《WBAインターNヘビー級タイトルマッチ》
&《WBOインターCヘビー級タイトルマッチ》
ーunder cardー
《WBA世界フェザー級タイトルマッチ》
開催日:8月16日(日本時間17日)
開催地/会場:サウジアラビア・リヤド/ANB・アリーナ
WBOインターCヘビー級王者
WBO世界同級1位・WBA2位・IBF6位
モーゼス・イタウマ(20=S/gbr)
VS.
元WBC世界ヘビー級暫定王者
ディリアン・ホワイト(37=O/gbr)
イタウマ元WBC暫定王者を119秒TKO!
〈試合経過〉
初回、サウスポーのイタウマが右ジャブからガードするホワイトに
左ボディーを突き刺す。ホワイトは手が出ずロープに詰められイタ
ウマの右フックを浴びるとヨロけてロープ背にダウンから逃れる。
しかし、勢い付いたイタウマの左右連打にホワイトはコーナー前に
詰めら左フックから右フックと浴びてつんのめるようにダウン。
ホワイトはロープ伝いに立ち上がったものの足元はダメージでヨレ
ヨレ状態。レフェリーはこれ以上危険と判断、即座に試合を止た。
呆気ない幕切れだった。
ーTKO・1回1分59秒ー
イタウマがWBOインターC王座4度目防衛、WBAインターN王
座の2度目防衛に成功。これでイタウマは9連続KOとともにデビ
ューから13連勝無敗とした。昨年7月27日、まだ19歳だった
10戦目で世界戦経験者のマリウシュ・ワフ(ポーランド🇵🇱)を2
回TKOで下して一躍注目されたが、ワフ自体が44歳と高齢だっ
た為、イタウマの強さを評価するには時期尚早だと意見は分かれて
いた。しかし、今回元WBC暫定王者で同国のディリアン・ホワイ
トを倒しレフェリーストップしたことでその強さは本物だと評価さ
れるのは間違いない。現在世界ランキングはWBO1位・WBA2
位・IBF6位・WBC11位と全団体にランクされていることか
らこのまま行けばあと2、3戦で世界挑戦へと名が挙がるでしょう。
英国で今一番ヘビー級のスター候補として期待されるイタウマの今
後が楽しみです。
ホワイトはWBA&WBOの地域王座獲得ならず。
これまでホワイトはWBC暫定王者時代の2022年4月23日、
WBC世界ヘビー級王座統一戦でタイソン・フューリー(英国🇬🇧)
に6回TKO負けで統一に失敗。その後は3勝(2KO)と再起し
てまだまだトップ戦線で戦う実力は充分にあると自信を見せていた。
しかし、今回ばかりはスター候補に不甲斐ない負け。もうさすがに
若手登場でその先を塞がれてしまったようだ。まだ若手相手にひと
暴れするのか、それとも・・・
(PHOTO BY FIGHTMAG.COM)
それではイタウマが元WBC世界同級暫定王者のホワイトをわず
か119秒でストップ勝ちしたシーンをどうぞ!(2分34秒)
※途中消除の場合ありです
【両選手の戦績】
★モーゼス・イタウマ/13戦13勝(11KO)無敗
★ディリアン・ホワイト/35戦31勝(21KO)4敗
ーunder cardー
《WBA世界フェザー級タイトルマッチ》
WBA世界フェザー級王者
ニック・ボール(28=O/gbr)
VS.
WBA世界同級5位
サム・グッドマン(26=O/aus)
王者ボール採点以上の苦戦も王座V3達成!
〈試合経過〉
序盤戦は挑戦者らしくグッドマンが左ジャブで仕掛けると王者ボー
ルは接近して左右ボディーを叩く展開でスタートした。
折り返しの中盤戦に突入するとややリードされたグッドマンも左ジ
ャブから右ストレートで追い上げを見せる。しかし、ボールも手数
を増やし左右強打を振り回してグッドマンの攻めを阻止する。
後半戦はボールが接近して上下に打ち込むとグッドマンも怯まずジ
ャブから上下に打ち込み互角の展開に映った。
終盤戦はボールが執拗に上下を打ち込むと、グッドマンも諦めずボ
ディー連打。見た目はボールがやや手数で上回ったままゴングとな
った。
〈12回採点結果〉
118ー110(ボール)
117ー111(ボール)
115ー113(ボール)
ボールが3ー0判定勝ちでWBA世界フェザー級王座の3度目防衛
に成功した。しかし、どう見ても8ポイント差と6ポイント差は贔
屓採点としか思えない。せいぜい1、2ポイント差が妥当な採点で
しょう。見た目は中盤戦途中まで手こずっていた印象だった。
SNSでは引き分けか、挑戦者の勝ちとした関係者やファンもいた
ほどだった。試合後ボールはまだ予定段階も井上尚弥(大橋🇯🇵)と
の対戦をアピールしたが、果たして、今回のような出来でプロモー
ターがゴーサインを出すのか疑問だ。
無敗で挑んだ世界初挑戦のグッドマンは善戦もWBA世界フェザー
級王座獲得ならず、初黒星を喫した。
グッドマンは昨年12月24日、4団体世界Sバンタム級統一王者
の井上尚弥と対戦が決まっていながら怪我で2度もキャンセルして
大舞台を棒に振った。今回階級を上げ賭けに出たが、そう簡単には
いかなかった。今後このままフェザー級で戦うのか、それともSバ
ンタム級に戻すのか注目される。
(PHOTO BY FIGHTMAG.COM)
ニック・ボールがサム・グッドマン相手に3度目防衛に成功した
シーンをハイライトでどうぞ!(3分11秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★ニック・ボール/24戦23勝(13KO)1分無敗
★サム・グッドマン/21戦20勝(8KO)1敗
同一興行で前代未聞の2度リング禍発生!
