行ってみたい世界遺産は?
▼本日限定!ブログスタンプ
〇シルクロードの日
1900年(明治33年)3月28日、
スウェーデンの地理学者・中央アジア探検家のスヴェン・ヘディンによって、
廃虚になっていたシルクロードの古代都市・楼蘭(現在の中国・新疆ウイグル自治区)
が発見された。
都市国家・楼蘭は、中央アジア・タリム盆地のタクラマカン砂漠北東部に、
かつて存在した塩湖で「さまよえる湖」として知られるロプノールの西岸に位置した。
シルクロードの要衝として栄えたが、
4世紀頃からロプノールが干上がるのとほぼ時を同じくして国力も衰え、
やがて砂漠に呑み込まれた。
「シルクロード」(絹の道)とは、
紀元前2世紀から15世紀半ばまで、
古代の中国と西洋を結んだ歴史的な交易路を指す呼称である。
絹が中国側の最も重要な交易品であり、
この道を通って西方に運ばれたことから名付けられた。
シルクロード貿易は中国国内はもとより、韓国、インド、イラン、
さらにヨーロッパ、アフリカの一部、アラビア、
そして海を渡って日本までと広大で、政治的・経済的関係を開くうえで
重要な役割を果たしました。
しかし、15世紀にオスマン帝国が最盛期を迎えるころ、
海路に役割を奪われて衰退しました。
そしてこれを機に、ヨーロッパは東方の富を得るためのルートを求め、
大航海時代、ヨーロッパの植民地主義が加速していった。
シルクロードという名称は、19世紀にドイツの地理学者、
フエルディナント・フォン・リヒトホーフェンがつくった言葉です。
その後、スウェーデンのスヴェン・ヘディンが、
自らの中央アジア旅行記の書名のひとつとしてこの名称を用い、
1938年(昭和13年)に『The Silk Road』の題名で英訳されたことで、
広く知られるようになりました。
ユーラシア大陸の東西交流史において重要な役割を果たしたシルクロードは、
その一部が2014年(平成26年)に初めて「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網」
としてユネスコの世界遺産に登録された。




