未来への希望 | コリンヤーガーの哲学の別荘

コリンヤーガーの哲学の別荘

30年温めてきた哲学を世に問う、哲学と音楽と語学に関する勝手な独り言。

1.被爆者の語り

 

 41年前の3月、高校受験に合格し、近くの会館でわたしは生まれて初めて広島の被爆者(女性)の語りを聞いた。その証言は「生々しかった」と記憶するが、その語りを聞きながらどこか冷めた自分がいたことの方が良く覚えている。

 わたしは戦後生まれで、被爆者の話から伝わってくる原爆投下直後の広島の地獄絵を、被爆者の語りの「生々しさ」とは裏腹にリアルに「実感」はできなかった。もちろん核兵器に対する「恐怖」や「憎しみ」を覚えたことには違いない。小学生になる以前から、夜寝る前にベットの中で妹と一緒に聞いた、母が読んでくれた「絵本」の語りの原爆の悲惨な物語によって、わたしは十分に「核兵器」に反対する青年だった。もちろんテレビで放送される被爆直後の広島、長崎の「映像」などから、「核兵器は悪だ」と当然思っていた。だから被爆者の語りに耳を傾けながらも、「核に反対する」というわたしの態度は「すでにわたしの心の中にある確信」で、その語りから自分が新しい「思想」を持ったという記憶はない。ただ苦く悲痛な「思い出したくない(確かに彼女はそう語った)」過去の記憶を彼女が語ってくれたことに対しては、確かに感謝したことを覚えている。

 

2.反核運動

 

 わたしが大学に入学した1983年ごろは、世界中で「反核運動」が盛り上がっていた時期であった。国政政党の青年組織やらその分派などいわゆる「左翼」団体とか、環境保護団体とかが、しきりに活動していて、わたしの下宿にも「核廃絶の署名」を何度かお願いに来た。

 わたしはもちろん高校時代に被爆者の語りを聞いた時よりずっと以前から「反核」だったわけだが、哲学を学ぶようになってひとつの疑問を持つようになっていた。それは「核」というひとつの兵器を廃しても、通常兵器による戦争が無くならないならば、たとえ一挙的に人命を奪うことがなくても、結局「殺し合い」は無くならない。「戦争」を望み、企図する人間の「心」の問題を解き明かさねば問題の根本は解決されない、ということである。署名をとりに来た学生達に、わたしはこの質問をぶつけてみた。答えは、「核兵器のような大量破壊兵器を廃絶することが平和への第一歩だ」「広島の惨状を見てあなたはなぜ核廃絶に協力しないのか」というような説明をして帰った。彼らが「反核」と「平和」という言葉を並列して「反核・平和運動」と名付けていたことに、わたしは違和感を覚えた。それは、広島を見つめてすぐさまに「核反対」と言える自分と、「反核」と「平和」という課題が同一のものではなく、また「平和」を説くのは「反核」では十分でなく、戦争を引き起こす人の心の問題は、兵器の能力(大量破壊能力)とは別の問題と考えたいたからだ。

 

 戦争の起源を考える時に、わたしにはひとつの仮説があった。人類登場前から、自然の生命のあり方は「生存闘争(食物連鎖を生み出す根拠)」であって、個体としての生命は、自己の生存が第一の目的である。(他者の生存を否定してでも)。自然の摂理は生命が生命を食らう、ということを本質としている。(ライオンは唯一の強力な遺伝子を残すために、メスに選択権を与え、メスは群れの唯一のボスを選ぶが、そのボスの交代があれば前のボスとの間にできた子ライオンを殺すことで新しいボスの遺伝子(より強い遺伝子)だけを後世に残す。集団社会を選択したチンパンジーや人間は、集団として遺伝子を残そうとするから、唯一のボス以外のオスを否定せず、多様な遺伝子が自然淘汰の中で残せることを選択した。唯一のボスでない他のオスを生かすことと「生存闘争」の原則(より強い遺伝子を残すこと)の矛盾を集団における「序列」において体現した。これが人間社会においても「能力差」を是認しつつ利用する「競争」原理で、これこそが人間の「生存闘争」である。) 生命は有機物であるため、他の生命を脅かすか、食することでしか自己の生命を維持できない。そのあたりにわたしは「戦争」の原因を求めていたが、これは当時1980年代の「反核運動」にはほとんどなかった思想で、2000年代になって、後に「生物多様性」という言葉がその思想にヒントを与える。過去の「反核運動」には、人類としての自らの「命」の大切さには敏感だったが、目の前の他の「命」には鈍感だった。

