【読書日記】『半ケツとゴミ拾い』(荒川裕二) | 「そば屋さのあんちゃん、息災け?」

「そば屋さのあんちゃん、息災け?」

稀有な病気をはじめ、人のあまり経験しないことを経験しました。
そんなことを織り込みながら、日ごろの読書を中心に綴っていければと思います。

『半ケツとゴミ拾い』(荒川裕二)。

 

しゃべりがあまりうまくない私。

そんなとき、TEDxのスピーチを観ます。

約15分に言いたいことを凝縮する。

金融機関に籍を置いたことで、少しは「人見知り」の激しかった自分が少しは話せるようになりました。

 

金融機関の転勤で、金澤市内の営業店から、高岡市内の本部組織の末端へ、そして金融機関を回る警備機関の効率化を目指した動きに呼応して、富山の現在勤務している先へ出向、そして転籍。

どこそこで、支店長してました、出向で大手企業の役員に、とか、傍目にかっこよく映ることを言うつもりもありませんし、一冊の本から言葉をセレクトし、己の知見を毎日披露されているような、世間の範のような人間でもありません。

今まさに、自分自身が何度もいろんなことにチャレンジし、家族から反対を受けたり、母の心労の原因を作ったりするくらい、大きな挫折。

後に出会った、ある人材開発会社のトレーナーの方が富山にお見えになられた時、「そば屋さのあんちゃん、あなたは弊社の3日間の研修を実際に実生活の中で取りくんでいるのです。参加いただけないのは残念ですが、この経験はその3日間に匹敵するくらいの苦しさがあります。頑張ってください。」といった言葉をかけられました。

少しは成長しているか確かめてほしくて、富山で開催のセミナーに、お声がけしていただいて、元気でというか元気なふりをしているところを見ていただきたくて参加したこともあります。

今は、そのとき抱えていた問題も、ようやく一筋の光が見えたかな、と言うところまで、還暦にしてたどり着きました。

そんなことしかして出来ていない還暦の人間です。

 

でもそんな自分の殻を打ち破ろうとした人間がいるということを知っていただきたく、過去の出来事を時系列に思い出しつつ、これを書いています。

なので、いつもの【読書日記】とは趣を異にすることを、了とされたく存じます。

本書と出会ったのは、富山県立図書館である本を探している時でした。

 

「『半ケツとゴミ拾い』?えらい変わった書名やなあ。清掃の話やし、読んでみよう。」と手に取ったのがその出会いでした。

 

本書の発刊は2008(平成20)年8月。

図書館に入庫されたのは、その少し後だったと記憶しています。

読み進めていく中で、よみがえった記憶があります。

 

その3年前、2005(平成17)年恩師の偲ぶ会で上京した時の出来事でした。

恩師を偲ぶ会が、日本大学豊山高等学校のそばにある東京の護国寺で行われました。

富山からの上京。

そして、始まるまで時間がある、と思った私はある駅で下車し、駅そばの牛丼屋さんへ足が向かいました。

駅の改札をぬけて、外へ出た私の目に飛び込んできたもの、それは、人目をはばからず、駅の外を清掃活動されている若い方々の姿でした。

当時は「こういう方々がいらっしゃるんだなあ。」と頭が下がりました。

当時は、なかなか自分にはこうした勇気がないなあ、と感じるのが精いっぱいでした。

家族を少しでも楽にさせたい思いで始めたことがとん挫しかかってなにか、乾坤一擲の手があれば、と思うのが精いっぱいの状況でした。

 

偲ぶ会が行われた時期が本書の刊行の前であることを確認していただくために、このリンクを貼っておきます。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jares1985/19/2/19_2_3/_pdf

 

東京から、ゼミの同期(7人中5名出席、2名も市役所の公務や勤務の関係で時間がさけず、欠席。それ以外の者はすべて出席。約20余年の各年度のゼミ生の中では一番出席率が高かった期です。正直、私たちのゼミの入室試験倍率が学部での伝説になり、その就職についても、ここのゼミへ入ると、とまで言っていただけるようになった時代です。)との再会の熱い思いを胸に富山へ戻りました。

