《WBC世界Sライト級暫定TM》
ーundercardー
《WBC世界ミドル級暫定TM》
開催日:9月19日(日本時間20日)
開催地/会場:米国カリフォルニア州サンディエゴ/ペチャンガ・
アリーナ
WBC世界Sライト級暫定王者
イサック・クルス(28=O/mex)
VS.
WBC世界同級24位
ネストール・ブラボ(32=O/pur)
〈試合経過〉
初回、お互い打っては離れる様子見の展開。中盤クルスが左フック
でブラボをロープに追い込むと左右フックでブラボはグラつきクル
スに覆い被さるように両者リング中央に倒れ込んだ。レフェリーは
ここでブラボはパンチ被弾で倒れ込んだダウンとしてカウントを数
えた。再開するとお互い噛み合わない。
2回、クルスが距離を詰めてボディー攻撃もブラボは執拗にホール
ドして逃れようとする。ここでレフェリーはブラボに減点1を科し
た。更にこの回ブラボはクルスを抱き上げリングに投げ落とす行為
で注意を受けた。(ブラボはまるでレスリング行為)
3回、開始前、レフェリーは両者に「ちゃんとボクシングをしろ!」
と注意。しかし、ブラボにローブローが重なり試合が一時中断。
4回、ブラボの執拗なラフファイトは収まらない。中盤ブラボが再
びクルスを抱き上げリングに投げ飛ばした。レフェリーはついに痺
れを切らしてブラボに2度目の減点1を科した。
5回、ゴング前、レフェリーはブラボのセコンドに対して「次やっ
たら即失格だ!」と言い渡した。相変わらず揉み合いは続いたがク
ルスが強烈ボディー攻めで中盤に差し掛かると右フック連打で主導
権を握った。ここまでクルスが50ー42と圧倒リードした。
迎えた6回、クルスが勢い付いた1分過ぎ強烈左フックがブラボの
顎に炸裂すると背中からバタンとダウン。かなり効いたブラボは間
を置き立ち上がろうとしたもののカウントアウトとなった。
ーKO・6回1分30秒ー
クルスがWBC世界Sライト級暫定王座の2度目防衛成功。
まあ、クルスにとっては勝って当たり前の緩い暫定王座戦だった。
WBC団体が24位を挑戦者として承認したのには人気選手のクル
スに集客力があり暫定王者のままでいて欲しいという姑息な贔屓の
表れだ。試合後のインタビューでは次戦の相手として階級上のWB
C世界ウェルター級王者ライアン・ガルシア(米国🇺🇸)の名を挙げ
たが体格的にはどうなのかを問われる。因みにクルスは163cm
でガルシアは174cmと11cm差があり強打も秘めている。
果たして、無謀とも言えるこの一戦どうなるか・・・
WBC24位でチャンスを得たブラボは王座獲得ならず。
ブラボは身長で12センチ、リーチで17センチも上回りながらも
それを上手く活かせなかったのが痛い。それに加えブラボはこれま
で実力者との対戦数の少なさが顕著に出た印象だった。
果たして、ブラボは再び這い上がれるか・・・
(Photos by fightmag.com)
荒れに荒れた一戦だったが、クルスが6回KOで挑戦者ブラボを
を退けたシーンをどうぞ!(CMあり/3分29秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★イサック・クルス/34戦29勝(19KO)3敗2分
★ネストール・ブラボ/27戦24勝(17KO)2敗1NC
ーundercardー
《WBC世界ミドル級暫定TM》
WBC世界ミドル級暫定王者
ヘスス・ラモスJr.(25=S/usa)
VS.
WBC世界同級1位
メイリム・ヌルスルタノフ(33=O/kaz)
前日計量直前、暫定王者のラモスJr.は体調不良を訴え病院へと
直行、診察結果では食中毒の疑いありと報告されたという。
無敗挑戦者でトップコンテンダーのヌルスルタノフは2年10カ月
ぶりのリングでヤル気満々だったが、敵地で足止めを食らった格好。
しかし、プロモートするPBCとWBC団体は既定路線であり消滅
ではなくラモスJr.が回復次第仕切り直して日を改め対戦日を発表
するとした。勝利者がWBC正規王者カルロス・アダメス(ドミニ
カ共和国🇩🇴)への挑戦となる。
【両選手現在の戦績】
★ヘスス・ラモスJr./25戦24勝(19KO)1敗
★メイリム・ヌルスルタノフ/20戦20勝(11KO)無敗
《WBO世界ヘビー級タイトルマッチ2》
開催日:10月17日(日本時間18日)
開催地/会場:英国ロンドン・グリニッジ/THEO2・アリーナ
WBO世界ヘビー級王者
ダニエル・デュボア(29=O/gbr)
VS.
