心に残るボクシング映画『レイジング・ブル』
ロバート・デ・ニーロ主演男優賞受賞作品!
〈ロバート・デ・ニーロ編〉
今回紹介する大ヒット映画『レイジング・ブル』といえば実在し
た元NBA(WBA前身)世界ミドル級王者ジェイク・ラモッタ(
イタリア系米国人)が現役時代のニックネームだったレイジング・
ブル(Raging Bull=怒れる牡牛)が題材となっています。
1940年代から1950年代にかけて活躍したジェイク・ラモッ
タが現役時代の栄光と引退してからの挫折や波瀾万丈な生活を書き
綴った自叙伝が出版されベストセラーとなる。この自伝本を読んだ
ロバート・デ・ニーロが衝撃を受け名匠マーティン・スコセッシ監
督に「この本の内容は映像化出来る」と話しを持ち込んだことが切
っ掛けだったとされています。そして、二人の映像化プランがハリ
ウッド上層部にも伝わりのちに映画化されることが決定した。
しかし、この自伝はあまりにも波瀾万丈な人生を歩んだ原作者だっ
たことで脚本が何度も書き換えられたり映像制作でカラーかモノク
ロかで議論が生じたりでクランクアップまで長い時間を要したので
した。この作品も公開から46年も経っている映画ですが、現在観
ても色褪せない見応えある作品です。
迫力ある試合シーンの撮影にはモデルとなった元NBA世界ミドル
級王者で原作者のジェイク・ラモッタ氏本人も殴り合う拳闘場面の
技術指導者として参加していた。
(リング撮影で指導するラモッタ氏)
『レイジング・ブル』
【原題】RAGING BULL
【製作国】アメリカ合衆国
【配給】UA(ユナイテッド・アーティスツ/後にMGM傘下)
【上映時間】129分※(TV放送ではカラー部分で一部カットの
場合あり。現在進行形はカラーで回想シーンは白黒)
【公開】米国:1980年11月/日本:1981年2月
〈スタッフ〉
【監督】マーティン・スコセッシ
【製作者】ロバート・チャートフ/アーウィン・ウィンクラー
【原作】ジェイク・ラモッタ(元NBAミドル級世界王者)
【脚本】ポール・シュレイダー/マーディク・マーティン
【撮影】マイケル・チャップマン
【音楽】レス・ラザロビッツ
〈キャスト〉
★主演:ロバート・デ・ニーロ(ボクサー/ジェイク・ラモッタ役)
〈共演者〉
★キャシー・モリアーティ(ラモッタ2番目の妻/ビッキー役)
★ジョー・ペシ(ラモッタの弟でマネージャー/ジョーイ役)
★ニコラス・コラサント(怪しいプロモーター/トニー・コモ役)
★フランク・ヴィンセント(大物マフィア/サルヴィー・バッツ役)
ロバート・デ・ニーロはこれ以前にフランシス・F・コッポラ監
督が1974年に撮った大ヒット作品『ゴッドファーザー2』に出
演してアカデミー賞・助演男優賞を受賞している。
この後も立て続けに映画史に残るヒット作品に主演・出演した。
1976年マーティン・スコセッシ監督『タクシードライバー』
1977年マーティン・スコセッシ監督『New York New York』
1978年マイケル・チミノ監督『ディアハンター』
そして、1981年ついに『レイジング・ブル』の熱演で俳優にと
って頂点であるアカデミー賞・主演男優賞に輝いています。
とにかく、デ・ニーロはどの物語に対しても異常なまでに徹底して
役柄に魂を込める役者として知られますね。
「タクシードライバー」での運転手役では自らタクシー会社に体験
入社したり、「レイジング・ブル」でのラモッタ役では当然のよう
にジムに通い現役ボクサーと同じように体を鍛え上げている。
ボクシングの試合シーンを撮り終えると、今度は引退したボクサー
の体型を作り上げる為に、撮影を一時中断させる。そこから4カ月
間わざわざ肥満する旅行に出かける。フランスを含めイタリアに住
むデ・ニーロの父親の親戚を訪ね歩き、大好物のパスタや肉料理を
大食いして26キロも太ってまるで別人となって帰国する。そして
、ラモッタの引退後の撮影を再開している。
徹底してその役柄に成り切ることから"デ・ニーロ・アプローチ"
という造語まで生まれたのはあまりにも有名ですね。
監督のマーティン・スコセッシとは同じイタリア系アメリカ人とい
うこともあり意気投合して出世作(主演男優賞ノミネート)となっ
た「タクシードライバー」を撮り終えてから益々信頼を深めていっ
