台所から何気なく外の道路の方を見た。
お婆さんがなんとなくこちらを窺っている様子。
目が合うと手を振って何やら言っている…台所のガラス窓を開けろと言っているようだ。
鍵を外して戸を開けると裏口側の門扉を開けて(プロパンのボンベ交換が出入りするのでロックしてない)窓の外まで来た。
「ひとつあげよう」
抱えていた数本のキュウリの中から大きいものを選んで差し出した。
長くて太い、採ったばかりの立派なキュウリ。
「あ。…ありがとうございます」
このお婆さんは、ときどきこうして窓の外から野菜をくれる。
確か以前にも夏みかん?とかタケノコをもらったことがある。
頂き物をするくせに名前も定かではないのだが同じ班の人ではない。
近在の人でも話をする機会も滅多にないとなかなか顔や名前が覚えられない。
相手から見ると私は車いすという格好の属性?があるから、どこどこの誰…と覚えやすいだろう。
このあたりの不平等(笑)はいつも悩むところだ。
ええっとどなたでしたっけ?などと今更聞けなかったが、確かこの人はYさんの奥さんだろう。
道路を少し行ったところに、娘さん一家が住んでいると母から聞いたことがある。
こうして自分の畑や庭でできた野菜などを折々に娘宅に届けに行き、その途中で私を見かけると幾らか分けて下さるのだろう。
Yさんの家は、田を埋め立てた造成地である私の住む班や隣接する田んぼの元の所有者だ。
カンカンカン…
6、7年くらい前になるが家の裏の方で何やら音がする。
庭に出てみるとそのYさん…つまり夫の方だが、裏口側の門扉の外にせっせと杭を打って囲いを作っていた。
そこは田んぼとの間に半坪あるか無いかの空き地があり、そこを囲っていたのだ。
「そんなことしちゃ、ダメだろう…」
道を歩いていたやはり近所の人が、呆れたように声をかけるが我関せずで作業を進める。
ダメなのだ…こんなことをされては。
この裏門側はめったに私は使うことがないが、封じられると道路への出入りができない。
ガス屋さんもボンベの搬入に困るし、なにより火事にでもなって裏口側からしか逃げ道がない場合は危険だ。
何をしているのか?と、戸惑いながら本人に聞いてみる。
「囲っておかないと、他人が勝手にウチの土地に入る」
何十年もそのままになっていた空き地を、今頃になって囲い始めたのも不可解だが、そもそも空き地はYさんの土地ではない。
「あの空き地はね、班の共有地。(住民の入れ替わりがあったりして)今では班の中でも知らない人もいるようだけど」
そう母から聞いていた。
田んぼとの間の中途半端な土地が共有地になっているのは、かつてそこに電柱が立っていたかららしい。
昔、土地の売買契約をしたのがYさんの親だったとしても自分の土地の把握くらいはしていそうなものだ。
だがYさんの様子では、田(他人に貸して耕作させているが土地はYさんのもの)に隣あったこの狭い空き地も自分の土地と思い込んでいるようだった。
厄介なことになったな…
母はこのころはまだ普通に会話もでき、ある程度の道理もわきまえていたと思う。
が、時として異常に怒りっぽかったり猜疑心に凝り固まったりということがあった。
歳のせい…と思っていたが、徐々に認知症状が忍び寄っていたのかもしれない。
今回の出来事をそのまま母に伝えたら、おそらく朝から晩までのべつ幕なしにYさんへの悪態を聞かされるに違いない。
それにしてもYさんの様子も、何か常識外というか…ちょっと異常だ。
(続く)