(PHOTO BY TOKYO-DOME.CO.JP)
8月2日、東京・後楽園ホールで開催された「DYNAMIC GLOVE
on U-NEXT VOl.35」のイベントでこれまで前例のない同じリン
グで2選手の相次ぐリング禍(事故)が発生してしまった。
この日、注目のOPBF東洋太平洋Sフェザー級タイトルマッチ12
回戦をメインとして計6試合が組まれていた。
まずは前座第4試合目、日本ライト級挑戦者決定戦の8回戦で日本
4位浦川大将(28=帝拳)VS.日本5位齊藤陽二(29=角海老宝石
)戦は両者ともに前試合の黒星で再起に気合が入っていたという。
試合は4回浦川が右でダウン寸前まで追い込みリードして進んだ。
7回まで不利だった齊藤がラストラウンドの8回強烈右ストレート
でダウンを奪い逆転TKO勝ち。浦川はリング上で意識を失い医務
室に運ばれた際には一旦意識は戻ったとされた。しかし、再び意識
朦朧(もうろう)状態となり病院へ救急搬送。診察の結果、脳出血
が確認され急性硬膜下血腫と診断され開頭手術を受けた。その後は
経過観察も浦川選手の意識は戻っていなかったとされる。
第6試合はメインのOPBF東洋太平洋Sフェザー級タイトルマッ
チだった。OPBF東洋太平洋Sフェザー級王者波田大和(28=帝
拳)VS.OPBF東洋太平洋同級5位神足(こうたり)茂利(28=
M.T)戦は序盤から神足がジャブから左右を繰り出す攻めに王者波
田は手こずり8回まで(2P×2者&4P差で神足)とリードを許
した。9回から波田が手数を増やしてボディーに集中するなど連打
猛攻で巻き返しを図り終了。結果は12回1ー1判定の引き分けと
なり王者波田の2度目防衛成功だった。試合終了後に両者ともにイ
ンタビューに応えていたが、神足選手は控え室に戻ると顔が青ざめ
意識朦朧状態となり直ちに病院へと搬送された。診察の結果は急性
硬膜下血腫と診断され手術を受ける。以降は集中治療室に移され回
復を待たれていた。
そして、なんとも悲しい訃報が続いた。
神足茂利選手は翌週8月8日午後10時59分死去。(享年28歳)
浦川大将選手も翌日の9日午後10時31分死去。(享年28歳)
亡くなった両選手のご冥福を心よりお祈りします。 合掌
2023年12月26日には東京・有明アリーナの4団体世界Sバ
ンタム級王座統一戦(井上尚弥VS.マーロン・タパレス戦)の前座
で行われた日本バンタム級タイトルマッチでも試合終了後にリング
事故のニュースが報じられたのは記憶に新しい。
日本バンタム級王者堤聖也(角海老宝石)VS.同級3位穴口一輝(
真正)戦は穴口が4回と7回の2度ダウンを奪われたものの怯まず
壮絶な打ち合いを展開。しかし、9回と10回にダウンを追加され
試合終了。結果は10回3ー0で堤の4度目防衛成功。穴口選手は
5回までリードしていたが、計4度のダウンを喫して逆転負けとな
った。試合後陣営に両肩を抱えられ退場したが医務室で容体が急変。
直ちに都内病院へ搬送され右硬膜下血腫と診断され開頭手術を受け
た。その後、加療中に一時容体は安定したとされたが意識は戻らず
2024年2月2日、病院で死去している。
2025年5月24日、インテックス大阪でIBF世界ミニマム級
タイトルマッチの再戦。王者ペドロ・タドゥラン(比国)VS.前王
者重岡銀次朗(ワタナベ)戦。サウスポー同士の試合は序盤から上
下の攻め合いで互角の展開だった。しかし、徐々にタドゥランの左
が機能し始めた。それでも重岡は引かず上下に打ち込み試合終了。
結果は12回2ー1のスプリットもタドゥランの防衛となった。
重岡は採点結果を聞いている最中に力尽きたかキャンバスに崩れる
と意識を失った。直ちに大阪市内の病院へ搬送され診断の結果右硬
膜下血腫と判明、緊急開頭手術を受けた。一時容体は安定したと報
じられたが未だに意識は戻っていない。そして、8月6日、大阪市
内の病院から故郷熊本県の病院へと転院している。どうか、死の淵
から生還してほしいものです。
各新聞社はスポーツ専門医を通じて報じている。「格闘技にはあら
ゆる注意喚起を示しても事故には予測がつかず限界がある」と指摘
していた。しかし、ボクシングを含む他格闘技も選手に対して命を
守るべきことに限界があると言ってしまえば先に進まず失望感しか
生まないでしょう。なぜ発生したかを徹底検証してほしいものだ。
日本ボクシング界はここ1年7カ月の間に4度もリング禍が発生し