 

 わたしは、現在もキリスト教徒ではないけれども、「人間は原罪を負っている」という考え方には共感する。80年代の反核運動は、なんとなく「自然を大切に」という思いを伴っていたと思うが、その思いの中に、自然から摂取せざるを得ない人間の宿命に真摯に向き合ってはいなかった。その自己矛盾の中に、人間はより豊かなるために様々なものを発明してきた。その延長に「核兵器がある」という捕らえ方はなかった。人間はより豊かになるために他の生命(同種も含めて)を凌駕しようとする生命の「生存闘争」を「戦争」に拡大再生産する、とい視点はなかった。人間の本性として遺伝子に「生存闘争」を刻印されていて、時にそれは同種殺人を肯定する。それは武器が「核兵器」ではなく「弓矢」であった古代から変わらない。よって「核兵器」が生まれてきた原因は人間自身の営みにすでにあったのである。

 トランプが、「アメリカの国益を優先する」という時、それは「アメリカ」というひとつの人間の集団の豊かさを優先するためには、別の人間の集団に「核兵器」を使用することを躊躇しない、という意味である。

  

3。物質の持つ偉大な運動

 

 引用

 

 「原子力エネルギー」という場合、物質の性質を利用した人間の科学によるエネルギーだが、こういう人為的なエネルギーは自然界の営みを利用したというよりも、あってはならない反応を作り出したというべきである。太陽からの距離と、地球の磁場と大気が遮り、太陽の放射能は地球の生命の営みに影響を与えないほどごく僅かしか届かないし、地球上では太陽で常に起きている「核反応」は自然には発生しない。つまり宇宙の法則は、地球では核反応が発生しないような物質の集合を実現した。だからこそ地球に生命が宿ったのであって、地球という天体に与えられなかった核反応を人為的に発生させたが、人間はその際自分たちに処理不能な「核廃棄物」が出てくることを知らなかった。太陽は自然として「核反応」を実現できる天体であり、地球は自然の産与としては、「核反応」にふさわしくない「場所」(核反応の結果に責任が持てない天体)としてあったわけである。

 この場合の「エネルギー」という言葉は、人間の生活維持に必要なエネルギー事情と電気という分野の商業主義の考え方が反映されていて、「世界の原理」の自然な姿ではない「エネルギー」を示す。哲学上の判断としてこういう「エネルギー」を本来物質に備わった「物質の運動」とは言わない。

 

当ブログ「哲学総論 つれづれ 53」より

 

 太陽からの距離と、地球の磁場と大気が遮り、太陽の放射能は地球の生命の営みに影響を与えないほどごく僅かしか届かないし、地球上では太陽で常に起きている「核反応」は自然には発生しない。つまり宇宙の法則は、地球では核反応が発生しないような物質の集合を実現した。

 

 太陽系で、水が天体の表面に維持できるのは地球だけである。この水は、一様ではなく、氷、水、水蒸気として、すなわち個体、液体、気体として循環する。この循環こそ地球の大いなる恵みの源である。