WBO同級4位・前WBO世界同級王者
ファビオ・ウォードリー(31=O/gbr)
防衛かそれとも奪還か今回も激戦必至!
前王者ウォードリーは前回敗北したあと契約書に盛り込まれてい
た再戦条項を行使すると発表。この再戦条項をWBO団体が8月2
8日に承認した。そして、決裂することなくダイレクトリマッチ戦
は決定した。
両者は今年5月9日、同門対決として注目を集めた。
王者ウォードリーにデュボアが挑戦、試合は初回序盤から激しく打
ち合いウォードリーの右ロングフックでデュボアが早くもダウン。
この回デュボアはなんとか凌いだ。2回デュボアは立て直しを図っ
た。3回再びウォードリーの右フックでデュボアは2度目のダウン。
ここもデュボアは凌ぎ切った。早い回でウォードリーが畳み掛ける
と予想されたが、4回再びデュボアが立て直して左ジャブから右ス
トレートがヒットするとウォードリーは攻めあぐねてペースダウン。
中盤戦に突入するとデュボアの勢いが増して左右フック連打。ウォ
ードリーはダウン寸前のヨレヨレ状態もなんとか耐え抜いた。
しかし、迎えた11回序盤デュボアの強烈右ストレートがウォード
リーの顎を打ち抜くと横向き状態からロープにもたれかかったとこ
ろでレフェリーはこれ以上危険と判断して即座に試合を止めた。
デュボアは劇的逆転勝ちで3度目王座返り咲きを果たした。
(Photos by boxingscene.com)
前回デュボアが2度のダウンから逆転TKO勝ちで王座返り咲き
に成功したシーンをどうぞ!(CMあり/3分20秒)
〈ちょい予想!〉
第1戦予想は50:50の五分だったがデュボアの11回劇的T
KO勝ちで王座奪取に成功して識者やメディアは評価を高めた。
第2戦は専門メディアの予想を総合すると70:30でデュボアの
断然有利としている。しかし、両者には当然数字では表せない部分
も秘めていることから何が起こるか分からない。
▼前回同様劣勢場面であってもタフさと絶対倒してやるというメン
タルの強さを発揮できれば今回もデュボアに勝機あり。
▼再び序盤の爆発力でダウンを奪い、今度こそ仕留めるという打撃
命中率を高めていればウォードリーにも勝機あり。
個人的にはどちらかといえばデュボアが若干有利と見ていますが、
果たして・・・
【両選手の戦績】
★ダニエル・デュボア/26戦23勝(22KO)3敗
★ファビオ・ウォードリー/22戦20勝(19KO)1敗1分
《WBC世界ウェルター級TM》
ーundercardー
《WBA世界クルーザー級正規王座決定戦》
開催日:9月12日(日本時間13日)
開催地/会場:米国ネバダ州ラスベガス/T-モバイル・アリーナ
WBC世界ウェルター級王者
ライアン・ガルシア(28=O/usa)
VS.
WBC世界同級1位
コナー・ベン(29=O/gbr)
〈試合経過〉
初回、序盤からお互い打ち気満々もガルシアが先にハンドスピード
を活かした左フックを立て続けにヒットさせベンをリードしてスタ
ートした。
迎えた2回、ベンが積極的にプレッシャーをかけるものの、ガルシ
アが接近して右アッパーから右フックを叩き込むとベンは膝から崩
れるようにダウン。ベンが立ち上がって再開するとガルシアが一気
にラッシュしてロープ際で連打を浴びせるとベンは防戦一方。ここ
で見かねたレフェリーが割って入り試合を止めた。
ーTKO・2回1分25秒ー
ガルシアがWBC世界ウェルター級王座の初防衛に成功。
戦前は結構持久戦予想が多かったがガルシアの速攻決着だった。
圧倒勝利したガルシアはリング上インタビューに観戦していたWB
A世界同級スーパー王者テオフィモ・ロペス(米国🇺🇸)に対戦を要
求。またWBO世界同級王者デビン・ヘイニー(米国🇺🇸)との統一
戦にも意欲を示していた。ガルシアのここ3年半はメンタル面に難
があり調整にも影響して上手くいかず5戦2勝2敗1無効試合と成
績も芳しくなかった。しかし、最近は初の正規王者となって自覚も
芽生え調整も上手くいったようだ。年齢的にも全盛期の域を迎えて
次戦が非常に楽しみです。
ベンは世界初挑戦も王座に届かなかった。
これまで話題となった2試合をミドル級でクリス・ユーバンクJr.