て3選手が死亡、もう一人は未だに意識が戻っていない。
今後、再びリング事故が続けばいくらスポーツビジネスだとは言え
注意勧告だけでは済まされず危機的状況となるのは間違いない。
日本のボクシング組織はメリットばかりが頭にあり、リスクとなる
と及び腰になっているように感じる。情けないというほかない。
事故続出でJBC(日本ボクシングコミッション)は早速、日本で
のOPBF東洋太平洋王座やWBOアジア・パシフィック王座をこ
れまでの12回戦制から10回戦制に変更するとしたが、果たして
回数を減らしただけでリング禍は減るのかいささか疑問を感じる。
スポーツ専門医が次の重要な問題を提起。
❶ スパーリングのヘッドギア使用問題
ヘッドギアは主に外傷を防ぐためのものでありヘッドギアがかえっ
て打撃の圧力で脳へ振動が伝わり軽微な脳内出血を引き起こし実戦
での打撃被弾によってその脳血管が切れてしまう危険性があると指
摘した。またスパーリングのグローブは12オンス(340、1g)
〜16オンス(453、5g)までを使うが階級によって選び方も重
要だとした。
❷ 減量方法の問題
急激な「水抜き」でのサウナ風呂使用やサウナスーツ着用での減量
など体に負担の掛かる減量を禁止させる。ミット打ちや走り込み、
それに縄跳びなどで汗を流す適正なトレーニングでの減量を促すこ
とが大事だ。と提言。
❸ 当日検診徹底
前日計量の際、検診も行うがそれだけでは見落とされる場合もあり
数年前から当日検診も実施しているが簡単な検査であり徹底実施す
べきだ。特に血圧、脈拍数、心臓など重要だとした。
❹ 緊急医療体制の徹底
このスポーツの事故は殆んどが硬膜下血腫でそれこそ1分1秒が選
手の生死を左右することになる。是非、早急に動ける救急体制が必
要だと訴えます。とスポーツ専門医はコメントしていた。
《WBA世界フェザー級暫定王座決定戦》
ーunder cardー
《WBA世界Lヘビー級暫定王座決定戦》
開催日:8月8日(日本時間9日)
開催地/会場:リビア・ベンガジ/マーティルズ・オブ・ベニナ・
スタジアム
WBA世界フェザー級1位
ミルコ・クエジョ(24=O/arg)
VS.
WBA世界同級15位
セルヒオ・リオス(24=S/mex)
〈試合経過〉
初回、クエジョが左ジャブで前に出るとサウスポーのリオスは様子
見なのか手数が少ない。クエジョの右ストレートがヒットし出す。
終盤に差し掛かるとクエジョの右ストレートヒットでリオスは早く
もダウン。カウント8で再開するとリオスはクエジョの追撃になん
とかゴングに逃れた。
迎えた2回、序盤から攻勢を強めたクエジョにリオスはジャブを繰
り出すものの次第に後退、2分過ぎクエジョの左フックを浴びたリ
オスは2度目のダウン。ここも立ち上がって再開するとクエジョの
左フックボディーでリオス3度目のダウン。効いたリオスは膝を着
いたまま立ち上がれずカウントアウト。呆気なく終了となった。
ーKO・2回2分53秒ー
アルゼンチン久々のスター候補クエジョが圧倒KOでWBA世界フ
ェザー級暫定王座を獲得した。これでクエジョは8月16日に行な
われるWBA世界フェザー級正規王者ニック・ボール(英国🇬🇧)VS
.サム・グッドマン(豪州🇦🇺)戦の勝者との対戦となる。
クエジョはジャブも鋭く右も左もフックには破壊力がある。どうや
らクエジョが一気に勢いで正規王座も手にするような予感がします。
団体内統一戦に注目です。
リオスは"棚から牡丹餅"チャンスの決定戦も王座獲得ならず。
リオスのこれまでの戦績は19戦全勝もなんと15戦は負け越した
相手との成績でそれも8回戦以上の試合経験がない。当然実力者と
の対戦も皆無だった。明らかにWBA団体が暫定王座決定戦を成立
させる為の急造世界ランカーだったというほかない。勿論、セルヒ
オ・リオス選手に罪はないが・・・
(PHOTOS BY EXTREMODIARIO.COM.AR)
それでは、あっという間に倒してしまったクエジョの戦いぶりを
どうぞ!(7分16秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★ミルコ・クエジョ/16戦16勝(13KO)無敗
★セルヒオ・リオス/20戦19勝(7KO)1敗
ーunder cardー
《WBA世界Lヘビー級暫定王座決定戦》
WBC世界Lヘビー級3位
WBO3位・WBA&IBF4位
アルベルト・ラミレス(33=S/arg)
VS.
