最近といえば半沢直樹が終わり、あまちゃんが佳境である。今日の放送では鈴鹿ひろ美が美声を響かせ、「三代前からマーメイド」と変えた歌詞に感動した。海女さんはマーメイドだったんや。アイドルだったんや。私はといえば八年ぶりに強烈なぎっくり腰が再発し、全く身動きがとれないほどになったのが3日前だ。今はだいぶ良くなり一安心だ。始めは立ち上がるのにも15分ほどかかり、AKB映像センターが始まると思いテレビのスイッチを入れようと思い、立ち上がろうと思い、やっと立ち上がりスイッチを入れた時には番組が終わっていたのだ。録画していたから良かったけど。ぎっくり腰騒ぎのせいかどうかNHKスペシャルの神の数式二日目も見逃してしまった。情報によると非常に面白そうだった。残念でならず、ふと思い立ちYouTubeで検索すると出てきてフルで見れた。YouTubeは神のようなものである。ありがたいことであ。数年前なら考えられないことである。ほんまにありがたいことである。クローズアップ現代でハーバード大学の授業が無料でネットで世界に公開、みたいなのがやっていたが、知の大衆化というか、知の民主主義というか、知の開放というかは、こういうのもそうではないのか。高い料金を払った厳しい試験で選ばれた者のみが得ることができる知識や情報や技術。それがインターネットですべての人間に無料で手軽に開放されるのである。これこそ知の開放、知の革命ではないか。人々は好奇心のおもむくままに知や情報を得ることができる。そんな世界がすぐそばまできているのである。それと近況といえば『風立ちぬ』を渋谷で見て来た。見てよかった。千円デーに一度行き、満席だったので見ずに帰ったことがあり、どうしようかとも思ったが宮崎監督の最後の作品ということもあり、どうせならスクリーンで見てみるか、と思い、見に行ったが、これは見てよかった。引退会見で宮崎さんは「この世は生きるに値する」というのがすべての作品に込めたメッセージだ、と言っていたが、まさにそんな作品だった。生きていれば尋常でない苦難や悲しみがある。しかし生きている者は生きねばならない。死者や友の「あなたは生きて」や「君は生きねば」という言葉に感謝しながら。人生の美しさ、人生の素晴らしさ、が存在することは否定できない。「生きていてよかった」という瞬間がないわけでもない。ぎっくり腰で全く動けないとき、動けることのありがたさや、出来る事を精一杯やることの大切さを改めて思った。立ち上がれなくても足で物を取ろうとしたのである。出来る事を、出来る範囲の事を精一杯すれば良いのである。それは素晴らしい事である。そのぎっくり腰の前日、夢のように楽しい経験をした。評論家宇野常寛さんの呼び掛けで戸山公園へ行き、恋するフォーチュンクッキーPV撮影に参加したのである。前日というか当日のラジオを聞き、サイバーエージェントのキラキラOLへの羨ましさまじりの反発に共感し、流された曲が橋本潮と國府田マリ子だったというのにも何か運命的なものを感じ参加したのだ。宇野さんがまさに「ツキを呼ぶには笑顔を見せること」という歌詞そのままに、終始笑顔だったのが印象的だった。そして「あっと驚く奇跡が起きる」という歌詞のように高校空手部のダンス名人との奇跡の出逢いもあったのだ。終始夢のように楽しかった。AKBのコンサートや通常のイベントとはまた違う楽しさ。自分たちも一緒に参加してものを作るという楽しさがあった。映画研究会で映画を撮っている時を思い出した。まさにロードムービーだ。撮影場所の移動も遠足気分である。宇野さんは東京オリンピックに合わせてというか対抗して文化祭的なものを企画しているというが、まさに映画研究会や美術部や軽音部や文芸部や演劇部の部員として参加して楽しめるようなものが出来たらとても素晴らしいと思う。まさにプロちゃんじゃなくてあまちゃん。文化祭や学園祭のおもしろさ、たのしさ、幸せさだ。太巻が再建されたあまカフェに対して言った「雑だけど愛がある」これである。努力や修練のたまものであるプロの作品も素晴らしい。でもその核には「あまちゃん精神」が無いと寂しいかもしれない。わけのわからないアツい情熱が。愛が。恋チュンPV撮影体験は何か巨大な可能性を感じさせてくれる体験だった。優しさやあたたかさに溢れていた。何かはかない切ない微かな大切なものがそこには確かにあった。ここに可能性がある。ここにしか可能性は無い。そんな気持ちにもなる。さんざん石原慎太郎に毒づいて来た責任を取るためにも「文化祭」をせねばならないのかもしれない。そんな楽しい経験の翌日、重症のぎっくり腰を再発したのだ。前日が楽しすぎたためかやけに未来が不安に、恐ろしく感じていた時に起きた出来事だった。健康法といえば現在はCCレモンではなくサプリメントのビタミンCを毎日飲んでいる。ノコギリヤシやコエンザイムQ10や乳酸菌のアレルケアやごぼう茶やコーヒーも飲んでいるのである。