たという。また、ジェイク・ラモッタも両親がイタリアからの移民
者というところに余計に力が入ったようです。
そして、ようやくレイジング・ブルを撮り終えたのでした。
【あらすじ】
1964年、元NBA世界ミドル級王者のジェイク・ラモッタ(
ロバート・デニーロ)はボクサーを引退してからショービジネス界
に入りニューヨーク市の歓楽街にあるバルビゾン・シアターで映画
史に遺る名作『波止場』(1954年作品/監督エリア・カザン)
の映像を恰幅のいい体つきで語り部(解説)をしていたのだった。
ラモッタはこの映画で名優のマーロン・ブランドが元ボクサー役で
主演した名シーンの映像を見ながらセリフを真似て自分の歩んでき
た道と重ね合わせるように紹介するところから始まる。
※(尚、カラー場面はTV放送などで部分的カットされる場合あり)
そして、画面はジェイク・ラモッタが世界王者となる前の駆け出し
ボクサー時代の回想シーン(白黒画面)へと変わる。
1941年、米オハイオ州クリーブランドでラモッタは負け知らず
の快進撃を続けていたが、若い黒人選手のジミー・リーブスに10
回1ー2で僅差判定負けしてしまう。しかしこの試合はダウンを奪
い滅多打ちにしたラモッタが明らかに打ち勝っていたはずだった。
試合が終わるとラモッタは周りに当たり散らしてセコンドに就いて
いた弟でトレーナー兼マネージャーのジョーイ(ジョー・ペシ)と
言い争いにまで発展してしまう。
ラモッタは控え室に戻るとジョーイに「俺が試合を支配していたは
ずだ。あいつら二流ジャッジのせいで負けにされた。なぜ、お前は
判定に抗議しなかったんだ。クソッタレ!」と怒りを露わにするの
だった。家に帰っても荒れ狂い妻にまで当たり散らした。
怒りの収まらないラモッタは憂さ晴らしで酒浸りの荒れた日々を過
ごすようになってしまう。そんな中、1カ月後には連勝を止められ
たジミー・リーブスと同じ会場で再戦したが、再び判定負けとなっ
た。この戦いは明らかにラモッタの完敗だった。
ある日、ラモッタは試合のない夏場に弟(ジョーイ)と一緒に街に
出かけてプールの前を通りかかると滅法美人の若い女性ビッキー(
キャシー・モリアーティ)が目に入り声をかける。女性の口説き方
が上手いラモッタは結婚していたが、付き合い始めると毎日が癒さ
れるようになっていく。そして、二人は次第に惹かれ合いラモッタ
はこれまで暮らしてきた妻とはいつの日か別れ、ビッキーと2度目
の結婚式を挙げることになる。
結婚して支え合いながら平穏な生活を送っていた。普段は陽気な性
格も気性の荒さも併せ持つラモッタはいつの日からか本性を現して
いく。若妻のビッキーが弟ジョーイと会話を交わしている場面に何
度か鉢合わせるとラモッタはビッキーが浮気しているのではないか
と疑い始めて衝突し始める。しかし、ビッキーには全くその気はな
く誤解だと諭すと好きで結婚したビッキーはラモッタの日常の我が
ままと妄想に耐えながら日々を送ることになる。
そんな中、ラモッタは世界タイトル挑戦を目指して勝ち星を重ねて
いくのだった。しかしリングを降りると金儲けを企らむ怪しいプロ
モーターのトニー・コモ(ニコラス・コラサント)と興行を取り仕
切る大物マフィアのサルヴィー・バッツ(フランク・ヴィンセント
)が現れ八百長試合を持ちかけられてしまう。
裏ではマネージャーも務める弟ジョーイが彼等に王座挑戦の約束を
交わした見返りとして八百長を持ちかけられたのだった。裏で勝手
に話を進めたジョーイに乗り気ではないラモッタは再び不信感を抱
くようになる。しかし、名前が売れ始めたラモッタのファイトマネ
ーの取り分はまだ低く試合の度に現れ大金を提示する大物マフィア
のサルヴィー・バッツにラモッタの心は揺れ動くのだった・・・
最近、数あるボクシング映画の中からファンの間で再評価されて
いる「レイジング・ブル」の予告編をどうぞ!(CMあり/1分25秒)
《ライトヘビー級10回戦》
開催日:4月18日(日本時間19日)
開催地/会場:英イングランド・リヴァプール/M&S・バンク・
アリーナ
WBC世界Lヘビー級3位
IBF同5位・WBO同13位
ベン・ウィテカー(28=O/gbr)
VS.
元世界ランカー・元WBOラテンアメリカ同級王者
ブライアン・N・スアレス(34=O/arg)
ウィテカーの右フック一撃初回KO勝利!