WBA世界同級9位
ジェローム・パンペローネ(29=O/nzl)
〈試合経過〉
序盤戦はサウスポーのラミレスが左ストレート、右フックと打ち込
みパンペローネもジャブから右ストレートで応戦して始まった。
3回、お互い打ち合うものの絡み合いが増える。
4回〜5回とラミレスが左ストレート、パンペローネは連打もお互
い決定打にならない。
6回、途中、お互い締まりのない攻防に痺れを切らしたレフェリー
がファイトせよの注意一声。ここからラミレスがギアを入れ圧力を
かけると終了間際に右フックでパンペローネからダウンを奪った。
効いたパンペローネは再開するとゴングに逃れた。
迎えた7回、ラミレスが攻勢を強め接近すると右フックでパンペロ
ーネ2度目のダウン。執念で立ち上がって再開すると再びラミレス
の連打から右フックでパンペローネ3度目のダウン。この場面でパ
ンペローネ陣営の棄権合図にレフェリーは試合を止めた。
ーTKO・7回1分19秒ー
ラミレスがWBA世界Lヘビー級暫定王座を獲得した。
ラミレスは団体内統一戦に持ち込みたいでしょうが、まだ無名で対
戦交渉も簡単にはいきそうにない。何故なら現WBA&WBO世界
クルーザー級王者のヒルベルト・ラミレス(メキシコ🇲🇽)と勘違い
する人もいるくらいだからだ。それにしてもWBAは再び3人王者
となってしまった。スーパー王者ドミトリー・ビボル(ロシア🇷🇺)
、レギュラー王者デビッド・ベナビデス(米国🇺🇸)の2選手。まあ
、一番喜んでいるのは選手ではなく承認料の増えた団体そのものか
もれない。(^o^)
パンペローネは暫定王座獲得失敗となった。
これまでIBFインターC王座とWBOアジアP王座を獲得してい
るものの実力者との対戦は皆無に近くその差が出てしまったと言え
そうだ。それにスタミナがないのも響いていた。ただ右ストレート
には威力がありそうだが、まずはスタミナ強化でしょう。
(PHOTOS BY DAZN.COM)
ラミレスが3度ダウンを奪いストップ勝ちで暫定王座獲得となっ
たシーンをどうぞ!(1分7秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★アルベルト・ラミレス/22戦22勝(19KO)無敗
★ジェローム・パンペローネ/22戦19勝(12KO)3敗
ヤンキースタジアムの歴史に残る大激戦!
最強王者にのし上がったNBA(WBA前身)世界ヘ
ビー級王者のロッキー・マルシアーノは1955年5月
16日、ドン・クッケル(英国)を9回KOで下して5
度目の防衛を果たした。1カ月後には早速専任トレーナ
ーのチャーリー・ゴールドマンから次戦相手との交渉も
成立して開催日も決定したと聞かされる。マルシアーノ
は対戦を受け入れトレーニングを開始するのだった。
対戦相手は階級下のNBA(WBA前身)&NYSA
C世界ライトヘビー級王者のアーチー・ムーア(米国)
である。独特なクロスアーム・ブロック(両腕を交差さ
せ防御しながら攻撃する=別名アルマジロスタイル)と
呼ばれるディフェンススタイルで攻撃する名手であり自
慢の左右強打でKOの山を築いていた。
この技術は防御には効果があるものの攻撃タイミングは
難しく限られた選手のみが後に受け継いでいます。
特に5階級制覇王者のフロイド・メイウェザーJr.やヘ
ビー級で最高齢王者(45歳9カ月の返り咲き)となっ
たジョージ・フォアマンがその技術の後継者だった。
1955年当時のムーアは予てから2階級制覇に燃えヘ
ビー級王者マルシアーノ陣営に対戦直訴していた。
戦績は177戦149勝(109KO)19敗8分1N
Cという途轍もないキャリアを積んでいた選手である。
アーチー・ムーアには実力があったにも拘わらず、当時
米国の黒人差別からなかなか世界への挑戦権が与えられ
なかったことで試合数をこなすしか術がなかった。
仮に不満を漏らせば直ちにメディアの紙面に晒され遠征
先で銃撃されかねない物騒な時代背景だった。
その為、地域のカリフォルニア州王座に留まっていた。
そんな中、36歳でようやく世界戦に漕ぎ着けやっとの
思いで王者に登り詰めた苦労人ボクサーであった。