Android携帯からの投稿
『電車男』は8年前ですかね。ずいぶん前に思えますね。大ヒットドラマでしたね。私も夢中で見ていました。いいともで名作を要約するというコーナーがありますが、『電車男』を要約すると「人生に絶望したオタクが恋愛に救われる話」でしょうか。巨大匿名掲示板の人々のアドバイスや励ましもあって。『あまちゃん』もめちゃめちゃ要約すると「都会に疲れた少女が田舎に救われる話」でしょうか。孤独な電車男にとってのエルメスがアキにとっての海や海女なわけです。しかし『あまちゃん』おもしろいですな。私も激ハマり中です。はじめの二週ぐらいは見ていなかったけど。なんかショートカットの女の子が海に飛び込んでるなあ、という感想でした。予告とか見て。それが母と弟が見ているのもあり、クドカンが脚本というのも弟から聞いて知り、おもしろいよ、という薦めもあり、つられて見ていたら、これがおもしろい。しかも加速してどんどんおもしろくなる。G M T が出てきたり、まあ、いろいろ。今ツイッターで中森明夫のあまちゃんツイートまとめを読んでいるけどこれもおもしろい。よみながらあまちゃん本編を思い出し、あらためて物語を楽しんでいる感じです。中森さんのアイドルに関する豊富な知識や鋭い洞察も読みごたえがある。もうすぐ『あまちゃん』は終わってしまう。とても寂しい感じもする。でも素晴らしい作品が素晴らしい作品のまま完成し、それを見れたことはとても幸せなことだ。『純情きらり』の時も物語の世界に入りこみ、なんだかその後の連ドラを見る気がしなかったものだ。何だか今でも『純情きらり』の中の世界を生きている気がしなくもない。あれは何年前なのか。ずっと続いて欲しいいくつもの物語が平行的に重なりあっているひとつの時間の中に僕たちは生きているのかもしれない。
いやあ、ガチで熱かったでございますな。16日のナゴヤドームも行って、熱かったけど東京ドーム二日目もガチで熱かったでございますな。ゆいはんも一番楽しいライブで~す!って言ってござったしなあ。ゆいはんといえばUZAの時、しゃちほこみたいなポーズの後、逆回転みたいになるじゃないですか。その時双眼鏡で見ていたのですがブルマ的パンツがモロに真正面でびびりましたよ。ゆいはんはいつも汗だくで頑張っていて本当に楽しそうでいいですなあ。しかし麻里子様がいないのは寂しいですなあ。やはりステージにいると目立つでしょうなあ。しかしスタンドとはいえ去年の東京ドームの死角席とは当然とはいえ大違いで双眼鏡で見るとガチで目の前に見えますなあ。ライブ自体の興奮を楽しむなら双眼鏡を使わずにサイリウムを振りながら会場全体を見たほうがいいかもしれないけどやはり目の前にゆきりんが、さしこが、さや姉が、みるきーが、珠理奈が玲奈がいるというのはテンション上がりますよ。得難い体験でございますな。スーパースターがすぐ目の前にいるという感動。曲も大好きだしね。新曲の恋するフォーチュンクッキーもいいけど。しかし振り付けも最高やね。昨日のライブではさしこの丁寧なレクチャーの後スタッフもステージに上がってお客さん全員とみんなで踊ったけど楽しかったなあ。ステージ側から見る景色も圧巻だろうなあ。ゆきりんもブログで書いてたけど毎日楽しいだろうなあ。まさに充実、ザ・充実、だろうなあ。ファンも幸せだよホントに。こんないい楽曲に恵まれて。人生なかなかこんないい時期ないかもしれないから思う存分AKBライフを満喫するといいよ。死ぬ時にきっと、ああ、いい人生だったな、と思うよ。いろいろあったけど、あの瞬間があったから、あの時間があったから、すべていいよ。てなるよきっと。それ程までに振り切れた幸福感。ホント、ファーストラビットとか真夏のSoundsgood!とかエブリディカチューシャとかポニーテールとシュシュとかガチで盛り上がるよ。脳のリミッターが吹っ飛ぶ感じ。これはすごい。こんご何年か何十年か知らないけど、これからもAKB48に没入したいものである。タイガー、ファイヤー、サイバー、ファイバー、ダイバー、バイバー、ジャージャー!!!!!