《WBCシルバー・Sライト級タイトルマッチ》
ーunder cardー
《WBAインターN・ライト級王座決定戦》
《スーパーフェザー級10回戦》
開催日:4月19日(日本時間20日)
開催地/会場:英イングランド・シェフィールド/キャノン・メデ
ィカル・アリーナ
▼〈MAIN EVENT〉
WBCシルバーSライト級王者&EBU王者
WBC世界1位・IBF10位・WBO11位
ダルトン・スミス(28=O/gbr)
VS.
IBF世界同級13位
マチュー・ジャーメイン(35=O/can)
世界戦間近のスミスがシルバー王座防衛成功!
〈試合経過〉
初回、ジャーメインが左右に動きジャブで先制するとスミスもジャ
ブから右ストレートをヒットさせスタートした。
2回、動き回るジャーメインに終了間際、スミスの狙い澄ました左
フックでジャーメインが早くも四つん這いダウン。しかし、あまり
ダメージなく立ち上がったところでゴング。
3回、スミスはジャーメインの攻めを見切ったかのように中盤接近
すると右アッパーでジャーメインは腰を落としかける。終盤もスミ
スはワンツーを叩き込むなどリードを広げた。
5回、断然リードしたスミスはボディー攻めで畳み掛けようとする
もののローブロー気味でレフェリーから注意を受ける。
7回〜8回とジャーメインも被弾に耐え、時折左右連打を繰り出す
がスミスの巧みな動きとブロックに躱され決定打にならない。
11回、スミスの左からワンツーでジャーメイン2度目のダウン。
再開するとジャーメインは動きで逃れた。
最終回、スミスはボディー攻めもローブローで減点1が科された。
ジャーメインの休憩から再開するとスミスは左カウンターでジャー
メインから3度目のダウンを奪う。再開するとジャーメインの倒さ
れまいとする動きに畳み掛けられないままゴングとなった。
〈12回採点結果〉
117ー107(スミス)
119ー105(スミス)
119ー105(スミス)
※減点1が無ければほぼフルマークだった。
スミスが3ー0大差判定勝ちでWBCシルバー・Sライト級王座の
2度目防衛に成功した。これでデビューから18戦全勝とした。
英国では最も王座に近い選手として期待されているスミスはWBC
のトップコンテンダーとして指名挑戦権も有している。いよいよ世
界初挑戦の発表でしょうか。標的は今年3月1日、初防衛に成功し
たばかりのWBC世界Sライト級王者アルベルト・プエジョ(ドミ
ニカ共和国🇩🇴)だ。果たして、スミスは年内中の初挑戦となるのか、
非常に楽しみです。
ジャーメインのWBCシルバー王座獲得はならず。
ジャーメインは8連勝中だったが、途切れてしまった。勝利してい
れば一気にランキング上位に進出して世界挑戦も夢ではなかったは
ずで絶好のチャンスを逃した。今後、"当て馬役"に嵌まってしま
うのか、それとも再浮上となるのか・・・
(Photos by fightmag.com)
スミスがジャーメインから計3度ダウンを奪い快勝したシーンを
ハイライトでどうぞ!(8分01秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★ダルトン・スミス/18戦18勝(13KO)無敗
★マチュー・ジャーメイン/30戦26勝(11KO)3敗1分
ーunder cardー
《WBAインターN・ライト級王座決定戦》
WBC世界ライト級16位
ジョシュ・パドリー(29=O/gbr)
VS.
セルビア・ライト級
マルコ・ツヴェタノヴィッチ(29=S/srb)
〈試合経過〉
序盤からパドリーがツヴェタノヴィッチを上下攻めで後退させるな
どリードして回を重ねていく。
迎えた5回、パドリーが1分過ぎ左ボディーでツヴェタノヴィッチ
からダウンを奪った。ツヴェタノヴィッチは立ち上がったもののダ
メージを確認したレフェリーは試合をストップした。
ーTKO・5回1分13秒ー
パドリーがWBAインターナショナル・ライト級王座を獲得した。
パドリーは今年2月22日、WBC世界ライト級王者シャクール・
スティーブンソン(米国)に挑戦したが9回TKO負けに終わって
いた。敗北でWBCは12位から16位まで下降したが、今回復帰
戦でWBAサブタイトルを獲得したことで防衛すればWBAのラン
キングにも登場でしょう。再び世界挑戦なるか・・・
無敗で挑んだツヴェタノヴィッチはWBAインターナショナル王座
獲得ならず。格の違いを見せ付けられたツヴェタノヴィッチは無念
の出直しです。
(Photos by fightmag.com)
パドリーが5回TKO勝ちしたシーンをどうぞ!(15秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★ジョシュ・パドリー/17戦16勝(5KO)1敗
★マルコ・ツヴェタノヴィッチ/14戦13勝(6KO)1敗
ーunder cardー
《スーパーフェザー級10回戦》
元IBF世界フェザー級王者
ジョシュ・ウォーリントン(34=O/gbr)
VS.