ムーアは1952年12月17日、162戦目にしてN
BA(WBA前身)&NYSAC(ニューヨーク州公認
)世界ライトヘビー級王者のジョーイ・マキシム(米国
)に世界初挑戦すると15回の激闘を繰り広げた末、3ー
0判定勝ちで見事悲願であった王座獲得に成功したのだ
った。その後、マキシムとの3度目となるラバーマッチ
もともに技巧を知り尽くしたムーアが判定で退けている。
これ以降は王座を保持したままノンタイトル戦で連勝を
重ねていった。
1955年6月22日、カール・ボボ・オルソン(米国
)の挑戦を受け戦うと全く問題にせず、わずか3回圧倒
KOで退け4度目の防衛を果たした。その後はヘビー級
の挑戦呼び掛けが王者ロッキー陣営に届きライトヘビー
級王座を保持したままヘビー級王座へ挑むことになる。
試合は契約体重(キャッチウェイト)で戦うことになり
体重設定が当時のライトヘビー級体重186ポンドと当
時のヘビー級体重190ポンド(86.19Kg以上)の
中間設定に決まり188ポンド(85,27Kg)で対戦
することが決定する。開催日は1955年9月21日、
米ニューヨーク・ブルックリン区にある大リーグ・ヤン
キースの本拠地ヤンキー・スタジアムと決定した。
階級は違えどスター同士とあってチケットが発売される
とたちまちソールドアウトしたという。ヤンキー・スタ
ジアムには6万1千人以上もの大観衆が詰めかけグラウ
ンド内は観客で埋め尽くされた。(BoxRec参照)
スーパースターにのし上がったマルシアーノか、それと
も苦労人でハイキャリアのムーアか、どちらに勝利をも
たらすのか観衆は試合開始を待ちわびた。
(6万人が詰めかけたスタジアム)
大観衆の騒めく中ついにゴングは打ち鳴らされた!
初回から両者は左右を出し合う探り合いで始まった。
2回、開始早々ムーアが右アッパーを突き上げるとマル
シアーノは崩れ落ちるように早くも四つん這いダウン。
ダウンを喫した王者に6万人もの大観衆は騒然となる。
マルシアーノはウォルコットへの初挑戦を思い起こさせ
るまさかのスタートとなった。カウントを受けながら立
ち上がったマルシアーノはダメージを負ったまま再開す
るとフック、アッパーと被弾しながらもなんとかこの回
を凌ぎ切ってみせる。
3回、ムーアはダメージの残るマルシアーノを畳み掛け
ようと果敢に攻め込む。しかし、ムーアは左右フックで
反撃を開始したマルシアーノに手こずってしまう。
4回からムーアは巻き返してきたマルシアーノの左右強
打に攻めあぐねるような展開となっていく。
5回、お互い左右の打ち合いで互角の展開。まだ、ポイ
ントではムーアがリードしているようだった。
6回、形勢はマルシアーノに傾くと右ストレートをヒッ
トさせ今度はムーアが軽いダウン。ムーアはダメージな
く直ぐに立ち上がって再開すると互角の展開。
7回、お互い左右の出し合いもマルシアーノがやや優勢
に試合を進める。しかしムーアのフックやアッパーのパ
ワーはまだ衰えていない。マルシアーノ慎重に攻める。
8回、両者打ち合いが始まるとマルシアーノの左右を浴
びてムーアは腰砕けで2度目のダウン。ムーア立ち上が
って再開に応じるとマルシアーノの左右追撃に耐える。
迎えた9回、明らかにムーアの動きが鈍り出してスタミ
ナ切れが著しくなっていく。マルシアーノが突進しなが
ら左右フックを振り回していくと一発の右フックがムー
アの顎を打ち抜いてムーアは3度目のダウン。立ち上が
ったムーアに左右連打を浴びせるとまたもやしゃがみ込
むダウン。3度、4度と執念で立ち上がってみせるムー
ア。(この試合はフリーノックダウン制)朦朧(もうろ
う)としながらも耐えるムーアに再びマルシアーノがボ
ディーブローから右フックを叩き込むと苦痛で顔を歪め
てしゃがみ込んだまま立ち上がれずついにはカウントア
ウトとなった。勝利したマルシアーノもそれまでにない
稀に見る激戦で疲労困憊だった。
ーKO・9回1分19秒ー
ロッキー・マルシアーノが6度目防衛成功。
それでは両者の息を呑む激戦ぶりをドキュメントタッ
チで構成された画像をどうぞ!(4分20秒)
最後にあのマイク・タイソンも感想を述べています。