 幾つかの事象を説明なしに羅列的に述べると(詳細は当ブログ記事「自然哲学 再掲 1、2」202018年2月1日記事を参照)、この水が、地球の生命38億年の歴史において、最初の13億年ほどは二酸化炭素の海としてあって、やがて、おそらく植物の源流であろうシアノバクテリアが海の中で光合成を獲得して炭素の海が酸素の海に変わり、大気に酸素を放出する。大気の変化はますます太陽光を遮断する。26億年前に地球のマントルの二重構造が解消されて地球は磁場を獲得する。酸素の供給と磁場の成立はずっと後に生命が陸へ進出する環境を、非常にゆっくりと獲得する。などなど。

 38億年の生命の過程において、火山の爆発、地震、全球休凍結など生命を脅かす自然現象をともない、5度の「大量絶滅」を経験してきた地球の生態系は、それでも大いなる発展を遂げてきた。その一因として確実にいえることは、地球は、一瞬にして生命を焼き尽くす大量の放射能と放射性物質を発生させる「核反応」が自然現象としては起きない、現在の太陽系に位置づけられた物質の集合から成る天体であったからである。

 もちろんウランやトリウムという地球の自然界にも自発的に放射能を発する物質もあるが、その放射能の量は、地球の環境下自然にある限り、生命を脅かすことはない。(ただしウランをのみ目的とした採掘に従事すると、人間は健康を害する放射能を浴びる。米ソ核競争の時代には、核兵器が使われなくてもウラン探鉱の労働者は核兵器の材料のために被爆したのである。)

 

 確かに、「核反応」も自然に起こる物質の現象である。それは太陽のような天体では常時起きている現象である。だからある条件においては物質の内在的な変化として、膨大なエネルギーを発する「核反応」自体は自然なことである。が、この「自然」という時、それは物質の内在的な「自然」としての性質であって、一定の条件を満たさなければ起こらない。地球では自然現象としては物質の「核反応」は「無い」のである。

 

 引用

 

 実は、月にも地球同様に中心部分に、「核(コア)」や「流体コア」「マントル」があり、物質の対流がある以上「燃焼」は存在する。つまり月の持つ独自の光は月表面では現れず、しかし内部では「燃焼」が存在する。これは地球も同じである。太陽の光とは比べ物にならないくらい僅かな光であっても、内部の燃焼が表面現れる火山の爆発時には地球のある部分は光る。

 太陽は気体の塊である恒星であり、燃えやすい物質の形態は、気体、液体、固体の順である。だが液体も固体も一定の温度を超えれば気体化(気化)する。

 そうすると、太陽が光の源で月は太陽の光を反射しているだけだ、というのはわたしたちの表象上の世界であって、光そのものは宇宙空間における物質の大きさや位置などと、それを決めるそれぞの求心力が作るそれぞれの天体の独自性で説明される物質の現実形態である。

 つまり、太陽系には全体の求心力である太陽に、気体と気体化された物質が中心に集まり、常に燃焼しているから光を発する。太陽系にはこのほかに二つの求心力があって、それは惑星と衛生の中心軸である。木星は、太陽と同じように気体からなるガス惑星(太陽同様に水素が非常に多い)だが、表面温度は約-180度だから表面は「燃焼」していない。(太陽同様、水素を大量に持つ木星は大きさが小さすぎて太陽のような「陽子-陽子連鎖反応」が起きなかった。)

 

 哲学において物質の本質を規定する時、それが「燃焼」しているかどうか、ゆえに光を放っているかどうかは、その物質の分析的判断=実現形態(現象)をしめすものであって、物質そのものの本質の規定ではない。(太陽の燃焼は太陽の「本質」ではなく、物質が燃焼するという「本質」を現実に表現している太陽の「性質」に過ぎない。) 物質は条件によって「燃焼」するし、「光」を発する。太陽と惑星の実現形態の違いは、どのような物質がどれだけ集まり、その物質がどのような条件に置かれているかによる。その条件を取り払った時には、地球にある水素も太陽にある水素も同じ元素である。(重水素など水素のあり方は常に同じではないのだけれど。) これが哲学における物質の規定である。太陽の光の根拠は太陽が「燃焼」しているからだという言い方は、太陽の現象であって、太陽の持つ物質が「燃焼」しているという事実は太陽の本質ではなく、物質がある条件で大量のエネルギーを放出するという「物質の本質」のひとつの現象が太陽であるという言い方が正しい。