インド・Sフェザー級
アサド・アシフ・カーン(31=O/ind)
〈10回採点結果〉
99ー89(ウォーリントン)
99ー90(ウォーリントン)
97ー91(ウォーリントン)
元王者ウォーリントンが3ー0大差判定勝ちで3連敗から脱出成功。
ウォーリントンは引退かと囁かれたが再起成功です。
カーンは元王者に勝利して名を売りたかったでしょう。
負けが込んできたが、果たして再出発なるか・・・
(Photos by fightmag.com)
【両選手の戦績】
★ジョシュ・ウォーリントン/37戦32勝(8KO)4敗1分
★アサド・アシフ・カーン/27戦19勝(5KO)7敗1分
昭和を沸かせた熱きボクサー!
今回紹介する第37代日本ミドル級王者の大和田 正春選手(角
海老宝石)は1979年6月28日のプロデビューから1980年
代後半にかけ人気を博した選手。その大和田選手は在日米軍兵士の
父と日本人の母との間に誕生している。デビュー当時は減量苦から
か戦績は芳(かんば)しくなかったが、階級を上げるに連れ自慢の
左右強打が活かされミドル級に落ち着く。そして、22戦目で日本
ミドル級王者の無限 川坂(上福岡)に挑戦すると4回KO勝ちで
見事王座を獲得。ここから大和田の活躍が始まった。
この時期、日本を含めて世界中のボクシングファンを熱狂させ魅了
していた3団体世界(WBA・WBC・IBF)ミドル級統一王者だ
ったマービン・ハグラー(米国)に風貌がよく似ていたことから、
いつの日からか大和田選手は「和製ハグラー」と呼ばれ世界戦には
恵まれなかったが日本のリングを沸かせ人気を集めた。
(当時ミドル級最強と呼ばれたハグラー)
▼日本の聖地・後楽園ホールで試合ごとに会場を沸かせ人気を博し
た"和製ハグラー"こと大和田選手。
(写真3枚・金沢興一氏撮影)今から40年前の1985年(昭和60年)2月5日に大阪府立
体育会館でウェルター級契約のノンタイトル10回戦で2度目の世
界前哨戦と銘打った試合が行われようとしていた。
当時、日本のボクサーでは最も人気のあった「浪速のロッキー」こ
と赤井 英和選手(グリーンツダジム)の試合である。
赤井は1980年(昭和55年)9月18日にアマチュアから鳴り
物入りでプロへ転向して2回KO勝ちの華々しいデビューを飾って
その後も負け知らずだった。14戦全勝(13KO)無敗という素
晴らしい戦績を引っ提げ世界初挑戦のチャンスが訪れた。
1983年(昭和58年)7月7日、初挑戦した相手は当時WBC
世界J・ウェルター級(現S・ライト級)王者のブルース・カリー
(米国)だった。会場は赤井選手の母校が運営する近畿大学記念会
館。試合が開始されると前半戦にややポイントでリードされた赤井
は6回に壮絶な打ち合いに持ち込み、カリーをグラつかせるまで追
い込んだのだった。しかし、迎えた7回序盤カリーの左右フックで
ダウン。立ち上がって再開すると、再びカリーの右ストレートから
左フックを浴びて膝から崩れるようにダウン。そのまま仰向けとな
ったところで屈辱のレフェリーストップとなった。7回1分11秒
のTKO負けで初黒星を喫して王座獲得は失敗に終わった。
負けてもボクサーらしからぬ端正なマスクと強気のビッグマウスに
人気は衰えていなかった。そして、世界初挑戦の敗北から再起して
5連勝(3KO)と好調を取り戻し、赤井にとって2度目の世界挑
戦を見据え世界前哨戦として試合が組まれたのだった。
一方、ノンタイトル戦ながら、当代切っての人気者に一泡吹かせる
意気込みで東京から敵地大阪へと乗り込んできた「和製ハグラー」