〈試合経過〉
初回、序盤からウィテカーが鋭い左ジャブで前進、スアレスはガー
ドしながら時折左ジャブで対応。再びウィテカーが左ボディー、右
ボディーと打ち込む。スアレスが左フックを繰り出すとウィテカー
はスルリと躱して両手を挙げ余裕のアピール。2分過ぎスアレスが
左右で反撃を見せるとウィテカーはコーナー前でボディー連打、再
びスアレスが攻め込もうとした瞬間、ウィテカーの右ロングフック
が命中。スアレスは間を置きロープ脇に力尽き苦悶のダウン。スア
レスはダメージで横たわったまま立ち上がることなく10カウント
を聞いてしまった。
ーKO・初回2分24秒ー
英国期待のウィテカーが全く相手にせず144秒速攻KO勝利。
2024年10月、唯一の引き分け試合から3連続KOとした。
いよいよ次戦は米国デビューが決定した模様です。6月27日、米
ニューヨーク・ブルックリンのバークレイズ・センターで開催され
るWBA&WBO世界Sウェルター級統一王者ザンダー・ザヤス(
プエルトリコ🇵🇷)VS.WBA世界同級暫定王者ジャロン・エニス(
米国🇺🇸)の統一戦前座で出場予定。まだ相手は決まっていないが、
この階級の世界ランカー(15位以内)にはKO率80%〜90%
のハードパンチに加え技巧も兼ね備えた選手が犇めいている。果た
して、どんな相手とマッチメイクされるのか楽しみです。
アルゼンチンのスアレスは敵地で勝利ならず。
スアレスは出だしから警戒し過ぎてか手数がなかった。
2022年3月時点では17戦全勝(16KO)無敗でアルゼンチ
ンのスター候補として期待されていた。しかし、その後は勝ったり
負けたりの鳴かず飛ばずだった。これまでメジャー世界戦の経験は
ないが、2023年9月1日にはマイナーのIBO世界Lヘビー級
王座決定戦で人気選手のリンドン・アーサー(英国🇬🇧)と対戦した
が10回KO負けに終わっていた。今回、再度の飛躍チャンスだっ
たが強打は機能することなく呆気ない幕切れとなった。
(Photos by fightnews.com)
わずか144秒で決めたウィテカーの勝ちっぷりをハイライトで
どうぞ!(CMあり/7分31秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★ベン・ウィテカー/12戦11勝(8KO)1分無敗
★B・ナフエル・スアレス/26戦21勝(20KO)5敗
《EBU欧州フェザー級TM2》
兼《WBC世界フェザー級挑戦者決定戦》
開催日:4月17日(日本時間18日)
開催地/会場:英スコットランド・グラスゴー/OVO・ハイドロ
・アリーナ
WBCフェザー級シルバー王者
WBC同級1位・IBF&WBO9位
ナサニエル・コリンズ(29=S/gbr)
VS.
EBU欧州同級王者・WBC同級2位
クリストバル・ローレンテ(30=O/esp)
両者は昨年10月4日、コリンズがEBU欧州フェザー級王者の
ローレンテに挑戦したものの12回1ー1の引き分けに終わる。
今回ダイレクトリマッチとしてローレンテの保持するEBU欧州フ
ェザー級王座を懸け仕切り直しての対戦となった。
無敗同士決着戦!〈試合経過〉
初回、お互いジャブの突き合いもサウスポーのコリンズが終盤右ジ
ャブから左右フックと当て幸先良いスタートを切った。
2回もコリンズが右ジャブから前に出てローレンテに圧力をかけ左
フックを浴びせ優勢を保った。
3回からローレンテも左ジャブから右ストレートヒット4回もロー
レンテが右ストレートをヒットさせ追い上げを見せる。
4回終了時点での実況中継テロップは39ー38とコリンズが僅か
に1ポイント差でリードとした。
5回、お互い接近しての打ち合いは互角。
6回、序盤から打ち合うなかコリンズのカウンター気味右ジャブが
ローレンテの顎を捉らえるとローレンテはスリップ気味に両膝を着
くダウン。しかし、ローレンテにダメージはなく直ぐに立ち上がっ
て再開すると今度はローレンテの左フック反撃でコリンズがバラン
スを崩してあわやダウン寸前もこの回を凌いだ。
7回〜8回と再びローレンテが左右で上下に打ち込む攻勢を見せる
とコリンズは手数を減らしてペースダウンした。
終盤戦はコリンズも最後の力を振り絞って左右で巻き返しを図るも
ののローレンテに決定打を打ち込めないまま終了ゴングとなった。
〈12回採点結果〉
116ー111(コリンズ)
112ー115(ローレンテ)
112ー115(ローレンテ)
無敗同士はローレンテが2ー1スプリットも判定勝ち。
ローレンテは敵地ながらダウンから逆転して保持するEBU欧州フ
ェザー級王座の5度目防衛成功とともにWBC王座への挑戦権も手
にした。これで現WBC王者のブルース・キャリントン(米国🇺🇸)
に挑戦することになる。但し、キャリントンは6月27日、元IB
F同級王者で強打者のルイス・アルベルト・ロペス(メキシコ🇲🇽)
との防衛戦が決定しており、もしキャリントンが負けてしまえばま
た違う選択肢となる可能性もある。しかし、ひとまず世界初挑戦に
備えて置きたいところ。
コリンズはEBU欧州フェザー級王座の獲得失敗とともに初黒星を
喫した。前回の戦いは接戦の引き分けもコリンズが優勢で勝利でも
おかしくなかったと評価された。今回も6回ダウンを奪って勝機を
引き寄せたかに思われたが、後半戦はローレンテのジャブや右を再
三浴びるなどペースダウンしてポイントで追いつかれてしまった。
コリンズは無念の逆転負けで出直しとなる。
(Photos by bbc.com)
前回同様接戦もローレンテが勝利したシーンをハイライトでどう
ぞ!(CMあり/10分27秒)
【両選手の戦績】
★ナサニエル・コリンズ/19戦17勝(8KO)1敗1分
★クリストバル・ローレンテ/24戦21勝(8KO)3分無敗
マイケル・バッファー&ジミー・レノンJr!
