私はよく医者を怒らせる。

 母の認知症の本格的な診察を受けるため総合病院に行った時のこと…

 その病院では近年「もの忘れ外来」が新設されていた。医師は他県で診察していた人を招き入れたようだ。
 同じ病院で、母は頻尿のため定期的に薬を処方され、また年に数回起こす膀胱炎で定期的に検査もしていた。

 「これは止めたほうがいいかも…」

 精神科の医師が服薬一覧を見て言った。
 介護生活に入る前で、当時はまだ母は困るほどの問題行動は無かったが、昼間の極度の傾眠が悩みの種だった。

 なにしろご飯を食べている途中で急に眠くなって…そのまま食器を手から落とす。
 転がったみそ汁の椀を拾いあげ、床を拭いたことが何度もあった。

 「あ、落ちる!!」

 向かい合わせで一緒に食べていて気が付き声をあげる。
 ハッと目を覚まし慌てて食器を持ち直して母はにやりと笑うのだが…
 ちょっと席を外したり横を向いていると「ガチャン」と食器の落ちる絶望的な音を耳にする。


 夜間に熟睡できないのか眠りの質が悪いのでは?
 ということで精神科でいろいろ睡眠導入剤を出してもらったのだが結局どれも奏功しなかった。

 そんなときに精神科医が指摘したのが泌尿器科でもらっている頻尿の薬…抗コリン系の薬だ。

 「頭をハッキリさせようとしながら(神経伝達物質のアセチルコリンを抑える)抗コリン薬を飲むというのも…」

 と言われて(そうなのか)と思った。

 で、別の日の泌尿器科の受診予約のあった日に先生におずおずと薬を止めたいと切り出してみた。
 
 「薬が要らないんだったら、今後小島医院で診てもらうか!?」

 かなりの剣幕で怒り出した。
 
 小島医院(仮名)は近所のかかりつけ医だが、内科であって泌尿器科ではない。
 泌尿器科の毎回の受診日には、もう私だけが代理診療で行って朝に採取した母の尿を検査してもらっていた。

 即日の検査と膀胱炎発症の場合は薬が要るので、ここの泌尿器科は欠かせない。

 いや、検査もして欲しいから今までどおり通います

 そう言って結局、頻尿薬は中止になったのだが普段穏やかな医師の豹変ぶりはちょっと驚きだった。

 ずっと昔に母が尿路結核で入院したときの主治医で、以来ずっと担当だ。
 信頼のおけるいい先生だと思っていたのだがかつての名医がずっと名医とは限らない。

 もしかしたら他科の、しかも”新参”の医師に投薬のことを言われたのが気に障ったのか…
 あるいはそのころ同じ泌尿器科の同僚の医師がその総合病院の院長に就任している…何か鬱々とするものでもあったのか?

 思い込みと妄想の人である私は下種の勘ぐりで想像を逞しくする。
 でも自分では気が付かないが、何か切り出し方に不用意なところがあったに違いない。

 言葉は丁寧でも思わぬところで不信感がぽろりと出たりして…



 「右を見て。右上を見て。上。左上…左、左下。下…うん、異常ないですね」

 え、右下、診たか!? 診てないよ、確か。

 「先生…右下は?」

 3カ月に1回の眼科で散瞳による検査。もし1か所でも見逃されたら3か月間怯えて過ごさなくてはならない。

 「見たよぉ!」

 むっとしたように応えて、そさくさと患者が椅子に座って待ち構えている隣の診察室へ消える。
 私の思い違いか!?

 でも何回も網膜裂孔が見つかってはレーザーを眼に打ち込まれた私だ。
 生唾を飲み込みながら8方向の点検をひやひやしながら聞いているのだから間違うはずはない。

 ちょっとでも不安や疑問があるとつい言わずもがなの一言が出てしまう。

 別の医師のときは上下左右しか診なかった。
 指摘すると「(上下左右だけでも悪い所があれば)ちゃんと見えてます!」と、これもいささかむっとしながら。
 じゃあ今までの8か所は何なんだ…

 おそらく4か所でも事足りるのだろう。だが「完全癖」の私は承服できない。
 安心できないのだ。


 「先生、残った部分は義歯を支える土台に使えませんか?」

 新しく通い始めた歯科医院。
 根元から抜け落ちたと思っていた歯は、根元が少し残っていた。

 「使えません! 抜くしかない。置いておいても炎症を繰り返すだけです!」

 やはりむっとした感じの医師。

 「まあ強制はしませんがね…」


 X線写真を見て、他の歯も抜いたほうがいいという。
 初めて来て、いきなり3本抜歯!? もしかしたらここはすぐ抜きたがるところか。

 抜けた部分だけ今の部分義歯に義歯をつけ足せばいいかと軽く考えていたので、慌てる。
 とりあえず今ある歯は温存の方向で…そう頼んで時間を稼いだ。

 今までの患者は「抜きます」と言われれば、ああそうですかと羊のようにおとなしく抜かせていたのだろうか。
 患者側からの逆提案など思いもよらぬ腹立たしいふるまい?

 本当に他に方法がないなら抜くにやぶさかではないが…
 調べねば!


 それにしても…

 こう何度か医者を怒らせるということは、診察室に入ったときの私の顔に書いてあるに違いない…

 『メンドウな患者!』