こと大和田 正春選手(角海老宝石)であった。直前までJ・ウェルタ
ー級(現Sライト級)で戦っていた。この時点での大和田の戦績は
17戦8勝(7KO)8敗1分であり、俄(にわか)ファンからみ
れば、たいした戦績ではなく、早い回で赤井が倒してしまうだろう
と予想していた。たしかに戦績数字だけをみれば鳴かず飛ばずの選
手に見えても仕方のないことだった。しかし、勝率47%ながらも
8勝の内の7KOには破壊力を秘めているという侮れない部分もあ
ったのだ。それでも関西のボクシングファンには弱い相手との飾り
物でしかない数字だと勝手な解釈で掻き消していた。
大和田の戦歴を見ると1979年(昭和54年)6月28日J・ラ
イト級(現S・フェザー級)のデビュー戦から2連敗しての散々な
スタートだった。その後は、眠りから覚めたかのように5連勝(4
KO)と勝ち星を重ねていく。しかし、1980年(昭和55年)
12月18日、東日本新人王J・ライト級の決勝戦まで進出したも
のの、新山 泰次郎(八戸協栄)に6回KO負けして新人王獲得は
ならなかった。その後も引き分けを挟んで連敗したかと思えば、連
勝しては連敗の繰り返しだった。しかし、その戦いぶりは後楽園ホ
ールでは知れ渡り、勝っても負けても倒し倒されで決着するという
大和田のスリリングな戦い振りに人気も出始めていた。
そんな好不調の波が激しい大和田に当時ボクシング専門誌の著名な
評論家解説では「大和田選手はJ・ライト級での階級では体格から
して減量は厳しいだろう。減量苦が結果的にスタミナ切れを早めて
動きが鈍り、ガードが甘くなったところで連打されていた。最終的
にそれが浮き沈みの原因となっている。何階級か上げてもあの右ス
トレートや左右フックの強打は通用するはずで、是非、階級を上げ
ることを勧めたい」と誌上で指摘していた。
そして、大和田は指摘されたように階級を徐々に上げていった。
1984年(昭和59年)9月17日、J・ウェルター級(現S・
ライト級)の契約ウェイトでの試合で戦うことになり、当時アマチ
ュア時代に赤井 英和を倒した男として売り出していた野村 勝英(
ワタナベ)との8回戦での対戦となった。
この野村はプロとなって5戦全勝(5KO)無敗のハードパンチャ
ーとして将来を嘱望されていた選手であった。
しかし、いざ蓋を開けてみると、大和田は初回この野村に2度のダ
ウンを与えて、一瞬反撃に遭うものの、一気にラッシュして左右で
畳み掛け、僅か1回1分17秒での圧倒KOで下したのだった。
この試合後に大和田の強烈な左右連打を顔面に受けて病院に直行し
た野村は「頬骨陥没骨折」と診断されキャリアに戻ることなく引退
を余儀なくされている。※(上記の写真3枚)
大和田は野村戦に圧倒勝利してモチベーションを高めたままアウェ
ーの地、大阪へと乗り込んでいった。前述のように大阪のファンに
してみれば、当時は赤井選手の「噛ませ犬」としか見ていなかった
ようだった。そして、待ちに待った赤井対大和田戦の大阪府立体育
会館は超満員で埋めつくされていた。
〜〜〜其の2に続く!
《IBF&WBA世界ウェルター級王座統一戦》
ーunder cardー
《WBA北米大陸Sフェザー級王座戦》
開催日:4月12日(日本時間13日)
開催地/会場:米国ニュージャージー州アトランティックシティ/
ボードウォーク・ホール
IBF世界ウェルター級王者
ジャロン・エニス(27=SH/usa)
VS.
WBA世界ウェルター級王者
エイマンタス・スタニオニス(30=O/ltu)
*LTUはリトアニア共和国
IBF王者エニスの圧勝TKO勝ち統一成功!