マルシアーノがまたしても逆転KOで6度目の防衛に成
功したのだった。序盤から接近して速攻に持ち込んだム
ーアは畳み掛けられず2階級制覇には届かなかった。
6万人もの大観衆はもうこれ以上の試合はないとばかり
にゴングも掻き消すほどの大歓声に沸くヤンキー・スタ
ジアムであった。そして、ムーアの39歳(後に年齢詐
称で42歳と訂正された・・・笑)という年齢ながらダウ
ンに耐え試合を捨てず勇敢に立ち向かっていった姿勢に
も観衆は称賛を与えて止まなかった。まさしくボクシン
グ史に刻まれた大激戦で現在も語り継がれている伝説的
名勝負なのでした。
結局、マルシアーノは逆転勝ちしたものの2回のダウン
が影響してか後に頭痛や吐き気に悩まされたことが原因
で最後のリングになったと伝えられている。(諸説あり
ますがこれが事実のようです)
一方、アーチー・ムーアはその後42歳も現役を続け保
持していたNBA&NYSAC公認世界ライトヘビー級
王座をヨランデ・ポンペイ(トリニダード・トバゴ🇹🇹)
と戦い10回TKOで退け5度目防衛に成功するとロッ
キー・マルシアーノが引退して空位となった王座を争う
2度目のヘビー級挑戦となった。
1956年11月30日、NBA&NYSAC世界ヘビ
ー級王座決定戦を五輪金メダリストで売出し中だったス
ター候補のフロイド・パターソン(米国🇺🇸)と争い5回
KO負けでまたしてもヘビー級王座獲得はならなかった。
43歳となったアーチー・ムーアは再起2連勝して再び
保持していたNBA&NYSAC世界ライトヘビー級王
座の防衛に専念することになる。
1957年9月20日、トニー・アンソニー(米国🇺🇸)
を7回KOで両王座6度目防衛に成功。
1958年12月10日、イボン・デュレル(カナダ🇨🇦
)を11回KOで両王座7度目防衛成功。
1959年8月12日、再戦となったイボン・デュレル
(カナダ🇨🇦)戦を序盤は手こずったが連打で2度ダウン
を奪い最後は右ストレートを叩き込み3回KOで退け両
王座8度目の防衛に成功した。
再戦となったイボン・デュレル戦でKO決着したシー
ンをどうぞ!(3分57秒)
しかし、ムーアは再びヘビー級の試合を組んだ為、NB
A団体は挑戦者が控えていることで空白が生じることに
なり王座を保持したままの3度目ヘビー級挑戦は許され
ないとしてムーアから王座を剥奪してしまうのだった。
1960年5月25日、米国ヘビー級王座決定戦を強行
してウィリ・ベスマノフ(ドイツ🇩🇪)と戦うと10回T
KO勝ちで王座獲得に成功する。世界戦ではなかったが
見事米国ヘビー級王座(現在の地域王座に相当)を獲得
したのだった。(その後は防衛せず王座は返上)
1961年6月10日、唯一剥奪されなかったNYSA
C世界ライトヘビー級王座の9度目防衛戦をフリオ・リ
ナルディ(イタリア🇮🇹)と戦い15回3ー0大差判定勝
ちで防衛に成功。この時点で年齢も47歳6カ月に達し
ていた。この最高齢防衛記録は2014年4月19日、
IBF世界Lヘビー級王者のバーナード・ホプキンス(
米国🇺🇸)が49歳3カ月の最高齢防衛記録を達成するま
で破られなかった。しかし、ムーアは防衛に成功したが
若手台頭で衰えを悟ったか8年半も保持した王座は返上
した。それでも現役は続行する。
その後はノンタイトル戦を4戦3勝(3KO)1分と相
変わらず強打は健在だった。そんなムーアに金メダリス
トで売出し中のスター候補だったカシアス・クレイ(後
のモハメド・アリ🇺🇸)の対戦相手として白羽の矢が立ち
オファーを受けると戦うことになった。
1962年11月15日、ヘビー級ノンタイトル12回
戦を15戦全勝(11KO)無敗のカシアス・クレイ(
米国)と戦いさすがに親子ほども違う20歳と若く大柄
で強打を秘めたクレイの連打に晒され太刀打ち出来ず4
回TKO負けに終わってしまう。
1963年3月15日、ライトヘビー級10回戦を後に
プロレスラーとなるマイク・ディビアス(米国🇺🇸)と戦
い3回TKO勝ち。しかし、ムーアはこの時点で年齢も
なんと49歳3カ月となり、さすがに周りや家族からグ
ローブを置くよう説得され引退を決意したのでした。
ムーア引退後はトレーナー転身!
