昨日買ったパナソニックのブルーレイレコーダーが超いい。パナソニックのブルーレイレコーダーは2007年の夏にも買っている。これは実家で買ったものだ。2006年に発売されたものが安く売っていてそれを買ったのだ。安くなったとはいえ17万円ぐらいしたと思う。渾身の買い物であった。ハイビジョン液晶テレビと一緒に買ったのだ。32型のものでこれは東芝だ。レグザである。これも映像が大変綺麗で満足している。当時10万円であった。フルハイビジョンではないが。フルハイビジョンでないから比較的安かったのだろうか。今なら5万円くらいだろうか。ブルーレイレコーダーだが2007年に買ったものは使い安く不満は無い。故障もせず実家で活躍中である。そして今回買ったブルーレイレコーダーである。飛躍的進歩に驚いたのだ。値段は約6万円。三分の一である。2007年と2011年。4年である。前に買ったものが2006年の型だとして5年である。今回買ったものは新製品のようである。ハードディスクは両方共500ギガである。今回買うにあたりポイントは500ギガであることとチューナーがふたつついていることだった。前に買ったものも500ギガで、充分だと思った。チューナーはやはりふたつは欲しい。どうしても録画したい番組が重なってしまう。実家ではなくこちらでは一台のDVDレコーダーで頑張って録画していた。チューナーはひとつでありアナログである。一度地デジ対応のDVDレコーダーを買ったのだが一ヶ月でハードディスクが故障してしまった。これは「ハードディスクの最適化」というモードが無く、電源を入れてもなかなか起動せずハードディスクの準備のような状態というかおそらく最適化をしていたのであろうが我慢できずにプラグを抜いたり刺したりしていたせいで壊れたのであろうか。使い方に問題があったような気もし、保証もきくかわからず、修理には持っていかなかった。しかしそのDVDレコーダーも役に立った。正確にはその箱が。この前の地震の時本箱として積み重ねて使っているカラーボックスと天井の隙間に挟み込んでいたその箱のおかげでカラーボックスが倒れなかったのだ。これは地震対策として以前から挟み込んでいたものだ。他にもトマトが入っていた箱やビデオデッキの箱も挟み込んでいるのであるだから前回の地震では多少本は崩れ落ちたがカラーボックスは倒れずに済んだのであるブルーレイレコーダーだが今回買ったものは3チューナーだ。
『羊たちの沈黙』がお昼にやっていてそれを録画したものを観た。おもしろいのでテレビで放送される時ちょいちょい見ている。初めは20年近く前にレンタルビデオで見た。当時ビデオデッキを買ったばかりで近所のレンタルビデオショップで借りて色々観ていた。同時期には『狂い咲きサンダーロード』とか『爆裂都市』とか『エルトポ』とか『ホーリーマウンテン』とか『博士の異常な愛情』とか『時計仕掛けのオレンジ』とか観た。自分の中では当時『博士の異常な愛情』が評価が高かったように記憶している。しかし『羊たちの沈黙』もよかった。ジョディ・フォスターも魅力的だがレクター博士が強烈だ。しかし怖い。続編も見たけど怖過ぎる。閉じ込められてるぐらいがちょうどいい。久しぶりに見ると忘れているところなどもあり楽しめた。ジョディ・フォスターとレクター博士のやり取りが見所のひとつだ。異常な頭脳の持ち主レクター博士がジョディー・フォスターの過去にぐいぐい食い込むのだ。そのやり取りの中に「渇望だよ…渇望はいつ生まれると思う。毎日それを目にすることにより生まれるのだよ」というような台詞があった。これは犯人の動機に迫る部分だ。毎日目に触れるもの。例えば毎日クーザのコマーシャルを毎日見ているとクーザが見たくなってくる。コマーシャルというものはそういうものかもしれない。毎日タモリを見ているとスタジオアルタに行ってみたくなったりタモリさんの家に遊びに行きたくなったりタモリ邸の地下室にあるという映画館で映画が見たくなってくる。100分で名著でドラッカーが今日やっていたが「顧客を創造する」という言葉があった。マスメディアは大衆の欲望を刺激、開発し渇望を生み出し顧客を創造する。自分でも気付かなかった欲望に気付かされたり新たな欲望を生み出す。ひたすらテレビを見ている場合テレビの世界を渇望する。しかしその視線は一方通行だ。見ているが見られていない。毎日見ているが一度も見られていない。この欲望の非対称。欲望の対象になりたいのならば人々の視線に毎日さらされなければならないのかもしれない。誰かの欲望の対象になりたいのならばその誰かに毎日見られなければならないのかもしれない。両想いのためにはお互いの「見た記憶」の蓄積が必要なのかもしれない。その場所はその愛の場所は家族だったり学校だったり会社だったりするのかもしれない。クラスメートや会社の同僚。毎日会い視線が行き来する関係。対称的欲望の関係。
前々からこの時期に買おうと思っていた。とうとう来月24日からアナログ放送停止、総デジタル化だし。今までずっとアナログ録画だった。パイオニアのDVDレコーダーで。このDVDレコーダーは本当によくやってくれた。買ったのは2004年くらいか。蒲田の店で買った。実家でその少し前に同じ型のレコーダーを買っていた。色違いだ。実家は銀色、こっちは白だ。実家は近所の生協の中にあるジョーシンで買った。実家のレコーダーも長く活躍してくれたが去年の夏ハードディスクが壊れてしまった。中のDVDも取り出せなくなっていたが年末年始帰省した時に取り出しボタンを押したら出てきた。ハードディスクは壊れたままだが再生機として今後は活躍していただきたい。こちらのDVDレコーダー、ハードディスクに録りため編集したお宝映像の山が3回程ハードディスクの初期化やむなしとされ消滅した。DVDにダビングしてあるからまあいいけどこのDVDも完全ではないというか再び挿入し再生しようとしても「対応していないディスクです」となり再生できないことがある。そうなるとハードディスクに映像が残っていない場合あきらめるしかない。そうなるといい映像は不安なため何枚もダビングしたくなる。そのためにはハードディスクの映像もなかなか消せなくなるのだ。しかしハードディスクにも容量に限界がある。このレコーダーは160ギガである。充分な容量であるが何年もすると限界ぎりぎりになる。そして編集し圧縮し泣く泣く消去しこまめにハードディスクの最適化をしてもハードディスクが何かの限界を向かえ「ハードディスクを初期化して下さい」となる。これは一種の災害のようなもので積み上げた文明のようなものが一気にリセットされてしまう。それは決して望んでいたことではない。準備、用意、覚悟していたとはいえしばらく呆然としてしまう。一体何が消えたのか。一体何が積み上げられていたのか。妙に記憶がかすんでしまう。取り壊され更地にされた土地に以前何があったのか奇妙な程に思い出せないように。提示されればそうそうそれそれそういえばと必ずなるものであるのにかかわらず。キツネにつままれたように記憶は忘却されてしまう。いくつかは覚えているがとてもすべては思い出せない。そして少しほっとするのだ。またゼロから始められる。広大な何も無い平原から始められる。更地から始められる。神からの恵みのように広大な更地が再び与えられた。何をしても当分大丈夫だ。