介護が終わった人のブログでは毎日のようにあった更新が、次第に間隔が空き、
やがて長い間途絶えたままになっているものも結構ある。
それは、良いことなのだ…とも思う。
止むにやまれず、心の中をブログにぶちまけずにはおれない…もうそんなことも無くなったのだ。
その人の新しい人生が始まっているのだな。
そう思う。
中には辛い介護のただ中で更新が途絶えたブログもあって、それは気になる。
介護の話題はほとんど無くなってもそのままずっと続いているブログもある。
些細な日常の出来事とか、社会やネット上での出来事に対する思いとか内容は色々だ。
もし「介護」という接点が無かったら、それらの人のブログに接すること、
その日常生活を垣間見ることなどずっとこの先も無かっただろう。
住んでいるところも違う、家族構成も違う、性別も年齢も…というよりかなりの人とは世代も違う。
ブログに綴られている何気ない日々の暮らしの様とか家族とのやり取りとか食べ物の話とか…
ふうん…そんなこともあるんだ。
と、私にはある意味新鮮かも。
はて、この人はお母さんを介護中だが、お父さんはどうだったかな!?
これは以前読んだ他の人のブログにも書かれていたことだが、幾つもの介護日記を併行して読んでいると環境とか背景が記憶の中で入り混じってくる。
日記にいつも出てくる人はそうでもないが、たまにしか書かれていない家族とか。
ブログタイトルの下の説明部分とか、プロフィールに大体の概要が書かれているが、そこがごく簡単なものもあるし。
いま併行して読んでいる日記は十数個くらいだが、これくらいでも短期記憶が怪しくなりつつある身には結構苦しい。
ちなみに多くの人はスマホでアメブロを読み書きしているようだが、私は少数派のパソコンから。
スマホにアAmebaプリも入れてはいるが、スマホの小さい画面はやはり苦手。
ウォッチしている日記は、ブラウザの”お気に入り”にamebloというフォルダを作ってそこに最新記事タイトルを追加。
同じ日記の古い記事タイトルは入れ替わりに削除。
追加しても削除の方を忘れ、次回にそこをクリックしては"デジャヴ"に襲われる。(笑)
フォローという方法もあるが…
で、"お気に入り"の中でも"時々確認してみる"のフォルダに入れた日記は、更に記憶が曖昧になって記事一覧の中からまた幾つか読み返すのだが…
そうだ、一覧表を作ろう。
そういえば私は昔から表が好きだ。
車を買い替えるときの検討のため作った各車・各社一覧表、
母をショートに預ける時に一緒に施設に渡した服薬一覧表…などなど。
ということで作ったのが「介護日記一覧表」。
横見出しが介護日記の「タイトル」。
縦見出しが…
ブログ主のニックネーム、年齢層(推定)、ブログ概要、被介護者の続柄、被介護者の家族、自宅からの距離(位置)、介護施設利用状況、介護者(ブロ主)の家族、従たる介護者、被介護者の主な症状、同備考、被介護者2続柄…等々
うーん、何か介護関係の聞き取り調査票のような。
これくらいは、表にしなくてもブログを読んで頭に入るだろう!?
と言われそう。
確かに頻繁に読んでいるところとか、特徴のある日記の場合はさすがに頭に入っている。
だが、時間が空いてしまうところはやはり記憶が曖昧になりがち…