言わなくなりました――




From MIKA♪