あれは1985年かな。私が14歳になった夏のことか。父が買ってきてくれた「中二時代」みたいな月刊誌の芸能コーナーに載っていた情報で「ビートたけしのオールナイトニッポン」を知る。ビートたけしにはそれ以前から関心があったのだろうか。オレたちひょうきん族は観ていた。「ナンデスカマン」の途中ぐらいから。それまでは「全員集合!」を観ていた。意外と保守的だったのか。新しいお笑いが出てきたという意識があったのか。「漫才ブーム」は小三小四ぐらいか。漫才ブームであることは知っていたと思うがあまり観ていなかった。「ザ・マンザイ」という横澤さんがプロデューサーの番組も観ていない。欽ちゃんの番組もあまり観ていない。9時には寝る子供であったからか。全員集合は観ていたけど。となると寝るのは9時半ぐらいか。アニメとかテレビはよく観てたけど夜は消していたのか。親も今は夜のサスペンスとかよく観ているけど当時は観ていなかったのだろうか。しかし母が糸井重里の「YOU」を観ていた記憶がある。「ナンデスカマン」以降は8時から前半はドリフのコント、後半はタケちゃんマンを観ていた。全員集合終了後はまるまるひょうきん族を観ていたのか。ビートたけしといえば1984頃か『ビートたけしの学問のススメ』というドラマの話を部活の先輩がしていた。たけし演じる「夏目宝石」という中学校(?)の気弱な教師。生徒には「御手洗(みたらい)」という名前で松尾伴内も出ていた。イッセー尾形が兄の「夏目胆石」を演じていた。そのドラマも数年後に再放送で観た。「ビートたけしの刑事ヨロシク」というドラマも再放送で観た。戸川純が出ていた。「おツヤ」という名前だったか。菅井きんも出ていた。これも数年後に再放送で観た。ビートたけしに何か惹かれるものがあったからオールナイトニッポンも聴こうと思ったのだろう。ラジオは家にはあったがあまり聴いていなかった。深夜に起き出して雑誌に載っていた「1242」にラジオのチューニングを合わせる。しかし雑音が酷くてほとんど聴き取れない。必死で聴き取ろうとする。何か屋外でビアガーデンパーティーをやっているような感じだ。内容は不明。しばらくして聴くのをあきらめた。後に私の住む地方では「1242」ではなく「1053」だったと知る。「1242」はニッポン放送で、「1053」はCBCだった。そして次週から「1053」で聴く。その後数年「たけしのオールナイト」は私の心の支えとなった。