『羊たちの沈黙』がお昼にやっていてそれを録画したものを観た。おもしろいのでテレビで放送される時ちょいちょい見ている。初めは20年近く前にレンタルビデオで見た。当時ビデオデッキを買ったばかりで近所のレンタルビデオショップで借りて色々観ていた。同時期には『狂い咲きサンダーロード』とか『爆裂都市』とか『エルトポ』とか『ホーリーマウンテン』とか『博士の異常な愛情』とか『時計仕掛けのオレンジ』とか観た。自分の中では当時『博士の異常な愛情』が評価が高かったように記憶している。しかし『羊たちの沈黙』もよかった。ジョディ・フォスターも魅力的だがレクター博士が強烈だ。しかし怖い。続編も見たけど怖過ぎる。閉じ込められてるぐらいがちょうどいい。久しぶりに見ると忘れているところなどもあり楽しめた。ジョディ・フォスターとレクター博士のやり取りが見所のひとつだ。異常な頭脳の持ち主レクター博士がジョディー・フォスターの過去にぐいぐい食い込むのだ。そのやり取りの中に「渇望だよ…渇望はいつ生まれると思う。毎日それを目にすることにより生まれるのだよ」というような台詞があった。これは犯人の動機に迫る部分だ。毎日目に触れるもの。例えば毎日クーザのコマーシャルを毎日見ているとクーザが見たくなってくる。コマーシャルというものはそういうものかもしれない。毎日タモリを見ているとスタジオアルタに行ってみたくなったりタモリさんの家に遊びに行きたくなったりタモリ邸の地下室にあるという映画館で映画が見たくなってくる。100分で名著でドラッカーが今日やっていたが「顧客を創造する」という言葉があった。マスメディアは大衆の欲望を刺激、開発し渇望を生み出し顧客を創造する。自分でも気付かなかった欲望に気付かされたり新たな欲望を生み出す。ひたすらテレビを見ている場合テレビの世界を渇望する。しかしその視線は一方通行だ。見ているが見られていない。毎日見ているが一度も見られていない。この欲望の非対称。欲望の対象になりたいのならば人々の視線に毎日さらされなければならないのかもしれない。誰かの欲望の対象になりたいのならばその誰かに毎日見られなければならないのかもしれない。両想いのためにはお互いの「見た記憶」の蓄積が必要なのかもしれない。その場所はその愛の場所は家族だったり学校だったり会社だったりするのかもしれない。クラスメートや会社の同僚。毎日会い視線が行き来する関係。対称的欲望の関係。