 

偲ぶ会で上京してから約3年くらいして、県立図書館で出会ったのが本書でした。

あの時、駅の外で見たのは、荒川氏の輪の中にあった人かなあ、って思いました。

そして、いろいろと気づきをいただきました。

「自分に欠けていたのは、恥ずかしがって、やれていないことだ。」、等々。

 

 

 

奇しくも、当時の所属部署で富山県内の新聞をにぎわわせた出来事に巻き込まれ、清掃部門へ配属が変わったのが2010(平成22)年。

不思議なものですね。

病気を発症し、それに伴う障がいも惹き起こし、籍をおいたのが約1年あまり。

多くのことを学ばせていただきました。

荒川氏の思いが痛いほどわかるようになりました。

 

清掃部門の人間は、どこへ清掃に行っても、邪魔者扱いされることがほとんど、そして「勉強しなかったら、こうなるのよ。」という子ども連れの母親の声など、世間の方の多くは一段低く清掃に携わる方を見ていらっしゃいます

清掃に出向いた先の対応される方の行動で、その方が自然と上へあがっていかれる方か、その場所でずっといらっしゃるのか、ある程度、その人間の器の大きさが見えるようになりました。

その中に、きっかけはどうであれ、飛び込まれた荒川氏の勇気と行動に頭が下がる思いでした。

加えて記させていただきますが、ここで「私はこんなことやっている。(やっているのよ。)」というブログも拝読します。

そんな方々に、敢えて問いたい。

「荒川氏のような行動を、明日からやりなさい、って言われてできますか?」ってことです。

 

勤務先の中を見ても、トイレ清掃は便器の表面をさらっとなぞるだけ、なにかあれば、「臭うは。そば屋さのあんちゃん、なんとかせえよ。」、という言葉を発する方が半数以上を占めます。

私は便器に手を突っ込み、できるだけ臭わないように、人の何倍も時間はかかりますが、やります。

そんな方が数名ですがいらっしゃいます。

 

いい言葉を選んで書いて、読んでもらうのが偉いのか。

また、誰がやったかわからないように、人知れず、トイレ清掃される方が偉いのか。

 

正味、思うのは実行を伴っていなければ、話は前へ進まないのです。

荒川氏の推進力には、敬服するばかりです。

 

清掃は、多くの方が読まれたであろう、新津春子氏の著書を読んでいただければ、どんなに難しく、頭を使う仕事かが分かっていただけるかとも思います。

 

かつて、エントリーしていた人材開発系会社のSNSの読書ライブラリーに本書の存在をお伝えしたこともありますが、ほとんどアクセスしなくなった状況下では、どんなことを書いたかも思い出せません。

 

今日(5/6)、荒川氏のブログに当時のことを語るTEDxの映像がありましたので、いい機会だと思い、ご紹介させていただきました。

 

「トイレ清掃は、自分の心を磨くもの。」

 

「清掃はトイレ清掃に始まり、トイレ清掃に終わる。」

 

そんな言葉も、清掃部門で学ばせていただきました。

 

あの鍵山秀三郎氏は、「ひとつ拾えば、ひとつだけきれいになる」といった名言を残しておられます。

 

清掃、汚いですか(世の中、3Kの扱いですもんね)。

自分の出したもの、食べ残し、あるいは身体から排出したもので、汚したら、キレイにするのって自分じゃないの、って思います。

自分で汚したものを自分が始末できんでどうする!って思います。

手助けがいれば、声を出して助けを求めればいい話ではないかと思いますがどうでしょう。

清掃のおじさん、おばさん、今では若い方のいらっしゃいますし、海外から清掃を学びに実習生として来日されている方もあります。

みんな、皆さんがされることを見て、冷ややかに笑ってますよ。

そして黙って拾い、黙って拭いたりしています。

 

連休最後の日、自分を振り返る本として、本記事では関連のものも上げていますが、頭の隅に置いていただけると幸いです。

長文になり、大変失礼いたしました。

 

時代遅れの「そば屋さのあんちゃん」でした。

 

 

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