ムーア引退後はトレーナーに転身して後にWBA&W
BC世界ヘビー級統一王者となるジョージ・フォアマン
(米国🇺🇸)を早くから防御テクニックを鍛えあげるなど
指導して王座獲得に導いている。
さらにはフォアマンが王座から陥落して一旦引退するも
10年振り復帰して1994年11月5日、WBA&I
BF世界ヘビー級統一王者マイケル・モーラー(米国🇺🇸
)に挑戦して10回逆転KO勝ちで王座を獲得した際も
率先サポートした。フォアマンは20年振り45歳9カ
月のヘビー級史上最高齢で王座返り咲きに成功して世界
中から大喝采を浴びた。また同時に指導者として一役を
担ったアーチー・ムーアがいたからこそフォアマンは王
座に返り咲けたと褒め称えられた。ムーアは久し振りメ
ディアに登場して注目を集める。そして、兎角言われ続
けていた「名王者は名トレーナーならず!」のジンクス
を打ち破ったのもアーチー・ムーアなのでした。
(常に攻略助言したムーア・右側)
アーチー・ムーアはヘビー級では大成しなかったが、か
たやライトヘビー級では敵なしの突出した強さだった。
特にフックとアッパーは左右ともにパワーがありバッタ
バッタとKOの山を築いていた。
ただ王者となる前は唯一苦手な相手もいました。ライト
ヘビー級でも戦い後にNBA&NYSAC世界ヘビー級
王者となるイザード・チャールズ(米国🇺🇸)とは3度戦
い3敗(判定負け×2度/8回KO負け)している。
またムーアの活躍した時代は8階級制で特にライトヘビ
ー級は当時ヘビー級への登竜門としての位置付けで選手
層も厚く世界挑戦機会を逃すと並の選手ならチャンスな
く引退してしまう選手も多くいた時代だったとされる。
アーチー・ムーアも超遅咲き王者だったが人並外れた練
習量と徹底した技術鍛錬で倒し方を身に付けたようだっ
た。現在に至っても専門誌やネット上で過去のライトヘ
ビー級最強王者は誰なのかを問うコーナーでは関係者や
ファンは10人中7、8人がアーチー・ムーアだと名を
挙げる。要するに単なる選手寿命が長かっただけではな
く試合数もKO数も前人未到の傑出した数字だったから
と言えそうです。個人的にもアーチー・ムーアは歴代ラ
イトヘビー級王者の中でも過去動画を見ると名勝負が多
く迷うことなく最強にして名王者だったと称えたい。
〈アーチー・ムーアMEMO〉
本名:アーチボルド・リー・ライト
出身地:米国ミシシッピー州ベノイト
誕生日:1913年12月13日
当初は1916年12月13日生まれとライセンス登録
されていたが、在る日母親への雑誌インタビューで息子
は年齢を3歳若くしていると証言した為、ムーア本人へ
質問すると「どういう事なのかと考えたんだが、やっと
分かった。ワシは生まれたとき既に3歳だったんだ!」
と語ったという。(笑) その後、誕生年は訂正された。
死没日:1998年12月9日(享年84歳)
対戦階級:ミドル級・Lヘビー級(本職)・ヘビー級
身長/リーチ:180cm/191cm
スタンス:右・ボクサーファイター
生涯戦績:220戦186勝(132KO)23敗10
分1無効試合(BoxRec & Wikipedia掲載)
尚、234戦199勝(145KO)26敗8分1無効
試合の掲載もありますが、こちらは非公認試合やエキシ
ビションマッチも含まれていると考えられます。
【獲得タイトル】
NBA世界Lヘビー級王座(8度防衛後、剥奪)
NYSAC公認世界Lヘビー級王座(9度防衛後、返上)
米カリフォルニア州公認ミドル級王座(防衛0)
米カリフォルニア州公認Lヘビー級王座(防衛0)
1990年・国際ボクシング名誉の殿堂博物館入り
2009年・世界ボクシング殿堂入り
【Archie Moore biography& Wikipedia参照】
ーDIRECT REMATCHー
《WBC世界Lフライ級タイトルマッチ2》
開催日:8月1日(日本時間2日)
開催地/会場:ベネズエラ・カラカス/ボリエドロ・デ・カラカス
WBC世界Lフライ級王者
パンヤ・プラダブスリ(34=O/tha)
VS.
WBC世界同級1位・元WBA世界同級王者
カルロス・カニサレス(32=O/ven)
両者は昨年12月26日、タイ・バンコクでWBC世界Lフライ
級王座決定戦を争いパンヤ・プラダブスリが12回2ー0の判定勝
ちで王座を獲得したのだった。しかし、試合内容ではカニサレスの
有効打数が多く優勢だと見られていたがまさかの結果だった。採点
の読み上げに地元ファンでさえプーイングが起きていた。
当然採点結果に納得いかないカニサレス陣営はWBCに提訴した。
そして、疑惑採点の騒動は収まらずWBC団体は画像検証の結果、
採点ミスを認めジャッジ2人に90日間の資格停止処分を科して直
接再戦の指令を出すこととなった。
カニサレス前回の鬱憤晴らすKOで王座返り咲き!