(英国🇬🇧)と戦い1勝1敗。そして今年4月16日には元WBA・
WBC世界Sライト級統一王者のレジス・プログレイス(米国🇺🇸)
と150ポンド契約(Sウェルター級体重)で10回戦を戦い判定
勝ちして注目された。この後、本来のウェルター級に戻している。
そして、今回の世界初挑戦となった。ベンはここ1年半で3階級を
戦ったことになるが、階級の掛け持ちでは調整も容易ではなかった
筈だ。適正体重を定着させないことには王座獲得は厳しい。
(Photo by boxingnews24&dazn)
ガルシアが得意の連打で畳み掛けたシーンをハイライトでどぞ!
(CMあり/4分19秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★ライアン・ガルシア/29戦26勝(21KO)2敗1NC
★コナー・ベン/27戦25勝(14KO)2敗
ーundercardー
《ZUFFA世界クルーザー級TM》
&《WBA世界クルーザー級正規王座決定戦》
ZUFFA世界クルーザー級王者
ジェイ・オペタイア(31=S/aus)
VS.
前WBC世界クルーザー級王者
ノエル・ミカエリアン(35=O/ger)
〈試合経過〉
序盤からサウスポーのオペタイアとオーソドックスのミカエリアン
は激しいテクニック戦となった。途中オペタイアはミカエリアンの
バッティングで左目周辺と頬を大きく腫らした。
中盤戦突入ではオペタイアが負傷を負いながらも鋭いジャブから左
ストレートをヒットさせミカエリアンの攻めを封じてリードした。
徐々にオペタイアが主導権を握っていく。
迎えた9回、オペタイアが右フックを浴びせるとミカエリアンは足
元を揺らす。逃さず強烈左フックを2連打するとミカエリアンの意
識が飛びかけたダメージをレフェリーが察知、即座に試合ストップ
となった。
ーTKO・9回1分29秒ー
オペタイアがZUFFA世界クルーザー級王座の初防衛成功ととも
にWBA世界クルーザー級正規王座も獲得した。今後は観戦してい
たWBAスーパー&WBO世界同級統一王者デビッド・ベナビデス
(米国🇺🇸)との統一戦が有力のようですが、果たして対戦交渉は成
立するのか注目される。
前WBC世界クルーザー級王者のミカエリアンはZUFFAクルー
ザー級王座及びWBA同級正規王座獲得失敗に終わった。
ミカエリアンは直前までWBC世界同級王座を保持していたがWB
C団体はこの一戦を世界戦と認めずリング登場と同時に王座剥奪と
なった。
(Photos by boxingnews24.com)
オペタイアはバッティングで苦戦を強いられたが、最後はストッ
プ勝ちした。(CMあり/2分43秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★ジェイ・オペタイア/31戦31勝(24KO)無敗
★ノエル・ミカエリアン/32戦28勝(12KO)4敗
《WBOインターC・Sウェルター級王座決定戦》
開催日:9月11日(日本時間12日)
開催地/会場:米国カリフォルニア州オーシャンサイド/フロント
ウェーブ・アリーナ
WBO世界Sウェルター級3位・IBF10位
ジョバニ・サンティリャン(34=S/usa)
VS.