 

 物質には他の物質を引き寄せる「万有引力」があるが、それを引き寄せるためには、「回転」という「求心力」を必要とする。地球の回転と月の関係は、「求心力」の「均衡」によって説明される。(もっとも、月の自立性は、少しづつ月が地球から遠ざかっているという意味では地球との「完全な均衡」を否定しているが。) 太陽系も太陽の回転により惑星を同心円にひきつける「求心力」であり、無数の恒星の回転の均衡に成立した銀河系も大円盤の上に乗っている。(カントの星雲説は卓見である。)

 

 宇宙空間は「真空」だが、太陽に吸い寄せられない小塊もある。だが基本は「物質」のない空間と、物質が引き寄せられる「回転」の「求心力」への二極分離である。(ダークマターは別として。)

 物質の実現形態は、どの求心力に引き寄せられたかにより変わるわけである。たとえば固体としての「重さ」は太陽に引き寄せられない「自律性」の条件で、しかもある程度の大きさと太陽から自律するための「公転」を獲得する必要があり、ための自律した求心力の獲得には「自転」が必要であった。だから太陽に近いところでは、気体ではない固体が太陽に収斂されなかった固体を集めて岩石惑星が形成され(水星、金星、地球、火星)、少し遠いところでは、太陽の引力に抵抗して別の求心力が「気体」を集め(木星、土星)、さらにその外には「液体」と「岩石」と「氷」を集める(天王星、海王星)こととなった。それぞれの惑星に集められた元素は、太陽が形成される以前は「元素」という本来共通の本質を持っていたが、集合の仕方と集合した場所によって、本質は同一性だが、実現形態としては「気体」「液体」「固体」「燃焼」と、その現象する「性質」は別の形態をとるのである。

 

 地球も「燃焼」していないわけではない。地球誕生の46億年前から3億年ほどは、岩石の集合の「圧縮」によって表面も熱を帯び赤みがかっていたが、やがてその熱を中心に閉じ込めてしまった。今でも地球内部は「マグマ」という「燃焼」を続けているのである。

 また、現代の地球の生きているわたしたちの体にも水素があり、それは核反応を続ける太陽の水素とも木星の液体水素も同一元素であることに変わりはない。同一の物質が、宇宙の具体的な位置による環境の違いから、生命の構成要因にもなるし、燃焼の燃料にもなるし、気体や液体のまま冷え切っている場合もある。それらの具体性の区別と本質の区別における違いを概念として再統一(反省)したら、そこに残るものは「元素」という本質だけである。

 

 当ブログ「哲学総論 つれづれ52」より

 

 物質の原理が生命を作り出し、生命を育み、生命が再び物質に変化をもたらし(生命の死骸が土壌を豊かにするように)、その物質が生命を繁栄させるように変化する。この連鎖は 徐々に変化するゆっくりとした時間が単純な単細胞生物からわたしたち人間に連なる地球の過程といえる。

 

 4。原爆の「悲劇性」の中にあえて希望の「光」を見つける

 

 幼少のころより知っていた広島、長崎の悲劇と残酷さから、わたしの子供心に芽生えた「核反対」の意識は、15歳を越えた青年期には、その「悲劇性」に対する嫌悪だけでは戦争はなくならない、という確信を伴ったものだった。その確信を形成させたのは、「米ソ対立」とか、「パレスチナ問題」とか、わたしが高校を卒業する頃に起きた「イラン革命」がもたらした「イスラーム至上主義」の難しさなどであった。こういう世界の有り様の前では、わたしが高校1年で聞いた被爆者の「語り」や大学生当時の「反核運動」の「主張」はあまりにも無力に思えた。だから哲学を目指したわたしは、別の「反核」論理、「反戦」思想を根拠付けたいと考えていた。そのことによってわたしは、一見「核兵器」と関係ないように思える、物質、地球、太陽系、生態系という問題の中に、「物質の運動」という共通項を見出し、①「地球では自然現象として起きないことを(核反応を)人為的に発生させれば、その結果について人類はその責任をとる能力を持たない、それを自覚すること。」 ②「人類の戦争は自然由来たる「生存闘争」だが、共同社会を目指すためにはこの本能たる「生存闘争」に自制を発揮する思想(より豊かさを求めて同種殺戮をしない思想)を共有しなければならない。」という二つの課題だった。