〈試合経過〉
初回、序盤からカニサレスが積極的に左右フックで仕掛けた。
2回〜3回もカニサレスが手を緩めずパンヤを上下に攻め立てる。
しかし、パンヤも怯まず出入り際にカニサレスのボディーから右カ
ウンターを狙い始める。
4回、序盤から打ち合いが始まるとパンヤの右ストレートがヒット
するとカニサレスは飛ばされるようにロープにもたれ掛かった。レ
フェリーはここでダウンとみなしカウント8を数えた。再開すると
カニサレスにダメージはなく再び打ち合いとなった。
迎えた5回、両者序盤から左右で打ち合う。終盤に差し掛かるとコ
ーナー前でカニサレスが左、右とボディーを叩き込むとパンヤはへ
たり込むようにダウン。パンヤは立ち上がることなくそのまま10
カウントを聞いてしまった。
ーKO・5回2分52秒ー
元WBA世界同級王者のカニサレスが昨年の敵地での疑惑採点(王
座決定戦)で鬱憤を晴らすかのようにKOで2団体目となるWBC
王座の獲得に成功した。カニサレスはWBA世界同級王座から陥落
して4年2カ月振りの王座返り咲き成功となった。日本にも3度来
日してすっかりお馴染みの選手です。日本人選手とは4人と戦い2
勝1敗1分の成績を残している。また、この階級のWBCランキン
グには現在日本人選手も3位・4位・10位・14位とランクされ
ていることから再びグローブを交わす可能性もあるでしょう。
カニサレスの今後に注目です。
一方パンヤはWBC王座の初防衛に失敗となった。
タフネスが売りのパンヤも強打に晒され力を発揮できなかった。
今回で海外試合は5度目となったが、通算2勝3敗と負け越し、海
外での防衛戦は難しさを実感したに違いない。パンヤはWBC世界
ミニマム級王者時代の2023年10月7日、初来日で東京・大田
区総合体育館で暫定王者だった重岡優大(ワタナベ🇯🇵)と団体内統
一戦を争い12回0ー3(6P/10P×2者)の大差判定負けで5
度目防衛に失敗、正規王座から陥落した。その後はLフライ級に転
向して昨年12月26日、地元でカルロス・カニサレスとの王座決
定戦で王座を獲得して2階級制覇を達成したものの、今回も敵地で
は王座を守り切れなかった。
(PHOTOS BY TELECOMASIA.NET)
カニサレスはパンヤからダウンを先制されたが、ダウンを奪い返
してのKOで4年2カ月振りに王座返り咲きに成功したシーンをど
うぞ!(9分16秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★パンヤ・プラダブスリ/47戦44勝(27KO)3敗
★カルロス・カニサレス/32戦28勝(20KO)3敗1分
《WBA世界Sライト級挑戦者決定戦》
開催日:8月2日(日本時間3日)
開催地/会場:米国イリノイ州シカゴ/クレジット・ユニオン・ワ
ン・アリーナ(イリノイ大学シカゴ校内)
WBA世界Sライト級5位
オスカル・ドゥアルテ(29=O/mex)
VS.
WBA世界同級4位
ケネス・シムズJr.(31=O/usa)
拮抗戦もドゥアルテが挑戦権獲得!
〈試合経過〉
まあ、この一戦両者ともに手数が多くもの凄い戦いでした。
強打が売りの人気上昇中ドゥアルテと地味ながらもハイテクニシャ
ンのシムズJr.戦は今回私の下手な文章より動画でご堪能していた
だきますね。(^O^)
〈12回採点結果〉
115ー113(ドゥアルテ)
114ー114(ドロー)
116ー112(ドゥアルテ)
ドゥアルテが2ー0判定勝ちでWBA世界Sライト級王座への挑戦
権を獲得した。ドゥアルテは2023年12月2日、元WBC世界
ライト級暫定王者の人気者ライアン・ガルシア(米国🇺🇸)の復帰戦
相手として戦い真っ向から打ち合い8回KO負けを喫していた。し
かし、怯まず前に出て執拗に左を当てるドゥアルテも評価されてい
た。後にその好戦的姿勢は活かされることになる。
その後は元2階級制覇王者のジョセフ・ディアス(米国🇺🇸)に9回
KO勝ち。次に世界戦2度経験のバティル・アフメドフ(ウズベキ
スタン🇺🇿)に10回3ー0(6P/4P/2P)差の判定勝ち。直近
では34戦31勝(28KO)3敗と強打者のミゲル・マドゥエノ
(メキシコ🇲🇽)に7回KO勝ちと3連勝で大躍進していた。
今回ランキング上のテクニシャンを下したことでまた評価も上がる
でしょう。そして、なにより現WBA王者ゲイリー・アントゥアン
・ラッセル(米国🇺🇸)への世界挑戦が楽しみです。
シムズJr.はWBA同級王座への挑戦権獲得ならず。
これまでシムズJr.は中堅相手ながら2019年5月18日〜20
25年2月15日まで9連勝していた。強打は持ち合わせていない
が軽快なフットワークと接近してのコンビネーションブローは高く
評価されていた。今回も出入り激しい戦いとなったが、接近しての
打ち合いは強打者のドゥアルテをかなり慌てさせた。ポイントが接
近していたのも分かるような気がした。並の世界ランカーなら太刀
打ち出来ない技術を持っている。再起に期待したい選手です。
(PHOTOS BY FIGHTMAG.COM)
もの凄い戦いとなった一戦をどうぞ!(10分47秒)
※途中消除の場合ありです。
【両選手の戦績】
★オスカル・ドゥアルテ/33戦30勝(23KO)2敗1分
★ケネス・シムズJr./26戦22勝(8KO)3敗1分







































