そろそろ昼が近い…朝早く食べたからお腹が空いた。
 沿道のレストン併設の休憩施設の所に来た。ここで昼。

 奮発してカキフライ定食を頼む。
 「ご飯は軽めに」と頼んだがそれでもいつもの倍くらい。

 糖質制限はどうした!?(笑)

 まあ今日は少し歩くつもりだからこれくらいいいよネ…と自分に言い訳。

 運ばれてきた揚げたてのカキフライがなんとも美味しい。
 家では安全のため揚げ物は一切しないので。

 海に面した施設の、道路を挟んで反対側はやはり小さな集落。
 車は施設の駐車場に置いたままてくてく、パシャ。てくてく、パシャ。
 ひたすら撮りまくる。

 ほとんど人を見かけない静かな通り。
 2階建ての、シャッターの降りた少し大き目な建物。
 軒先のくすんだ日よけテントに「○○百貨店」の文字。


 かつてはこの集落の中心の店だったのだろう。
 日本全国のささやかな”パパ・ママストア”は大型店とコンビニに駆逐されてしまった…。
 
 なぜか駆られるようにカメラを向ける。

 そのうちこれらは取り壊され
 更地となって小綺麗な家に建て替わるのか
 或いはただ太陽光パネルが延々と並ぶだけの風景になるかもしれない。

*****

 高校を出て働きに行った施設の
 同じ市内に幸いなことに障害者専用の自動車教習所があった。

 入所していた人の多くが順番にそこに通って運転免許を取得していた。
 寮との間はそこの教官が車で送迎してくれた。


 1年も経たず私は故郷で小さな会社に就職することになり、帰郷前にそこで免許を取得した。

 実家に帰ってから
 最初は車いすは会社の事務所に置いたまま
 家から会社まで三輪車いすで通勤していた。
 
 半年後くらいにやっとマイカーを手に入れることができた。
 当時の価格で30万円あまりだったが、物価が違うから今と比較にはならない。
 
 もちろん勤め始めたばかりで金はない。
 月々の薄給の中から分割して返すということで、頭金は親に借り残りはローンだった。

 やっと…
 行く先々である程度自由に動くための車いすを車に積み込んで
 一人ではバスや汽車(当時)に乗れずせいぜい町の中の狭い範囲しか知らなかった私が…

 行こうと思えばどこへでも、
 道のある限りどこへでも…もしかしたら全国どこでも行くことができる!

 衝撃だった。
 夢中になった。

 休日になると給料の残りはほとんどガソリン代になって
 西へ東へとせっせと行動半径を伸ばしていった。

 初めて走る道の沿線の景色や街の佇まいが
 新鮮で、驚異に満ち満ちていて、隣の町や隣の県はまるで外国に行ったように見えた。

 健常者でも運転を始めて行動範囲が更に広がるのは目を見張る気分だろうが
 私の場合、ハンドルを握るようになったことは

 まるで急に背中に羽が生えて
 空を自由に飛び回れるようになった!

 …それほどのショックだった。

 盆暮れGWなど休日が続く時期に
 家に居た記憶があまりない。

 日帰りでもついつい遠くまで足を延ばしすぎ
 帰宅して疲れて大の字になっている私を見て

 毎回遊び惚けて…と妹が苦々し気に母に言ったら

 「大目に見てやりなさい。あれしか楽しみが無いんだから…」

 と母から言われたと、のちに妹が私に昔語りに話したことがある。(汗)


 「どこまで行ったの?」
 
 と数日のドライブ旅行から帰ったら母が訊ねる。
 家を出てから行く先を決めるから前もって聞かれても答えようがないのだ。


 「○○から□□を回って…」

 というと母は「じゃ、***は見て来た?」という。
 ***はそこを通れば誰でも寄る観光名所だ。

 いやそこは行かずにそのまま□□に行った…というと母は
 でも△△△は見て来ただろうという。同じく□□にある有名な場所だ。

 いやそこも通り過ぎただけ…というと、母は呆れたような顔をして

 「あんた…一体何しに行ったの!?」


 ただひたすら遠くへ遠くへ。
 ひたすら目新しい初めての道を選びながら。

 それがそのころの私のお出かけスタイルだった。