盛り上げ役の二大リングアナ🎤どっち派!?
(PHOTO BY INDEPENDENT.CO.UK)世界戦あるところに必ずといっていいほど盛り上げ役とし
て登場するマイケル・バッファーとジミー・レノンJr.の二
大リングアナウンサーです。勿論ボクシングファンなら一声
聞いただけでどちらか分かる人も多いでしょうね。
この二人の共通点は語学が堪能でスペイン語やラテン語(古
代ローマ帝国時代ラテン人の言語から派生)及びイギリス英
語やアメリカ英語など微妙に違う発音を駆使する才能があり
ます。特に熱狂的ボクシングファンの多いメキシコ(スペイ
ン語圏)では人気を二分して引っ張りだこのようです。
また、ここのところヨーロッパ各地でのリングにも両アナの
登場が目立っています。もちろん、日本(帝拳ジム関連興行
など)を含めてアジア地域への活動の場も広めました。
先輩格のマイケル・バッファーが日本で知られるようになっ
たのは初来日した1988年頃からであり特に1991年か
ら海外ボクシング専門に独占放送するようになった人気ボク
シング番組WOWOWエキサイトマッチの放送開始で日本で
の知名度も更に高めています。この頃バッファーはすでに世
界各地で数々のビッグマッチリングに登場して人気を博して
いました。それから間もなくしてジミー・レノンJr.の登場
となったのでした。
〈マイケル・バッファー〉
生年月日:1944年11月2日(81歳)
出身地:米国ペンシルベニア州フィラデルフィア
〈人物・特徴〉
リングアナとしてはプロボクシングばかりではなく人気プ
ロレス団体のWCW(その後WWEが買収)や総合格闘技団
体K1などのビッグイベントリングにも携わっています。
※(豆知識)1921年1月13日、米国でNBA(全米ボ
クシング協会=現WBAの前身)が設立された際、プロレス
部門もあり当時リングアナウンサーは掛け持ちだった為、そ
の名残りが今でも続いているということです。👏
1988年3月21日、東京ドームのこけら落としの開催で
満員札止めとなったマイク・タイソン(米国)VS.トニー・
タッブス(米国)戦(タイソンの2回TKO勝ち)で初来日
して張りのある通る声で観衆を魅了していました。
また弟のブルース・バッファーも総合格闘技団体UFCの専
属リングアナとして人気があります。
紳士的で映画007の五代目ボンド役ピアース・ブロスナン
似の風貌でまるで俳優ばりのイケメンおじさんです。(笑)
実際、2006年に公開された大ヒット映画『ロッキー・ザ
・ファイナル』のシルベスター・スタローン監督&主演作に
リングアナの本人役として出演していましたね。
リング上でのアナウンスは歯切れのいい通る声で進行には定
評があります。世界各国には「追っかけ」も存在するとか。
また、一番のパフォーマンスは「"Wooooo let's get re
ady to rumbleeeee!"(さあ~、戦いの準備はいいか〜!
)」と選手と観客への一体感を持たせて試合前に盛り上げゴ
ングが打ち鳴らされます。それに長年の功績で「一声、100
万ドル!」の異名を持ちリングアナでは世界一の称号を受け
ています。因みに、最近の為替レートならギャラは日本円で
約1億5千9百万円です。ギャフ〜ン!
そして、ビシッとした出で立ちとダンディーさは現在81歳
とは思えませんね。バッファーさんにはまだまだ頑張ってボ
クシングを盛り上げて欲しいものです。
マイケル・バッファーの名調子をどうぞ!(22秒)
〈ジミー・レノンJr.〉
生年月日:1958年8月5日(67歳)
出身地:米国カリフォルニア州サンタモニカ
〈人物・特徴〉
ジミー・レノンJr.は元々父親のジミー・レノン Sr.(1
992年4月20日に死去)がプロボクシングとプロレスリ
ングのリングアナウンサーを務めて"名リングアナ"として
有名でした。昔のボクシング映画にも出演しています。
(JIMMY LENNON SR.)
