第12回文学フリマに行って来た。会場は大田区産業プラザPiO。この会場は今回で最後である。会場に入るとツイッターの情報でピースの又吉さんが来ていると知る。捜そうかとも思うが会場が広いので諦める。偶然の遭遇に期待する。又吉さんといえば「イッポングランプリ」に出て結構活躍していた。ピースといえばピカルの定理。ピカルの定理といえばこの前の渡辺直美が凄かった。渡辺直美といえば「ビューティーコロシアム」の再放送に出ていた。ドッキリでアッコさんに怒られていた。しかし渡辺直美、可愛い…。「ビューティーコロシアム」の再放送といえば藤田憲子が出ていた。藤田憲子、可愛い…。色っぽい…。付き合いたい…。色っぽいといえば6月8日のはなまるカフェに高嶋ちさ子が出ていた。ピンクのノースリーブが大変魅力的魅惑的であった。ノースリーブといえば加藤綾子、カトパンである。ホンマでっかTVでの「モテ仕草」がネットで大変な話題である。もうカトパンの波は誰にも止められない。カトパン旋風である。カトパンタイフーンである。カトパンはつむじ風である。文学フリマに戻ろう。入手したミニコミは『マイノリティ8』『愛情通信25号』『まぐま17号』『新大学04』『誰ソ彼第5号』『フィロソフィア第三号』『フィロソフィア第四号』『Inside Out07』などである。会場の2階では東浩紀と阿部和重と市川真人が歓談しているのを目撃した。阿部和重を生で見るのは初めてで見た目があまりにも普通でビックリした。もっと早くくればサイン会とかあったみたい。川上未映子とか朝吹真理子とかも来たみたい。そのサイン会の列に又吉さん並んでいたみたい。なかなか会場も熱く盛り上がっていたように思えた。多少交流もでき楽しめた。次回は11月。会場は東京流通センターです。しかし次回は行けないと思う。都合により。楽しいので興味のある方はどうぞ!
アンフォルメル展の後渋谷へ行き渋谷ヒューマントラストシネマで『ミスター・ノーバディ』を観た。同じ監督の『トトザヒーロー』を15年ぐらい前にビデオで観たことがある。おもしろかった記憶がある。『ミスター・ノーバディ』は人生の選択の物語だ。9歳の時の大きな人生の別れ道を回想する118歳の老人。老人の記憶はひとつの実人生ばかりではなく「もしあのときああしていたら」という想像と入り交じる。もはや何が真実かわからず無数のそうだったかもしれない人生が実際の人生と並置されもはや見分けがつかない。老人本人にも別の誰かにも判定不可能である。そしてそれらの人生はどれが幸せでどれが不幸とも言えない。それぞれの人生がそれぞれのかけがえのない輝きを放っている。成功も失敗もない人生の選択とそのエンディング。老人の膨大な記憶は想像力で自由に無数に組み換えられそのすべてが肯定されているようだ。そして現在の老人である私も今ここにあるこの世界も少年時代の夢であるかのようにも語られる。現在がどこなのか現実がどれなのかまったくわからない。しかし人間の持つ人生の持つ「奇妙な自由」のようなものを確かに感じる。「あの時ああしておけばよかった」とか「ああしていたら今頃どうだったのか」そのような後悔や希望や妄想や予想にみちあふれているこの人生。そのような思いの世界も現実との区別なく実在しているのかもしれない。そう感じられるような人生のポイントがあるのかもしれない。この前『ターミネーター2』がテレビでやっていた。公開時など断片的にコマーシャルなどで観ており何となく観た気になっていたが初めて観た。その中で「運命は変えられる」というようなメッセージがあった。勇気を持って現実に切り込んで行けば運命は変えることができる。人生に希望が持てる言葉である。自分がひとつの道、ひとつの人生に閉じ込められているような息苦しさの打開策。『ターミネーター2』のような「悲惨な未来」を避けるための「運命を変える」選択、行動。『ミスター・ノーバディ』はすべてが終わった後でもすべてが始まる前でも「運命を変える」ことは可能であり無数の人生の現実はすでに存在しておりそのすべては素晴らしく、かつまだ何も決まっておらずすべてが終わった後でも何ひとつ決まっておらず人間は自由と偶然性の中にひとりでかつみんな一緒に放り出され風に吹かれる木の葉のように永遠に未決定の世界を漂っているのかもしれない。