WBA同級5位・WBO6位
元WBA世界Sウェルター級王者
アッバス・バラオウ(31=O/ger)
〈試合経過〉
序盤戦、体格でやや勝るバラオウが立ち上がりからアグレッシブに
前進、攻めあぐねて後手を踏むサウスポーのサンティリャンを何度
も後退させるなど2ラウンドをともにポイント連取した。
3回、地元の声援を受けるサンティリャンもようやくリズムを掴み
前進して左右をヒットさせる。しかし、バラオウも鋭い右カウンタ
ーで応戦、ラウンド終盤には再びバラオウがペースを引き戻した。
4回、バラオウが圧力を強め前進すると手数を増やしてサンティリ
ャンをロープへ押し込み優勢。
中盤戦突入(5回〜7回)サンティリャンも持ち味のハンドスピー
ドを活かしてバラオウの押し込み戦法に対抗し始める。サンティリ
ャンがスピードに乗ったパンチをまとめてバラオウを押し戻す場面
を作ると、バラオウも重いパワーパンチで打ち返す。お互い一歩も
譲らない一進一退の展開となった。
後半戦(8回〜9回)後がないと察知したサンティリャンがハンド
スピードを活かして再び手数を増やす。シャープな連打を放って地
元ファンに応えようとするものの、パワーで勝るバラオウが前進を
続ける。サンティリャンは細かいパンチを浴びせるものの、バラオ
ウはブロックの上からでもパンチを打ち返してサンティリャンの前
進を阻んだ。お互い手数を出したが有効打はバラオウに映った。
最終回、サンティリャンが挽回を狙って手数でバラオウを押し戻そ
うと粘る。しかし、バラオウは揉み合っても左右強打をヒットさせ
主導権を譲ることなく終了ゴングとなった。
〈10回採点結果〉
95ー95(ドロー)
97ー93(バラオウ)
96ー94(バラオウ)
バラオウが2ー0判定勝ちで空位のWBOインターコンチネンタル
・Sウェルター級王座獲得に成功した。敵地で勝利したバラオウは
現在のWBO世界6位からランクアップすること間違いなし。
バラオウは今年1月31日、保持していたWBA世界Sウェルター
級王座をWBO王者のザンダー・ザヤス(プエルトリコ🇵🇷)と統一戦
を争い1ー2判定負けで統一失敗、無冠となっていた。今回WBO
地域王座獲得で再び世界戦を引き寄せたことになる。
地元で期待されたサンティリャンはWBO地域王座獲得に失敗した。
試合前サンティリャンはWBO同級3位に位置していたものの、今
回この敗北でランキング下降は免れないでしょう。
2024年5月18日にはWBO世界ウェルター級暫定王座決定戦
でブライアン・ノーマン(米国🇺🇸)と戦い10回KO負け。その後
は3連勝して今回Sウェルター級進出2戦目で痛い黒星となった。
(Photo by boxingnews&proboxtv)
バラオウが接戦を制したシーンをどうぞ(3分41秒)
【両選手の戦績】
★ジョバニ・サンティリャン/37戦35勝(18KO)2敗
★アッバス・バラオウ/20戦18勝(9KO)2敗
キューバ伝説の世界王者キッド・チョコレート!

1927年後半から1938年後半にかけニックネーム(愛称)
ではなく正式リングネームとしてキッド・チョコレート(小型のチ
ョコレート)の名で当時ボクシングの聖地だった米ニューヨーク市
マンハッタン区にあるマディソン・スクエア・ガーデンのリングに
上がり大活躍していたキューバ人初の世界王者が存在していました。
本名はセルヒオ・エリージョ・サルディーニャス・モンタルボ(Se
rgio eligio sardinias montalbo)というちょっと長〜い名
前なのでした。当時、熱狂的ボクシングファンの多かったニューヨ
ーカーに長い本名は向かず、早く名前を覚えて貰うことが狙いで当
時のプロモーターが付けたとされています。しかし、なぜ甘い食べ
物がリングネームとなったのかは諸説あるものの当時初めてモンタ
ルボの試合を観たニューヨークのファンが「なんて美しいチョコレ
ート肌したボクサーなんだ!」と叫んだことが新聞記事で紹介され
それが由来でリングネームになったとする説もあるようです。
当時、ミドル級以下の階級は注目度が低かったとされた時代に軽量
級で突如として人気が出始めてマディソン・スクエア・ガーデンを
メイン会場として使用できる地位まで昇格していた。知名度が上が
ると各州からのお呼びもかかったようで転戦も行なっています。