 

 しかし、わたしにはもうひとつの思いが40歳ぐらいから芽生えてきた。広島、長崎の記録として伝えられるモノクロの写真。テレビで見る被爆者の語りにしばしば登場する被爆直後の「多くの人の目が飛び出している」という証言。これらの瞬間に対する想像は、目の当たりにしたくない「悲惨」として否定的な印象しか残さない。このような残酷さから「未来への希望の光」を見出さなければならない、という思いである。

 

 今年(2020年)の8月6日の広島の原爆慰霊の日に放送されていた、ある少女が作文を読んでいた映像をテレビで観た。

 

 その趣旨(正確に記憶していないので)の一部には以下のような内容があった。

 

 75年前、ここで原爆の閃光が炸裂しました。

 75年前に、ここは草木が生えないといわれた。

 75年後、ここは豊かな自然を取り戻しました。

 

 この言葉が読み上げられた時、わたしは去年の敗戦記念日(わたしは終戦記念日とは言わない。終戦という言い方は敗北の現実の自覚を薄めさせる一種の自己慰みであって、もう何日か前に日本の指導者が「終戦」を決意していたら原爆投下はなかった。だから敗北の現実を認める勇気がなかったことが、広島、長崎の「悲劇」を生んだのである。だから自己責任の「惨劇」の後に降伏しておいていまさら「終戦」という表現で現実を糊塗する「文学的」すり替えをわたしは受け入れたくない。)に述べたことを思い起こした。

 

 引用

 

 広島や長崎の原爆で失われた命の中には、人間だけでなく多くの動植物、犬、猫、昆虫、微生物などがいた。広島や長崎の放射能汚染を除去したのは、植物の土の浄化作用であり根から汚染水を吸い上げて死に絶えた花々のおかげで少しづつ土壌が清澄な水を保つようになったから。動物たちの糞尿や屍骸が肥料となって土に溶け豊かな実りを取り戻したから。風が植物たちの種を再び爆心地に、被爆を免れた遠くの種子を運び、それが芽を出し、新たな植物が根立ち、新鮮な息吹を漂わせたから。その魅力的な香りにいつしか戻ってきた昆虫たちが蜜を吸い、次の世代を設けて生態系を再建する。昆虫は死して腐り土に帰り木々の栄養となる。原爆で干上がった川に満潮時には新鮮な海水が流れこむ。その繰り返しでプランクトンや微生物が川底の放射能を浄化して行く。こういう生物全体の生態系の営みなのです。人間も努力したが、これなくして人間の手だけで復興したのではない。

 

 当ブログ「今日は終戦記念日」2019年8月15日記事より

 

 

 テレビから流れてきた今年の原爆慰霊の少女の言葉。

 

 75年後、ここは豊かな自然を取り戻しました。

 

 この言葉に、人間が作り出してしまった「核反応」の結果である放射能汚染を、実は人類が誕生する条件を与えてくれた自然の営み、物質の運動が「浄化」したとい事実を物語っている。自然は人間の大いなる過ちを克服して見せたのである。

 

 これは人間以外の地球の力を示すものである。

 

5.41年前聞いた被爆者の「語り」への回答

 

 では人間の力はどう示されてきたのか。

 

