国立新美術館のシュルレアリスム展に行ってきました。巌谷國士さんの講演会もありました。シュルレアリスムは第一次大戦の経験により、のんびりした風景画にリアリティを感じられなくなり、「露出した野蛮な自然」に目を向けたもの、キュビズムがアフリカなどの原始的芸術に影響され部分的に取り入れたものだとするとシュルレアリスムは全面的に原始的なもの、自分自身の「野生の眼」に目覚めたものだそうです。今度の震災もそれまで隠されていた忘れていた自然、空間の露出、意味や機能を欠落させた偶然性の露出、と考えられるそうです。戦争や津波による瓦礫の山。それは意味や機能を欠いた「オブジェ」「もの」だ。文明や文化により人間は「自然」を調整して生きている。そして手に入れた加工された自然、快適な生活を世界のすべてと信じ込んで生きている。しかし巨大な戦争や災害によってすべてが破壊された時世界は名前も意味も機能も失いその「恐るべき偶然性」の素顔を見せる。世界は本来意味も機能も名前も持たないという端的な事実が突き付けられる。俄然廃墟や夢や人形や夜や死骸がリアリティを帯び始める。19世紀後半からの芸術の変容の秘密。絵画にしろ音楽にしろ文学にしろ演劇にしろ。ポロックの絵もありました。
あれは1985年かな。私が14歳になった夏のことか。父が買ってきてくれた「中二時代」みたいな月刊誌の芸能コーナーに載っていた情報で「ビートたけしのオールナイトニッポン」を知る。ビートたけしにはそれ以前から関心があったのだろうか。オレたちひょうきん族は観ていた。「ナンデスカマン」の途中ぐらいから。それまでは「全員集合!」を観ていた。意外と保守的だったのか。新しいお笑いが出てきたという意識があったのか。「漫才ブーム」は小三小四ぐらいか。漫才ブームであることは知っていたと思うがあまり観ていなかった。「ザ・マンザイ」という横澤さんがプロデューサーの番組も観ていない。欽ちゃんの番組もあまり観ていない。9時には寝る子供であったからか。全員集合は観ていたけど。となると寝るのは9時半ぐらいか。アニメとかテレビはよく観てたけど夜は消していたのか。親も今は夜のサスペンスとかよく観ているけど当時は観ていなかったのだろうか。しかし母が糸井重里の「YOU」を観ていた記憶がある。「ナンデスカマン」以降は8時から前半はドリフのコント、後半はタケちゃんマンを観ていた。全員集合終了後はまるまるひょうきん族を観ていたのか。ビートたけしといえば1984頃か『ビートたけしの学問のススメ』というドラマの話を部活の先輩がしていた。たけし演じる「夏目宝石」という中学校(?)の気弱な教師。生徒には「御手洗(みたらい)」という名前で松尾伴内も出ていた。イッセー尾形が兄の「夏目胆石」を演じていた。そのドラマも数年後に再放送で観た。「ビートたけしの刑事ヨロシク」というドラマも再放送で観た。戸川純が出ていた。「おツヤ」という名前だったか。菅井きんも出ていた。これも数年後に再放送で観た。ビートたけしに何か惹かれるものがあったからオールナイトニッポンも聴こうと思ったのだろう。ラジオは家にはあったがあまり聴いていなかった。深夜に起き出して雑誌に載っていた「1242」にラジオのチューニングを合わせる。しかし雑音が酷くてほとんど聴き取れない。必死で聴き取ろうとする。何か屋外でビアガーデンパーティーをやっているような感じだ。内容は不明。しばらくして聴くのをあきらめた。後に私の住む地方では「1242」ではなく「1053」だったと知る。「1242」はニッポン放送で、「1053」はCBCだった。そして次週から「1053」で聴く。その後数年「たけしのオールナイト」は私の心の支えとなった。