そして、活躍が海外にも知れ渡るとヨーロッパ(スペインとフラン
ス)や隣国のカナダでもリングに上がっていました。
その後、いつの日からかニックネームもキューバン・ボンボン(キ
ューバの砂糖菓子)とこれも甘~い愛称が付けられ、むしろこちら
のほうが親しまれたようです。
母国キューバでのモンタルボ少年(後のキッド・チョコレート)
は12歳の頃ハバナ市のスラム街に住み食事も満足に出来ないほど
貧しかったことから家族を助ける為に新聞配達を始めたのでした。
15歳となった頃に販売所では新聞紙を脇に抱えながら坂道を苦に
せず配達するスピードが他の少年よりずば抜けて速く耐久力に加え
運動神経のいいモンタルボ少年はたちまち街中で評判となります。
それを人伝てに聞いたその配達する新聞社のスポーツ論説委員が販
売所に出向いてモンタルボに「援助するからボクシングを習ってみ
る気はないか!」と勧められるとモンタルボ少年は躊躇することな
く勧めに応じます。早速、国営のスポーツセンターでアマチュアボ
クシングを習い始めると元々運動神経が良かったことに加え耐久力
も備わっていたことでたちまち頭角を現すのでした。
キューバ各地で行われる大会に出場すると連戦連勝の負け知らずで
キューバ中の評判となったのです。そして、なんとアマチュア戦績
100戦全勝(86RSC・KO)無敗という途轍もない戦績を積
み上げます。まず地元の小規模大会からスタートして規模の大きい
州大会まで含めると数多くの優勝を飾ったとされています。
※(優勝回数は20度説と22度説があるが定かではない)
活躍したアマチュア時代の1926年代は既に国際大会も開催され
出場も期待されていたが、キューバ国内のクーデターが度々起きた
混乱で情勢も悪く出場機会はなかったという。
しかし、そんなモンタルボという若き逸材をプロボクシング界が放
って置くはずもなかった。17歳となったモンタルボはプロ勧誘を
受けて契約書にサインするとアマチュア100戦無敗の戦績を引っ
提げ、1927年10月22日、地元ハバナでジョニー・クルズ(
キューバ)と6回戦を契約体重(体重不明)で戦い6回判定勝ち(
採点不明)のプロデビュー戦を飾ったのでした。
その後、モンタルボは1928年6月、9戦全勝(6KO)無敗の
戦績を上げて18歳となった時期、アマチュア時代の輝かしい実績
も含め関係者を通じて本場米国のプロモーターに評判が伝わり勧誘
されると米国本土で活動する契約が結ばれ成立となった。
当時のキューバは混乱期にあったが、まだ米国との友好関係の名残
りもあったようで渡航禁止などはなく、敢えて亡命することはなか
ったとバイオグラフィーに記されている。モンタルボはトレーナー
らとともにキューバをあとにニューヨークへと渡ることになった。
米国に渡ったモンタルボは1928年7月11日、ニューヨーク
市近郊ミネオラのミッチェル・フィールド・アリーナでフェザー級
8回戦をエディー・エノス(米国)と戦い3回TKO勝ちで米国デ
ビュー戦を飾った。この時点でプロ10戦全勝(7KO)無敗。
その後は連勝していた1928年11月30日、バンタム級10回
戦でジョーイ・スカルファロ(米国)と戦い引き分けに終わり連勝
は22で途切れた。しかし、それから再び33連勝を記録した。
初黒星は1930年7月15日、130ポンド契約(58、96kg)
の試合でジャック・キッド・ベルグ(英国)と戦い10回スプリッ
トによる1ー2僅差判定負け。57戦目での初黒星だった。
ニューヨーク州が活動拠点の場となりリングネームもキッド・チョ
コレートとなってから1930年11月3日時点で60戦57勝(
32KO)2敗1分のキャリアを積み上げていました。プロデビュ
ーからわずか3年あまりでこれだけの試合数をこなすには月に1,
66試合を戦っていた計算となり、現在では到底考えられない試合
数です。そんな中、世界戦の準備は着々と進められていた。

初の大一番となった1930年12月12日、NBA(WBA前身
)&NYSAC(ニューヨーク州アスレチック・コミッション公認
)世界フェザー級王者バット・バタリノ(米国)への世界初挑戦だ
ったが、15回7ー8(支配したラウンドを1ポイント計算)の僅
差判定負けで初挑戦での王座獲得はならなかった。
新聞少年時代から5年で栄光を掴んだ!