〈試合経過〉
初回、お互いジャブを繰り出しエニスがラウンド半ば過ぎ右ボディ
ーを打ち込んだあと左にスイッチした。スタニオニスもグイグイ前
に出て左ジャブで対応して始まった。〜互角の展開。
2回、エニスが左ボディーストレートを突き刺す。エイマンタスは
接近して左右で攻め込もうとするもののエニスの右フック、左アッ
パーを浴びて攻め切れない。〜エニスの優勢。
3回、打ち合った1分過ぎエニスの左右コンビネーションでエイマ
ンタスが足元を揺らす。〜エニスが主導権を握ったように映った。
4回、エニスがボディー2発から左アッパーと余裕の攻めを見せる
とエイマンタスも右フックを返して必死に左右で対抗したが有効打
がない。〜エニスがポイントで差を広げる。
5回、諦めないスタニオニスがボディー攻めから右で攻めるものの
エニスの右アッパーから左フックを浴びてピンチ、スタニオニスは
鼻から出血を見せる。〜エニス優勢。
6回、終盤、手が出なくなったエイマンタスにエニスが左ボディー
から左アッパーを跳ね上げるとエイマンタスは右膝を着くダウン。
エイマンタスは立ち上がってこの回はゴングに逃れた。
しかし、インターバルでかなりダメージの残るスタニオニスは続行
に対して陣営に説得されている様子だった。結局、陣営の棄権申し
出により試合終了となった。
ーTKO・6回(3:00)棄権終了ー
エニスがIBF王座の4度目防衛に成功するとともにWBA王座も
獲得して統一した。エニスは以前ディフェンスに問題ありと指摘さ
れていたが見事改善したところを披露して見せた。
2020年12月19日、IBO世界同級王座決定戦で初回偶然の
バッティングで相手負傷により無効試合となったのを除けば34戦
全勝とした。エニスは他2団体との4団体統一戦は口にしなかった
が、指名戦や選択試合をこなしながらオファーがあれば対戦するで
しょう。この階級では最強との呼び声高く今後が楽しみです。
スタニオニスはWBA王座の2度目防衛に失敗するとともに統一な
らず王座から陥落となった。ガードを固めて懐に迫ろうとしたが崩
され通用しなかった。スタニオニスは左右フックには強打を秘めて
いるもののやっぱりディフェンスに課題があったと言えそうだ。
今後は以前から対戦を希望していたというWBC王者のマリオ・バ
リオス(29=米国)との対戦を口にした。しかし、とにかくスタニ
オニスは再起戦で勝利してWBCにランクインするしかない。
(Photos by sportingnews.com)
それではエニスが圧勝した戦いぶりをハイライトでどうぞ!
(2分54秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★ジャロン・エニス/35戦34勝(30KO)1NC・無敗
★E・スタニオニス/17戦15勝(9KO)1敗1NC
ーunder cardー
《WBA北米大陸Sフェザー級王座戦》
WBA北米大陸Sフェザー級王者
WBC4位・WBA5位/前WBA世界フェザー級王者
レイモンド・フォード(26=S/usa)
VS.
WBC同32位・元WBC米大陸Sフェザー級王者
トーマス・マティス(34=O/usa)
〈10回採点結果〉
100ー90(フォード)
100ー90(フォード)
100ー90(フォード)
フォードが3ー0フルマーク大差判定勝ちで保持するWBA北米大
陸Sフェザー級王座の初防衛に成功した。前WBA世界フェザー級
王者のフォードは2階級制覇を目指す。
マティスはWBA北米大陸王座奪取ならず。
世界ランカー上位者との絶好チャンスを逃したマティスは出直しと
なる。
(ダウン寸前に追い込むフォード・右側)
(Photos by boxingscen.com)
【両選手の戦績】
★レイモンド・フォード/19戦17勝(8KO)1敗1分
★トーマス・マティス/28戦22勝(17KO)5敗1分
アジア人初の世界王者パンチョ・ビラ
日本人初の世界王者白井 義男(1952年)より29年も遡る
こと1923年にアジア人初の世界王者として偉業を成し遂げた選
手がフィリピンに存在していました。日本では随分あとになって新
聞や雑誌などで紹介され有名となったNBA(WBA前身)&ニュ
ーヨーク州公認世界フライ級王者のパンチョ・ビラです。
日本にその存在が遅れた理由としては当時関東大震災や世界大恐慌
の影響で社会が混乱していた時代だったからだとされています。
ビラはメキシコの革命家で度々映画化(西部劇風)されモデルとな
ったパンチョ・ビリャ(Pancho Villa)と名前のスペルが同じで
よく混同されがちです。では何故メキシコ以外の遠く離れたフィリ
