母の検査結果を聞きに行ってから一週間あまり、暮れも押し詰まった29日のことだった。
夜中の3時ごろから母は激しく腹痛を訴え始めた。
3年前のこの頃、もう殆どまともな会話はできなかったろうか。
ある程度、こちらの言うことは理解できていたと思うが「どこが痛いの!?」と聞いても答えられない。
ただ唸り、悶えるだけだ。
その様を凝視。
足か? 頭か? お腹か!?
お腹辺りを叩くような動作。呻きの中に「ハラガ…」という言葉の断片が聞こえるような気も…
腹か!
ブログにもさんざん書いているが、介護中で一番辛かったことは、この夜間の不穏というか苦悶というか。
傍らで寝ているから、何度も起こされる。
何より、呻き声を聞いているのが辛くて辛くて寝るどころではない。
かかりつけ医院に真夜中に電話したことがある。
(当直看護師から「手持ちの痛み止めを飲ませておけ」という医師からの伝言を聞いただけ)
もう救急車を呼ぶか? 大げさか!? いや躊躇っていて手遅れになったらどうする!?
苦しむ母の傍らで独り、脳みそから脂汗を流す思いで焦り、迷いに迷ったことも何度かある。
ところが、こういった不穏症状?が昼間は出ない。
明け方には落ち着き、念のため痛み止めを持たせて送り出したデイで、
「いる間に痛がったりとかしませんでしたか?」
そう聞いても「いえ全然…」と連れ帰ってきた送迎の看護職員から言われるのが常だった。
(いつものパターンかもしれない…もう少し様子を見てみよう)
その時も、そう思った。
はたして次第に苦悶は静まってきて、そのうちに寝入ってくれた。
見守りに疲れ果てていたのか私もうとうと寝入ってしまった。
ところが明け方になって呻きが再発した。
これはいつもと違う!
かかりつけ医のいる小島医院(仮名)は9時からの外来の診療に先立って8時から予約していた人の各種検査をする。
だからその前から看護師が出勤して準備をしている。
そろそろ良いだろう。ようやく明るくなりかけた頃にまず医院に電話をした。
スマホに母の状態について、日記代わりに時々メモを残していた。
(とにかく私は「保存魔?」「メモ魔」だ…)
あらためてその頃のメモを見てみると母を婦人科の検査に連れていく前日、尿とりパッドに「べとべとした黒い血液多量」と書いてあった。
その後、婦人科の検査結果では重大な異常は無かった。
としたら、やはり問題は消化器なのか…
小島医院に電話すると「救急車を呼んで病院に連れていけ」とのことだった。
便潜血の検査をしたのはこの医院なので、やはり大腸あたりの重大な疾患を疑ったのかもしれない。
なお小島医院は、現院長の父親は外科医だったが小島医師は内科医だ。
聞くところによると消化器内科が専門だったらしい。
救急車が来た。
母が救急車で我が家から搬送されていくのはこれで3度目だ。
「小島医院で救急車を呼ぶように言われました。**病院に通院していて、この前診療にも行きました」
救急隊員に告げる。
搬送先は、医者などの口添えがないと、とんでもない遠くへ運ばれることがある。
救急受入れの当番制の関係かもしれない。
初回のときは市内ではなく車で1時間はかかる隣の市の病院に運ばれた。
「とりあえず小島医院に電話してみます」
顔を見合わせた二人の隊員の一人が医院に電話をした。
「先にこちら(小島医院)で見るとのことで一旦小島医院に運びます。どうしますか?」
どうするかというのは、救急車に同乗するかと聞いたのだ。
入院や万一に備えての支度もある。
すぐ後から自分の車で行くというと医院での診察が終わったら電話するとのことで車は出た。