その後、2度目のチャンス到来。1931年7月15日、階級を上
げ2階級制覇王者でNBA公認世界Jライト級(現Sフェザー級)
王者ベニー・バス(ウクライナ系米国人)へ2度目となる世界挑戦
で7回TKO勝ちを収めて見事念願の王座獲得に成功したのだった。
当時、世界が認めた公式認定団体の試合ではキューバ人初の世界王
者誕生となった。そして、新聞少年時代からわずか5年たらずでの
栄光でした。


(Photo by the fight-city.com)
キッド・チョコレートは王者となってその名は一躍全米に広まり
母国キューバへも知れ渡ることになった。
1931年10月1日、NBA世界Jライト級王座をジョーイ・ス
コールファロ(米国)の挑戦を受け戦うと、速攻でわずか初回TK
O勝ちで初防衛に成功する。
1931年11月20日、試合間隔2カ月満たない中でJライト級
王座を保持したまま階級を上げ、当時人気スター選手だったNBA
世界ライト級&Lウェルター級(現Sライト級)の2階級保持王者
トニー・カンゾネリ(米国)へ挑戦するとお互い引かない激闘を繰
り広げた末に15回1ー2の僅差判定負けで王座獲得はならなかっ
た。※この試合は名勝負としてボクシング史に刻まれている。
カンゾネリVS.チョコレート戦(4分14秒)
1932年4月10日、再起して2連勝後、保持していたNBA世
界Jライト級王座をデビー・アバド(米国)と戦い15回判定勝ち
で2度目の防衛に成功。この後は半年の間に7度のリングで6勝1
敗となっているが王座防衛失敗なのか剥奪なのかそれともノンタイ
トル戦だったのかは記載がなく不明。
1932年10月13日、NYSAC(ニューヨーク州アスレチッ
ク公認)世界フェザー級王座戦&Jライト級(現Sフェザー級)王
座決定戦をルー・フェルドマン(米国)と戦い12回KO勝ちで両
王座を獲得するとともに2階級制覇を達成。
※(注)この時代は2階級ダブルでタイトルが懸けられることは珍
しいことではなかったようです。
キッドチョコレートは2階級王座獲得でニューヨークでの人気をさ
らに高め不動のものとした。両王座を2度防衛すると何故かNYS
ACフェザー級王座は返上してしまう。その後、1933年11月
24日、ライト級ノンタイトル10回戦で2年前に戦って判定負け
したトニー・カンゾネリとの再戦でリベンジを狙って臨んだが、キ
ャリア初の2回KO負けを喫してしまう。再起に成功して1カ月の
間に2試合目となった1933年12月25日、保持していたNY
SAC公認世界Jライト級(現SFe級)王座4度目の防衛戦でフ
ランキー・クリック(米国)にまさかの7回TKO負けで王座から
陥落して無冠となってしまった。その後は再起して5勝2分とした。
無冠となったキッドチョコレートは母国キューバやベネズエラで転
戦しながら王座返り咲きを目指していたものの、なかなか世界戦に
恵まれず、格下相手にグローブを交える試合が長く続いた。
1937年8月19日、ニューヨーク市マンハッタンのマディソン
・スクエア・ガーデンでフェザー級10回戦をジョニー・デフォー
(米国)と戦い判定勝ちを収める。
ここまで147戦132勝(50KO)10敗5分の戦績を積み上
げたが、世界挑戦へのチャンスは巡ってこなかった。
そして、この試合を最後に7年もの長い間、主戦場としてきた第二
の故郷とも言えるニューヨーク市から母国キューバへと帰国するこ
とになります。その後、故郷に戻ったキッドチョコレートは現役を
続けて地元ハバナのリングで4連勝した後、1938年12月18
日、同じハバナ市のリングでフェザー級10回戦をニッキー・ジェ
ローム(キューバ)と戦い引き分けに終わると体力の限界を悟って
この試合を最後に惜しまれつつも現役を退いたのでした。
プロ戦績152戦136勝(51KO)10敗6分という素晴らし
い戦績を残しての引退だった。

(Photos by pinterest.com)
〈キッド・チョコレートMEMO〉
本名:セルヒオ・エリージョ・サルディーニャス・モンタルボ
生年月日:1910年1月6日
ニックネーム:キューバン・ボンボン(キューバの砂糖菓子)
出身地:キューバ共和国ラ・アバーナ州ハバナ市セロ地区
死没日:1988年8月8日、地元ハバナ市で死去。(享年78歳)
対戦階級:フェザー級・Sフェザー級・ライト級
プロデビュー:1927年10月22日
ラストファイト:1938年12月18日
身長/リーチ:168cm/165cm
スタイル:右・ボクサーファイター
〈生涯戦績〉
【プロ戦績】★152戦136勝(51KO)10敗6分
【アマ戦績】★100戦全勝(86RSC・KO)無敗