ピンの国で同姓同名の国民的ヒーローが誕生したのかには理由があ
りました。
(本家メキシコの革命家パンチョ・ビリャ)
ビラの本名はフランシスコ・ビラルエル・グイレードとスペイン語
圏風の長い名前です。フィリピンにスパニッシュ風の名前が存在す
るのはスペインに300年以上もの長い間統治された時代があった
名残からでしょう。ビラがボクシングを習い始めた時代メキシコの
独裁政権を打ち倒した革命戦士としてすでにパンチョ・ビリャの名
はフィリピンにも伝わり立志伝中の人物として有名だった。
ビラはある時、母親から読むよう薦められた歴史書物でその名を知
り同じ下層階級出身で境遇も似ていたことから感銘を受けその革命
家の勇敢さに心打たれ尊敬していたようです。そして、憧れもあっ
てかその名を借りてリング名としたのでした。
ビラは17歳だった1919年1月1日、地元マニラ市で104ポ
ンド契約(47.174Kg/現在のミニマム級より軽い体重設定)
の4回戦をアルベルト・カストロ(比国)と戦い3回KO勝ちのプ
ロデビューを飾っている。
その後は地元で39戦34勝(11KO)3分2ND(無判定)無
敗の戦績だったが40戦目でエディー・ムーア(米国)と戦い10
回反則負けで初黒星を喫した。しかし、その後は連勝を重ねた。
55戦目(49勝1敗3分2無判定)までを地元フィリピンで戦い
その間、階級を上げOBF(OPBF前身)東洋バンタム級王座も
獲得している。尚、フィリピンの専門ネットによると地元でのリン
グネームは本名を短くした"フランシスコ・グイレード"で戦って
いたようです。そして、当時米国の関係者が視察に訪れた際、その
強さが米プロモーターにも伝わり勧誘を受けて米本土で戦う契約を
交す。56戦目からは大きな夢を求めて本場の米国へと渡ることに
なった。渡米して7戦4勝3敗だったがアジア人の珍しさもあって
かタイトル戦に大抜擢となった。63戦目に米国フライ級王座決定
戦をニューヨークシティのエベッツ・フィールドでジョニー・バフ
(米国)と戦い当て馬的存在ながらも予想を覆す11回TKO勝ち
で王座を獲得するとアジア人として一躍注目され知名度も上げた。
その後米国フライ級王座は2度目防衛戦でフランキー・ジェナロ(
米国)に15回1ー2の僅差判定負けで王座から陥落してしまう。
その後は再起して新聞社主催の記者採点試合を含め5戦4勝1敗の
戦績でそれまでの実績が評価され78戦目で世界戦に抜擢される。
1923年6月18日、米ニューヨークシティのポロ・グラウンズ
で当時NBA&ニューヨーク州公認世界フライ級王者で人気スター
だったジミー・ワイルド(英国)に世界初挑戦となった。
試合は序盤から王者ワイルドの左右を浴びてビラは大苦戦する。
しかし、小柄(154cm)なビラは徐々に巻き返して挽回、ついには
7回ビラが怒涛の左右フック連打を浴びせるとワイルドは気を失う
ように前のめりにバタンと失神壮絶ダウン。王者はうつ伏せのまま
立ち上がれずビラの見事な逆転番狂わせKO勝ち。アジア人として
初めて世界王座を獲得した瞬間だった。ワイルドは顔面から倒れる
危険な倒れ方で陣営によってコーナーへと運ばれた。当時、ワイル
ドはフライ級最強王者(5度防衛中)との呼び声高くそれを破った
ことでアジアにも実力ある選手が存在することを知らしめた世界タ
イトル戦だった。
その後、前王者のジミー・ワイルドは顎の複雑骨折により引退を余
儀なくされています。戦績は150戦137勝(98KO)4敗1
分8NC(無効試合)の素晴らしい戦績でした。
小柄なパンチョ・ビラは前半戦を王者ジミー・ワイルドに攻め込
まれたが、徐々に巻き返すと7回左右連打の猛攻でワイルドは前の
めり失神ダウン。劇的逆転KO勝ちでアジア人初の世界王座獲得と
なった。そして、100年以上前の衝撃シーンは遺されていました。
貴重な映像をどうぞ!(2分11秒)
その後2度防衛してスターダムへと登り詰めたパンチョ・ビラは
1925年5月2日、地元凱旋試合をマニラのウォーラス・フィー
ルドで当時有望株とされたクレバー・センシオ(比国)と戦い15
回3ー0(採点不明)判定勝ちを収めて3度目防衛に成功した。
しかし、活動拠点の米国へ戻ると何故か王座を返上してしまう。
そんな中、1925年7月4日、試合地カリフォルニア州エメリー
ビルの歯科病院で親知らずを抜歯したまま若さの勢いでノンタイト
ル10回戦をジミー・マクラーニン(カナダ)と戦いまさかの10
回(採点不明)判定負け。(結果的にこれがラストファイト)
▼負けから10日後に思いがけない悲劇が起きてしまう!