父親と同じ道を歩んで以前はレノンJr.もボクシングと並行
して人気総合格闘技STRIKEFORCE(ストライクフォース)
の専属リングアナとしてリングに立っていました。
しかし、この団体は経営難に陥り2013年1月、27年間
の歴史に幕を下ろして消滅、その本体はUFC団体に統合さ
れ専属アナとしての務めも終了となった。
一方、ボクシングでは大物プロモーターのドン・キング氏に
リングアナとして以前から絶賛され気に入られていたことや
ストライクフォース時代にCBS傘下のスポーツ専門ケーブ
ルテレビ局の「SHOWTIME」で放送されていた関係もあって
ボクシングでの出番が多くなったのでした。
もう随分前に、レノンJr.が日本でも知られるようになった
頃、誰かに似てるなぁ~と思っていたところ、当時、日本の
テレビ番組に出まくっていたアメリカ出身の弁護士でタレン
トだったケント・ギルバートになんとなく風貌が似ているこ
ともあってか親しみやすさを感じましたね。
さて、こちらもバッファーに負けず劣らず張りのある大きく
叫ぶようなアナウンスには人気があります。リング上でレノ
ンJr.が「i〜t's show〜time!(ショーの始まる時間だ
!)」とお馴染みの一声で会場内の選手や観衆も一気にヒー
トアップしていくことになります。実はこれテレビ局の「SH
OWTIME」に引っ掛けている分かり易いシャレですね。
そして、リングアナとして世界中に名前が知られる切っ掛け
となったのは、帝拳プロモーションが1990年2月11日
に2度目の招聘で開催したWBA・WBC・IBF世界ヘビ
ー級タイトルマッチマイク・タイソン(米国)VS.ジェーム
ス・ダグラス(米国)戦のリングアナとして起用され自身初
の大舞台を踏むことになります。試合は2度目となる東京ド
ームで開催されマイク・タイソンの全盛期でもあり九分九厘、
早いラウンドで倒してしまうだろうと予想されていました。
ところが、とんでもない"世紀の大番狂わせ"となるタイソ
ンの衝撃的10回KO負け。ニュースはたちまち世界中を駆
け巡ったのでした。タイソンに38戦目で初黒星をつけ一躍
ヒーローとなったジェームス・ダグラスのこの試合映像は日
本を含め世界中で何度も繰り返し放送された。おかげでジミ
ー・レノンJr.の名前も世界中に知れ渡るようになったので
した。また、これが切っ掛けでドン・キングの目に止まり
次々とビッグマッチに起用されるようにもなったのです。
そして、ジミー・レノンJr.は最初に世界への表舞台に導い
てくれた帝拳ジムへの恩返しの気持ちを込めのちに世界王者
となった西岡 利晃選手を皮切りに後々も帝拳興行の世界戦イ
ベントのリングに上がり続けているのです。
ジミー・レノンJr.の名調子をどうぞ!(31秒)
シティー派を漂わすバッファーさんと、ちょっとカントリー
派っぽいレノン Jr.さん。どちらも個性がありますね。
世界中のボクサーはこの二大リングアナウンサーに盛り上げ
られコールされることにより成功の証となるのです。
さあ〜皆さんはどちらのリングアナを贔屓にしますか!?
(PHOTOS BY SUPERLUCHS.COM)
《ヘビー級12回戦》
開催日:4月11日(日本時間12日)
開催地/会場:英イングランド・ロンドン/トッテナム・ホットス
パー・スタジアム
元3団体世界ヘビー級王者
タイソン・フューリー(37=O/gbr)
VS.
WBA世界同級5位・IBF14位
アルスランベク・マフムドフ(36=O/rus)
〈試合経過〉
序盤戦はマフムドフが右ストレートから接近して左フックを浴びせ
るとフューリーも左ジャブから圧力をかけ左フック、右アッパーと
跳ね上げる。しかし、回を進める毎にクリンチが始まり凡戦模様の
展開に巨大会場も盛り上がりに欠ける雰囲気。
中盤戦に突入するとフューリーがジャブを再三ヒットさせ時折ワン
ツーを叩き込むとマフムドフはペースダウン。大きな見せ場はない
もののフューリーが確実にポイントを重ねる。
8回、フューリーがマフムドフをコーナーに追い込みジャブからフ
ック、アッパーと打ち込むと唯一会場は沸いた。
終盤戦も再び揉み合うシーンもあったがフューリーがマフムドフの
単発な攻めにジャブ、アッパー、ワンツーと叩き込みポイントを重
ねる中、終了ゴングとなった。
〈12回採点結果〉
120ー108(フューリー)
120ー108(フューリー)
119ー109(フューリー)
フューリーが2者フルマークの3ー0大差判定勝ち。
WBC王者だったフューリーは2024年5月18日、3団体世界
ヘビー級統一王者のオレクサンドル・ウシク(ウクライナ🇺🇦)と4
団体王座統一戦を争い9回にはダウンを奪われるなどした末、12
回1ー2判定負け。統一ならずWBC王座から陥落して無冠となっ
た。同年12月21日のダイレクトリマッチでは初戦以上にウシク
の攻めが上回り12回0ー3判定負けの連敗。フューリーの王座返
り咲きはならなかった。その後フューリーはインスタグラムで3度
目の引退発表。フューリーの場合引退は休養の証なのだ。(^o^)
結局今回フューリーは復帰宣言して1年4カ月振りのリングだった。
試合後、観戦していた同国の元3団体(WBA・IBF・WBO)統
一王者アンソニー・ジョシュアとの対戦を希望したが、果たして実
現となるのか注目される。
マフムドフは無冠戦ながら3敗目を喫した。
2023年10月時点のマフムドフは18戦全勝(17KO)無敗
で保持していたNABF(WBC傘下)北米ヘビー級王座を9度防
衛するなど世界ランキング上位にも登場して注目を集めていた。
しかし、同年12月23日、10度目防衛戦を当時WBCインター
N同級王者(現WBC暫定王者)のアギット・カバィエル(ドイツ
🇩🇪)と対戦してまさかの4回TKO負け。その後は4戦3勝(2K
O)1敗の戦績でランキングに留まっていた。果たしてマフムドフ
は世界戦に辿り着けないまま終わってしまうのか、それとも勢いを
取り戻すのか・・・
(PHOTOS BY BOXINGNEWS24.COM)
それではフューリー VS.マフムドフ戦をハイライトでどうぞ!