〈獲得タイトル〉
★NBA(WBA前身)世界Jライト級王座。(防衛3)
★NYSAC(ニューヨーク州公認)世界Jライト級王座。(防衛3)
★NYSAC(ニューヨーク州公認)世界フェザー級王座。(防衛2)
※NYSAC(New York State Athletic Commission=ニュ
ーヨーク州運動委員会)とは1920年代初頭にマフィアや、なら
ず者が介在した怪しい団体が乱立した時代でそれを一掃する為に、
ニューヨーク州で当時のプロボクシングとプロレスリングの王座&
試合認定を統括する州の準公的団体として発足、設立された。
当然、民間による現在の主要4団体より古い老舗団体で最近は王座
の認定などは行わず、主にニューヨーク州内での試合を認定するの
みの州コミッショナー団体として現在も存在している。
キッド・チョコレートのボクシングスタイルはオーソドックスで
軽快なフットワークから鋭い左ジャブを繰り出し接近すると回転力
ある左右で上下に攻める極めてコンビネーションに優れた選手でし
た。強打者ではなかったが、スピードとテクニックに加えパンチを
躱す柔軟性に優れ152戦してわずかに10敗。しかも、KO負け
はストップによるTKO負けの1度と完全なKO負けは1度しかな
く打たれ強くタフだったのです。また、判定負けの8度のうち3度
はスプリット判定による微妙な僅差負けでした。
そのキッドチョコレートのテクニックを駆使した戦いぶりは後にア
メリカのボクシング史に残る伝説的ボクサーとなった2階級制覇王
者(ウェルター級&ミドル級)のシュガー・レイ・ロビンソン(米
国)でさえ彼を絶賛し褒め称えたといいます。
(キッドチョコレート激闘ぶりの映像約2分)
(チョコレートを絶賛した名王者ロビンソン)

政変で人生を狂わされた英雄キッドチョコレート!
引退したキッド・チョコレートはその後、異国で偉大な功績を残
したことで国民の老若男女に慕われキューバ・スポーツ協会のボク
シング部門で名誉会員として招かれ若い選手や子供達の指導者とし
て従事しながら余生を送っていました。
しかし、キューバ革命(1953年7月~1959年1月)が起こ
るとやがて共和国制国家からカストロ社会主義政権国家となって資
本主義者の一斉排除が始まり、1961年3月からはスポーツ選手
のプロ活動などは全面禁止される時代へと突入していった。
そして1962年、ソ連と軍事協定を結んだキューバは米国と敵対
して核戦争一歩手前まで発展した。(所謂キューバ危機と呼ばれる)
当時のキッド・チョコレートに対しては敵対国となったアメリカで
長い間プロ活動で生活していたことや前政権の政治家との交流があ
ったことなどを理由に資本主義者(キャピタリスト)のレッテルを
貼られ指導者としての職も解かれたうえに一部の財産を没収される
などの弾圧を受けました。そして、晩年は家族とも生き別れ状態で
音信不通となり不遇な生活を余儀なくされたと伝えられています。
キッド・チョコレートはまさしく政治変動によって言われなき不当
な弾圧を受けたひとりだったのです。
(奥トレーナー姿が指導者時代のチョコレート)

(キッドチョコレート75歳頃の写真とされる)

(PHOTOS BY MARTINE BARRAT)
いまでこそ、アメリカでキューバ人選手が活躍していますがキッ
ド・チョコレートはキューバ人として初めて世界王者となりアメリ
カの地に活躍の場を切り開いてくれた大功労者だったのです。
そんなキッド・チョコレートは1988年8月8日、地元ハバナ市
内の病院で永遠の眠りについたのでした。(享年78歳)
およそ90年も前の選手ながら、キッド・チョコレートの名は今な
お出身地ハバナ市の誇り高き英雄として称えられています。
1991年・国際ボクシング名誉の殿堂博物館入り。
1994年・世界ボクシング殿堂入り。


《ヘビー級12回戦》
開催日:9月4日(日本時間5日)
開催地/会場:米国ニュージャージー州ニューアーク/プルデンシ
ャル・センター
元WBA(S)・IBF・WBO世界ヘビー級統一王者
アンディ・ルイスJr.(36=O/usa)
VS.
WBC同級23位
ダミアン・クニバ(30=O/pol)
最近、最高峰ヘビー級のスター不在で話題が乏しい中、再び活性化
させようと英米プロモーターが真っ先に組んだのがこの一戦だった。
これは英国大手マッチルームSP・USA社(ルイスJr.所属)と
米国大手トップランク社(クニバ所属)のプロモーター同士の権力
争いでもあるようだ。そして、ノンタイトル戦ながら世界戦並みの
好カードとなった。
クニバが元3団体統一王者ルイスを破る大金星!
