人間、喜・怒・哀・楽と4つの感情を有しています。
喜んだり、怒ったり、悲しんだり、楽しんだり。
個人差はあるにしても、この4つの感情の1つでも体験したことがないという人は恐らく、いないことでしょう。
これはあくまで個人的なことなのですが、この4つの感情のうち自己嫌悪に陥るのは怒りの感情ではないでしょうか。
なぜ、あのとき怒鳴ってしまったんだろう。なぜ、あのとき怒ってしまったんだろう。なぜ、あのとき感情的になってしまったんだろう。
そんな後悔をされた人もいるのではないでしょうか。
では、そもそも人はなぜ怒るのでしょう。
そもそも怒るとはいったいどういうことなのでしょうか。
人は意に反することが起きた時、それは怒りに代わります。
例えば、学校で。授業中に寝ている生徒に気づくと先生は怒ります。
つまり、先生は自分の授業を聞いてほしいわけです。これ、重要です。
ですが、生徒はその意に反して寝ている、つまり聞いていないわけです。
自分がこうしてほしいことをやってくれない。それが怒りなのですね。
ここで、あることに気づかないでしょうか。
ある意図したことをやってほしいのに、やってくれない。
これは怒りが発生するまでの簡単なプロセスですが、悲しみが隠れているのにお気づきでしょうか。
やってほしいのに、やってくれない。
自分の求めたことをやってくれない。
それはとても悲しい、残念な状況ともとれます。
この場合、人は怒りの感情の下に“悲しみ”の感情を隠しているわけなのです。
たとえばこんなこともあります。
恋人同士の喧嘩を想像してみてください。
彼女は彼氏の身勝手な行動に腹を立て、怒っています。
なんで私の気持ちに気づいてくれないの!と声を荒立てています。
これも、怒りの感情の下に今度は“寂しさ”が隠れているのにお気づきでしょうか。
怒りとは悲しみや寂しさの感情の蓋という表現をされている方もいらっしゃいます。
もし、身近な方がご立腹されているようでしたらこっそりその会話を聞いてみてください。
きっと、怒っていらっしゃる方の本心がわかるはずです。