みんな幸せに -11ページ目

母との時間

とうとう母の最期を迎える時期に。
仕事の調整をしながら、どうにか母の希望通りの最期を迎えることができるか。

四月上旬に膵臓癌末期で全身転移。
あまりにも残酷な検査結果を母に伝えられず、マイルドに説明。
私も母も、まさかの結果に泣き崩れた。

とりあえず出来る事全てを母のためにと。
仕事の合間、母の元へ。
様々な話や薬の管理。また、一人暮らしなため緊急時の対応の手配、訪問診療と訪問看護、介護申請をして最期の看取りの施設探し。全ての環境調整完了!!

バタバタしながらの母の介護。
もちろん自分時間は母に当てているため、家は散らかり、主人の食事も作れない事だらけ。
病弱な私がどこまで出来るか。
常に不安がつきまとう。

そうそう。
やっと始めた不妊治療も泣く泣くストップ。

毎日が目まぐるしく、十分に身体を休める事も出来ないまま突っ走ってきた。

弟の自立更生のためにワザと距離を取っていたが、母の病気を知らせても一向に音沙汰なし。

一日一生。
どれだけ残された時間かわからない。
母の望むことを全て叶えよう✨✨✨

体調がいい時はなるべく私の家に泊まり、団欒しながら我が家の愛しいワンコにセラピードッグをしてもらい、母の両親の眠るお墓にお参り。その帰りに旧友とのランチ🍱で女子トーク。
時間と日をみてその旧友と共に富士山までドライブ。

このドライブが厳しかったのか一気に病状の進行。食事はおろか、癌性疼痛に苦しみ動くことも困難。たくさんの薬を使って疼痛コントロールしても、なかなか疼痛が治らず。少しいい時に入浴介助をして気分転換図り、毎日訪問でくる施設の人、看護師などたくさんのサポートでどうにかギリギリまで自分のマンションで暮らせた。

ある日定期処方の薬を薬局でもらい、マンションの玄関に行くとコンシェルジュの方がバタバタしていた。
声をかけられ、「お母様が娘を呼んでとパニックになってます」
えっっ?
すぐ様、母の元へ。
「こんなに辛いならもう死にたいの。殺して〜‼️」
泣きながら訴えてくる。とりあえずのレスキューを使用し訪看さんにコール、ケアマネさんに説明し、今お世話になっている施設へ行くことに。

今までに感じた事のない痛みと苦痛とで地獄のような辛さであったと。
医師に報告し、指示を受けどうにか徐々に落ち着き疲れ果て寝てしまった母。

看る私もやや半泣き💦
ちょうど今日で施設に来て二週間。
たくさんの利用者さんと談笑し、たくさんの人に囲まれて、本当の母の姿をみることができた。

今まで散々ケンカし、顔すら合わせたくないと思っていた母とは全く違う人格。

主人曰く本音を言えない損した人生だったなぁと。

そうね。今は一日中一緒の時間を過ごし、どうにか自身の体力と余力だけで生きている母。

ホント母との思い出がない。
たくさんの思い出も作れないまま、もう母は旅立つ準備をしている。

意識がなく昏睡状態になり、今日で4日目。最期まで残された聴覚。
声をかけて話しかけて。

弟と会いたいと言っていた母の願いは叶わぬままでの最期。

一日一生。
大変だったこの短い期間。
お互いに親子らしく過ごせた私の宝物。

今日か明日かの余命。
寂しい思いをして過ごしてきた母へ最後の親孝行。私の病気の発作が出ない事を信じて、今宵も共に過ごす。

全ての人、時間、あらゆる物に感謝✨✨✨ありがとう😊
私を産んでくれてありがとう💓
時だけがカチカチと進む…。

困った

母の闘病生活の終盤
とうとう一人暮らしで頑張っていた母。
もう無理と。
本人の希望で看取りの施設へ。
今までに感じたこともない激しい痛みと吐き気に耐えられず、私に早く殺してー!!と。内服薬を使って痛みを緩和していたが、急に薬が飲めなくなり、激痛に襲われ泣きながらの訴え。
すぐ対応をしてどうにか施設で予後を過ごし仕事も時々休みをいただき、母に寄り添って過ごしてる毎日。。。

ねぇ、息子に会いたい。
そうねー。
でも、このままだと確実にダメになるからと親から独立を促して6〜7年。もちろん住所以外の連絡方法はなく、病気が判明した瞬間、何通も手紙を書いてじっと返事を待っていた。
幾度待っても連絡がない。
時間とともに母の病魔が。
待てない。主人と共に住んであろう弟のアパートまで行き、何度も何度もチャイムを鳴らす。
居留守。

その後も全く連絡ない毎日。

もう、意識も朦朧としてきている母。
ねぇ。早く会いたいのにどうして会いに来ないの?

心中、知るかって思いながらも、何事にも未熟な弟を会わせないと母が不憫でならない。

最後に出来る親孝行‼️
気合いを入れて興信所へ。
たくさんのお金を払い、弟が本当にその住所に住んでるのか調べてもらった。

さすがプロ。あっと言う間に調べあげ、結果住んでると判明。
その夜、主人と共に直行。

チャイムを鳴らすが出ない。
何に襲われているのか、アパートの鍵を勝手に替えてダイアル式にして、窓全面スモークが貼られている。

置き手紙だけして、翌日朝。
私一人で行き、アパートの管理会社に相談。

そね直後、やっと弟からLINEで電話あり。もう、お前とは絶縁ってなってるんだから関係ねぇんだ!とバカな返事。

話にならず、主人に報告。
主人も呆れ、主人の伝言をLINE。

その夜、ようやく弟から母へLINEから電話。母は嬉しく、今までの気持ちが込み上げ泣き崩れてしまう。

少しして、再電話あり。
会いたいの。会いに来て!!と素直に自分の願いを伝える母。
意識も朦朧としながらも気丈に頑張って弟と話す。
あー。会うのは無理と連発の弟。
会えない理由も伝えないまま、電話を切るバカ息子。
泣きながらどうして⁇と訴えてくるが、私も返事に困り果て、母を納得させることが出来ない。

本当に腹ただしい。
もう余命も限られている母への酷い仕打ち。怒りよりも呆れ果てる私。

朦朧としている母にごまかしながら会話。でも、母は施設の人や訪看さんに会いたいから辛くても頑張って長生きしなきゃと。。。
明日、医師と母の今後について話し合い。

どう決断するべきか。
悩み、考えても答えが出ない。
困った。

みんなどう決断をするんだろか。
頭がカチ割れそう。

非情な弟。

素直に会いに来い‼️
馬鹿過ぎる。

過酷な生活

母の週単位の余命宣告を受け、約三週間。
日々衰弱していく中、在宅での病状管理の難しさを実感💦

徐々に食べることが出来ず時々点滴し、症状緩和を図っているが、水分摂取も困難な今日。
夜の内服も出来ずちょっと動くだけで嘔吐。経口薬困難時の座薬を使っても効果不十分な所に残薬なし。
訪看さんコールし、先生とやり取り。
点滴の針刺しも訪看さんが二回失敗し私に交代で点滴開始。
点滴内に吐き気止めを入れて滴下中。

日中は、職場で体調崩した患者さんた対応。ほぼ24時間勤務状態の過酷💦💦

そろそろ一人での生活は難しいか…。

決断の日が迫ってる。
意識があるだけに困る。

薬で寝かせていくか…。
24時間悩み悩み答えが出ず。

本人の意思を尊重するという原則に基づいて決めていこう。

神さまに委ねます😢