遠征先だったカリフォルニア州サンフランシスコで体調を崩して病
院で診察すると抜歯したままリングに上がったことが原因で敗血症
(血液中に細菌が拡散して臓器が機能しなくなる危険な病気)と診
断される。そして、前試合から10日後の1925年7月14日、
入院していた病院で突然容体が急変して緊急手術の甲斐もなく帰ら
ぬ人となった。わずか23歳という若さでの客死でした。
その亡骸(なきがら)は米国から軍艦でフィリピンのマニラ港まで
運ばれ遺体が安置された近くの教会前には10万人以上もの民衆が
詰めかけ悲しみに暮れたと当時の新聞は報じている。(上記写真)
今世紀世界的スターとなったマニー・パッキャオやノニト・ドネア
に勝るとも劣らない国民的ヒーローだったことが窺えます。
フィリピン国民に勇気と希望を与え、一瞬にして人生を駆け抜けた
パンチョ・ビラでした。そして、諦めない拳闘魂の精神は現在のフ
ィリピノボクサーに受け継がれているのです。
〈パンチョ・ビラ MEMO〉
本名:フランシスコ・ビラルエル・グイレード
(Francisco Villaruel Guilledo)
生年月日:1901年8月1日
出身地:フィリピン・イロイロ州イロイロ市
対戦階級:フライ級・バンタム級(当時は8階級とされる)
身長/リーチ:154cm/160cm
デビュー:1919年1月1日
ラストファイト:1925年7月4日
死没地:1925年7月14日、米国カリフォルニア州サンフラン
シスコの病院施設内(享年23歳)
生涯戦績:104戦90勝(22KO)8敗4分2NC(無効試合)
※尚、104戦中には新聞社公式採点試合も17戦含む。当時は新聞
社の専門記者が採点するという試合をコミッショナー共催で公式試
合として認定していました。
【獲得王座】
★OBF(OPBF前身)東洋バンタム級王座(防衛せず返上)
★米国フライ級王座(1度防衛)
★NBA(WBA前身)世界フライ級王座(3度防衛後に返上)
★国際ボクシング名誉の殿堂博物館入り(1993年)
★世界ボクシング殿堂入り(1994年)
《IBF&WBO世界ミドル級タイトルマッチ》
開催日:4月5日(日本時間6日)
開催地/会場:カザフスタン・アスタナ/バリス・アリーナ
IBF&WBO世界ミドル級統一王者
ジャニベク・アリムハヌリ(31=S/kaz)
VS.
IBF世界同級7位・WBO13位
アナウエル・ヌガミセンゲ(29=O/fra)
アリムハヌリ凱旋試合で圧勝ストップ防衛!
〈試合経過〉
初回、サウスポー王者のアリムハヌリが終盤左ストレートを浴びせ
ヌガミセンゲが尻もちダウン。立ち上がるとゴングに救われた。
2回〜3回とヌガミセンゲも時折左右から右フックを浴びせるもの
のアリムハヌリは効いたそぶりは見せない。余裕で左フックを浴び
せて回を重ねていく。
迎えた5回、ヌガミセンゲの右ストレートを躱わしたアリムハヌリ
が左ストレートから左ダブルフックで畳み掛けるとヌガミセンゲは
ロープまで飛ばされ崩れるようにダウン。ヌガミセンゲは執念で立
ち上がったがレフェリーはダメージを察して試合をストップした。
ーTKO・5回2分59秒ー
7年7カ月ぶりの地元凱旋試合となった王者ジャニベク・アリム
ハヌリが圧勝ストップ勝ち。
これで4連続KO勝ちとともにWBO王座の4度目防衛、IBF王
座は2度目の防衛に成功となった。デビュー3戦目から母国を離れ
て米国を主戦場としている。ま、今回凱旋試合とあってか絶対勝た
なくてはいけない安全策をとって無名が相手となった。
今後はWBO団体から対戦指令が出されている1位(22戦21勝
17KO1分・無敗)の実力者ハムザ・シェラーズ(英国)となる
のか注目される。拒否すればWBO王座は剥奪となることから堂々
と挑戦を受けて欲しいものだ。
無敗で挑んだアナウエル・ヌガミセンゲは両王座獲得ならず。
これまで14連勝とはいっても地域王座戦などは経験なしでタイト
ル初挑戦だった。しかも実力者との対戦も皆無で経験不足は否めな
かったと言えそうです。今後、ヌガミセンゲは"当て馬"的存在か
ら奮起して再起なるか・・・
(Photos by proboxing-fans.com)
王者ジャニベク・アリムハヌリがストップ勝ちしたシーンをハイ
ライトでどうぞ!(2分18秒)
【両選手の戦績】
★ジャニベク・アリムハヌリ/17戦17勝(12KO)無敗
★アナウエル・ヌガミセンゲ/15戦14勝(9KO)1敗
《WBOインターN・ヘビー級王座決定戦》
開催日:4月5日(日本時間6日)
開催地/会場:英国マンチェスター/コープ・ライブ・アリーナ
元WBO世界ヘビー級暫定王者
ジョー・ジョイス(39=O/gbr)
VS.