(2分56秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★タイソン・フューリー/38戦35勝(24KO)2敗1分
★アルスランベク・マフムドフ/24戦21勝(19KO)3敗
ーunder cardー
《150ポンド契約10回戦》
WBCウェルター級1位・WBA4位
コナー・ベン(29=O/gbr)
VS.
元WBA・WBC世界Sライト級王者
レジス・プログレイス(37=S/usa)
〈試合経過〉
序盤からベンが終始右ストレートでサウスポーの元王者プログレイ
スを攻め立てたが、さすがに元王者は最後まで粘り切って判定まで
持ち込んだ。
〈10回採点結果〉
98ー92(ベン)
98ー92(ベン)
98ー92(ベン)
ベンが無冠戦も3ー0判定勝ち。
ベンは昨年4月26日、同国の元WBA世界ミドル級暫定王者クリ
ス・ユーバンクJr.と契約体重の12回戦で戦い壮絶な打ち合いの
末、0ー3判定負け。この一戦は話題となったが初黒星を喫した。
同年の11月15日、再戦の10回戦では3ー0判定勝ちでリベン
ジに成功。今回も契約体重だったが2連勝とした。
プログレイスは無冠戦も4敗目を喫した。
2019年10月26日、WBA&WBC世界Sライト級王者時代、
IBF王者のジョシュ・テイラー(英国🇬🇧)と3団体王座統一を争
い12回0ー2判定負けで王座から陥落。その後、2022年11
月26日、WBC世界Sライト級王座決定戦をホセ・セペダ(メキ
シコ🇲🇽)と戦い見事11回KO勝ちで王座に返り咲いた。
プログレイスにとってはこの頃が全盛期だったようだ。
しかし、2度目の防衛戦となった2023年12月9日、デヴィン
・ヘイニー(米国🇺🇸)と戦い12回0ー3判定負けで2度目の王座
陥落となった。昨年8月2日、元2階級制覇王者のジョセフ・ディ
アス(米国🇺🇸)と無冠戦の12回戦で対戦して3ー0判定勝ちして
再起に成功。今回、敵地ながら勝利して帰国すると意気込みを語っ
ていたが実らなかった。
(PHOTOS BY BOXINGNEWS24.COM)
ベン VS.プログレイス戦をハイライトでどうぞ!(2分57秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★コナー・ベン/26戦25勝(14KO)1敗
★レジス・プログレイス/34戦30勝(24KO)4敗
《IBF世界Sウェルター級挑戦者決定戦》
開催日:4月11日(日本時間12日)
開催地/会場:米国ネバダ州ラスベガス・パラダイス/ザ・コスモ
ポリタン・チェルシー
ブランドン・アダムスの体調不良により急遽中止!
IBF世界Sウェルター級3位
ブランドン・アダムス(36=O/usa)
VS.
IBF世界同級4位
カオイミン・アギャルコ(29=O/irl)
ブランドン・アダムスは計量前日、胸の痛みを訴え病院に直行。
大事をとって試合キャンセルとした。プロモート関係者はアダムス
の体調が戻れば再度開催日を報告したいとのこと。この一戦の勝利
者がIBF王者ジョシュ・ケリー(英国🇬🇧)へ挑戦となる。
【現在両選手の戦績】
★ブランドン・アダムス/30戦26勝(16KO)4敗
★カオイミン・アギャルコ/18戦18勝(7KO)無敗
《WBC世界バンタム級挑戦者決定戦》
開催日:4月11日(土曜日)
開催地/会場:東京都墨田区/両国国技館
WBC世界バンタム級2位
那須川 天心(27=S/Teiken)
VS.
