行くか行かないか前日まで迷っていたが当日になったら行く気になったので行って来た。午後6時までやっていると思い込んでいて、午後2時くらいに家を出ればいいか、と思い結局電車に乗ったのが午後2時30分くらいだったのであるが、電車内でやったツイッターにより、午後4時で終了と知り焦る。浜松町に着いたのが午後3時くらいだった。何かの用事でこのモノレールに一回乗った記憶があるのだが何だったのか思い出せない。会場のある「流通センター駅」まで何分かかるかもわからなかった。最悪終了7分前くらいでもいいか、と覚悟していた。カタログで素早くチェックして、めぼしい物を二三冊買えばいいと思っていた。しかし意外と早く着き45分時間があった。時間が少ないので素早く行動出来てよかった気もする。まあまあ満足する買い物が出来た。4時に終了しモノレールで浜松町へ。JRへと向かう階段を下りたところに書店があった。「文教堂」であった。何かしら興奮を感じつつ店内へ。驚くべき広さの店内。豊富な品揃え。凄いところを発見したぞと思いつつ一時間以上店内にいた。皆藤愛子の表紙のゲーテやあやまんJAPANの本やAKB48の記事の載っている雑誌や哲学、批評系の本などを買う。買う前にお金が足りないと思いセブン銀行を探しに建物の外まで出る。途中銀行のショーウインドーの中にはなまるマーケットのポスターを発見する。岡江久美子を写メで撮りたいがバッテリー不足で起動しない。あきらめつつ大通りに出て左に行くと東京タワーが近くに見えた。セブンイレブンはどこにも見つからない。ケータイのネットで調べていたらバッテリーが完全に切れた。どうやら近くには見当たらないしセブンイレブンの看板は建物内にあったしと思い建物の中に戻る。別館と本館があるらしく僕が出て来たのは別館だ。本館に入ると二階が銀行らしい。行ってみるとセブン銀行はないしどこも休みで檻みたいなシャッターが下りている。別館への通路を行くとあの本屋があった。書店入口近くにセブン銀行の看板を探す。あった。でもどこなんだろう。ファミリーマートはあったけど…と思いつつ良く見ると矢印が。矢印をたどるとすぐ近くにATMがあった!ほとんど看板の隣り。目の前。真ん前。正面である。書店の出入り口のすぐそば。目と鼻の先である。それに気付かずにその脇の階段を下りて外へ行ってしまっていたのだ。店舗の看板が升目状に階段の踊り場にある。気付いていたがまさか「上」とは。
「フェス」というもの。初めてなのだろうか。初めてなのだろう。10代の頃「5時SATロックウェーブ」とか行ったけど。あれは「フェス」じゃないのか?鶴舞公園とか長島スパーランドとか豊田河川敷とかに行ったけど。レピッシュとか有頂天とかショーヤとかXとか筋肉少女帯とか。大竹まことといんぐりもんぐりとか。あと「レインボー2000」とかも行ったけど。富士山であったやつ。1996年だったかな。スタジオボイスで谷崎テトラが宣伝というか薦めていたというか文章を書いていて「これはいかないかん!」と思い行った。何故か当時谷崎テトラに注目していた。アサヤンの「史上最悪最強のバンド計画」にもチラッと出ていた。文芸誌の「文藝」にも連載をしていたっけ。違うか。「クイックジャパン」の間違いか。当時中原昌也さんとか椹木野衣さんとかと同時期に出て来たような印象か。そうだ。テレビの深夜番組で「アニマ・ムンディ」っていう番組があって、その番組が凄く好きだったんだ。その番組の企画だか何かを谷崎テトラさんがやっていたと。だから注目していたんだ。「ジ・オウム」という本にも文章を書いていた。当時は丹生谷貴志なども見つけて少し読んでいたな。みんな1996年ぐらいの話かな。レインボー2000に戻ると寒かった。もうちょっと着て行けばよかった。ケンイシイとかアンダーワールドとか出ていたっけ。石野卓球はどうだっけ。最後ヨッシーとかいう人だっけ。結構踊った。2002年の秋ぐらいに日本医科大学の学園祭に行ったらDJがやってて次にヨッシーの番というところだったけど中日ドラゴンズの日本シリーズがやってて山本昌が先発というので生でテレビで観なきゃ、と思って泣く泣く家に帰ったのを覚えている。中日の相手は西武だったか日本ハムだったか。多分西武か。松坂大輔から立浪和義がホームランを打ったシリーズだったか。KAIKOの話に戻ると、船の科学館特設ステージで21日にあったのだ。にせんねんもんだい目当てで行って来た。OOOOOOOIOOOOOOOやEYヨも出ていた。よかった。EYヨのDJは2000年の名古屋今池のTEXT以来で感慨無量だった。当時と変わらず身体が自然に動き出した。EYヨのDJが一番気持ち良く踊れるかもしれない。メルトバナナも凄く盛り上がっていた。にせんねんもんだいもいつも通り凄く良かった。本当ににせんねんもんだいは好きだ。何かツボなのだろう。そういえば今日も寒かった。
「木村藤子の透視」みたいな番組の録画を観た。はるな愛や杉本彩が出ていた。加護ちゃんも出ていた。途中まで無事に進んでいたのだが加護ちゃんが泣き出して部屋を出て収録が中断するというハプニングがあった。加護ちゃんの部分が放送される前からそのようなハプニングがあることが「予告」されていたので何が起こるのかドキドキしながら観ていた。人との会話は何がその人の「怒りの琴線」に触れるか判らないので恐ろしいところがある。相手が細木数子や和田アキ子だと恐ろしい。木村藤子さんはそのような威圧感は無かったが。その怒りというかすれ違いのポイントが始め良く判らなかった。途中までは普通にいいムードで進んでいた。加護ちゃんも非常に気を遣っており友好的なムードであった。どうやら相談内容の「世界に名を残したい」というワードに木村藤子さんがひっかかったようだ。普通「世界にはばたきたい」というように表現するのではないか?と言っていた。それに対して加護ちゃんは、「小さい頃から「世界に名を残したい」というのが夢だった。こんな風にテレビで言うのは初めてだ」と言った。それに対して木村藤子さんは「これがテレビの撮影だと意識している?」と聞いた。すると加護ちゃんは「いいえ」と答えた。このあたりがまずかったようだ。加護ちゃんの気持ちとしては「テレビ用」「よそ行き」の作った自分じゃなくて、素顔の自分自身で純粋に木村藤子さんに相談に来た、という意図を伝えたかったのかもしれない。「世界に名を残したい」という言葉も何となく意味は通じるが「歴史に名を残す」という言葉と「世界に名を轟かす」というような言葉がまざっているようにも思える。しかしたこ八郎の「迷惑かけてありがとう」のように意味はよくわからないが何となく意味はわかる言葉がある。「世界に名を残したい」という言葉はきっと子供の頃からの加護ちゃんにとって一番ぴったりと自分の気持ちを表現できる言葉だったのではないか。しかしそれに「違和感」を感じた木村藤子さんは公の場所やテレビで言う言葉としては不適切であると感じ、テレビで口にするのは始めてだと言う加護ちゃんに対して「これテレビなのわかる?」と言ったのだろう。それに対して加護ちゃんは「いいえ」と言ってしまったのである。久しぶりに見る加護ちゃんはとても魅力的だった。加護ちゃんの未来を応援したいものである。「世界に名を残したい」っていい夢だと思うよ!