WBA同級6位
フィリップ・フルゴビッチ(32=O/cro)
〈試合経過〉
初回、お互いジャブを突き合い体が解れるとフルゴビッチのワンツ
ーが決まり右ストレートもヒット。ジョイスも右を放ったが手数と
有効打でフルゴビッチが優勢なスタート。
2回〜3回とジョイスが巻き返しを狙い右ストレート、右フックと
浴びせたが、フルゴビッチも怯まずワンツーから接近して左ボディ
ー、右フックと浴びせてポイントを重ねたように映った。
その後はジョイスが前に出て左右で攻めるもフルゴビッチは退がり
ながらも左右フック、ボディーと正確に打ち込んだ。
6回、前に出てくるジョイスにフルゴビッチが右、左、右とフック
を叩き込む。ジョイスは左ジャブで攻めるも左目下が腫れ出した。
7回は互角も8回はジョイスがジャブから右で巻き返したかに見え
たが、終盤にはフルゴビッチが右、左のフックと手数で上回った。
ジョイスはプレッシャーをかけ前に出て攻めるものの泳ぐ様なパン
チはスタミナ切れなのか大振りが増え当てる精度が悪い。
最終回、ジョイスは挽回を狙い左右で懸命に攻めるもフルゴビッチ
は左右を返す。最後はジョイスが右ストレートを繰り出したところ
でゴングを聞いた。
〈10回採点結果〉
97ー93(フルゴビッチ)
96ー95(フルゴビッチ)
98ー92(フルゴビッチ)
フルゴビッチが3ー0判定勝ちで空位となっていたWBOインター
ナショナル・ヘビー級王座を獲得した。そして、フルゴビッチは元
WBO暫定王者に勝利する殊勲です。目指す矛先は昨年6月1日、
IBF世界ヘビー級暫定王座決定戦で8回TKO負けした現IBF
正規王者のダニエル・デュボア(英国)との再戦を強く希望した。
果たして、実現するのか注目したい。
元WBO世界ヘビー級暫定王者のジョイスは背水の陣で臨んだが黒
星を喫した。これでここ5戦を1勝4敗としたジョイスに対してプ
ロモーターは「ジョイスは英国ボクシング界に尽くした偉大な選手
」とねぎらった。しかし、9月で40歳となるジョイスにもう限界
とも取れるコメントだった。基本に忠実でメリハリのある攻撃スタ
イルで好みの選手だったが、2年半前のジョセフ・パーカー(ニュ
ージーランド)戦がピークだったかもしれない。最近は打たれ脆さ
も目立ち年齢には勝てないということか・・・
(Photos by nyfights.com)
フルゴビッチが元WBO暫定王者のジョイスに勝利したシーンを
ハイライトでどうぞ!(8分37秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★ジョー・ジョイス/20戦16勝(15KO)4敗
★フィリップ・フルゴビッチ/19戦18勝(14KO)1敗
《IBF北米ヘビー級王座決定戦》
開催日:4月5日(日本時間6日)
開催地/会場:米国ネバダ州ラスベガス/パームス・カジノ&リゾ
ート
東京五輪Sヘビー級銀メダリスト
リチャード・トーレスJr.(25=S/usa)
VS.
