聴診器を当て、懐中電灯で照らした瞳孔を覗き込み、医師はちらっと母の枕もとにある時計を見た。
23時24分
これが死亡診断書に書かれた死亡時刻になった…実際はもっと早くこと切れていたのだが。
もし医師が来たのがもう少し遅かったなら死亡日は翌日になっていただろう。
そうすると父の月命日と同じになる。
私が墓参りに行くのに難儀しなくていいよう、父に合わせてくれたのかな?
などと自分勝手なことを考えながら、先日花を取り替えに墓に行った。
もう4カ月目か…
父の時は弔事に伴うあれこれは何から何まで初めてだった。
他県出身の三男坊で、こちらに出てきて母と一緒になったから当然、墓は無い。
急遽、近くの縁のある寺の檀家になり葬儀のお勤めをしてもらった。
ごく簡易な仏壇はあったが正式に作り直し、寺の裏にある墓地の一角を割り当ててもらって墓を建てた。
納骨式の日は慣例らしく石工の棟梁ともう一人職人に立ち会ってもらい心づけを渡した。
実際に墓の下に骨壺を入れる作業はその前に済ませてあったようだ。
母の納骨も石材店を呼ぶのだろうと思っていたが呼ばないという。
父の時は先代住職が取り仕切ったが、母の時には既に亡くなっていた。
息子の現住職は気のせいか結構簡略化が進んでいた。
コロナのせいもあるかもしれない。
参列者の中に男手があれば(石工を呼ばなくても)できるとのこと。
だが、男と言っても私は役に立たないし後は姪の夫か中一になった姪の長男くらい…
結局、姪が墓の前に膝をつくようにしながら、ずらした石の蓋の間から骨壺を差し入れた。
結構重いので、手を滑らせて壺を割りはしないかと、ひやひやしながら見ていた。
カロートという石棺部は地面より掘り下げてあり意外と深かった。
「ある…」
と妹が呟いたが、当然父の骨壺もそのまま置いてある。
蓋の隙間からちらっと見えただけだが、墓の中を見るのは初めてだった。
(冬は寒そう…)
死んでしまえば暑いも寒いもないのだが、寒さが超苦手な私が咄嗟に思ったのはそれ。
土葬で直接土に埋められるのなら、土の中は結構冬暖かく夏涼しいだろうが、あのガランとした石棺は見るからに冬は寒そうだ。
とはいえ、もう自分の行先も考えておかなくてはならない。
死んだら、幼い子供のときのように骨壺は父と母との間に置いてもらって「川」の字で眠りたい。
そう思っているが、父の時に新設した墓の下でいつまで眠っていられるやら…
独身だから、私のあと墓を見るものは居ない。
妹が生きていればしばらくは見てくれるかもしれないが、やがて妹も逝く。
いまのうちに永代供養墓への引っ越しを用意しておいたほうがいいのだろうか。
この方面の知識は疎い。
もともと宗教心があるわけではないので、自分が死んだ後などどうでもいいのだが、身体も弱ってくると心も判断も弱ってくる。
気弱になって無駄な供養のために、なけなしの貯金を使わねばいいが…
超高齢の親を看取る…
高齢化の進む現代だからこれから私以外にもどんどん増えるだろう。
そして昔と比べて「おひとり様」も増えている。
自分もそこそこ高齢になって親を看取ると、後が結構忙しい…自らの時間も少ないから。
若いうちに親を亡くした人、まだ若い親を看ている人には申し訳ないような悩みかも。