基本的にはだけど、私はいつも生きているだけですばらしいと、生きていることそのものを肯定している。




楽観的とある人に言われたが、それとは意味が違うと私は思っているが、他の人から見たらそうなのかもしれない。




ベースにその気持ちがあって、でもやっぱり人間だからその時のコンディションやら何かが影響したりして、弱音を吐いたり、投げやりになったり、言い表せないような嫌な気持ちになったりもする。




普通に流れに逆らわずに生きていて、たまにでいいから美しい景色を見ることが私の中で最上の幸福。



美しい景色に出会えた時、帰ってきたような気持ちになって、そこまでがリセットされる。









美しいものを見たい。


それが私が大切にしていること。





別に姿形が綺麗なものだけを見たいわけじゃない。



混沌としているものも、ぐちゃぐちゃなものも美しければそれでいい。



世界を構築してくれるものならば、なんでもすばらしい。




それが私の人生讃歌かもしれない。








そして美しい人というのもずっと生きていてほしいと思ってしまう。






尊い人は見ていると、その人が今、生きていることこそが奇跡としか思えなくなってきて。




いつ何が起きて人間なんて死んでしまうかわからない。




だけど、その人が紡ぎ出すものがもう見られなくなるなんて、そんなのやりきれない。



いつもそう思ってしまう。







その美しい人が生きている今この瞬間に、私も生きているだけで本当に幸運だとしか思えない。