 少なくとも、75年間世界では「核兵器」を使用させなかった。それは広島、長崎の事実を伝えようとしてきた被爆者をはじめとする多くの人々の努力の結果でもある。つらく、厳しく、壮絶な体験が、なおかつその被害者の生き様は、「否定」された生としてではなく、「核兵器」を止めるという人類の課題においてもっとも崇高で困難な目的を体現してきた「輝く」「肯定」されるべき生き方である。よって原爆被害者を単なる「人生を否定された」人々と受取るのでなく、彼らの生き様こそ人類の希望であるという肯定的な、人間の「叡智」を導く「光」であると考えねばならない。

 

6.祈りの後に希望を

 

 わたしのブログの読者の皆さんは、わたしが大のクラッシックファンであることをご存知かと思う。ここでかなり理解困難な作品を紹介する。

 

 

 ポーランドの作曲家、クシシュトフ・ペンデルツキ作曲の

 

 「広島の犠牲者に捧げる哀歌」

 

 である。

 

 

 ペンデルツキのこの作品は、実は、最初から広島の原爆被害者のための目的で作曲が企図されたわけではなく、作品を完成した後に、作曲家自身が作品のイマージュふさわしいものとして「広島」の犠牲者に捧げることにしたという経緯がある。しかしその事実はともかく、作曲者が「広島」の犠牲者に対して「深い哀悼の念」を持っていたことは間違いない。

 

 引用

 

 ペンデレツキは、広島市長に宛てた1964年10月12日付の手紙に「『哀歌』が、広島の犠牲が忘れ去られることは決してなく、失なわれてしまうこともなく(...)との、私の深い信念をあらわすものとなることを願っております」と記しているが、これは作曲後の話である。1994年にペンデレツキは広島交響楽団を自ら指揮して広島初演を果たした。

 

Wikipediaより

 

 音楽は、「音響作曲法」を駆使して理解には困難が伴うが、死の観念が通常の意識には想像を超えるにもかかわらず「鎮魂」を示していることが分かる。「核」が日常を越えた「空間」「時間」の歪みをもたらして、その「地獄絵」の上に静かなるものではない迫りくる「死」をもたらしたことをイマージュさせる。10分ほどの音楽で、モーツァルトなどを聴いているクラッシックファンには「聴くに堪えない」ものなのかもしれないが、敢えて一聴をお勧めする。

 

 ただし、この音楽には「希望の光」が無い。最後の2分でいいから、広島を焼き尽くした「閃光」を「希望の光」に転化する時間を与えてほしいと思う。

 

7.結語

 

 広島の原爆慰霊の日に語られる原爆の「悲劇」を、幼少のころ母の読む「絵本」で知ったわたしは、その悲劇を知って若い少年少女が、その若さの感受性において「反核」を一生の思想とすることに何の異議もないし、その感性を否定するものではない。

 だが、青年になったわたしが、被爆者の「語り」から聞き取り、どこか冷めた自分を自覚し、大学生時代に一種のはやりとしてあった「反核運動」の思想的貧困というわたしの思いは間違っていなかったと思う。

 

 わたしたちは現在、太陽の「核反応」のエネルギーに大いなる恵みを受けている、この恵みは太陽の放射能を遮るこの地球において生命を育んでいる。その恵みを、人為的に地球に持ち込んではいけない。太陽は3万年に1%大きくなっている。地球からは1秒当たり水素は3kg、ヘリウムは50gずつ宇宙へ散逸している。これが続けば、地球の水分はかなり減少し、水循環はなくなる可能性がある。水がなくなり、太陽からの放射能が強くなりおそらく地球の生命はいつか滅びる。しかしその生命の終焉は、太陽系における物質の自然な変化がもたらすものである。人類は何億年も先に起きるであろう未来の「終焉」を人類の科学による「核」によって現代に引き寄せてしまった。

 

 それは人間の存在根拠である物質の運動の「否定」であり、人類の存在の「自己否定」である。

 

 ゆえに「核」を放棄せねばならない。

 

おわり

 

2020年8月14日