IBF13位・WBC15位・WBO15位
グイド・ビアネロ(30=O/ita)
〈試合経過〉
序盤から揉み合いが始まり2回にはビアネロがホールディングで減
点1を科せられた。その後も4回まで揉み合いが続きブーイングが
飛んだ。しかし、徐々に打ち合いが始まり回を重ねる。
7回、ビアネロの右ストレートがヒットすると、トーレスJrも負け
じと右フックで応戦する。見栄えはトーレスJr。
8回、トーレスJrの左フックがヒットして優勢。
9回、トーレスJrが左右フックから連打、この展開でトーレスJrは
右瞼をカットして鼻血も流す。しかし、両者ともに疲労困ぱいのス
タミナ切れ。最終回は両者打っては揉み合う中、終了間際にトーレ
スJrがボディーを叩き込んだところでゴングとなった。
〈10回採点結果〉
97ー92(トーレスJr)
98ー91(トーレスJr)
98ー91(トーレスJr)
トーレスJrが3ー0判定勝ちでIBF北米ヘビー級王座を獲得する
とともにデビューから13連勝とした。そして、世界ランカーを下
したことでランクイン濃厚です。さすがに相手のレベルが上がると
バッタバッタとは行かなくなった。しかし、188センチのトーレ
スJrは198センチの巨漢に勝利したことで自信を持ったことでし
ょう。今後に期待です。
世界ランカー(IBF13位・WBC15位・WBO15位)のビアネロ
はIBF北米ヘビー級王座獲得ならず。ウィービングしながら潜り
込んでくるサウスポーで小柄なトーレスJr相手にやり辛さを感じて
いたようだ。しかし、右ストレートや右フックは倒す力は十分にあ
る選手。今後も上位と絡んで再浮上するでしょう。
(Photos by fightnews.com)
小柄なトーレスJrが世界ランカーで大柄なビアネロに打ち勝った
シーンをどうぞ!(5分31秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★リチャード・トーレスJr./13戦13勝(11KO)無敗
★グイド・ビアネロ/17戦13勝(11KO)3敗1分
《WBOインターC・Sウェルター級王座決定戦》
開催日:4月6日(日曜日)
開催地/会場:豪州ニューカッスル/ニューカッスル・エンターテ
イメント・センター
前WBO世界Sウェルター級王者
ティム・チュー(30=O/aus)
VS.
米国Sウェルター級
ジョセフ・スペンサー(25=O/usa)
〈試合経過〉
初回、序盤からスペンサーが元王者のチューに対してスピードある
ワンツーからボディーと優勢にスタートした。
しかし、2回〜3回と進むにつれ徐々にチューの左右フックからボ
ディーでスペンサーも攻めが雑になっていく。それでもスペンサー
はウィービングで躱して時折右フックを決める。
迎えた5回、打ち合った中盤、チューの怒涛の左右フック連打にス
ペンサーは手が出ず後退する。スペンサーはロープに追い込まれ再
び左右連打を浴びて防戦一方となったころで陣営からタオルが投入
され試合ストップとなった。
ーTKO・4回2分18秒ー
チューが得意な連打を炸裂させストップ勝ち。
空位だったWBOインターコンチネンタル・Sウェルター級王座を
獲得した。24連勝中だった昨年3月30日、保持したWBO王座
の3度目防衛戦をセバスチャン・ファンドラ(米国)と戦いまさか
の1ー2判定負けで王座から陥落。同年10月9日、直ぐにチャン
スが訪れIBF世界同級王者のバカラン・ムルタザリエフ(ロシア
)に挑戦したが、これまた3回TKO負けで王座獲得失敗。もう、
チューは限界だとまで囁かれた。しかし、今回の勝ちっぷりに再び
王者復活なるかに注目されるでしょう。楽しみです。
スペンサーは序盤に元王者を慌てさせたが続かず地域王座獲得なら
ず。右ストレートや右フックはなかなかの武器だった。
もっとディフェンスが良ければ番狂わせを呼び込んだでしょう。
今後若いスペンサーの技巧進化に期待したい。
(Photos by pbc&boxingscen.com)
ティム・チューが連打で見事に畳み掛けたシーンをどうぞ!
(3分30秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★ティム・チュー/27戦25勝(18KO)2敗
★ジョセフ・スペンサー/21戦19勝(11KO)2敗


































