生前の在宅介護の時を思い出しながら書いています。
仮名が過去記事と重複していたため修正しました。小林⇒加藤
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「mokogawa母さん、今度はね、私にも塗ってくれる?」
台所で夕食の支度をしていると、背後の寝室での母とヘルパー加藤さん(仮名)とのやり取りが聞こえてくる。
ぴたぴたぴた…
しばし会話が途絶え、両掌に化粧水をつけてもらった母が、目をつむって顔を差し出した加藤さんの両頬に化粧水を塗る様子が目に浮かぶ。
芋の皮を剥きながら私は微笑ましい気持ちになった。
転倒で入院した病院から帰り本格的な在宅介護が始まる前から、母は週に2回の訪問入浴介護を受けていた。
退院して車いす生活になっていたが、まだ掴まり立ちは出来ていた。
ヘルパー1人のアシストでトイレに行ったり自宅の浴槽を使って入浴をしていた。
まずトイレに行って、次に風呂場で入浴。
パジャマに着替えて上がってきたら寝室で足に保湿クリームを塗って着圧ソックスを履かせてもらう。
水分補給のジュースを飲み、浴室を片付けたヘルパーさんが日誌を書いて玄関を出たら、窓際に連れて行く。
塀越しに車で帰るヘルパーさんに二人で手を振るのが毎度のパターンだった。
「さようなら~」
最初は気づかず素通りしていたヘルパーさん、
毎回母が帰り際に窓から見送ってくれていると知ると、交互に来る3人とも必ず一時停止して応えてくれるようになった。
夜間や日中のひどい不穏はあったが、まだ他人に気を遣う部分が残っていた時期。
「何かつけるものありませんか? お風呂上りに顔がつっぱるみたいで…」
母が何か訴えたのか、ある日加藤さんが聞いてきた。
そういえば化粧水みたいなものを使っていたはずだが…
ベッド周りのボックスの中にあった。
あまり残っていないな…買っておかなくては。
それ以来、浴後の化粧水塗布がメニューの中に加わった。
母の頬に化粧水を塗ったあと、自分にも…とせがんだ加藤さんは、その化粧水を塗って欲しかったわけではないだろう。
訪問介護の介護計画書の中には、自宅に居て他者との交流が少ない母に
できるだけコミュニケーションの機会を増やすという項目がある。
{ 母とのやり取りはその一環だったのだろう。
ヘルパー加藤さんは、3人の中でもっとも母への思い入れが強かったように思う。
来る回数も多かった。
あるときヘルパー高橋さんが
「もうmokogawa母さんのことは加藤さんの専属みたいになっちゃって…私らはあまり言えないんですよ」
と苦笑しながら言っていた。
采配するのはチーフの佐藤さんのはずだが、自ら志願して頻回に訪問を買って出ていたのだろうか。
その加藤さんが突然、訪問スタッフから外れた。
ショックだったが佐藤さんが「たぶん、また会えると思いますよ…」と意味ありげなことを言う。
加藤さんはその事業体を辞めたのではなくケアマネとして異動となったのだ。
ケアマネの資格は以前から持っていたようだった。
はたして3か月後に当時のケアマネが退職したとき後任として担当してくれることになったのが加藤さんだった。
母のことをよく知っている人がケアマネになって「最適のケアマネ」と妹と二人で喜んだ。
その加藤さんも後に退職してしまうのだが、後任の二人はついつい加藤さんと比べてしまう。
物足りなさを覚えてしまうが、公平に見ると後任の二人にもよくやってもらった。
ケアマネとして月に一度のモニタリング訪問に来た時も母の顔を覗き込み
「これ、内緒ですよ…」
と言いながらヘルパー時代のように母のトイレ介助をしてくれた。
3か月以上、顔を見なかった加藤さんを母は覚えているだろうか?
「あたまに…一緒に、行った…」
なんと覚えていた。
自費サービスで2度ほど美容室のカットに行くのに付き添ってもらっていたのだ。
あるモニタリングのとき、約束した時間間際になっても加藤さんが来ない…
ほどなく、切羽詰まった声で電話をかけてきた。
(続きは後、書きます)