〈試合経過〉
両者がリングで対峙するとヘビー級では小柄なルイス(188cm
)に対して大柄なクニバは201cmもありまるで大人と子供の差だ。
そして、なんとリーチはルイスより30cm長い218cmもある。
序盤戦スタート、ルイスは2年間のブランクで体が重そうだ。手数
が少なく単発のボディー攻めで様子見。クニバは圧倒的体格差を活
かして鋭い左ジャブを繰り出しルイスを寄せ付けない。4回ルイス
もようやく重い左右でプレッシャーをかけ始めたが、クニバの長い
リーチを活かした左ジャブと右打ち下ろしに攻めあぐねる。
中盤戦突入(5回〜8回)ルイスが右ボディーを軸に潜り込もうと
するものの、クニバのフットワークと左ジャブから接近してのクリ
ンチに阻まれる。ルイスは捕え切れない時間が続いた。
7回、ついに試合は動いた。ルイスが一瞬見合った瞬間、クニバの
右ストレートが炸裂、ルイスは足元を大きく揺らすと追撃連打を浴
びて沈むようにダウン。効いたルイスは執念で立ち上がるとレフェ
リーはカウントを止めダメージを確認、ルイスのダメージが回復す
るような長いレフェリングだった。再開すると間もなくゴング。
8回、ルイスが元王者としての意地を見せた。一気に仕留めにきた
クニバにルイスはインサイドから得意の左右強打をヒットさせ逆転
を狙ってクニバを追い込みこの日最大の見せ場を作った。
後半戦(9回〜11回〉9回、ルイスが前ラウンドの勢いを保って
オーバーハンドの右をヒットさせクニバを追い詰める。クニバは一
瞬崩れかけたが耐える。ルイスの猛攻もスタミナ切れしてここまで
だった。ここから再びクニバが盛り返し左ジャブを多用してアウト
ボクシングに徹し始めた。
最終回、もう逆転KOしかないルイスはクニバの徹底して距離を取
りにいく戦法にルイスは打つ手がなくそのままゴングを聞いた。
〈12回採点結果〉
117ー110(クニバ)
114ー113(クニバ)
114ー113(クニバ)
クニバが3ー0判定勝ち。しかし、ジャッジ2者の1ポイント差は
疑問で間違いなく7、8ポイント差はあった。それにダウンを奪っ
た7回主審のレフェリングはルイスの回復を助けた疑惑も残った。
これで下位に燻っていたクニバは世界ランキング入りの15位以内
も一気に上位ランクイン濃厚でしょう。これまでWBCでは20位
〜23位を行ったり来たりしていたが、4団体へも登場可能性大で
す。クニバは今年1月10日、WBC世界ヘビー級暫定王者のアギ
ト・カバイエル(ドイツ🇩🇪)に挑戦したが3回カバイエルの連打に
晒され体をくの字にしたところでレフェリーストップ。クニバはま
だ戦える余力はあったが唖然としていた。クニバは今後正規王者に
昇格したカバイエルに再挑戦状を叩きつけるかもしれない。
楽しみです。
元3団体統一王者ルイスは2年1カ月ぶりの復帰戦は黒星となった。
ルイスは2019年6月1日、3団体(WBA・IBF・WBO)統
一王者のアンソニー・ジョシュア(英国🇬🇧)に挑戦して7回TKO
勝ちで見事3団体王座を獲得。一躍スターの仲間入りとなった。
しかし、数度の激励会を重ねた結果、激太り。そのままダイレクト
リマッチを同年12月7日、ジョシュアを迎えたが、動けず打てず
で12回0ー3大差判定負けして王座を奪い返され半年足らずの短
命王者に終わった。その後再起2連勝したあと2024年8月3日、
常に上位ランクにいた実力者で曲者的存在のジャーレル・ミラー(
米国🇺🇸)と戦い激闘の末、12回0ー1の引き分けに終わっていた
。そして、今回ノンタイトル戦とはいえ再浮上の大事な一戦に転け
てしまった。ルイスは引退も囁かれたが、試合後のインタビューに
「まだ終わっていない。再び戦いたい」とコメントした。
(Photo by boxingnews.com&dazn)
それでは無冠戦も見応えあったルイスVS.クニーバ戦をハイライ
トでどうぞ!(CMあり/7分40秒)
【両選手の戦績】
★アンディ・ルイスJr./39戦35勝(22KO)3敗1分
★ダミアン・クニバ/19戦18勝(11KO)1敗




























