「さあ、これからは時々二人で芝居でも見に行くかな?」

 遅い朝食後に新聞を広げながらつれ合いに話しかけると妻は別室に行き何やら紙を持ってくる。
 黙って目の前に広げられたのは「離婚届」…仰天。なぜだ!!!???

 結婚したことのない私だが、もし伴侶が居たら定年退職後にこんなシーンを経験する憂き目をみたかも。
 極度に神経質なくせに、他人に対しては無神経なことを平気で言ったりするし。


 母の不穏が激化し、認知症が進んで自分で食事ができなくなって、しかもコロナが広がり始めて先が見えなくなったころが一番ストレスが激しかったころか。
 私だけでなく週に1度、泊まりに来てくれていた妹にしてもそうだった。

 あるとき、激しく言い争った。
 というより、私も言い返したりしたが、話している間に激して早口にまくしたてる妹をほとんどあっけにとられて見ていた。

 当たり前のことだが、妹には妹の感じ方、考えかたがあることを今更ながらに思い知らされた。
 それほど鈍感だったということだろう。

 父が亡くなって以来、母と父の代りに妹を誘ってよくあちこちに3人で出かけた。
 広い総合病院での受診には必ず付き添って、あまり歩けなくなった母のために車いすを借りて押してくれた。
 最後に私が1、2泊の旅行に行けたのはもう10年近く前だが留守番に泊まりに来てくれて母と遅くまで笑い転げて話していたと。
 よくもそんなに話すことがあるな…と後で聞いた私は呆れた。

 だから母に対する思い入れは私と全く同じはずだ…同じ母の胎から出た兄妹なんだから。

 単純にそう信じ込んでいたが、それは勝手な私の思い込みだ。
 妹が我を忘れて「爆発」しなければ、ずっと私はそのことに気づかされなかった。
 最後の最後、もう取り返しのつかない土壇場になって「なぜだ!?」と途方にくれるだけだったろう。


 ときには「噴火」も必要だと思う。

 追い込まれて、切羽詰まっても頑張っていても周囲にはそれに気づかない(鈍感な私のような)人もいる。
 (ああ、まだ余力はあるな、大丈夫なんだな)と思って逃げてしまう。
 誰しも自分にかかる負担からは少しでも逃げたい。


 若いころ就いていたのは季節性の商品を扱っていた会社で暮れの1日が殺人的に忙しかった。(辞めても長らく悪夢に…)
 同僚で二人くらい毎年決まったようにパニックになって、理不尽な矛先が激しく私に向かってくる。
 腹の中は煮えくりかえるが、何とかなだめながら段取りを進めなければならない。

 いっそ先手を打ってこちらが先にパニくってやろうか?
 泣きわめく相手には、あまり攻撃してこないものだ…とそのころ読んだ本にあった。(笑)
 
 ああ、もうワケが分からなくなった!!と頭を抱えながらその場をしばし離れると相手はあっけにとられた風で追ってもこなかった。
 まあ姑息な手段で何回も通用するわけではないが…

 こちらが冷静でいればいるほど相手は逆上するし、頑張れば頑張るほどそれに甘えてしまう種類の人も周囲にいるかも。

 もうキャパの90%くらい余力、精力を使い果たしてしまったとき、大げさでも演技でも構わないから10%、20%を加えて「もう限界!」と泣き叫びながらでも訴えたら…
 規則しか頭にない人、私みたいに鈍感な人、できるだけ逃げようとする人…でも、もしかしたら動いてくれるかも。

 ま、それが周囲に通用しないことが多いから、多くの介護が孤独なのだろうけれど。