「mokogawaさん、今検査が半分終わりました。気分が悪いとかないですか?」

 検査室で、手術台の傍らに控えている看護師が聞く。

 はい特には…と答えながらちょっと驚く。
 半分? まだ始まってそんなには経っていないはずだが。

 「まあ2時間とか、ときに3時間間…」

 病室を出るとき病棟看護師が何気なく呟いていた。3時間…


 どれくらい時間がかかるのか今回の検査が決まったとき診察室で医師に訊ねた。

 「検査だけで済めば30分程度、そのままステント留置の治療に移行すると1時間半から2時間」

 それが医師の答えだったが3時間は初耳だ。でも実際にそれくらいかかった人もいるのだろう。
 2時間は覚悟していたが3時間は勘弁して欲しい…とか思いながら検査室に運ばれていった。


 今回心臓の前側を通る冠動脈に狭窄が疑われた。
 実は8年前にした左回旋枝という別の冠動脈の治療の1年後の検査で、新たにこの前側の動脈に狭窄が疑われる結果が出た。

 僅か1年後に、別の箇所にも狭窄の可能性が出たことはショックだった。
 それは造影剤を使ったCT検査だったが、更に精度の高い心筋シンチグラフィーで血流を測ると問題は無かった。

 記録を調べてみると更にその翌年、つまり左回旋枝に心筋梗塞を起こしてステントを留置して2年目だが、
 この時にも心筋シンチの検査をしていて、やはり異常は指摘されなかった。

 今回は造影剤CTで以前疑いが出た前側(たぶん左前下降枝と呼ぶらしい血管)にやはり狭窄が認められしかも以前より進んでいた。
 そして心筋シンチ検査となり、今回は更に狭窄の疑いが強まってしまった。

 こうなると黒白をつける最終検査は心臓カテーテルになる。
 点滴で心臓全体に造影剤を行きわたらせるのでなく、冠動脈に通したカテーテルで直接冠動脈内に造影剤を流し込む。

 狭窄が見つかればそのまま治療もできるが、身体への負担やリスクも大きい。
 今までの経緯を考えると今回は必ず狭窄が見つかり治療(ステント留置)になるだろうと思っていた。

 「先生『検査だけだと30分程度』と言われましたが、今回のように心筋シンチでも狭窄疑いの結果が出ているのに検査だけで終わるケースがあるのですか?」
 診察室でふと疑問に思って聞いてみた。

 「例えば血管の痙攣とかで血流量が少ないという結果が出ることがある」

 血管の痙攣…それはそれで怖いような気もするが。


 結局、今回は検査のみで済みステントでの拡張を要するような狭窄は認められなかった。
 時計は見れなかったが、体感でやはり30分程度だったろうか。

 「8年前にステントを入れたところは奇麗なままです。今回疑われた前側の動脈も強い個所で50%くらい」

 検査室に置かれたモニターに映る画面を見せられ、寝たまま説明を受ける。

 「先生、50%というのはそこは半分はプラークで詰まっているということですか?」

 なんでもネガティブにしか考えられない私の質問に医師は苦笑気味に、

 「プラークのついていない人はいませんよ」

 新生児や幼児は別として、程度の差こそあれ人の血管は年齢とともに詰まってくるということだろうか。
 そしてドクターの口ぶりからは50%というのはノーマル…正常とは言えないが、まあ標準、一般的ということなのだろうか。

 いつも思うのだが医者が相手にするのは症状が重篤で数値が極端に悪い患者ばかりだ。(でなければ病院に行かない)
 母が救急搬送されたとき、救急外来の医師はH(高値)やL(低値)があちこちに出ている血液検査結果表を手に

 「これくらいだったら(年齢を考えれば)むしろ良いほうですよ」

 と言ったが私は内心(そりゃいつも死にそうな人の数値ばかり見てるからだろう…)と思った。
 とはいうものの、今回は私は素直に(良かったぁ…)とドクターの説明を素直に受け入れ安堵した。
 でも造影CTや心筋シンチの結果はどういうことなのだろう?

 

 「ああいった検査は時として(悪い方に)大きく出ることがある」

 

 とのこと。いまひとつすっきりしないが、まあ終わりよければ全てよしとしよう。


 実は今回の結果に合点がいく事実が一つある。

 毎年の人間ドックに「脳ドック」のオプションを、2年か3年ごとに加えて診てもらっている。
 老化によるという大脳白質病変、脳血管動脈硬化、頸動脈の軽度プラーク付着などの所見が出た初回はビビったが、その後変化はなく「2~3年に1回検査を受けて下さい」が続いている。直近の検査は昨年夏だ。

 もし今回冠動脈が狭窄していて、心筋梗塞を起こす前にステントを入れて防げたにしても、それは結構なスピードで血管の老化が進んでいるということだ。
 でも脳の血管はあまり変化がないのに心臓だけ劣化が進むということがあるのだろうか?

 もしかしたら脳ドックの結果は見落しで、実際には同じように血管劣化が進んでいていつプッツンしたり梗塞がおきたりするかもという状態では!?

 …という懸念が、今回の心臓検査でかなり後退した。

 自分で思っているほど全身の血管の劣化が急速に進んでいるのでもなさそう。
 まあ随分昔に「あなたの血管年齢は90代です」というとんでもない測定結果を頂戴してはいるのだが。(笑)

 「明日の退院の許可が出ていますが、朝食が済んで帰りますか?」

 病室に帰り夜になって看護師が聞きに来た。

 家に帰っても冷蔵庫はほぼ空にしてきた。
 タクシーで一週間と見込んで大荷物を持ってきたので、更に途中で買い物をして荷物を増やす余裕もない。
 昼食を食べてから帰りたいところだが…

 「あまりベッドを占有できませんよね…」

 にこにこしながら看護師は激しく頷き、10時までには出てくれと言われた。
 そうなのだ…その日も9時までには来て、抗原検査や心電図が終わっても病棟に上がったのは11時過ぎだった。
 ベッドを大急ぎで整えていたらしい。

 大きな病院なのだが、コロナが一段落した現在でも病床はかなりひっ迫しているようだ。
 まあホテルじゃないんだから用が済んだらさっさと引き揚げないと。(笑)