WBC同級1位・元2階級制覇王者
ファン・F・エストラーダ(36=O/mex)
〈試合経過〉
序盤戦を那須川が左ボディーで流れを掴むと4回には出入り激しい
打ち合いの中、左ストレートでエストラーダをグラつかせる。
4回終了時点の公開採点で38ー38×2者ドロー、39ー37で
那須川と僅かながら那須川が1ー0でリードした。
中盤戦に突入するとお互い交錯し合って打ち合うと那須川は右ジャ
ブから圧力をかけエストラーダ得意の右ストレートを見切ったかの
ように左で上下に攻めたて優位に回を重ねていく。
8回終了時点の公開採点では77ー75、78ー74、79ー73
の3ー0と那須川がリードを広げた。
9回、那須川の左でエストラーダは後退して終盤にはフラつきスタ
ミナを使い果たしたように映った。この回インターバルでエストラ
ーダ陣営が棄権を願い出て試合終了となった。
ーTKO・9回終了棄権ー
那須川がWBC世界バンタム級王座の挑戦権獲得に成功した。
昨年11月24日にWBC同級王座決定戦で井上 拓真(大橋)と
対戦して12回0ー3判定負けで王座獲得ならず。今後は5月2日
に行われる王者井上 拓真(大橋)VS.井岡 一翔(志成)戦の勝者
との対戦が見込まれる。しかし、他にも選択肢はある。現在の世界
ランキングはWBA2位、WBC2位、IBF7位、WBO11位
と4団体全てで挑戦可能だ。果たして、どの団体の王者がターゲッ
トになるのか楽しみです。
元2階級制覇王者のエストラーダは挑戦権獲得失敗。
エストラーダは3階級制覇を目指していたが遠のいた。
かつて武器にしていた右強打は不発に終わった。やっぱりというか
年齢からくる体力の衰えは顕著だった。2戦前キャリア初の7回K
O負けしたあと再起に成功したものの、それまでの爆発力は消え失
せていた。エストラーダは再起に向かうのか、それとも・・・
(PHOTO BY SANSPO.COM)
那須川 VS.エストラーダ戦をハイライトでどうぞ!
(14分6秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★那須川 天心/9戦8勝(3KO)1敗
★J・F・エストラーダ/50戦45勝(28KO)5敗
心に残るボクシング映画『チャンプ』〈ジョン・ヴォイト編〉
主演の名優ジョン・ヴォイトと言えば今やハリウッド映画の大女
優となったアンジェリーナ・ジョリーのお父様です。
何しろ、歴史あるハリウッド映画界でも親子共にアカデミー賞「主
演賞」を受賞した数少ない俳優一家としてつとに有明。
今回紹介する『チャンプ』に主演したジョン・ヴォイトは以前に話
題作となった作品で既に日本でも演技派俳優として名前も知られて
いました。若い頃の出演作は主にアクション&サスペンス系でした
が、その後はホームドラマ、ロマンス、アドベンチャーとジャンル
にこだわらず幅広く役柄をこなした米国を代表する名優です。
『真夜中のカーボーイ』(1969年)、『オデッサ・ファイル』(
1974年)、『コンラック先生』(1974年)と立て続けで話題
作に出演していた。この他にも多数の主演、出演作はありますが、
1978年に公開された『帰郷』では演技が世界中で絶賛され見事
アカデミー賞「主演男優賞」に輝いています。
『チャンプ』
【原題】The champ
※(1931年に公開されたリメイク作品)
【製作国】アメリカ合衆国
【製作】MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)
【配給】CIC(シネマ・インターN・コーポレーション)
【上映時間】123分
【公開】米国:1979年4月/日本:1979年7月
〈スタッフ〉
【監督】フランコ・ゼフィレッリ『ロミオとジュリエット』(19
68年)、『ブラザー・サン・シスター・ムーン』(1972年)、
『ハムレット』(1990年)、『尼僧の恋』(1993年)など映
画史に残る大ヒット作品で知られるイタリア出身の名匠。
【製作】ダイソン・ロヴェル
【原作】フランセス・マリオン「米国の女流脚本家として先駆者で
あり小説家としても有名」(1888年~1973年)
【脚本】ウォルター・ニューマン
【撮影】フレッド・コーネカンプ
【音楽】ディブ・グルーシン
【キャスト】
★主演/ジョン・ヴォイト(元ボクシング世界王者で厩務員/ビリー
・フリン役)
★フェイ・ダナウェイ(ビリーの元妻/アニー役)
★リッキー・シュローダー(ビリーの息子/T.Jフリン役)
★ジヤック・ウォーデン(ビリーの現役時代マネージャー/ジャッ
キー役)
★アーサー・ヒル(学者でアニーの再婚相手/マイク役)
この作品はボクシング映画とは言っても試合シーンは後半部分に
しかありません。何故なら元ボクサーが復帰するまでの苦悩や葛藤
など父と子の絆を中心に描いているからです。
目頭を熱くさせる映画で少々お涙頂戴的要素もありますが一見の価
値ある映画としてお薦めします。原作は米国女流脚本家の草分け的
存在で作家でもあったフランセス・マリオン女史によって書かれた
小説で1931年に映画化され当時全米で大ヒットしたリメイク作
品です。正にこのストーリーはそれまでになかった女性側の視点か
ら描かれた家族愛のヒューマンドラマと言えるでしょう。
