今日の私、嫌いな私。




自分のマイナスな感情に振り回された一日。









表立って外に出さない分だけ、私のなかに渦を巻いて、それがどうしても私の外側に染み出してくる。




こんな私は嫌だなぁ。






私の心が乾いていない粘土みたいにできていたら、嫌な感情の部分だけ、ナイフで綺麗にくり抜いて、私の外側に捨てられるのに。





毎日どんどん捨てて行ったらすっかすかの私が出来上がるのに。



そしてどんどん乾いていってぱさぱさになった私には、捨てた粘土は戻って来れなくなる。


でも、それでもいいと、今日はそう思ってしまった。






私の心にずっしりした頑丈な蓋を。




明日からは傷つかないように。






私の大切なことなんて、取るに足りないものだから。


風が吹いたら吹き飛んでしまうようなものだから。




だからなおさら頑丈で壊れない蓋を。






基本的にはだけど、私はいつも生きているだけですばらしいと、生きていることそのものを肯定している。




楽観的とある人に言われたが、それとは意味が違うと私は思っているが、他の人から見たらそうなのかもしれない。




ベースにその気持ちがあって、でもやっぱり人間だからその時のコンディションやら何かが影響したりして、弱音を吐いたり、投げやりになったり、言い表せないような嫌な気持ちになったりもする。




普通に流れに逆らわずに生きていて、たまにでいいから美しい景色を見ることが私の中で最上の幸福。



美しい景色に出会えた時、帰ってきたような気持ちになって、そこまでがリセットされる。









美しいものを見たい。


それが私が大切にしていること。





別に姿形が綺麗なものだけを見たいわけじゃない。



混沌としているものも、ぐちゃぐちゃなものも美しければそれでいい。



世界を構築してくれるものならば、なんでもすばらしい。




それが私の人生讃歌かもしれない。








そして美しい人というのもずっと生きていてほしいと思ってしまう。






尊い人は見ていると、その人が今、生きていることこそが奇跡としか思えなくなってきて。




いつ何が起きて人間なんて死んでしまうかわからない。




だけど、その人が紡ぎ出すものがもう見られなくなるなんて、そんなのやりきれない。



いつもそう思ってしまう。







その美しい人が生きている今この瞬間に、私も生きているだけで本当に幸運だとしか思えない。







 
最近、今まで忘れていた昔のことを思い出す。


子供時代のこととか、10年前のこととか。




忘れていることばかりだなぁ。







今日はどうにもこうにも合わない人と会った。


私の大切にしているものを軽んじている、と私が思ってしまう人。



私とあなたの価値観はどこまで行っても交わることがない。






でもきっと、あなたから見れば私もあなたのことを軽んじているのでしょう。




価値観が真逆というよりも、存在する空間が違うのであって、ぶつかるというよりは立体交差している私たち。




同じものを違う方向から見つめていて、見え方が違ってしまう。




どちらも正しいのでしょう。






私が小さいころ、本当は大好きで大切で仕方ないのものなのに、それは取るに足らないものばかりで、大切にしていることが間違った価値観かと思っていた。

そのために大切にできなかったものたち。


いつもその気持ちを思い出すと出てくるイメージ。





さくら貝は願いごとが叶うって、大好きな人から教えてもらった。



黄色いネックレスは、いつの間にかなくなっちゃった。






最近夢で見たことなのか、現実のことなのかわからなくなることがある。




たとえば今日の夢。



何日か前にネイルをかえた。
その時に入ってくれた子が新人みたいで、仕上がりがそこまで綺麗じゃなかった。


でも一生懸命やってくれたし、そんなに不満に思うこともなかった。



そうしたら夢のなかで、今私の爪についてるつけたばかりのネイルが、ほとんど取れてしまい、あぁやっぱり新人だったからかぁと残念に思う夢を見た。



起きてから、爪を確認してなんでネイルついてるんだろうってわからなくなった。


それが朝だけならいいのだけれど、いつになっても、爪を見ては、あぁあれは夢だったんだ、そうだそうだというのを繰り返していた。




そんな今日いちにち。





他にも最近は何か大切なことを忘れている気がして仕方ない。


でもたぶんそれは、夢のなかで見たことなんだろう。