フランセス・マリオン女史はこのオリジナル作品「チャンプ」にお
いて1931年度アカデミー賞脚本部門の「原案賞」を受賞してい
る。また、前年の1930年度には「ビッグ・ハウス」でアカデミ
ー賞の「原案賞」と「脚色賞」をW受賞していました。
(トロフィー授与式でのマリオン女史)
マリオン女史の若い頃はハリウッドの女優さんでもありました。
しかし、マリオンは演じることよりも物語を描くほうが性に合って
いたようです。そして、脚本家に転身すると世界恐慌時代でハリウ
ッドが大不況にあえぐ中、ヒット作を連発して苦境に立たされてい
たハリウッドの映画界を救った恩人の一人とされています。
2018年、その伝説的女史を尊敬してやまないアカデミー賞・主
演女優賞2度の受賞者でもあるヒラリー・スワンクがドキュメンタ
リー番組で紹介しています。(14分)
(1931年に製作されたオリジナル作品)
【あらすじ】
ビリー・フリン(ジョン・ヴォイト)はボクシングの元世界チャ
ンピオンであった。引退してからは、競馬場の厩務員として働き、
妻の才色兼備なアニー(フェイ・ダナウェイ)と3歳の息子T.Jと
3人で毎日を幸福に暮らしていました。
しかし、いつの日からかビリーは仕事に嫌気がさしたのかギャンブ
ルに溺れ、酒浸りで幸福な家庭生活も乱れて妻のアニーとは毎日の
ように言い争いの絶えない日々を送るようになってしまう。
ある日、アニーはそんな生活に耐えられず、幼いT.Jを残したまま
家を出て行ってしまうのだった。ビリーは一人で息子を育てるしか
なかった。T.Jはまだ物心が付き始めたばかりで幼かった為にどう
して母親がいなくなったのか分からないまま育って行く。
8歳となったT.J(リッキー・シュローダー)は母親がいないにも
拘わらず、ビリーの仕事を手伝いながら元気で伸び伸びと毎日を過
ごしていた。ビリーがボクシングの元世界ヘビー級チャンピオンだ
ったこともT.Jは写真を見たり周りに聞いたりして知っていた。
日々の生活ではこの上なく父を尊敬していてパパとは呼ばず、いつ
も"チャンプ"と呼ぶのだった。それにはもう一度世界チャンピオ
ンになって欲しいという強い願いも込められているからだった。
ビリーは相変わらず酒浸りの毎日を過ごしていたが、ある日小銭を
掻き集めてギャンブルで大儲けして競走馬を持つことになった。
その競走馬をT.Jに持ち馬として与えると、「シーズ・ア・レディ
ー」と名付けた。そして、厩舎の上司に頼み込んで馬を出走させる
ことに成功する。競馬場には偶然にも元妻だったアニーも訪れてい
たのだった。アニーは学者のマイク(アーサー・ヒル)と再婚して
ファッションデザイナーとして有名になり成功者となっていた。
競馬場に来たのは友人の馬主に会うためとファッションショーを開
催するためだった。いよいよT.Jの競走馬は出走するとよりによっ
てゴール途中で接触事故を起こしてしまい無残な結果となってしま
った。それを望遠鏡で覗いていたアニーはビリーに寄り添うT.Jを
目にして唖然とする。5年前に別れた自分の産んだ息子がそこにい
るのだった。アニーは不憫で居ても立ってもいられず涙ぐみながら
会いに行く。そして遂にアニーはT.Jに会って人目もはばからず抱
きしめて涙した。アニーと別れた後でT.Jは薄々母親ではないかと
ビリーに聞いてみると「あの人はただの知り合いなんだ。ママはT
.Jが生まれたあと交通事故で亡くなってもうこの世にはいないんだ
よ。わかった!」と嘘を言って諭してしまう。
ビリーはその後ギャンブルで損をしては借金を繰り返してどうにも
ならず裕福となったアニーからお金を工面して貰う情けない生活を
送っていた。しかし、ある日、以前借金した相手と返済を巡って言
い争いになると殴ってしまい、駆けつけた警察官にまで暴力を振る
って逮捕されてしまう。連絡で知ったT.Jは心配になって警察へと
直行する。留置されたビリーは困り果てT.Jにはアニーの所へ行っ
て暮らすように命令するのだった。T.Jは不安だったが仕方なくア
ニーの家に向うしかなかった。それから、何日か経って殴った相手
もたいした怪我ではなかったことでビリーは釈放される。
豪邸で暮らし始めていたT.Jは実の母親がアニーだと知ると余りに
も裕福過ぎる生活に馴染むことは出来なかった。
結局、アニーの目を盗んで逃げるようにビリーの元へと帰って行く
のだった。以前の生活を取り戻したT.Jはある日、ビリーに「ね
ぇ〜チャンプ、もう一度世界チャンピオンになってよ。頼むからお
願いだ!」とせがむ。この願いに、ビリーは自分の情けない今の生
活を悔い改め現役復帰することを決心すると必ずリングに上がると
T.Jに約束する。そして、現役時代にマネージャーだったジヤッキ
ー(ジャック・ウォーデン)と久しぶりに会って復帰を頼み込むと
37才ともなった身体に鞭打つようにT.Jと一緒にトレーニングを
開始するのだった・・・
この映画が封切られると子役のリッキー・シュローダーは世界中
の大人達に目頭を熱くさせる素晴らしい演技を披露しました。翌年
T.J役の演技は評価され僅か9歳の史上最年少にして見事ゴールデ
ン・グローブ新人男優賞受賞となりました。
▼それでは『チャンプ』のプレビュー版をどうぞ!(2分13秒)













































